家賃1万円風呂共用幽霊付き駅まで縮地2回   作:ウサギとくま

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タイトル明後日に向かって迷走中

エロ本を買った帰り、うっかり石に躓いて転んでしまった俺は、道路に飛び出してしまった。

 

 そして最悪のタイミングで突っ込んで来るトラック。

 

 

 さらば!!! 愛する地上よ!!!

 

 

 観念して来世への扉を開きかけた俺だが、トラックの運ちゃんが超S級ドライビングを発揮して、ギリギリの所で轢かれなかった。

 

 降りてくる運ちゃん。

 

 

「馬鹿やろう! てめえ! 死にてえのか! このアホ!」

 

 

 悪鬼羅刹の表情で怒鳴ってくる運ちゃん。

 

 これまでの人生、人に怒られることなく(つーかそこまで怒ってくれるほど俺に労力裂いてくれる人はいなかった)、温いメンタルライフを送ってきた俺にとって、その罵声はとても深く突き刺さった。

 

 というか、人に本気で怒鳴られたショックで、心臓がバクバクとアクセル全開になった。

 

 バクバクバクバク……ブスン。整備不良の心臓はエンストした。

 

 そんなわけで俺は死んだのだ。

 

 

「目を覚まされましたか! 勇者様!」

 

 

 で、目を開けると目の前に、エロく改造した巫女服着た美少女が居て、俺を勇者様とか呼んでいた。

 

 周りには同じような美少女改造巫女服集団(バイク乗って珍走しそう)がいて、全員俺を拝んでいた。

 

 美少女巫女集団のボスらしき彼女は言った。

 

 

「この世界は滅びに瀕しています。謎の奇病が蔓延し、男が生まれなくなったのです」

 

 

「そこで我々はこの病気に感染しない、異世界の男性を召喚することにしたのです」

 

 

「そうです。あなたこそが――我々の希望! どうか我々を導いてください!」

 

 

 とか言われて、おいおいこれって最近流行りの異世界召喚ものかよ? しかもこの展開……成人向けじゃねーか!と内心大喜び。

 

 はぁーやれやれ。俺ってばこの世界でこの美少女達相手に希望という名の――種馬にならざるをえないってわけか。

 

 いいよ、やってやるよ。俺が希望の星になって……この世界をミルキーウェイで輝かせてやろうじゃん! 俺のエクスカリバーが約束された未来を切り開くぜ!

 

 

「何と言うありがたいお言葉……!」

 

 

「では早速お勤めを――」

 

 

 展開はえー。ますます成人向け雑誌に載ってる21ページくらいの漫画っぽい。でもいいよ。こういうの嫌いじゃないわ。

 

 あんまり背景ストーリーとか描写されても、何カマトトぶってんだよ! さっさと本番行けや!って怒っちゃうタイプだしね俺。

 

 

「ではあちらの部屋に――」

 

 

 待ってるわけか……ハーレムが。俺だけのハーレムが……!

 

 ンモー、俺の体力持つかなぁ? それともご都合主義的に精力が限界突破してるとか? 課金もしてないのに。

 

 

「あちらには――我が国が総力を上げて用意した、医療研究設備があります」

 

 

 えっ。

 

 

「あなた様には、我々より何百年も進んだ知識を持って、この病気の治療法を研究していただきます」

 

 

「この世界の行く末は――あなたにかかっております! どうか! どうか!」

 

 

 

■■■

 

 

 

「そっちかよ!」

 

 

 妄想の中でくらいいい想いさせてくれよ。どう考えても種馬ハーレムライフもの(こういうジャンルあるか知らないけど)な展開だったじゃんか! んもー! あの展開から誰がJ○N-仁-的な展開予想できんだよ!

 

 

 さて、何だかとてもショックな事があったせいで、妄想の世界にインしてしまったわけだが……あれ? 何があったんだっけ?

