家賃1万円風呂共用幽霊付き駅まで縮地2回   作:ウサギとくま

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Sleeping Beauty~後編~(幸せな生活は長く続かなかった。始まったのだ――異世界からの侵略が)

~3日目~

 

 タッツミーン! 皆元気? 俺は一之瀬辰巳。タツミン星からやってきたタツミン星人なんだ。タツミン星人はさびしくなると死んじゃう(死因:涙で溺死)から、恐らくは兎の祖先だと思われるよ! 主食はサバの味噌煮! 趣味はネットサーフィングとフィギュアの鑑賞! 服のチョイスは妹! 

 

 え? タツミン星人についてもっと知りたい?

 

 そうか……。

 そんなの俺が知りたいよ……何なんだよタツミン星人って……。何で大学最初のコンパで俺はウケ狙ってそんな自己紹介しちゃったんだよ……。結局周囲ドンドンビキビキで、遠藤寺しかウケてなかったよ……。お酒の力ってホント怖い。

 まあ、今思えばあの自己紹介が無ければ遠藤寺が俺に興味を持つこともなく、そうなったら俺は完全に絶対ナル孤独者だったわけだ。そう考えたらあのぶっ飛び自己紹介もよかったのかもしれない。

 

 なんで今遠藤寺のことを思い浮かべているかというと、今から遠藤寺に会いにいくからだ。

 会ってエリザの寝顔を見る為のいい知恵を頂こうと思っている。一休さんに縋りつく新右衛門さんの如く。

 

 そういうわけで俺は朝から大学にえっちらおっちら向かっていた。道中に妹である雪菜ちゃんにメールを送る。

 

『雪菜ちゃん……寝顔が見たいです』

 

 と。正直自分でも狂気の沙汰としか思えない。いくら連日失敗続きだからって無謀が過ぎる。女神が出る泉に身投げをするような暴挙。平気で大破進軍しちゃう恐ろしさ。女子校に全裸突撃する蛮行。

 だが遠藤寺に頼んでも失敗する可能性を考え、少しでも選択肢を増やしておきたかったのだ。備えあれば嬉しいし。

 

 送ってしまってからちょっと後悔していると、1分も経たずメールが返ってきた。

 

『寝顔がみたいですか? 普通なら恋人でも作ればいいとアドバイスをするところですが、兄さんは現在の輪廻の輪にいる限り恋愛とは無縁なのでこれは却下します』

 

 なに俺って現世どころか来世でも恋愛とは縁がないの? 

 

『であれば。さっくりそこら辺を歩いている女性を捕まえて監禁すればいいのでは? そうすればお縄につくまで好きなだけ寝顔を見ることができますよ。……いえ、よく考えると兄さんに監禁された時点で、兄さんの内面から溢れる下衆さを感じ取り普通の女性は自害しますねこれも却下です』

 

 兄を精神的に追い詰める妹がいる、これってトリビアになりませんか? そうですか、なりませんか。

 

『深夜の駅前にでも張ってみてはどうです? 運が良ければ酔いつぶれたOLの寝顔を見ることが……いえ、兄さんが深夜に出歩くだけでも即通報の可能性が……これも却下ですね』

 

 されるかされないかで言えばされるけどさぁ……でもさぁ……。

 

『と言うわけで兄さんが寝顔を見ることは不可能です。いえ、待ってくださいその縄を置いて下さい。ショックで命を絶つのはまだ少し早いです』

 

 しねーし。

 

『流石に寝顔を見られなかったなんて下らなすぎる理由で自殺した兄さんのお葬式に出るのは、それこそ死ぬほど嫌ですので、これで譲歩してください』

 

 と返ってきたメールには画像が添付されていた。

 開いてみる。

 

 何故か元俺の部屋にあるベッドで眠っている雪菜ちゃんの画像。

 ご丁寧に真上、真横、部屋の入り口からと様々な角度から撮っていた。

 なんつーか、グラビアJKのプライベート風イメージPVみたいな感じ。

 

 こんな作りもん見え見えの寝顔写真集なんて俺が今求めてるもんじゃねーんですよ! 俺が見たいのは養殖ものの寝顔じゃなくて、もっとこう……無防備さ全開の天然寝顔なんだよ!

 まあ、これはこれで頂いておきますがね! 

