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たぬき—じけん【狸事件】
「狸事件」とは、一種の躁状態にあった私が実践する「方法的たぬき懐疑」によって引き起こされた一連の騒動を指す。「方法的たぬき懐疑」はもっぱら特殊長短性理論と並行して用いられるため収拾が困難になる傾向にある。
デカルトが行った徹底的な懐疑を完璧に模倣した方法的たぬき懐疑は、一般的に「あなたは狸ですか?」と誰彼構わず尋ねることによって実践される。なお、実践対象となる不特定多数さには、いささかの妥協も許さぬものがあり、見るからにアブナイ輩を除いて(躁状態、心神耗弱状態でも本能的、あるいは動物的センスによって回避される)、目につくすべての人間が被験者となる。
「あなたは狸ですか? おや、ちがうと。では、それを証明できますか?」
「方法的たぬき懐疑」は苛烈を極めた。苛烈を極めれば極めるほど、私の立場が指数関数的に危うくなったのは言うまでもない。
「川崎さん、きみは狸ではあるまいね?」
「おい、戸部。てめえ、たぬきだろ。ふざけんじゃねえぞ。何がジミーだ馬鹿野郎」
「げんこつ山、証城寺、分福茶釜……わかるかい、葉山君。いや下鴨氏というべきかな?」
「方法的たぬき懐疑」によって被験者から得られる反応・回答は大別すると3パターンあり、「無視」「苦笑い」「苦笑い(無視)」である。デカルトと唯一異なった点は、コギト・エルゴ・スムに取り替わるような真理を何一つ得られず、むしろ、すでに着せられ慣れている阿呆の汚名をここぞとばかりに確固たるものにしたことである。私にとっては、己の唯一性が侵害されるという究極的な危機であったことは間違いないのだが、周囲からすればまがうかたなき迷惑行為にほかならず、案の定、しばらくのあいだ一部のクラスメイトからは視線すら合わせてもらえなくなったのは当然の報いといえよう。
なお、当事件に関しては近くで目撃していた比企谷八幡による解説が詳しい。
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伏見稲荷大社の拝殿で参拝し、その背後から稲荷山を縦横無尽に巡る千本鳥居に足を踏み入れてしばらく、はじめは色づいた枝葉と連なる朱色の鳥居が織りなす風情に感嘆を漏らしていた私だったが、登れど登れど無限に続くかと思われる参道を前にして、早くも真っ白に燃え尽きかけていた。罰当たりな感想が漏れかけるのをぐっと堪えて先を見据えると、比企谷と由比ヶ浜さんが軽い足取りでぐんぐんと登っていくのが見えた。奉仕部とかいう運動とは無縁きわまりない部に所属しているとは思えない健脚ぶりである。
一方、文化部に恥じない身体的脆弱さを誇る私だったが、その私を上回る脆弱ぶりをいかんなく発揮して果てしがないのが雪ノ下さんだった。
「雪ノ下さん、俺たちはペースを守ろう。終盤の追い上げに期待だ」
「ええ。べつに競走をしているわけではないのだけれど、そうね」
少し登っては立ち止まり、亀のごとく歩いては犬のように呼吸を荒げながら、我々は着々とふたりの後を追った。比企谷はズボンに手ぬぐいを挟み込んでいる。歌川広重の浮世絵に登場するコミカルな旅人の姿が縫い込まれた薄墨色の手ぬぐいだった。ご丁寧にそんなものまでぶら下げてどこまでやる気なのだと辟易しながら、ゆらゆらと揺れる手ぬぐいを気息奄々と目で追いかけていたものの、気が付くといつの間にか比企谷の後姿ごと視界から消えていた。
途中、並々と水を湛える新池の脇で小休止を取ることにした。
「ずいぶん歩くね。いったいどこまで行くつもりだろう」
雪ノ下さんは胸に手を当てて息を整えていた。心なしか汗ばんでいる。
「大丈夫かい」
「すこし疲れたみたい」
「なにか飲む?」
私は近くに設置されていた自販機でコーラと緑茶を購入した。
コーラを手渡そうとすると、雪ノ下さんは驚きに目を瞠って、それから眉間にしわを寄せた。