 

 

 今いるここは……俺が通ってる大学の廊下だな。んで、目の前にあるのは……扉だ。

 

 ここは俺が所属してる同好会の部室。その扉の前だ。

 

 

 そうだ。ここで何だかすんごい事があったような……。何ろうか最近あった衝撃的なことって、田中ロ〇オ先生が10年ぶりくらいにエロゲのシナリオを書くくらいしか――とか考えていると

 

 

 

「――んっ! はぁはぁ……うんっ……はぁっ……だめ……」

 

 

 

 という水っぽい声が目の前の扉から聞こえてきたので、俺は前話……もとい少し前の記憶を取り戻した。

 

 そうだ。部室の扉の中から、こんな色っぽい声が聞こえてきたんだ。

 

 しかもちょっと普段より声が高いっていうか、苦しそうな声色だけど……この声、デス子先輩の声なんだ。

 

 そんな声が聞こえてきたから、びっくりして最近流行りの異世界転生小説の冒頭が始まったってわけだ。

 

 

 よし、説明終了。

 

 

「いやいや、いやいやいや……!」

 

 

 え、マジで!? この声先輩……え、マジでマジなの? なんなのなの?

 

 この愛しさと切なさと心強さが混ざった声って……どう考えてもアレの声だよな? アレってのはつまりアレで、1人でアレをするアレで……あれれぇ~? おかしいぞ~?

 

 

 いかん落ち着け俺。クールに行こう。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 先輩、マジで何やってるんだよ……。あんた神聖な部室でナニやってるんですか!?

 

 

 ん、待てよ? よく考えてみると、この部室……神聖ではないよな。そもそも『闇探求セシ躯』って○リーポッターに出てくる秘密結社みたいな名前だし(出てくるとは言ってない)

 

 部室の床に、魔法陣とか書かれてるし、本棚には『黒魔術師になろう(略称:なろう)』とか『暗暗11月号~今流行りの生贄特集~』、『闇の魔術に対する防衛術に対する防衛術』、『クトゥルフ神話TRPG』、『闇金○シジマ君』……とか、どう考えても神聖からは程遠いラインナップしか並んでないし。

 

 

 でも……先輩なんだぜ? ちょっと軽めの下ネタとか振っただけでもローブから見えるちょっと見える肌を赤くしてモジモジしちゃう、そんな先輩が昼間のしかも学校の部室でそんな危ない刑事……じゃなくて危ない情事に耽るか? 

 

 しかし、そういう「私、ドスケベ事には関心がなくってよ」みたいな人に限って、家で1人でいる時はエロに興味津々で、ネットに履歴には見られたら思わず自害しちゃうようなハレンチワードがずらりと並んでたりするんだよな。まあ、俺のことでもあるけど。

 

 

 もしかしたら先輩もそんなムッツリスケベな可能性もあるのか?

 

 よくよく考えてみると、先輩が普段から連呼する『黒魔術』って性的な面があるもんな。黒魔術に夢中になったことで、先輩が性的なものに興味を持ったとしてもおかしくはない!

 

 完璧な推理だ。俺って名探偵になれるかもしれないぞ。すまんな遠藤寺、お前のお株を奪っちまって。

 

 

「デス子先輩、ムッツリドスケベ疑惑か……」

 

 

 そう考えてたら、何だか興奮してくるな。あの清純っぽい性格の先輩が昼間の部室で1人で……おいおい、考えるだけで、ムラムラしてきますね。

 

 俺の中のムラムラを司る『モンモン君』が落ち着き無くそわそわしてきたぞ(モンモン君は見た目だけでいったら、ゆるキャラランキングで20位以内に食い込めるキャラデザ)

 

 

「しかし、俺はどうするべきなんだろうか」

 

 

 相変わらず部室の中からは、切なげな声が染み出るように続いていた。

 

 ここで俺がとる選択肢は3つ。

 

 

 まず1つ目――聞かなかったことにして立ち去る。事なかれ主義の日本人的選択肢だ。実際、この選択肢が一番双方にとってダメージはないだろう。

 

 先輩は恥ずかしい秘密を暴露されることもなく、俺と先輩の中は変わらない。それどころか俺にとっては利点が大きい。今度から先輩に会ったとき「先輩、こんな風に真面目に話してるけど、部室の中でやることやってる淫乱ドスケベパイセンなんすよね~」みたいな新しい視点で先輩を観察することができる。

 

 

 そして2つ目――普通に入る。当然、黒いローブで全身を覆った『レアリティ6 孤独な攻略組――デス子先輩』のソロプレイを目撃することになるわけだ。するとどうなるだろうか? 