 

 そんなメールのやりとりを終えると、目的であるいつもの場所に辿り着いた。

 遠藤寺と俺が拠点としている場所、学生食堂の一角。

 昼時の学生食堂の喧騒から隔絶された一種の異界。柱と観葉植物で遮られた死角。

 

 遠藤寺は今日もそこにいた。

 

 頭に付けた大きなピンク色のリボンと、黒一色のゴシックロリータファッション。

 異界に存在するに相応しい、相変わらず独特なファッションだ。なんか魔女っぽい。

 

 遠藤寺は涼しげな表情で本を読んでいた。タイトルは『ロートレック荘殺人事件』。俺の中に眠るネタバレ魂がむくむくと沸き上がってきたが、遠藤寺ちゃん、ああ見えてネタバレとかしたら本気でキレるタイプなので自重した。いや、マジで怖いの。ただでさえ怖い目で睨みつけてくるの。無言で。

 

「よっこらしょ」

 

 俺は椅子を引き、遠藤寺の正面に座った。本に没頭しているのか、遠藤寺が俺に気づいた様子はない。

 そのままジッと遠藤寺の顔を見つめてみる。うーん、相変わらず綺麗な顔だ。俺が首から上だけを集めるタイプのサイコパス、もしくは美しい顔を集めることが武勇に繋がる部族だったなら、さっくり首から上をカットして週に5日は顔を見つめるデーを設ける自信がある。首から上を集めるといえば、最近ヒロインが実はみたいなエロゲが……イカンイカン、静まれネタバレ魂よ。

 

 しかし遠藤寺、俺の存在に本当に気づかない。ちょっと無防備過ぎやしないだろうか。俺だからこうやって正面から視姦するだけに努めているけど、他の人間だったら邪な行為不可避だろう。下からパンツ覗いたりとか。上からブラチラ覗いたりとか、横から腋チラ覗いたりとか、鎖骨クンカクンカするとか……鎖骨にお酒溜めて啜ったりとか……そういう変態もいるってこと、遠藤寺は分かっているのか?

 

 俺が思うに、遠藤寺には圧倒的に危機感が足りていない。もっとこう……自分がイヤらしい目で見られるかもしれないっていう危機感を持つべきだと思う。言ってやりたい『お前、もしかして自分が下着を見られないとでも思ってるんじゃないか』って。

 だが遠藤寺のことだ。俺がそんな忠告をしても『ん? ボクの下着なんて面白くもないもの、見たい人間なんていないだろう?』なんて真顔で言うかも。ありえる。そんな遠藤寺に言いたい。ここにいるぞ!と。少なくとも俺は遠藤寺のスカートの中に顔を突っ込んで深呼吸をしたい。スカートの中は真っ暗で心細くなるかもしれないけど、その中に煌めくパンツを見て『パンツは○かった』みたいな名言を残したい(○の中身は不明。白かもしれないし、黒かもしれない。もしかしたら無かもしれない。覗いてみるまで分からない、これがシュレディンガーの猫ってわけニャ)

 

 大いに脱線したが、遠藤寺には人並みに危機感を持って欲しい、これが本音だ。だが頭でっかちな遠藤寺には言葉じゃ伝わらない。言葉で伝わらないなら……行動で示すしかないだろう。実際に覗いてから『ほらね。こうやって覗かれることもあるんだよ』と優しく声をかけよう。親友のパンツを覗くなんて罪悪感が半端ないけど、遠藤寺の為だ。遠藤寺がパンツを覗かれるどころか盗撮されて何やかんやで薄い本みたいな展開になってほしくない。そんな俺の切なる思いを分かって頂きたい。下心などない、と。分かった? よし、じゃあ行こうか。

 

「おっと、小銭を落として~」

 

 流石にいきなり机の下に潜り込んだら不審者感丸出しなので、小銭を転がす。小銭は食堂の床を転がり、上手いこと遠藤寺の靴に当たり停止した。遠藤寺の顔を見る。

 

「……」

 

 相変わらず熱心に読書をしている。それを確認してから、俺は机の下に潜り込んだ。

 

「おうふ!」

 

 ワックスをかけたばかりなのか、体を支える手が滑ってナチュラルに土下座をしてしまった。額を床に打ち付ける。床から伝わる冷たさで脳が『俺何やってんだろ』と冷静な思考を伝えてくるが、それを振りきって四つ這いのまま前に進んだ。机は小さい。すぐに目的の場所、遠藤寺が座る椅子に辿り着いた。

 

