奉仕部と私   作:ゼリー

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第二十九話

       ◇

 

 最寄りの駅から五分のところにある、喫茶『明日堂』の古臭い扉を開いたのは夕闇迫る放課後のことだった。

 私は昔ながらの喫茶店が好きだった。全国どこにでもある舶来主義の権化みたいなチェーン店よりも、町に溶け込むようなきわめて主張の乏しいひっそりとした佇まいが、心の琴線にひしひしと触れてくるのである。いずこから仕入れてきたのかまったく分からないような謎の置物があったり、やけに隣席との間隔が狭いところや、マスターの人懐っこいふくふくした笑み、薄暗い店内とそれに融和したジャズ、そして大して美味くない珈琲と漂う煙草の白い煙、それらすべてに、なんというか可愛げがあるのだ。近頃は、洗練された英名のカフェに押されがちという話を聞くが、私は声を大にして言いたい。わざわざ都会まで変な女性の顔がプリントされたカフェに行き、呪文のような注文を唱える暇があるならば、昔からある地元の喫茶店に行くべきである。その交通費でナポリタンやらピラフやらを注文して珈琲を一杯飲めば、きっと目くるめく新たな世界が開けてくることだろう。不味かったらどうするかって? 簡単だ。かりにそうであれば、二度と行かなければよい。しかし、きっと一度でも行けば愛着が湧くに違いない。私にとってこの喫茶『明日堂』もそうであった。とにかく挑戦することが大切なのだ。喫茶店文化のためにも。

 そんなレトロな喫茶店の一つ『明日堂』に入ると、街灯の灯り始めた路地を臨む窓際の席に、私の待ち合わせ相手が座っていた。不機嫌そうに眉をひそめ、手のひらに顎をのせてぼんやり窓の向こうに目をやっている。怒っているようにも見えるが、これが平生の状態なのだから、まぎらわしいことこの上ない。

 私は向かいの席に座って、待ち合わせの相手である川崎さんに「やあ」と言った。

 

「遅かったね」

 

 不機嫌そうな顔のまま川崎さんが視線を移す。

 

「ちょっと平塚先生に呼ばれてしまって」

「へえ。あんた、またなんかしたの?」

「またとはなんだ、またとは」

「だって、よく呼び出されてるじゃん」

 

 私はそれには答えず、カウンターの向こうにいる初老のマスターにブレンドコーヒーを注文した。川崎さんはアイスティを飲んでいた。グラスの横に空になったストロー袋が縮こまっている。

 

「それで、なに? 相談したいことって」

 

 相談したいことがある。やや切羽詰まったようにそう告げられて、私は面倒だったがこの喫茶店を指定した。たとえ、それが私の手に負えない内容であっても、とりあえず話だけは聞くつもりで。

 川崎さんは、それまでのツッパったレディース総長みたいな雰囲気をいきなり引っ込めて、なぜか頬を桃色に染めていた。目線をうろうろと泳がせながら肩をすぼめ、もじもじと指をいじっている。薄気味悪いったらなかった。

 

「ちょっと、ねえ、気持ち悪いよ。なにしてる?」

「じつはさ……ってあんたいま気持ち悪いって言った?」

「言ってない」

「あ、そう。それで」

「うん」

「だからね……ええと、ほら、ええっと……」

「うん」

「ひ、ひき……ひき……」

「うん」

 

 ちょうどそのとき、お盆に珈琲をのせてマスターがやって来たものだから、もごもご口ごもっていた川崎さんは、「ふぎゃっ」としっぽを踏まれた猫みたいな悲鳴を上げた。恥ずかしかったのか、余計に頬が赤くなっている。私はマスターに礼を言うと、砂糖とミルクを入れてよくかき混ぜながら、これは長くなりそうだなと思った。

 

       ◇

 

 川崎さんから受けた相談に対する偽らざる率直な感想は、心底どうでもいい、だった。これが他人相手なら、きっと自由気ままに翼を広げた恥知らずな妄想が私の脳内を飛び回っていたことであろう。クラスで交流のある数少ない知人の一人、川崎さんだからこそ、苦痛ではあったがなんとか茶化さずに聞けたのである。それほどまでに、おそろしくどうでもいい相談だった。