 

 

『ひっ!? 一ノ瀬後輩……!?』

 

 

『ご、ごめんなさい先輩! そ、そのノックはしたんですけど……返事がなくて……』

 

 

『あぅぅ……こ、これは……その……』

 

 

『本当にごめんなさい……俺、その……お疲れ様です!』

 

 

『あ、待って……!』

 

 

 的な展開になるだろうな、現実的に考えて。エロ漫画的な展開だと、この後、純愛なり鬼畜なりで俺がやることやるんだろうけど……まあ、現実的には無理だろ。やってしまったら、お互い気まずくなるだろうし、下手したら俺が豚箱行きだ。あま○み的に言うならソエンENDだ。この世界が小説で軽いエロ入ったラブコメ系小説ならワンチャンあるけど……現実だから。俺達はこの現実で生きてるから。

 

 何より、童貞の俺にこの選択肢は無理。

 

 

 それから3つ目――弱みを握って脅迫する選択肢があるな。これはまあ、部室に突入して真っ最中の先輩を撮影。その動画データで先輩を脅迫して、アレやコレを強要するルートだな。具体的に何をさせるかは規約とかに引っ掛かりそうで言えないけど、言える範囲でなら……そう、例えばあのローブを着せたまま、商店街を歩かせる究極の羞恥プレイ……とか、フフフ。

 

 いや……やったな、そのプレイ。この間、ロードワークと称してあのローブ着て先輩と2人で商店街を練り歩いたわ。今思えばアレ、究極に恥ずかしいな……。たまたま出会った大家さんなんか、泣いて逃げてったし。

 

 その他エロい脅迫は、俺が童貞だから無理。

 

 

 結局2つ目も3つ目の選択肢も俺が童貞故に選べない……と。もしこの後の人生で俺が童貞を卒業して、死んだ後に2週目の強くてニューゲームを歩むことになってから選べる選択肢なのかもしれない。ペル○ナ的な意味で。

 

 

 さて、ここは先輩の名誉を守る為にも、俺は静かに去ることにしよう。

 

 

「はぁ……あぅっ、……ん……んんっ」

 

 

 ただそれだと勿体ないから、中の様子を想像するくらいはいいだろう。

 

 先輩が、蝋燭の明かりだけが照らす暗い部室の中で、長いローブを太ももまで捲り上げて、白い指をローブの中に……うっ――

 

 

「悶々するモン!」

 

 

 やっべ、あんまりにも興奮しちゃって、モンモン君の決め台詞が暴発! おい、学校に居るときは出てくるなって言っただろ? 全く……。

 

 俺が胸ポケットから出て来た(という設定)のモンモン君を諌めていると、扉の中から何かが倒れる音が聞こえた。その次に「誰です!?」という声。どうやら思っていた以上に決めセリフのボリュームが大きく、先輩に聞こえてしまったらしい。

 

 だがまだ挽回できる。ここにいるのが俺だとはまだ気づいていないはず。

 

 

 ベタだが、動物の真似でやり過ごすことにしよう。

 

 

「――にゃーん」

 

 

「む! その独特な鳴き声は、アフリカ大陸熱帯雨林に生息されているとされるUMA――モケーレムベンベ!」

 

 

「一ノ瀬辰巳ですよ先輩」

 

 

 猫の鳴きまねをした筈が、意味不明なUMAと間違われたんで恥ずかしくなって自首してしまった。

 

 俺が名乗ったからか、警戒の強かった先輩の声が和らいだ。

 

 

「はぁ……一ノ瀬後輩でしたか。ん? い、いつからそこに?」

 

 

「5分くらい前ですかね」

 

 

「ご!? と、ということは……ワタシの声は……」

 

 

 ここで俺が普段から『え? なんだって?』を多用する難聴系主人公としての伏線を張っておけば、聞こえませんでしたと返答できただろう。

 