 最初に目に入ったのは、遠藤寺が履いている靴。底が厚い黒のパンプスだ。先端に赤いリボンが付いている。頭にもリボン付けてるし、遠藤寺って本当にリボンが好きだな、リボンが好きだからゴスロリ着てるのか、ゴスロリ好きだからリボンが付いているのか……これっていわゆる卵が先か鶏が好きかみたいな話? よく周囲の学生が『いい年してリボンってw』『あれくらいの年でリボンが許されるとか、佐祐理さんくらいだよねーw』と笑っているのを見るけど、俺は遠藤寺のリボンが好きだ。基本的に遠藤寺は武道(多分バリツ)をやっているからか歩く姿勢とかがすっごい綺麗で、身体とか全然揺れないけどリボンは揺れる。ふりふり揺れる。そのギャップがいい。そしてまあ……リボンが純粋に似合っているってこともある。

 

 さてお次は靴下だ。今日はどんな靴下かな? 個人的に遠藤寺の魅力の一つは絶対領域だと思っているのでニーハイを履いていて欲しい。ニーハイと素肌の境界のちょっと盛り上がったところ……辰巳、好きぃ! まあオーバーニーもタイツもガーターベルトも好きなんでつまり何でも好きな全方位超長距離射程捕捉型性癖持ちの俺が一番強い。

 

 で、靴下を見てみる。すると妙なことに気づいたんですよ……。最初は変わった色の靴下だなぁって思って……肌色の靴下なんてあるんだーと驚いたんですよ……。で至近距離でマジマジ見るとね……無いんですよ。靴下がね、無いんですよ。

 

「は、履いてない、だと……?」

 

 い、いかーん! 今スグDVD化で消える不自然な光もしくは不自然な湯煙を彼女に! ……いやいや落ち着け俺。履いてないのは靴下だ。靴下だからダイジョブ。靴下だから恥ずかしくないもん。

 

 改めて遠藤寺の足を見てみる。やはり履いてない。素足だ。生足だ。普段は靴下に覆われているムッチリとした足が、眼前に広がっている。絶対領域という限られた面積の肌しか見たことがなかったので、衝撃的だった。衝撃!素足編!

 しかし素晴らしいムッチリ具合だ。太すぎず細すぎず、そしてシミ一つ無い美肌。俺の中で『挟まれたい』という未だ感じたことがない未知の感情が生まれた。蟹の様な感情。今すぐ挟まれたいガニー。

 最早哺乳類という殻を捨て去って、甲殻類の殻を纏い畜生本能に身を任せた俺は、それはもう息のかかるほどの至近距離でその足をガン見したとさ……(蟹だけに昔話風)

 

「――少し息がくすぐったいな。見るのはいいけども、少し離れてくれないか?」

 

「あ、ごめん」

 

 天から降ってきた声に、ほぼ無意識に従った。肌色いっぱいだった俺の視界に、遠藤寺の下半身全体が映った。目の高さにはつるつるした膝小僧がぴったりと並んでおり、そこから上は挟まれ帯である太ももが、トンネルに入っていく新幹線のようにスカートの中に伸びていた。残念ながら足をぴったり閉じているせいでスカートの中は暗黒領域と化していた。

 うーん葉賀ユイ……いや歯がゆい。後3cm……いや2cmで十分ですよ。2cmでいいから開いて欲しい、その願いを天に向けて祈ってみた。

 

「ちょっと足を開いてくれたら嬉しいんだけど」

 

「……いや、流石にそれは……困る。何というか……足を見せるのはいいが、そこから先は親友同士の戯れじゃすまないと思う」

 

「だったらどうすればいいんだ! どうすれば見せてくれるんだ!?」

 

 金か!? 金なら俺の親友の遠藤寺が腐るほど持ってるぞ!?

 まあ、俺は持ってないな……うん。どれくらい貯金あるかすら自分で把握してないし、エリザ任せだし。

 いつか将来大金持ちになったら、ANIMATEをカネの力で無双したいものじゃー、です。

 

「どうすればって、それはまあ……親友より先の段階に行けばいいと思うけど」

 

 なるほど、親友より先に進めばスカートの中を見放題なのか。しかし親友より先ってなんだ? 超親友? 心の友と書いて心友? 真友? 魔友? まおゆう? ……あれ、何の話してたっけ?

 

 と、ここで俺は気づいた。俺がさっきから話している天の声って誰? メタ的なことを言うとcvが遠藤寺の中の人とそっくり。そっくりっつーか同じ。つまりこの声の主=遠藤寺? バーロー?

