奉仕部と私   作:ゼリー

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第二十六話

       ◇

 

 私が小走りで買ってきた珈琲と紅茶で我々は乾杯した。

 食堂にはちらほら生徒が見受けられ、文化祭の準備をしているものや、勉強をしているもの、あるいは男女で面白おかしく楽しむものたちがいたものの、騒がしくはなかった。

 はじめは耳触りのよい些末なことで会話をしていたが、そのうちに話題が比企谷に至ると我々の口ぶりは熱を帯びた。比企谷の悪口を言ってさえいれば話が盛り上がるという具合だから便利である。世に悪口の種は尽きない。

 

「腐ったみかん方程式じゃないですが、あいつからはさんざん悪影響を受けました」

 

 陽乃さんは頬杖をしながらにこにこと笑っている。

 

「でしょうね。なんかきみはそんな役回りな気がする」

「純白のカンバスに墨汁を撒き散らすのを趣味といいますか、生き甲斐にしているふしがあるんですよ」

「あはは、なにそれ。あー、でも影響力はありそうだよね、比企谷くん」

「そうなんです。なまじ合理的というか理性的というか、ときにこちらが驚くような正論を吐くから手に負えない」

「それでいて、人の意見は聞かない?」

「そうそう。僕はあいつから悪影響を受けたことはあっても、与えたことはないと断言できますよ。なぜなら、あいつは僕の話を聞かないからです。どこまでも腹立たしいやつですよ」

「でも、比企谷くんの一番の親友なんでしょう?」

 

 陽乃さんはそう言って、けらけら笑った。

 

「そういえば、さっき思い出したんだけど、一度、彼からきみの話聞いたなあ」

「あいつ、何を喋りました?」

 

 目を濁らせて前傾姿勢で怪しく微笑む比企谷を思い浮かべながら訊ねる。陽乃さんは不埒な嘘を吹きこまれている可能性があるので、そういった場合は断固として否定せねばならん。

 

「ええとね、犬の依頼の話」

「ああ」

 

 そんなこともあった。

 

       ◇

 

 一学期、まだ私が奉仕部と決別する前、とある依頼が舞い込んだことがあった。

 依頼主は三年生の女生徒で、ほんわかとした雰囲気の見た目からは想像できない、切迫した声で依頼内容を話していたことが深く印象に残っている。

 彼女の依頼は単純明快だった。すなわち、学校に迷い込んだあげく住み着いてしまった犬の保護である。犬と聞いたとたん顔を青ざめさせた雪ノ下さんと、そのころまだ部とは距離を置いていた由比ヶ浜さんを除いて、私と比企谷は先輩について、その犬がねぐらにしているというグラウンド脇の木立に足を運んだ。

 新緑の下で寝そべっていた犬は、先輩がやってくると尻尾を振ってきゃんきゃん鳴いた。なんという犬種かは知らないが、毛がふわふわと巻いていて、むやみに可愛らしかった。しばらく、慈しむように犬を撫でる彼女をじっと眺めていた我々であったが、ふと比企谷がいつもの調子で言った。

 

「居着く可能性くらい考えられるだろ。なんでエサなんてやったんですか」

 

 先輩は押し黙った。いまにも泣きそうに目を潤ませている。お腹を空かせた存在が、縋るように足元にすり寄ってきたら、心も揺れる。それが可愛い犬であればなおのことだ。惣菜パンの一つや二つ上げてしまうのが人情というものだろう。

 比企谷の言い分もわかるが、ここは穏便に収めるべく、私はまずしっかりと先生なり事務員なりに報告するべきだと主張した。

 

「それじゃダメなの」

「どうしてですか?」

「おそらく保健所行きだからだろ」

 