 だがアニメでキャラが喋った声にならない声(「……っ!」みたいな)だけで声優を特定できるレベルで俺の聴覚は正常なので、そういうわけにはいかなかった。

 

 大人しく真実を伝える。

 

 

「ええ……まあ、はい。聞こえてました」

 

 

「うっ……不覚デス。まさか外まで聞こえているとは……」

 

 

 不思議なことに、先輩の声には殆ど焦りが含まれて居なかった。少し困った、くらいの声色である。悲鳴くらいあげると思ってたのに。

 

 

「はぁ……つまり、ワタシが何をしていたか、一ノ瀬後輩にもバレてしまったというわけデスね」

 

 

「ま、まあ、そうですね。苦しそうなヨヨ様の……じゃなくて先輩の声が聞こえたので、もしかしたら、アレかなーて」

 

 

「やれやれ、恥ずかしいものを聞かせてしまいましたね……フフフ」

 

 

 ソロプレイを見られたとは思えない声。

 

 そんなちょっと早弁がバレちゃったくらいのノリで言っちゃうんだ……。え? 先輩ってそういうタイプなの? オープンスケベなタイプ? マジで?

 

 

「まあ、聞かれてしまっては仕方がないデス。一ノ瀬後輩入ってください」

 

 

「え、いいんですか?」

 

 

「ええ。せっかくですから、手伝ってもらうことにします」

 

 

「手伝――え!?」

 

 

 手伝うってつまり……そういうこと!? 先輩ってマジでそういうタイプなの!? そこまでオープンなの!?

 

 俺の前では初心キャラ被ってて、実は今の先輩が本当の先輩だったってこと?

 

 

「さあ、入ってください。もうワタシ1人ではダメなんデス……一ノ瀬後輩、早く手伝って……」

 

 

 少し息があがっているからか、色っぽさが混じったの声で誘ってくる先輩。

 

 

 でも自分アレですから。こう見えてかなり硬派なんですよ。こういう一時の過ちとかはノーサンキューなんですよ。

 

 やっぱ、こういうのって愛と順序が無いとダメだと思うんですよ。

 

 だから先輩、こういうのはもっとお互いを知り合って段階を踏んでから――

 

 

「フフフ、いらっしゃい一ノ瀬後輩。待っていましたよ」

 

 

「え!?」

 

 

 気が付けば、部屋の中に入っていつもの椅子に座っていた。

 

 どうやら俺の体は正直者らしい。誘惑に負けて俺の意思とは無関係に入ってしまったようだ。

 

 

 部屋の中はいつものように暗く、テーブルを挟んで正面の先輩の顔はうっすらとしか見えない。

 

 だが蝋燭の光で照らされる先輩の顔は、明らかに何か疲れる運動をした後のように、汗が浮かんでいた。

 

 室内には嗅いだことの無い、不思議な香りが充満していた。どこか癖になる匂いだ。この香りは俺のスメルリストに登録されていない。

 

 

 周りを見ると、床に何やら白い紙のような物がクシャクシャに丸まって落ちていた。

 

 これは……生々しい! 実家に居た頃、俺の部屋もこんな感じで『……床を妊娠させるつもりですか、兄さん』とか雪菜ちゃんに心底呆れられたものだ。

 

 

「では早速、手伝ってもらうことにしましょう」

 

 

「いや、でも先輩……やっぱりこういうのはマズイですって」

 

 

「何を言っているのデスか。ワタシ、もう我慢できないのデスよ。一ノ瀬後輩が手伝ってくれないのなら、嫌ですけど他に人に手伝ってもらうしか……」

 

 

「それはもっとマズイ!」

 

 

 くそ……まさか先輩にこんな一面があったなんて。だが知ってしまった以上、知らん振りはできない。

 

 手伝うしか……ないのか。でも俺……ハジメテなのに、そんなこと言われても……困るんですけど。

 

 

 内心ドキドキしてる俺をよそに、先輩は鞄の中から何かを取り出そうとしていた。

 

 

「ではこれをワタシにお願いします」

 

 

「えっ。……道具を!? いきなり!?」

 

 

「道具? ええ、まあ……道具には違いないデスね。ワタシ1人ではどうにも上手く使えなくて……こう、本当に触れたい場所に届かないというか……」

 

 

 大丈夫なのかこの会話!? つーか先輩の未知部分開きすぎ! オープン! オープンパンドラ!(これが言いたかっただけ)

 

 よーし、今度からビッチです子先輩って呼んじゃうぞ! 