 

「え、遠藤寺?」

 

「そうボクだ。やあ元気かい? ――ところでボクの足はどうだい?」

 

 遠藤寺の顔は見えない。だが怒っているような声には聞こえない。どちらかと言うと期待感に満ちたような、若干の緊張を含んだ……そんな声だ。

 

 感想を述べる前に、取り合えず気になっていたことを聞いてみた。

 

「な、何で素足なんでしょうか?」

 

「ん? ああ、この間大学内を歩いている時、君が素足をさらけ出している生徒をこれでもかと熱心に見ていたからね。隣で歩いているボクの声が届かないほどに。だから素足に興味があるのかと思って試してみたんだ」

 

 女子大生ってホント馬鹿。あんな水着みたいなショートパンツ履いて生足曝け出しよってさぁ……そりゃ見るだろ! 親御さんに悪いなーとか思いつつ見ちゃうでしょうが! 俺は悪くねぇ! 

 

 しかし遠藤寺さん、俺が素足に興味ありそうだから試してみたって……なに俺って実験動物扱い? モルモット? そりゃ美少女に身体を弄繰り回されたいって欲望は誰にだってあるだろうけどさぁ……。

 それはそれとして感想を求められたからには返すのが礼儀だろう。

 

「いや、まあ……凄い綺麗だけど。多分、この大学にいる女子の中じゃあ、一番きれいな足だと思う」

 

 偽りも脚色もない心から取り出したばかりの新鮮ピチピチな感想。

 普段だったら言えないだろうけど、机の下にいて顔を見ていない今なら言えた。こういう時、モテロード爆走する主人公だったら面と向かって笑顔浮かべながら言えるんだろうな。俺にはこれが精いっぱい。

 

「そ、そうかそうか。ふむ……自分の足を褒められたのは生まれて初めてだけど……嬉しいものだね。何だろうか、胸の奥が仄かに温かい。高揚感もある。大学にいる女学生はファッションショーでもやっているのかと問いたくなるような女性ばかりだけど……少し気持ちが分かった気がする。なるほど、これは挙って着飾る理由も理解できる……独特な快感だ」

 

 珍しく上ずった声で捲し立てるような早口。今遠藤寺はどんな顔をしているのだろうか。

 気になってテーブルの下から這い出る。勿論入ったところから出た。出口はもう一つあったけど、それってつまり正面、いわゆる這いよれ遠藤寺さん状態で、遠藤寺という山を登らないといけない。それはそれで登山魂が刺激されるけど、今の俺にはレベルが高すぎる。

 

 テーブルの下から這い出て、咳払いをしながら着席した。遠藤寺を正面に捉える。

 遠藤寺は仄かの頬を赤く染め、その口は両サイドにつりあがっていた。擬音を付けるなら『にやにや』だ。

 

「ふふっ。お粗末様でした、とでも言えばいいのかな?」

 

 からかうような口調で問いかけてくる遠藤寺に、少しむっとしたがら返した。

 

「……俺が来たのっていつから気づいてた?」

 

「君が席に着いた時には気づいていたさ。いや、君が食堂に入ってきた時にうっすらと気配を感じてはいたけど」

 

 ぱねぇー。遠藤寺さんの円の範囲すげぇー。ノブナガさん涙目っすわ。

 

「いや、でも……熱心に読書してたじゃん」

 

「いくら本に夢中だからといって、親友の君の存在に気づかないなんてことあるはずないだろう?」

 

「だったら声掛けてくれよ」

 

「いや、そうするつもりだったさ。それから席を立ってボクの装いを見てもらおうと思っていたんだ。……まさか席の着くなりいきなり机の下に潜り込むとは思わなかったよ。思わず声をかけるのも忘れうくらい滑らかな動きだった」

 

「いきなり?」

 

「そう、いきなりわざとらしい口調で小銭を落としたよね」

 

 席に着くなりいきなり? いや俺の主観時間では5分ほど席に座ってたはずだ。だが遠藤寺が嘘を言っているように見えない。遠藤寺の感じている主観時間と俺が感じた主観時間の相対性。よし、これを特殊な相対性理論と名付け、卒論のテーマにしよう。

 

「ま、いいさ。君に足を見せるという本日の目標は完遂した。うん、満足だ。……さて、では君の番だよ」

 