「やや、冗談。こっちだ」
改めて緑茶を受け取ると、雪ノ下さんは「ありがとう」と言ってポシェットを開く。
「いくらかしら」
「1万円也」
王道の冗談に対してイマイチな顔をする雪ノ下さんに「べつにお金はいいよ」と言った。このあたりで宇迦之御魂神の神徳に与るべく懐の深遠なる様を見せておくのもやぶさかではなかったのである。ところが、いつだったか喫茶店で支払いを受け持とうと申し立てたところ、にべもなく断られたことを思い出してやや身構えた。果たして今回はおとなしく引き下がってくれたようである。男の面目が保たれたといえよう。
「四つ辻だと思うわ。見晴らしのいいところがあるの」
「何が」
「行き先。たぶん四つ辻まで登って、そこで引き返すのではないかしら」
「ふうん。近いの?」
「もう少し」
「なら、ここにいれば合流できるのでは」
「情けないわね。二人が待っていたらどうするの」
「あのね、俺は君のことを心配して言っているんだがね」
「あら、私は平気よ」
「嘘を言うな。あんなにへとへとだったじゃないか」
「もう平気」
「ふん、へいちゃらかい」
「へいちゃら」
あれやこれやの問答の末、結局四つ辻まで登ることになった。己の体力のなさを棚上げて、心にもなく雪ノ下さんの安全を気遣ったのがかえって裏目に出てしまった。彼女の強情さには手放しで降伏するのが良く生きるコツである。
「戸部はうまくいくかな」
四つ辻を目指して、我々はふたたび歩きはじめた。新池を越えると、参拝客の姿はぱらぱらと疎らになった。
「そうなるといいのだけれど」
「実際、どう思うよ。雪ノ下さんからみて」
雪ノ下さんは進行方向から目を逸らさずに幾度か瞬きをした。それから小さく息をついて、静かに言う。
「わからないの。そういうことに疎くて」
「……なるほど、言われてみればそんなような感じだ。しまったね、これは訊いた俺が悪かった」
「む。どういう意味かしら」
「どういう意味って、口が裂けても言えないよ」
「では引き裂きなさい。それからもう一度聞くから」
「おっかないなあ。そういうところだよ」
「どういうところよ」
周囲から完全に人の気配が消えて辺りが静寂に包まれると、まるで異世界に迷い込んでしまったかのように思われた。延々と伸びる朱色の鳥居を仰ぎ見れば、その隙間から色づいた木々と真っ青な空が小気味良いリズムで現れては消えていく。美しすぎて嘘くさい光景だった。
背後からざっざっという音ともに外国人の男女が我々を追い越していく。ふいに立ち止まると、女性の方が白い歯を見せて「ハロー」と言った。カメラを掲げている。
「撮ってほしいみたいね」
やたらに巨大なレンズのカメラを受け取って二、三枚ほど撮影する。カメラを覗き込んで写真を確認すると、女性は「センキュ―」と笑った。そうして、何事か話しかけてくる。私は委縮した。伏見稲荷のことや、この先に何があるのか尋ねられていることは分かったが、それを英語で返答するだけの時間が圧倒的に足りなかった。しどろもどろになりながら、推敲に推敲を重ね、発音に値する台詞が堂々完成したころには時すでに遅し、雪ノ下さんが流暢な英語を駆使して会話を引き継いでいた。
実践的な英語力の差をまざまざと見せつけられ、後方で小さく控えながら愛想笑いを浮かべていると、雪ノ下さんが顔を赤らめて振り返った。
「写真、撮ってくれるそうよ」
「は? いいよべつに」
「断ったのだけれど、遠慮しないでって」
「なんだそれ」
夫婦だという二人組に目を向けると、往年のダスティン・ホフマンによく似た男性の方がぐっと親指を立てて雪ノ下さんのスマートフォンを構えていた。断れる雰囲気を微塵も感じない。日本国の名誉のためにも、ここはいらぬお節介を素直に受け入れるのが最善と思われた。世界平和にはこういう末端の草の根運動が重要だと聞く。