 比企谷がぼそっと言う。先輩が目を伏せて頷いた。

 恥ずかしながら保健所の役割と殺処分の現状についてほとんど何も知らなかった私は、そのふたりの悲愴的な雰囲気が理解できなかった。

 で、どうなったか。

 結果として、動物愛護センターについて教えられた私がとにもかくにも引き取ることにした。そうして勇み立ち、手綱まで購入したが、しかしながら、である。その日、一度だけ散歩をした直後、私と犬との短すぎる蜜月は幕を閉じた。なんでも先輩の親類が犬の引き取りを申し出たというのである。私は、金之助と名付けた雑種犬をこれから精一杯かわいがってやろうと思っていたので、非常に残念な寂しい気持ちを味わったのであるが、じつのところ、まだ家族の許可をとっておらず、後々聞いたところによれば、犬を飼う余裕などないと母に言われ、そういう運命だったのだと納得した次第であった。

 金之助は元気にしているらしい。ただ、いまの名前は金之助ではなく、クドリャフカであり、オスではなくメスだったそうだ。時おり廊下でばったり出くわすと、先輩は近況を写真付きで教えてくれる。スマートフォンの中のクドリャフカは、口を大きく開けて舌を垂らし、幸福そうに笑っているかのように見えた。

 

「そのとき言ったんだってね?」

 

 陽乃さんが私の目を覗き込むようにして続けた。

 

「そんなことを知ったら引き取るしかないだろって」

「え?」

「比企谷くんはそう言ってたよ」

「ああ、言ったかもしれません」

 

 殺処分されるかもしれないと知った私が、犬を引き取ると言うと、比企谷はじろりと目を細めて言った。

 

「簡単に言うなよ。動物を飼うのは難しいんだぞ」

「だって殺処分されるかもしれないんだろ、保護期間が過ぎたら」

「そりゃそうだが、それを言ったら、キリがないだろう」

「はあ?」

「じゃあ、お前は保健所の犬をすべて助けられるのかよ? きっと今日か明日にでも殺処分になる犬はいるぞ」

「いやいや、どうして俺がほかの犬を助けなくちゃいけない? そんなこと物理的に不可能だ」

「だからっ……え?」

「こうして依頼があって、先輩が困っていて、この犬もなんだか可愛いし、しかたなく引き取るんだ。可哀そうかもしれないが、ほかの犬のことなんか知らないよ」

 

 そのとき比企谷は、心底何を言っているのかわからないというような顔をしていたような気がする。

 

「……それってなんかズルくないか?」

「やかましい。ズルくて何が悪い。べつに誰も困っちゃいないんだから」

「うわっ、開き直りやがった」

「だいたいな、全部を助けられないという理由で、目の前の一匹を蔑ろにするなんて、そっちの方がよっぽどズルいだろ。その他大勢をうんぬんの相対的な話は、俺のいないところでしてくれ」

 

 そのあとも下らない押し問答があったような気がするが、もうほとんど覚えていない。たしか早々に切り上げて、ホームセンターで手綱を買いに行ったはずだ。なんだかんだで、一緒に散歩した比企谷も金之助を見て心なしか顔が緩んでいたのは記憶に残っている。

 

       ◇

 

「でね、比企谷くんは話の最後に、あいつはあの愚直なところがいいって呟いて感心してたよ」

 

 紅茶のペットボトルに口をつけてから、陽乃さんはうんうん頷いた。

 

「その話を聞いたとき、思ったんだよねー。なんて自分勝手で尊大な子なんだろうってさ、きみのこと」

「す、すいません」

「ちがうちがう、全然非難してるんじゃないの。ちょっと羨ましいくらいだよ、さっきの文実での啖呵を見た後だと余計にね」

「はあ」

「……きみみたいな子は、合わないかもねえ。けどもしかしたら――」

「合うってなんですか?」

「ううん、なんでもない。こっちの話」

 

 そう言ってやさしく微笑む陽乃さんは、それはもう飛び切り美しかった。あやうく赤面するところだったが、初心だと思われるのは男女の駆け引き的に不利になるかもしれないので、比企谷の顔を思い浮かべてやり過ごした。そもそもこれが男女の駆け引きであるかどうかの問題を解くことは無粋だからしない。

 

「でも、やっぱりきみたちはお似合いだね。良い友達だ。お姉さん、なんか二人を見てると胸がむずむずしてくるよ」

 