「え? 俺の番って……俺も生足になれと!?」

 

 いや、まあなれって言うんならなりますけど。でも処理とかしてないし……いや、してたらしてたでキモイか。

 

 俺がズボンを捲り上げるか上げまいか一瞬悩むと、遠藤寺が呆れたような表情で言った。

 

「……違う、そうじゃない。君、ボクに何か用があるんだろう?」

 

「あ、そうだけど。え? 俺言ってたっけ?」

 

 実の所、今日はノーアポだ。多分この時間に食堂来たら遠藤寺がいるだろうなーと思って来ただけだ。

 事前に用件を伝えていたら、円滑に話が進むだろうけど、俺は遠藤寺との回りくどい会話が大好きなので、伝えてなかったのだ

 

「ほぼ四六時中一緒にいたら、顔を見ただけで何を考えているかぐらい分かるさ。それにボクは探偵だよ?」

 

 「君の振る舞いから推理することも朝飯前だよ」と人差し指を立てる遠藤寺。

 こりゃうかつにエロいことも考えられねぇな。まあ、昔から俺は顔に出ないタイプの助平って言われてるからその辺は大丈夫か。

 遠藤寺との雑談は惜しいが、仕方ない。本題に入ろう。

 

「あー……俺んちに幽霊いるじゃん」

 

「ああ、いるね。ここだけの話、君が精神を病んで幻を見ている可能性も未だに少しは考えているんだけれど……あの幽霊だね?」

 

「それ初耳だし、俺心患ってないからその可能性は捨てて」

 

 これを冗談で言ってないから困る。素面で『おまえ、頭でえじょうぶか?』と言っちゃう遠藤寺さんは当然のように友達がいない。まあ、俺もだけど。

 

「で、君の家に出没するようになった……いや、君が入居する前からいたんだっけか。その幽霊がどうしたんだい? 今まで見せていた新妻のような献身的な態度は演技で、遂に本性を現したのかい?」

 

 楽しそうな遠藤寺。ちなみに本性云々の疑惑は俺の中にほんのわずかにだが存在する。だからこそ、今回の作戦で寝ている姿を通してエリザの本音を聞きたいと思っているわけだ。

 

 遠藤寺はエリザが本性を表した体の話を続けた。

 

「それなら前も言ったように、ボクの家に来るといい。家賃なんてケチ臭いことは言わないさ。ただボクの助手としてもっと働いてくれたら御の字だ」

 

「助手とかいって、前みたいに孤島の洋館に連れていったりするのはもう勘弁してくれ……ってそうではなく」

 

 俺の脳裏にあの惨劇の1泊2日が浮かんだ。もう第一発見する度に悲鳴をあげる役はコリゴリだよ~。

 

「おかげ様で幽霊とはうまくやってるよ」

 

 毎日一緒に風呂に入ってるくらいには上手くやっている。『辰巳君と……これからもずっと入りたいな』ってモジモジしながら言っちゃうエリザちゃんマジ綺麗好き。

 

「だったら何が問題なんだい?」

 

「うん。じゃあまあ単刀直入に言うけど」

 

「ふむ」

 

「寝顔を見たことないんだよな。で、寝顔見たいから協力してくれって話」

 

「なんだそんなことか」

 

 遠藤寺は「やれやれ」と肩をすくめた。

 

「寝顔が見たい、ね」

 

 そして目閉じて3秒ほど間を開けてから

 

「……寝顔?」

 

 と眉を寄せて言った。ちょっと何を言っているか分からない、みたいな顔だ。

 

「そう寝顔。寝ている時の顔な」

 

「いや、寝顔の意味は分かる。君が幽霊少女の寝顔を見たくてボクの元へ相談に来た、それはまあ……分かった」

 

「話は早いな。じゃあ早速――」

 

「いやいや待ちたまえ。要件は分かった。だが理由が分からない。君が寝顔を見たいという理由を考えてみたけど、ちっとも分からない」

 

 遠藤寺は食堂という場にふさわしくない、緊迫した表情を浮かべた。

 遠藤寺は推理中毒を患っているので、分からないことがあるととてもイライラするのだ。

 

「ちっとも分からんの? どうした名探偵」

 