ダスティンは撮影に並々ならぬこだわりを見せ、私と雪ノ下さんを必要以上にくっつけようとし、逆光を厭い、人影が写り込もうものなら岩のごとく動かなかった。散々苦心した挙句に撮られた写真は一枚きりだった。ダスティンとそのワイフは「ハピネスフォーエバー」とかなんとか言って、仲睦まじく去っていった。
「これが国際交流か」
私はげんなりして呟いた。
「写真、どう」
スマートフォンをじっと覗き込んでいた雪ノ下さんは顔を上げると、「ええ、まあ、そうね」と曖昧に返事した。見せるよう頼んだが、「イヤ」と断られてしまった。さして興味もなかったし、そろそろ先を急がないと比企谷に何を言われるか分からない。なにより、由比ヶ浜さんを比企谷と二人きりにさせておくのは道義に反するだろう。いつ比企谷がY染色体に由来する破廉恥な行為に及んでも不思議はないのだ。たとえそれが由比ヶ浜さんの望むところであっても、断固として阻止する役目が私にはある。私の目の黒いうちは、風紀の紊乱は許さない。
「ケチ。わかったよ、とにかくもう行こうぜ。いい加減にしないと待ちくたびれてるだろうから」
雪ノ下さんを促して、我々は四つ辻まで登山を再開した。
◇
四つ辻で合流した我々はそのまま下山し、伏見稲荷大社にほど近い東福寺を訪れた。
紅葉の季節は絶景と音に聞く東福寺は、それはもう大変な賑わいで、そこら中に人だかりができていた。観光客の多さもさることながら、特に目についたのは境内に近づくにつれて視界を埋め尽くすばかりに漸増していくカップルたちの姿である。聞くに堪えない睦言を交わしながら悠々と歩くカップルの群れに包囲され、ただでさえ道幅の狭い京都の路地がことさらに狭く感じられた。もはや息苦しさを覚えるほどであり、のちに聞いたところによると材木座は呼吸困難で倒れたという。紅葉などどこへやら、互いの顔ばかり見つめ合ってはニヤニヤと相好を歪ませるカップルの多さに、私は苦笑を禁じえなかった。京都くんだりまで出張ってやることといえば、平生と変わらず顔のパーツの配置を再確認することとはひどく嘆かわしい。高邁な発願から東福寺を建立した九条道家もきっと無念のことと思われる。九条道家が何を願ったかは知らない。
そんなふうに世の乱れを嘆いているところへ由比ヶ浜さんの声が聞こえてきた。
「あ、とべっちだ」
拝観料を払って東福寺屈指の観光名所である通天橋を歩いていると、人込みの向こうに戸部の姿が見えた。海老名さんと一緒に写真を撮られているようだ。カメラマンは葉山君で、赤や黄色に彩られた紅葉を借景にして今日も優雅である。
ふいに私の背筋を怖気が走り、心の臓がきゅっと縮まる感じがした。意識よりもさきに直感が警鐘を鳴らしたらしい。彼らがいるということは、むろん彼女もいるだろう。果たして、葉山君の背後に三浦さんの姿が見えた。
私は慌てて比企谷に言う。
「おい、そろそろ次行こうぜ」
「そろそろって、いまついたとこだろ」
「いや、もう見て回ったんだがね」
「どういう嘘のつき方だよ。もう少し考えろよ」
「雪ノ下さんは足が痛いそうだよ。病院に連れて行かなくっちゃ」
「普通に歩いているように見えるぞ」
前を歩く雪ノ下さんが振り返る。
「ええ、問題ないわ」
「強がっちゃって。ねえ、由比ヶ浜さん。じつはね、さっきの伏見稲荷で命の次に大切な多機能手帳を紛失してしまったんだ。あれがないと俺は不安で不安で。取りに戻ってもいい?」
「由比ヶ浜さん、嘘よ。伏見稲荷でその男とずっと一緒だったけれど、手帳を開いているところを一度も見ていないわ。そもそもあなた、普段から手帳なんて使ってないじゃない」
「失敬な。たまに使うこともある。こういう遠出するときなんかは、旅情を書き留めるようにしている」
「それなら見せてみなさい」
「いいとも」と返事して鞄から手帳を取り出すと、由比ヶ浜さんが「あ、あはは」と苦笑した。
「とんでもない阿呆ね」
「嵌めたな! 卑怯だぞ」
「なんでもいいのだけれど、なぜそんなに早く出たいの?」