 すなわち。

 文化祭の日に川崎さんは、電話越しに「愛している」と言われたそうである。そして、そんな告白をしたのは、愛という概念から一億光年は隔たっていると思われる比企谷八幡大先生であった。彼女の口から比企谷という言葉がでるやいなや、私はこの相談の重要度を退屈な古文の授業と同等の価値にまで低下させた。ようするに真面目に聞く話ではないということだ。

 なぜ比企谷の「愛している」という言葉を真面目にとらえる必要がないか。ごく簡単な話だ。

なぜなら比企谷は「愛」を知らないからである。愛を知らない男の「愛している」という言葉に意味があると思うか。答えは否である。かりに百歩譲って比企谷が愛を知っていたとしよう。しかし、その愛はぐにゃぐにゃに捻じ曲がって歪んだ比企谷フィルターを通したシロモノであり、世間一般に通ずる包み込むような温かさを持った概念とは大きく隔絶していると言わざるを得ないのだ。したがって、一考の余地さえないのである。というか、そもそも比企谷にわずかでも関連する「愛」をかように考察している現状がものすごく不愉快だった。比企谷と「愛」を同じ俎上に並べるなど、エロースに弓引く行為に等しい。そんな冒涜的なことは、私のような愛の巡礼者には恐れ多くてとてもじゃないができやしない。

 

「あ、あ、ああ、あいしてるって……やっぱり、そういうこと、だよね?」

「どういうこと?」

「だ、だから……」

 

 私はいまだにもじもじとする川崎さんに厳しい視線を送った。畏怖の念を込めて形容した銀狼の名に悖るだらしない姿である。

 

「結局、何が言いたいのかわからないな。だから、どうしたの?」

「うう……あ、あたしにもわかんないんだよぉ」

 

 だから困ってるの、そう言って川崎さんはアイスティをちゅうちゅう吸った。顔がトマトみたいに赤い。リコピンを多分に含んでいそうだ。

 

「そんなの、俺にはどうしようもないじゃないか」

「ご、ごめん……けど、あたしだってどうすればいいか……」

 

 川崎さんは、近頃比企谷の顔をまともに直視することができていない現状を語った。あれ以来、変に意識してしまって、そばに行くと混乱し、しどろもどろになって無様な醜態を晒しそうなので、極力避けるようにしているという。

 私はまさかと思い、尋ねた。

 

「比企谷が好きなの?」

「え、え、ええ!? べべ、べつに好きとかって、そういうんじゃないけどさ」

「ふうん。あのね、一応言っておくけど、やめたほうがいいよ」

「いや、だからべつに、好きとかじゃなくて、あたしは、その」

 

 おそらく比企谷はとくに深い意味もなく「愛している」と言ったのではなかろうか。深い意味も配慮もなく「愛」という言葉を濫用した比企谷の思惑に関しては、いまはちょっと置いておこう。ひねくれ小僧の心中を察しようとすれば、蟻の巣穴のごとき暗黒の迷路に絡み取られて容易に戻って来られなくなるからだ。肝心なのは、比企谷が朝のあいさつ程度の気軽さで言った、ということを川崎さんにわからせることだ。

 とはいえ、私の考えが正しくなく、比企谷にとって一世一代の大告白であった可能性も微細藻類程度は残されているため、早計な判断はできかねる。よって、私は問題の先延ばしを選択することにした。

 ストローの袋を指先で弄ぶ川崎さんに、私は言った。

 

「定かではないけどさ、比企谷はたぶんそんな気はなく言ったと思う」

「……う、うん。あたしも、そうじゃないかなーとは思ってるんだ」

「しかしだ。俺はあいつではないから本当のところはわからない。だから機を見計らいつつ、比企谷にそれとなく探りを入れてみよう」

「……誰が?」

「俺しかいないだろ。川崎さんにできるのか」

「ううん、できない」

 

 首の動きにつられてポニーテールが左右に揺れた。

 

「では、そういうことで。近いうちに報告する」

「ああ、うん。ありがと。じゃあ、よろしくおねがいします」

 