「……ぐぬぬ。……君が寝顔を見ようと色々試みているのは分かる。最近……そうだな2日ほど前かな。コーヒーを飲んだだろう? 若干口臭にコーヒーの匂いが混じっている。それに普段より幾分か目が冴えているように見える。寝顔を見る為に夜更かしをしようとしたんじゃないか? そして失敗した。その流れで考えるなら、次に対象よりも早起きをしようと君は思うだろう。そしてそれも失敗した。そしてボクの元に来た。いや、その前に……君の交友関係から考えると……家族辺りにでも相談したんじゃないか?」

 

 俺の行動を次々と当てる遠藤寺。まるで前回前々回のあらすじのような内容だ。

 

「そこまでは分かった。だが君の動機が分からない。何故同居している幽霊の寝顔を見たいと思うんだ? そこに何の意味がある? 寝顔を見ることで君に何の得がある?」

 

 むしろ得しかないと思うんだけど。

 

「ただ見たいからじゃダメなのか?」

 

「ああダメだね。物事には理由があって然るべきだ。誘拐にも殺人にも……そして寝顔を見ることにも」

 

 そこに並べちゃうと寝顔を見ることが犯罪みたく思える。

 まあ、そこまで言うなら理由を教えよう。遠藤寺が納得するかは置いておいて。

 

「理由か。――可愛い幽霊の可愛い寝顔を愛でたいからだ」

 

「……」

 

「なんだその顔は」

 

「これが本邦初公開、ボクが生まれて初めて浮かべる『嫉妬と呆れ』が混ざったなんとも言えない表情だよ」

 

 確かにそんな感じの表情だ。なんともいえない感がなんともいえない。

 

「本当にそれだけの理由なのかい?」

 

「まあ、うん。ていうかたかが寝顔を見たいってだけで高尚な理由を求められても困る」

 

 俺は改めて遠藤寺に、現在の状況について伝えた。

 エリザは俺より早く起きて、遅く寝る。夜更かしも試したが無駄で早起きも失敗した。残る手段は遠藤寺の策か、雪菜ちゃんの策を借りて狭い部屋に監禁して四六時中観察をする、くらいしかない。

 

「……はぁ」

 

 遠藤寺は組んだ手に額を載せて溜息を吐いた。表情から嫉妬が抜け、呆れだけになっている。

 

「どうかしたか?」

 

「いや、なんでボクはこんな意味の分からないことを相談されているのか、と。そう思ったら溜息が出た。君、一応聞くけど幽霊少女の寝顔を見たいのかい? それとも寝顔だったら誰でもいいのかい? 後者だったらボクが協力しても……」

 

「いや、前者だな」

 

「……あ、そう」

 

 遠藤寺の寝顔も見たいが、今はエリザだ。2人同時に寝顔見るなんてできないからな。

 昔の人は言った。二兎を追うものはズッ友だよ……って何言ってんだ俺。

 

「……はぁぁぁぁぁ」

 

 遠藤寺が今まで見たことのない、それはもう長くて深いため息を吐いた。

 朝食に食べたのか、リンゴの匂いが仄かに香る。うーん、愛媛産かな?

 

 遠藤寺が顔を上げた。笑っていた。いつものニヒルな笑顔ではなく、自嘲的な力ない笑み。

 

「……何が一番悔しいって、こんな下らなくて会った事もない幽霊に塩を送るような相談をされているのに……君に頼られていることを嬉しいと感じている自分にだよ。はぁ……これが……惚れた弱みってやつかな」

 

「幽霊に……塩……」

 

「君、人の言葉の中に面白いフレーズを探すのはやめろ。今最後の方、凄く恥ずかしいことを言ったんだけど。……何を言っているんだボクは、まったく……」

 

 遠藤寺が白い頬をうっすらと赤く染めていた。そりゃ惚れた云々なんて言葉使うのは遠藤寺だって恥ずかしいのだろう。

 俺の中の検索エンジンが『もしかして:恋』とか勘違いするから、その手の言葉は本当に勘弁してほしい。遠藤寺が俺のことを好きなのが知っているが、それは友人としてのものだ。普段から本人が明言しているだけあって、それは間違いない。そもそも遠藤寺の辞書には恋愛って言葉ないっぽいしな。

 

「それで何とかなりそうか?」

 

「まあ……要するに幽霊少女を眠らせればいいんだろう?」

 

「ああ。でもだからってバーリトゥード(何でもあり)はダメだぞ? 氷で作った鈍器で後頭部を殴って眠らせるとか走ってるジェットコースターの上でピアノ線を使って何やかんやで眠らせるとか」

 