 それは病気なのではと思ったが、口には出さなかった。

 陽乃さんはまた紅茶を一口飲むと、手招きして顔を近づけてくる。私は、もしやと思いながら顔を出すと、彼女が言った。アールグレイの香りが鼻腔をくすぐる。

 

「比企谷くんは恋愛とかに興味があるのかな?」

「ええ?」

 

 私は顔を離して、ぽかんとした。

 陽乃さんは「いやあ、ちょっと気になってね」とけらけら笑う。

 

「彼はさ、誰かと付き合うとかできると思う?」

「いや、思いませんね」

 

 私は即答した。

 ミミズが空を飛ぶくらい無理な話である。

 

「そっかそっか」面白そうに口角を上げて、「じゃあきみは?」と陽乃さんは言った。

「……少し考えさせてください」

「あー、ちょっと待ってね」

 

 幾通りもの交際パターンを分析して分析しつくし、なおかつ、妄想において検証して検証しつくしていた私は、その一つをこの場でつまびらかにすべきかどうか考えようとしていたのだが、腕時計を確認する陽乃さんに制された。

 

「ごめんね、私、用事があるんだった。きみと話すのが楽しくて忘れてたよ」

「え、それはまことですか?」

 

 むろん、この「まことですか」は用事があるの真偽についてではなく、私との会話が楽しいということについてである。

 

「ふふふ、お姉さん、きみに興味が湧いてきちゃった。また今度、お茶しようね」

 

 私に接したものは皆、すべからく興味を持つと自信をもっていたわけであるが、このように面と向かって恥ずかしげもなく言われると、じつはからかわれているだけなのではとやや不安になった。とはいえ、やはり悪い気はしない。というより、ここ数年で一番嬉しい言葉といっても過言ではなかった。

 すっくと立ちあがると陽乃さんは華麗にウインクして手を振った。そうしてあれよあれよという間にさっさと食堂から出て行ってしまった。ショッピングモールのときも思ったが、やっぱり嵐のような人である。

 雪ノ下さんと陽乃さんはよく似た姉妹でも、内面はじつに異なるものだと、そう感心して私は残った珈琲を飲み干した。

 

       ◇

 

 時の流れるのは早いもので、ほんの少し前に夏休みが明けたと思えば、もう文化祭の幕が下りていた。少年老い易く学成り難しとよく言われるのも、まったくその通りだと頷ける。私は学びたかった。学生の本分を全うしたかった。奉仕部を辞したのも、自由を得て、精神の充実を図り、この機に将来偉くなるための布石を四方八方に打ちまくるためではなかったか。遅きに失した感がぬぐえない我が薔薇色の高校生活をこの手に掴まんとするためではなかったか。しかし、現実は私の願いを裏切って進行してしまった。何の落ち度もないはずの私が、雪ノ下さんのサポートなどという、わけのわからぬ役割を与えられ、二学期を機に袂を分かとうと勢い込んでいた奉仕部とは、ズルズルと関係が続いてしまっている。そして、忌み嫌う青春の広告塔とも言うべき文化祭に、まるで私が積極的に関わっているかのように見える、奇々怪々な現状である。いったいこれはどういうわけであろうか。もはや痛恨の至りというほかない。

 昨年の苦々しい思い出を振り返れば、文化祭に参加する暴挙が、いったいどれだけ自分を痛めつけることになるのかは重々承知のはずである。ふたたび「滑稽滑稽」と呟き、誰からも顧みられない魂から血を流すような荒行を繰り返そうというのか。私は、校門に掲げられた「WELCOME」という看板を睨みながら拳を握りしめた。

 しかしである。

 

「貴様、ここまで来て臆したか?」

 

 どこからか聞こえてきた、暑苦しい声が私の背中を叩いた。

 「漢」という存在は、――孤独な闘いを、阿呆な挑戦を、敢行してこそではあるまいか?