 ひと段落したことで、ようやく私は心を落ち着けて比企谷や平塚先生の悪口を言うことができた。学校外で知り合いと話す機会があるのだから、共通の話題を引用して溜まった鬱憤を少しでも吐き出すに如くはない。予想外だったのは、川崎さんが大して興味を示さなかったことであるが、そんなことには構わず私は平塚先生の横暴に対し最大級の非難を表明した。

 

「面と向かって言えばいいのに」

「虎児を得られないのに虎穴に入るようなものだよそれ」

「つまんないこと言ってないで、彼女でも捕まえる努力すれば? そっちのが、愚痴ってるより有意義じゃん」

「川崎さん、あのさ、身も蓋もないこと言わないでよ。俺はね、敢えて他者との接触を最小限に――」

「そうだね、うん、うん。いいこいいこ」

 

 まるで幼子を諭すようなあしらい方に深い侮辱を感じた私は、さきほどの相談事を今一度蒸し返して川崎さんを赤面させた。

 そうこうしているうちに、窓の向こうではすっかり夜の帳が下りていた。川崎さんは伝票を手に取ると立ち上がる。珍しく奢ってくれるらしい。明日の天気が気になるところである。

 

「相談に乗ってもらったからね」

「まあ、妥当だな」

「奢ってもらう態度じゃないね。ナメてんの?」

「失礼しました。御馳走にあずからせていただきます」

「ふん。くるしゅうない」

 

 マスターが我々のやり取りを見て微笑ましいとばかりににこにこしていた。彼には川崎さんと私が姉御とその舎弟に見えていそうで、念のため我々が対等なクラスメイトであることを仄めかす必要を感じたが、すでに奢られている最中なので諦めた。

 ネオンやテールランプのまばゆい光の中を最寄り駅まで歩いていると、そういえばと川崎さんが口を開いた。

 

「さっきの話とは全然関係ないんだけどね」

 

 川崎さんは銀狼の慧眼から明察したクラスの雰囲気について言及し、そこはかとなく気になっていると告げた。

 私はただ、へえ、と返して応答した。

 案の定、比企谷はクラスにおいて、以前より一層浮いているらしい。

 だからなんだ、という話である。

 

       ◇

 

 奉仕部から距離を取り、無意味な時間の浪費から解放されたからとはいえ、私の生活に新展開が見られたかといえば、まるきりそんなことはない。相変わらずクラスの連中とは一線を画していて、半年以上にも及ぶ心の遠距離を詰めて莫逆の関係を構築する手管はもはやないように思われた。それでいて、私はいまだに自由な思索を浅薄なクラスメイトたちに乱されるなどと嘯き、孤高であることに深い自惚れを感じているのだから、我ながらこちこちになって虚空に屹立している己の人格に対し、「いったいお前はどこまでいくのか」と途方に暮れてしまうのも無理からぬ話だ。最近の私は、有意義な学生生活への希望を大学生の自分へ託そうかと真剣に悩んでいるわけだが、おそらく未来の私にとっては迷惑千万にちがいないので、いったん「未来の私へ丸投げ作戦」は投球の構えのまま保留している状態である。しかし、全身の筋肉は張りつめ、腕は弓のごとく背後へと引き絞られているので、いつ暴投してもおかしくないことは伝えておこう。

 心の奥底では、大学に行けば彼女のひとりやふたり、気心の知れた友人の百人や千人は朝飯前だとたかをくくっているところもあるが、現状のあまりの救いのなさを鑑みる限り、決して楽観視はできないだろう。体育祭などという暑苦しい行事は眼中にないが、そのさきの修学旅行は残すところ半分となった高校生活の命運を占う分水嶺だ。いま一度、近い将来のためにも十分な社交性を身に着けるべく、気合を入れねばなるまい。修学旅行は絶好の好機である。私は来たる京都遠征に備えて、小粋なトークの思案に明け暮れていた。

 

       ◇

 

 放課後、賑やかな食堂近くの自販機コーナーにて、だしぬけに声を掛けられる。

 

「ねえ、ちょっと、話あんだけど」

 

 天然サイダーかレモンティか、あるいは死ぬほど甘いコーヒーにするか、難しい選択を迫られていた私は、それが自分に向けられた言葉だとは思いもしなかった。それゆえ、背中を小突かれれば飛び上がるほど驚くのは必定であり、定石通り飛び上がって驚いた私は、手に取ったばかりのサイダーを見事に足元へと墜落させた。