 

 

「では残り少ないので、慎重にお願いします」

 

 

 そう言って、例の道具を俺に手渡す先輩。

 

 思っていた以上に軽い。そして冷んやりしている。

 

 へー、初めて触ったけど、スベスベしてるんですねー。それに何だか薄い。

 

 まるで湿布みたい。

 

 

 つーかこれ、湿布だわ。

 

 

「あの、これ……湿布ですよね?」

 

 

「ええ、そうデスが? 貼るのを手伝ってくれるんデスよね?」

 

 

 俺は手元に湿布を見て、それからページを上にスクロールした。

 

 

 なるほど……湿布だな。アレか、あの悩ましい声は……湿布を貼ろうと頑張っていた声か。

 

 で、何回も失敗したと。床に落ちてるのはその残骸と。先輩、体固そうですもんね。

 

 

 うん、まあ……知ってた。知ってたもん。

 

 だから……残念じゃないもん! もんもん!

 

 

 

■■■

 

 

 

「ひゃっ、ちべたい! ……んんっ」

 

 

 俺は椅子に座る先輩の前に跪き、先輩の脹脛に湿布を貼っていた。

 

 可愛らしい悲鳴が聞こえたので顔を上げると、わざとらしく咳払いをする先輩の顔が薄ら赤くなっていた。

 

 

 しかし……いい足だ。染み一つないスベスベした足。

 

 今湿布を貼ってる脹脛もやわっこくて……突き立てのお餅みたい。大根おろしを乗せてパクっと行きたいものですな。勿論、醤油に浸して。

 

 それにしてもいい肌触りだ。女子大生の足を合法的に触れるとか……筋肉痛様様だな。

 

 

「……一ノ瀬後輩、少し触りすぎでは?」

 

 

「え!? あ、いや……ちゃ、ちゃんと貼れてるかと思って! あはは!」

 

 

「……別にいいんだけどね。……ふふっ」

 

 

 いかんいかん触りすぎた。変態後輩だとか思われたら、間違いなく嫌われちゃう。自重しよう。

 

 でも、あんまり怒ったような声じゃなかったな……ちょっと笑ってたような。いや、人ってマジ切れしたときは笑うって言うし……。

 

 

 とりえあえず先輩の気を逸らすために、何か適当に話題でも……。

 

 

「せ、先輩! 筋肉痛って何かしたんですか?」

 

 

「それがその……ちょっとジョギングとやらを」

 

 

 先輩の口から、今俺の中でホットな話題が出た。超奇遇。

 

 

「先輩がジョギング? 正直意外ですね。そういうのやるタイプなんですか?」

 

 

「まさか。ワタシ、肉体的な性能を上げることは必要ないと思っているので。闇に生きるワタシにとって必要なのは精神的な性能。飛んだり走ったりするのはナンセンスデスよ」

 

 

「でもやったんでしょ? ジョギング」

 

 

「それはまあ……ちょっと妹に誘われて。基本部屋に篭もりっきりのワタシを心配したのか、半ば無理やり引っ張り出され……」

 

 

 妹の事を語る先輩の声は、いつもの作った声ではなく自然なものだった。

 

 確か前に電話で話したけど、空手やってるんだっけか。電話口でも分かる元気な声だったし、先輩とは真逆なタイプらしい。先輩が闇としたら妹ちゃんは光……光ちゃん? 光ちゃん……電波○な彼女……新刊……うっ、頭が。

 

 

「ワタシが渋ると『お姉ちゃんは最近ちょっと肥えてきたでしょ。このままじゃ、ぽっちゃり系女子大生になっちゃうよ』なんて失礼な事を言う妹デスよ。もっと姉であるワタシに敬意を持って欲しいものデス」