「何で〇ナンみたいな方法なんだい?」

 

 お、通じるのか。流石ミステリーものなら古今東西読んでいると豪語するだけある。

 

「まぁ……ないこともないよ」

 

 遠藤寺は自分のカバンを漁り、何やら錠剤の入った瓶を取り出した。

 

「これは即効性の睡眠薬さ」

 

「……」

 

「分かるよ。君のその顔『そんなもの効くのか?』『何故そんな物を持ち歩いている?』そんな疑問だろう」

 

 正解。

 

「前者から答えると……効く。ある事件で知り合った自称天才発明家の老人が作ったこれは……非常に効く。1錠でちょうど30分、幼児から成人男性、老人問わず眠らせる。副作用はない」

 

「怪しすぎること山の如しなんすけど」

 

「だが非常に重用している。それが後者の理由だ。ボクは今でこそ、そこそこ名が売れて『漆黒衣探偵――遠藤寺』と呼ばれているが」

 

 まずその二つ名が初めてなんすけど。

 

「まだ名前が売れてない頃、事件に巻き込まれて真相が分かり解決しようにも探偵という肩書が信じてもらえなかった。そこでこの薬を使って適当にそれらしい人間を眠らせ探偵七つ技術の一つ、声真似を使って事件を解決していたのさ。最近でも、信じてもらえない時はこの手段を使っている」

 

「お前小〇館に訴えられるぞ」

 

「というわけで、これを持って行くといい」

 

 そのまま瓶をスライドさせてくる。

 

「いや……この手段はどうなんだ?」

 

 いくら寝顔を見たいからって、薬使ってまで眠らせるのは人としてかなり……畜生にも劣るのではないだろうか。

 

「だが他に方法があるのかい?」

 

「……いや、ないけど」

 

「なら使うといい。余談だがその薬を服用すると、非常に心地よい眠りにつくことができる。30分の睡眠で、9時間ぐっすり眠ったような質のよい睡眠をね。君の話を聞くにその幽霊少女は十分といえる睡眠時間をとっていないように思う。普段お世話になっている代わりにこれを使って休んでもらう、そう考えれば君の罪悪感も少しは薄れるんじゃないかな?」

 

 そう聞くと自分がやろうとしていることが善行なのではと思う(錯覚)

 それにもう手段がない。ただでさえ交友関係が狭い俺は、他に相談する相手がいないのだ。

 これしかない。

 

 俺は瓶を受け取った。ラベルに小さく『くれぐれも悪用するんじゃないぞ』と書かれていた。大丈夫なのか。

 

「ふむ。どうやら本当に服用してもいいものか、不安なようだね。じゃあ、試してみよう」

 

 そう言うと遠藤寺は柱と観葉植物の隙間を指した。

 

「あそこに今にも倒れそうな体で課題に取り組む男子学生がいるだろう?」

 

「ああ」

 

 遠藤寺の言葉通り、指差す先には6人がけのテーブルに教科書を広げ、目を血走らせた状態でシャープペンシルを走らせている男子生徒がいた。額には『背水の陣』と書かれた鉢巻。目の下にできたクマは男子生徒が1徹や2徹どころではない徹夜を続けているだろうことを思わせた。口の端からは自分でも気づいていないのか余裕がないのか涎がダラダラと垂れている。

 耳を傾けてみた。

 

「――ケヒヒヒッ! ケヒッ! ケヒヒッ! ウヒヒッ! きょ、今日中に課題を提出できなかったら……留年確実ゥ! しゅごいッ! ウフフッ! 留年したら実家に帰って幼なじみと……結婚するプロミスゥッ!(約束) ヘケッ! 限りなくゴリラに近い幼馴染(アダ名:カイザーコング)と……結婚しちゃうのぉぉぉぉぉぉほぉっ! ……イクッ!」

 

 ビクビクと痙攣しながらそんなことを言っていた。

 うーん、人間って追い詰められるとあんな風になっちゃうらしい。ああはありたくないですね。

 あの課題の量と何よりも彼の状態、確実に今日までに課題を仕上げるのは不可能だろう。

 

「であの今にも爆発しそうなダイナマイト系男子がどうした? お得意のタンテイ=ジツを使って介錯、ネクストライフに送ってやるのか?」

 