 百円の損失を請求すべく、眼力を込めて振り返ると、悪びれもせず堂々と立っていたのは、我がクラスの女王蜂こと三浦さんであった。私は、「あっ」と情けない声を上げて、すみやかにふちの凹んだサイダー缶を拾い上げた。そうして、取り繕うように笑い、その場を離脱しようと試みる。なにゆえ三浦さんが私を小突いたのか知らないが、これが後に尾を引くような悪戯の類であれば、断固として関わらないのが吉である。往々にして、イジメは些細な遊びから発展するものだと聞く。みすみすヘンテコな様を晒して、恰好の笑いものになるのは避けねばならない。我ながらとっさの判断にしては賢明すぎるといえよう。

 しかし三浦さんは、私の三十六計逃げるに如かずを良しとしなかった。

 

「なに無視してんの。話あるって言ってんだけど?」

 

 私は先ほど開いた財布の中身を思い浮かべた。たしか、三百五十円しか入っていない。これで我が身の安全を購うにはあまりに心細い。いや、そもそも三百五十円で我が身を買うなど、私のプライドが許さない。私はすでに三浦さんがカツアゲ目的であることを信じて疑っていなかった。

 とりあえず私は、努めて平静を装って何気なく言った。

 

「あ、ごめんごめん。何か飲む?」

「いいの? じゃ、あーしはレモンティがいい」

 

 紙パックを買おうとすると、高値のペットボトルの方のブランドがいいと注文をつけられ、私はおとなしく従った。

 

「おお、さんきゅ。気が利くじゃん」

「どうも。では、俺は用事があるので――」

「はあ? あーし、話あるってさっきからずっと言ってるよね?」

「言ってますね」

「うん。じゃあ、聞くっしょ、フツー」

 

 私は鞄の奥底に眠らせている、緊急時用の千円を死守するほぞを固めた。

 

「なんか、メールでも送ったんだけどさ、ほら、相模の」

「はいはい。えー、ああ、はい。は?」

 

 食堂付近とあって、我々の周囲には小腹を満たしに来た生徒でわりと混雑している。私はよく聞き取れなかったため、というより言っている意味がわからなかったため、首を傾げて三浦さんを促した。

 

「だから、悩み相談なんとかって、あれ。どうするつもりか聞きたいんだよね」

 

 私は困惑した。二度聞いても、まるで理解できない。悩み相談、メール、相模さん、カツアゲ、ひとつとして共有できそうな単語が見当たらなかった。三浦さんは人違いをしているのではないか、と私は思った。

 

「うーむ、どういうことか……ええと、つまり俺にはちょっとよく意味が……」

「なにごちゃごちゃ言ってんの。はっきり言えし」

「あ、そうですね。だから、それ俺に言うことじゃないと思うんだけど」

「は? なんで?」

 

 三浦さんは気の抜けたような顔をした。しかし、次の瞬間眉間にしわを寄せて気色ばんだ。ついに金銭を要求されるのかと私は身構える。

 

「バカにしてんの? メール送ったの見たんでしょ。なに、あーしの頼みはやる気ないってこと?」

「ややや、え、いや、えー」

 

 私は額を抱えた。

 なぜ怒っているのか、いったいこれはどういう状況なのか。私はきょう一日の生活態度を振り返り、かような状況に置かれる原因を探ろうとしたが、とくに落ち度らしきものは浮かび上がらない。したがって、最終的に行きついた先は、三浦さんが話の通じない人だという結論であった。ともあれ、これはカツアゲではないらしい。

 ひとまずは苛立ちを隠しきれなくなっている三浦さんとの意思疎通を図ることが必要であった。人間以外の、ましてや女王蜂となど会話したことがないから上手く運ぶかはわからない。

 私はレモンティを飲んでみてはいかがと勧めた。

 

「あん?」

「ほら、ちょっと落ち着きましょう。たぶん齟齬があるんじゃないかな」

「そご、ってなに」

「いいから、飲んでよ」

 