 

 

 いや、先輩はもう少しぽっちゃりした方がいいかもしれない。ローブで分かりづらいけど、足見る限り、結構痩せてるっぽいし。おっぱいは大きいけど。おっぱいは大きいけどな。

 

 

「まあ妹の顔を立てる意味もあって付き合ってあげたのデスが……このザマデスよ。翌日には体中に耐え難い痛みが……! 例えるなら、ケロベロスに牙を突き立てられたかのような、鋭く熱い痛みに襲われたのデス」

 

 

「ケロベロスて」

 

 

 よく分からない例えに、思わず笑ってしまう。

 

 

 しかし先輩。肌が白い。本人の言う通り部屋に篭もりがちだからだろうか。黒いローブのお陰でより一層白く見える。

 

 

「先輩、めっちゃ肌白いですね」

 

 

「ええ、まあ。殆ど外出はしないので。妹からは不健康に見える、と言われますよ」

 

 

 不健康。確かにそう見えるかもしれない。

 

 でも、俺は好きだ。もともと白い色は好きだし。

 

 青い空に浮かぶ白い雲、町に降り注ぐ白い雪、海との境界線である白い砂浜、そして海に漂う白いイカ、やっぱり大正義の純白パンツ……白って最高やね。

 

 

 そんな想いも込めて、白を讃えた言葉が口からポロリ。

 

 

「そうですか? 俺は綺麗でいいと思いますけどね、先輩の肌。好きですよ」

 

 

「……」

 

 

「あれ? 何か肌が赤くなって……」

 

 

「んんっ! んんんっ! もうそこはいいから! 次! つ、次お願いね、一ノ瀬君!」

 

 

 先輩が慌てた口調になったので、不思議に思い顔を上げようとしたが、先輩の右手に頭を押さえつけられたのでそれは叶わなかった。

 

 

「じゃ、じゃあ次に貼るところは……」

 

 

「太ももとかはどうです? 脹脛がこんなだから、太腿も結構きてるでしょ? そうでしょ? ついでだから俺、貼っちゃいますよ!」

 

 

「い、いや、確かに結構痛いけど……そこは自分で貼れるから」

 

 

 ちっ、残念だ。このままローブをずり上げてもらって、太腿を拝見できると思ったんだけど。

 

 大変残念だ。思わず溜息が出ちゃう。まあ、先輩のおみ足を膝から下とはいえ拝見できたのでよしとしよう。

 

 

「……一ノ瀬君って意外と……ふーん。よ、よし……ここは……」

 

 

「え、何ですか?」

 

 

「い、いえいえ! な、何でもないデスよ?」

 

 

「でも何かニヤついてたような……」

 

 

「気のせいデス!」

 

 

 そしてまた、グイと頭を押さえつけられる。さっきから人の頭を押さえつけて……変な趣味に目覚めたらどうしてくれる気なんですかね?

 

 定期的に這い蹲らせてくれる権利を頂けるならどんどんやってくれて構わないんですけどね!

 

 

「あ、あれデス! 次は……肩をお願いします!」

 

 

「え、肩って……」

 

 

 とりあえず立ち上がり、先輩の背後に回る。

 

 しかし先輩が着ているのは一枚の布で構成されたローブである為、当然肩は露出していない。

 

 背後から先輩を見下ろす俺からは、黒い布しか見えない。

 

 この状態でどうやって肩に貼るんだ? いや、そもそも太ももはダメで肩はいいの?