 

「材木座」

「うむ」

 

 材木座は私と並び立つと、歓声の轟く体育館の方へ胸を張った。戦国武将にも劣らぬ威風堂々たる佇まいだった。

 

「鬨の声が聞こえる。すでに祭りは始まっているようであるな」

「ああ」

「行かなくていいのか?」

 

 私は苦虫を嚙み潰したような顔で宣言する。

 

「文化祭などに恭順の意を示す必要などあらず」

 

 材木座は小さく「うむ」と返す。

 

「しかし、ここにきて尻尾を巻いて逃げるという選択は、俺の魂が許さない」

 

 体育館からは、我々を煽るような電子音楽が鳴り響いている。

 

「我々はこの文化祭ファシズムと真っ向から斬り合う覚悟である」

 

 一陣の風が吹いて、二人の闘士の背中を力強く押した。

 

「我々は決して奴らの軍門には(くだ)らない。青春とは戦争である」

 

 らんちき騒ぎが、いま始まろうとしている。

 

「これは宣戦布告である。敵数、甚大。されど、相手にとって不足なし。ニイタカヤマノボレ。いざ出陣」

 

 そして、材木座は天高く吼えた。

 

       ◇

 

 威勢良く気焔を吐いたはいいが、私にはやらねばならぬことがあった。紳士たるもの、己に課された責務をおろそかにするような真似をすべからず。盛り上がる開会式など無視してやったが、こればかりは目を向けねばなるまい。私は血気盛んにふうふう言っていた材木座と別れると、教室へ足を運んだ。

 開会式を終えた連中が、がやがやと騒々しくやってくるまで、私は静まり返る教室の中でひとり小道具の組み立てに没頭していた。文化祭を盛り上げるつもりなどさらさらないが、数週間もの貴重な時間を消費して作り上げた小道具の数々だけは蔑ろにできない。これらはもはや我が子同然といってもいいくらいなのである。それに、我らが戸塚君の晴れ舞台を、その辺の演劇ごっこと同列に並べて欲しくないという気持ちもある。小道具は劇を成功させる大事なファクターだ。

 しばらく熱中していると、にわかに廊下が騒がしくなって、浮かれた生徒たちが帰ってきた。

 

「うわっ、何やってんの」

「見ればわかるだろ」

 

 一番先にやってきた川崎さんは、私を見るなり驚きの声を上げた。

 

「あんた、開会式は?」

「そんなもの、出てない」

「ずっとここで仕事?」

「当然だ。遊びに来ているわけじゃないんだぞ」

 

 川崎さんは眉をひそめて苦笑すると、「いや、きょうは遊びに来る日でしょ」と呟いた。

 そのうちにぞろぞろとクラスメイトたちが教室に入ってきて、各々の役割に取り掛かり始めた。小道具担当の男子生徒は、すでに大方完成している品々を見て、しきりに私に礼を述べていた。それをニヒルに笑って受け流すと、二人で残りの小道具を完成させた。

 

「あっぱれ!」

 

 私はそう言うと、ずらりと舞台袖に並べられた小道具を前に男子生徒と抱き合った。

 演劇『星の王子さま』の初回講演は午前十時を予定している。韋駄天のごとく作業を終わらせたゆえに、開演まではまだまだ時間があった。午後からはなんとしても外せない用事がある。今のうちに敵情視察すべく、いっちょ校内を練り歩いてやるかと気合を入れていると、川崎さんに肩を叩かれた。

 

「あんた、暇?」

「暇ではない。重大な任務がある」

「あ、そう。じゃあちょこっと一緒に見て回ろうよ」

「え、聞いてた? いま、任務があるって――」

「衣装はもう出来てるし、開演前に少し顔出せば終わりなんだよね」

「そんなこと聞いてないよ。俺は任務が――」

 

 結局、川崎さんも敵情視察に同行する運びとなった。

 川崎さんは、明日の一般公開日に弟や妹たちが来るから、そのためにどのような模擬店や催し物があるのか把握しておきたいなどという、聞いてもいないことを滔々と語っていた。私が一人で行けばいいではないかと言うと、「あんたが可哀そうだから」と恩着せがましいことをいけしゃあしゃあと(のたま)う。私は、勝手にしたまえと捨て鉢気味に返答した。