「まあ、その、風水的な、方角的な、そういう」
私が言葉を濁していると、向こうで我々に気づいた葉山君が声を上げ、由比ヶ浜さんがそれに応えた。戸部の阿呆が「うぇうぇうぇ」などと喧しい声を響かせて、観光客の間を抜けてくる。
うすうす無茶だと勘付いていたが、到着早々に寺を辞するのはやはり無茶だった。いまさら逃走するわけにもいかず、私は比企谷の背後で小さくなっていた。
葉山君と由比ヶ浜さんが今後の予定について言葉を交わしている一方で、なにやら雪ノ下さんと三浦さんが無言で見つめ合っていた。二人は言語を介さずに、非常に密なコミュニケーションをとっているようにも、相互の顔面を通して遥かな人類の歴史と神秘を紐解いているようにも見えた。
私はてんで蚊帳の外だった。このまま小さく縮こまっていれば、やがて嵐は過ぎ去るだろう。そう希望を見出しかけたが甘かった。私を雨風から守っていた猫のように丸い比企谷の背中が、突如として視界から消えたのだ。声をかける間もなく、比企谷はこれまた猫のようにするすると人込みの中を抜けてどこかへ行ってしまう。
集団行動もまともにできないのかと信じられない思いだったが、ふと気づけば三浦さんの視線が雪ノ下さんから私へと移っていて、それどころではなくなっていた。
私は表情筋を総動員して愛想笑いを浮かべた。三浦さんは私をじっと睨みつけると、つかつかと歩み寄り、右腕をさっと持ち上げた。ピシャリと頬でも打たれるのではないかと戦慄したが、振り上げられた彼女の右手は私の腕を掴んでいた。
「ちょっと話あるから」
三浦さんはそう言うと、私を強引に引っ張っていく。
されるがままに引きずられながら、助けを求めて雪ノ下さんを振り返ると、彼女はなぜか眉間にシワを寄せつつ、心なしか見下すように私を見ていた。
「そ、そんな……」
雪ノ下さんの冷酷さに、私は言葉を失った。
◇
通天橋は、いまや処刑台へと続く階段のごとくに思われた。
前を行く三浦さんの背中からは怒気がめらめらと立ち昇っているように見え、自身を貶めた不届きな阿呆を簀巻きにして人力車で引きずり回し、京都市中遍く晒しものとした挙句に、冷たい琵琶湖の底に沈めようとする鉄の意思が濃厚に漂っていた。のっしのっしと肩を怒らせる三浦さんの姿に自然と観光客の群れは二つに分かれ、その光景はあたかも二つに分かれた海を行くモーゼのようであったという。
私はむやみに他人と対立し、いらぬ摩擦を生んで窮屈な学生生活を送るのも阿呆らしいという効率主義的な思想の下に暮らしていたから、誰彼構わずメンチを切りまくる抜き身のような三浦さんのことは、些かやんちゃが過ぎる、ありていに言えば危険人物だと思っている。何度か交流を持つ機会があり、いくらか見るべきところがあると知ってはいるが、危ない人という結論は覆っていない。始末が悪いのは、あくまで傲然と振舞う彼女をチヤホヤする手合いが多いということだ。こういう輩と交わりをもってもろくなことはあるまい。すぐさまそう断じた私は、彼女のゆく先々でところかまわず小さく身を潜め、声を呑んで息を殺し、ことさらに接触を控えてきた。その涙ぐましい効率的努力が水泡に帰したのが昨日のことである。
私は彼女のうしろを歩きながら「なむなむ」と唱えた。昨日のことは、どこをどうほじくり返してみても私に非が無いのは明白である。というのも私は私でなかったからだ。しかし、その顛末について懇切丁寧に説明することは、すでに見放し気味の学生生活に引導を渡す行為と限りなく等しい。いっそ一切の罪を認めて謝ってしまった方がよいと思った。
通天橋を抜けた先にある愛染堂で我々は対峙した。怒り心頭に発する三浦さんと無辜の権化である私の決戦の火蓋がいままさに切られると思われた。
「あーしも悪かったと思ってる」
私が息を呑んでいると、彼女はキっと眼光を鋭くしてそう言った。
「え?」
「あんたに言われるまで気づかなかったけどさ、たしかに一方的だったし、空気を悪くしてたのもあーしだったわ。だから、そのことは、ごめん」