 そう言って私がサイダーのプルタブを引くと、気体と化した二酸化炭素が液体とともに噴き出した。手がびちゃびちゃになったが、気にせず何事もなかったかのようにサイダーを飲むと、勢いに押されたのか三浦さんもレモンティに口をつけた。食堂へ向かう通りすがりの生徒の好奇の視線をひしひしと感じる。

 

「おいしい? 俺はおいしい」

「うん、おいしいけど?」

 

 私は人知れず胸を撫で下ろした。どうやら一応、会話は成立するようだ。

 

「ていうか、めっちゃこぼれてるし」

「こういう飲み方が好きなんだ」

「は。絶対うそっしょ。さっき落としたの忘れてただけじゃん」

「あれはわざとやったのよ。いい具合に炭酸が抜けて、低刺激の甘い水になるんだ。でも、素人にはおススメできないね。やっぱり、ほら、ちょっと独特だからさ」

「独特っていうか、頭おかしいでしょそれ」

「まあ、そう捉える人もいるよね」

 

 三浦さんは訝しげに缶と私に視線を上下させる。それからスカートのポケットに手を入れてハンカチを出した。

 

「はい。拭きな」

「あ、結構。自分のがあるんで」

 

 私は手を拭ってから、ようやく言った。

 

「それでさっきの話だけど」

「うん」

「三浦さんの言っていることが、本当にわからない。きみ、人違いしてない? まず、俺のこと知ってます?」

 

 思い出したくもない過去を遡れば、クラスメイトであっても私のことを知らない可能性は十分にあり、ましてや三浦さんには面と向かって誰何されるという事実があった。ゆえに、この疑問を投げかけるのは至極真っ当と言わざるを得ないのだが、その答えとして彼女は「バカにすんなし」と提げていた鞄をわりと強く私にぶつけた。光栄なことに、彼女は私を認知しているらしい。べつに嬉しくはない。

 

「もういいや。ちょっと顔貸しな」

 

 そろそろ、こちらをこっそりと窺うような好奇の衆目に晒されている現状に堪えがたくなっていた折だったので、食堂で話すという彼女の提案を私は容れることにした。サイダーを爆発させた男を鞄で殴打するという血も涙もない狼藉を働いた三浦さんが、いわゆるヤバい奴認定されるのはどうでもいいが、私のような紳士がそれに付き合う変人だと思われるのは遺憾である。

 食堂の一画で私と三浦さんは、我々の間にあった齟齬を、相互了解のもと解消させた。何も知らなかった私はようやく納得がいき、それから呆れてものが言えなくなった。

 すなわち、現在、クラスには雰囲気の悪さというものが蔓延っており、三浦さんはそれを相模さんに起因するものだと感じているらしく、その解決を奉仕部に依頼したのである。そして、三浦さんはいまだに私が部員であると勘違いしていて、ゆえに依頼の進捗について尋ねたのであった。黙っていたが、私は「また、奉仕部か!」と怒鳴り散らしたい気持ちでいっぱいだった。

 奉仕部にいつまで付き纏われるのかと辟易していたのはともかく、三浦さんは得心がいって、屈託なく笑った。その笑顔は、通常時のふてぶてしい表情と比較すると大変可憐であり、働き蜂が周りをブンブン飛び回るのもむべなるかなと思った。しかし、私への数々の無礼をその笑顔で帳消しにできると考えているのなら、大間違いである。

 

「時間の無駄だったね。俺も三浦さんも」

 

 ため息にかすかな嫌悪の念を乗せた私に、三浦さんは化粧の施された大きな目をじっと注いだ。そうして、つっと目じりを下げたと思えば、やや傲慢な口調で言った。

 

「そんなことないし。あんた、結構面白いじゃん」

 

 三浦さんはレモンティに口をつけると、伸びをして立ち上がった。

 

「ヒキオとばっかつるんでないで、もっとクラスで誰かと喋れば? 友達いないっしょ? あーしがなったげよっか? あ、やっぱ無理かも。あははっ」

 

「じゃ、バイバイ」と言って、三浦さんは楽しげに去っていった。

 

 面白い話をした覚えはないし、しばらくヒキオとは誰のことだかわからなかったし、最後のはきわめて余計なお世話だったが、私は三浦さんの評価をほんの少し上方修正した。そうして寛大な心で先ほどまでの無礼を許してやろうと思った。

 

 


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