 それはともかく、敵情視察は着々と進んでいった。

 生徒たちはお揃いのTシャツを着てビラを配っているもの、得体の知れない仮装で呼び込みをしているもの、それらを見てげらげらと笑い楽しむものとさまざまであった。ようするに、集団錯乱状態である。ここは学び舎だ、いますぐ立ち去るがよい、と私は小声で呟いた。

 

「なにか言った?」

「言ってない」

「そ。ねえ、見てよあれ、フィーリングカップルゲームだって」

「……なんだと!?」

 

 川崎さんが顎でしゃくった先には、けばけばしいハートマークに「フィーリングカップル」と、いかにも浮かれ切ったような丸文字で書かれた看板があった。名前からして不愉快極まりないが、きっと内容も低俗丸出しであろう催し物を、恥ずかしげもなく掲げていたのは2年C組だった。私はすぐさまメモを取る。

 

「ねえ、あれ、あんたの知り合いじゃない?」

「おいおい、そんなわけあるか」

 

 鼻で笑って私は廊下からドア越しに教室の様子をうかがう。そうして息をのんだ。

 諸君は「フィーリングカップルゲーム」をご存知だろうか?

 男女5対5で電光掲示の大型テーブルを挟んで座るお見合い形式のパーティゲームである。まずは第一印象で気になる異性を選び、次にそれぞれのアピールタイム、そして手元のボタンを操作して本命の相手を選ぶ。その結果、両想いになれば最後に電光掲示で男女の間に線が結ばれて、カップルが誕生するのである。

 今回の場合、文化祭であり不特定多数の衆目に晒されることもあってか、恋愛を手玉にとって遊ぶような軽佻浮薄な輩が集まるのは至極当然であり、必然的に容姿に自信がある、あるいは仲間内ではいわゆるイケている生徒たちが、教室中央の電光掲示テーブルを挟んでずらりと座っていた。彼ら、あるいは彼女らは、「うっわー、俺マジ緊張してきたわー」とか「ヤバい、ヤバい、あの人イケメンじゃない?」とか、「とりあえず、遊ぶところは渋谷っス」とか、「ええっとー、読モとかやってたことあるんですぅ」とか言って、和気あいあいと青春してますオーラを漂わせているのであるが、そのなかに、ただひとり何を間違ったのか、明らかに周囲から隔絶された薄暗い男が紛れ込んでいた。

 私は思わず「神も仏もないものか」と口にしていた。

 その薄暗い男は、先ほどともに文化祭へ宣戦布告を叩きつけた、材木座義輝その人であったのだ。

 材木座は男の列の一番端に俯いて座っており、どこからどう観察しても望んで参加しているようには見えなかった。おそらく、参加者が足りなかったゆえに、箸にも棒にも掛からぬような材木座に白羽の矢が立ったのであろう。したがって、彼が華やいだ空気の中で浮きに浮きまくり、そのうえで誰にも意に介されていないように見受けられるのは、おそらく見間違いではないはずだ。悄然と魂の抜けたような表情で下を向き、不遇に耐え抜きながらも悪目立ちする材木座の姿は、あまりに見るに忍びなかった。かような辱めはさすがに酷すぎるだろう。いったい材木座がどんな罪を犯したというのだ。ここまで無法な私刑を許可したのは、いったいどこのどいつだ。ああ、私には材木座の無言の呪いの言葉が聞こえてくるようであった。

 

「川崎さん、見なかったことにしてくれ。材木座の面目のためにも、どうか」

「う、うん。やっぱり知り合いだったんだね」

 

 アピールタイムで材木座が何やらうごうごと喋り出したあたりで、我々は退散した。これ以上は胸が張り裂けそうで見ていられなかった。

 

「絶対に許すまじ、2C、そして文化祭」

 

 私は手帳にそう書くと、材木座のために血の涙を流した。敵はきっと取ってやる。

 川崎さんは阿呆を見るような目で私を見ていた。

 

 


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