まるで話にならないだろうというのが大方の予想であり、掴み合いの様相を呈すことも覚悟の上だったが、逆に謝罪を受けるというのは想定外であった。
まさかの展開に、とりあえず私はことさら重々しく頷いてみせた。
「あーし結構傷ついたんだけど。あんた、おとなしい顔してズバズバ言うじゃん」
三浦さんはそう言つつも冗談めかすためか悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「でも言ってもらえて、なんていうの? ちょっと目が覚めたっていうか。泣いたのはちょっとはずいけど」
「ふうん……あ、ごめんなさい。まさか泣くとは俺も思わなかったから」
なんとか話を合わせようと適当な具合で相槌を打った。三浦さんを泣かしめるとは、いったい下鴨矢三郎氏は何を言ったのだろうか。畏れ多すぎて、よもや訊けるはずもなかった。
「んでね、やっぱそれでも姫菜――海老名にちょっかい出すのはやめてほしい」
「……ちょっかい、とは」
「あんたら、奉仕部だっけ? なんかやってんでしょ? 一応、ヒキオには伝えといたんだけどさ。したら隼人が何とかするって言ってるらしいんだよね。だから、まあ大丈夫なんだろーけど」
ふいに話の雲行きが変わったが、奉仕部の海老名さんへのちょっかいと言われれば戸部の依頼に関する話だろうと推測できた。
「海老名さ、そういうのめちゃくちゃ嫌いなんだよね」
「嫌いなんですか」
「嫌いなの」
「ほう」
三浦さんは我々のサポートを「低俗なちょっかい」だと捉えているらしい。失礼な話だが、概ね間違っていないため反論するつもりはない。他人の恋路を応援しているというのは一方的な見地に過ぎず、何も知らない相手方からすれば、ただひたすらに鬱陶しい余計なお世話に他ならないことも十分にあり得るからだ。しかし、そのような低俗なちょっかいを何も好き好んで致しているわけではない点に留意してほしい。私のような高邁で清廉な学生が他人の恋路の援護射撃という不潔を敢行するのには、それなりの抜き差しならないワケがあるのだ。
ところで、昨日、三浦さんが泣いたことと戸部の依頼との間にどのような因果関係があるのか判然としないため、彼女に対してなんと言葉を返せばよいのかわからなかった。場合によっては、いささか頓狂な発言になりかねないため注意が必要である。最近判明したことだが、丸く収まりかけている事態を再びこじらせることにかけて、私の右に出る者はすくない。
「せっかくの修学旅行じゃんか」
三浦さんは言う。
「後になって嫌な思い出だった、なんて最悪だし。海老名だけじゃなくて皆もそう」
「海老名さんは、その……我々の思惑に気づいているんですかね」
「たぶん、ね。あーしが勘付くくらいだし、そりゃ姫菜も気づくっしょ。アンタたち結構露骨だしさ」
「そうですか。それはすみません」
「茶化してるわけじゃないのはわかる。けど、もう見てられないから」
反論しようと思えばいくらでもできたが、私は黙っていた。ここで三浦さんといっちょ事を構えたところで、結論は変わらないように思われたからだ。
戸部の依頼と三浦さんの主張の間には、けして相容れないマリアナ海溝並みの断絶があるように見える。しかしながら、それは私の知ったことではないのだ。真正面から受けて立った以上、いまさら戸部の依頼を放擲しては立つ瀬がない。かといって、興が乗らない依頼に対してここぞとばかりに本腰を入れて、あえて三浦さんや海老名さんに厭な思いをさせるのも馬鹿らしい。だらだらと気楽にやって流れにまかせていれば大きく間違うことはないだろう。裁定を下すその瞬間まで日和見主義を貫いて、波風を立てずにふわふわしていればいいのだ。
「わかりました。善処します」
「ん。よろしく」
紅に染まった一片のもみじがすうっと落ちてきて、愛染堂が秋の日差しを受けてまだらに輝いた。