 それをしてあげた方が彼の為だと思った。甘くもないし優しくもないこの世界では、彼の人生は詰んでいる。コレ以上彼の人生が上方修正される予定はないだろう。早々に今の人生からログアウトして次の人生に賭けた方がいいと思う。もしかしたら次の人生は異世界で奴隷ハーレムとか築けるかもしれないしな。

 

「まあ、見ているといい。この錠剤をボクの探偵技術の一つ、狙撃で……弾く」

 

 遠藤寺が手のひらに載せた錠剤をデコピンで飛ばした。錠剤は観葉植物の隙間を抜け、見事カイジ(人生詰んでる)系男子の口にインした。

 即効性の名に恥じず、男子学生はテーブルに額を打ち付ける勢いで眠った。

 

「……」

 

 遠藤寺はいつも通り鋭い目つきを浮かべたまま、器用にどや顔を浮かべた。

 男子学生は食堂に響き渡り大きないびきをかき眠り続けた。その顔は先ほどの(人生の)崖っぷちにいる男のそれではなく、大好きな母親に抱かれる少年のようなあどけなく安らかなものだった。

 

「……うーん、むにゃむにゃ。やーいブース。お前のアダ名今日からカイザーコングな!……むにゃりむにゃり」

 

 アダ名付けたのてめえかよ。ゴリラと結婚するのも自業自得のような気がしてきた。

 

 そのまま30分、柱の影から男子学生を観察した。30分と分かっているんだから、席で待っておけばいいと俺が言ったが「いや、しっかりと効果があるか最後まで観察した方がいい。その方が君も納得するだろう」という遠藤寺の強い主張により観察を続けることになった。30分は短かった。柱の影で遠藤寺と密着しながら過ごす30分間はそれはもう短かった。授業の30分より圧倒的に短く感じた。これも相対性理論かもしれない。

 

 そして30分が経ち、男子学生が目を覚ました。

 

「……はっ。俺……寝てたのか」

 

 貴重な30分を費やし、さぞ後悔するかと思いきや

 

「何だろうか……凄く、気持ちが落ち着いている。ははっ、何をピリピリしてたんだろうな。俺、今まで生き急ぎ過ぎてたんだな……目が覚めたよ」

 

 先ほどまで血走っていた目は知性の揺らめきを感じさせるそれに代わり、纏う雰囲気は悠久の時を生きた賢者の様。憑き物が落ちたような表情。

 

「課題、か。これくらい今の精神的山頂に上り詰めた俺なら……今日中に終えることも容易い。だがそれよりも大切なものがある。アイツに会わないと。田舎で待ってるアイツに。ずっと好きだったんだ。恥ずかしくて言えないまま都会に出てきたけど……どれだけゴリラの様な容姿でも……好きなものは好きだったんだ。ははっ、何だ好きだって認めちまえば楽だな。よし、課題は昼までに終わらせよう。それから田舎に帰る。帰ってアイツに告白する。告白のセリフはどうしようかな? 動物園のゴリラに興奮するようになった責任、とってもらうんだから……これにするか」

 

 今や精神的超人になった彼は、圧倒的な余ーラ(余裕+オーラ)を放ちつつ食堂を去った。

 彼が進む道はバッドエンドかハッピーエンドか。それは誰にも分からない。神ですらも。

 

 男子学生を見届けて、遠藤寺が振り返った。

 

「どうだい?」

 

「いや……どうなんだアレ?」

 

 このままだとあの男子学生、ゼロから始める田舎生活~ゴリラ系幼なじみといく~みたいな展開に進みそうなんだけども。これ明らかに一人の人間の人生を操作しちゃったような……。

 

「さて、効果も確認できただろう? ふむ、そろそろ昼時か。君今日は昼食を持ってきていないんだろう? うどんで良かったら奢るよ。ああ、そうだ。前から試してみたかったカップル限定うどんという物があるんだが、よかったら協力してくれないか?」

 

 遠藤寺は去っていた学生に何の思う所もないらしく、上機嫌で食券販売機に向かった。

 

 俺の手元にはたんまり錠剤が入った瓶が。

 使うべきか使わざるべきか、それが問題だ。

 

 まあ、今はお腹が空いたので遠藤寺が笑みを浮かべながら運んでくる巨大なうどんを食べるとしよう。

 カウンターに貼ってあるメニューを見た。

 

 『カップル限定うどん:ルール……箸は1膳だけしか使えず。破ったカップルは破局します』

 

 俺はやれやれ系主人公のようにやれやれを連呼しながら、いつもの席に向かった。


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