 

 

「背中の部分にジッパーがあるでしょう? それを引き下げてください」

 

 

「あ、マジでジッパーがある」

 

 

 よく見ると黒い布、先輩の首の付け根辺りから背中に向かってジッパーが見えた。

 

 ジッパーの色も黒いから、殆ど分からない。

 

 

「あ! い、言っておきますけど……少しだけ、デスよ? 下まで下げてはダメデスからね!」

 

 

 反逆者精神バリバリの頃だったら間違いなく、お尻の辺りまでジッパーを下げていただろうが、今の俺にそこまでの反逆精神はない。言われた通り、首から少し下に向かって下ろす。

 

 

 ジッパーを下ろした瞬間、黒い卵が割れて中から生まれるように白い肌が現れ、同時に汗混じりの体臭を感じた。闇に輝く光――神秘的なものを感じて、思わず生唾を飲み込んでしまう。

 

 この感動を文章にするとしたら、鈍器ラノベ並みの厚さになりそうなので、ここは省略。

 

 

「……ふぅ、肩に風がかかって……涼しいデス」

 

 

 ていうか今更だけど……この状況、結構ヤバイよね。

 

 蝋燭の明かりだけで照らされる部室の中で、男女が2人っきり。男が女の背後に立って、女は背中の一部を露出させている。

 

 この光景を目撃されたら間違いなく――邪教の儀式に思われるわな。何か召喚する系の。

 

 

 そんな勘違いされたら、間違いなく俺の大学生活は終わるので、初めて先輩の肌を見た感動は胸の中に保存しつつ後で取り出して感慨に耽るとして……さっさと湿布を貼る。

 

 

「ちめたいっ! ……んんっ」

 

 

 さっきから湿布貼った時のリアクション可愛いな。

 

 

 さて、これでミッションコンプリート――んん!? あ、あれ……先輩の背中に、あるはずの物がない。

 

 普通、この辺にブラ紐があるはず……。それが無いってことは、先輩はアレってことで、つまり俺が以前に妄想していた説が実証――

 

 

「終わったのなら、いいからジッパー上げてもらってもいいデスか? いえ恥ずかしいとかそういうわけではなく! そ、そうです。肉体を長時間、下界に晒すことは闇に生きるワタシにとって致命的なアレで……!」

 

 

「あ、はい」

 

 

 何やら凄い説が実証された気がするが、それはまあ後で考察するとして、ジッパーを戻した。

 

 先輩の白い肌が、闇に溶け込んでいく。

 

 

「あ、ありがとうございました一ノ瀬後輩。お陰で助かりました」

 

 

「いえいえ後輩として当然ですよ」

 

 

 果たしてそうなのだろうか。どこの大学に、後輩に肌を晒して湿布を貼らせる同好会があるのだろうか。

 

 ここにあるぞ! そうだね、あるんだから仕方がない。

 

 今回のラッキスケベ的な展開を経た俺の感想……先輩、マジで一生付いていきます!

 

 今度もこういうイベント期待してますからね!

 

 

「ええと、その一ノ瀬後輩……どうでしたか?」

 

 

「え、何がですか?」

 

 

 今回のラッキスケベイベントの感想か? んなわけないわな。

 

 

「いえ、デスから、その……綺麗って……だから……えっと、足以外の……か、かたは……」

 

 

「あの、ちょっと意味が……」

 

 

 本気で先輩の言葉の意味が分からなかったので、首を傾げる。

 

 暫く先輩を見ていると、顔を伏せてしまった。そのままプルプル震える。

 

 

「や、やっぱり何でもないデス! おっと、もうこんな時間デスね! 黒魔術の練習の時間デス! さあさあ一ノ瀬後輩! 早く出て行くのデスよ! いくら一ノ瀬後輩とはいえ、ワタシの秘奥を見せる位階にはまだまだ達していないデスからね! さあさあさあ!」

 

 

 とか言いなが先輩が『早く出て行け』という意味を込めてか、部屋の電気をカチカチとオンオフに切り替えまくるので、ちょっとうっとおしくなって部屋から出た。

 

 

 部屋から出ると、すぐに先輩のちょっと興奮した声が扉越しに聞こえた。

 

 

「も、もしもし美咲ちゃん!? わ、私! お姉ちゃん! あ、あのね、お姉ちゃん……やったよ! 超攻めちゃった! この間、ネットで見た『男を落とすテク』ってのやったの! え? あんなの鵜呑みにしちゃダメ? で、でも……効果あったもん! ちゃんと効果あったもん! 足すっごく見てたもん! は、恥ずかしかったけど肩も……見せちゃったっ! 私ってば大胆! い、今になって……死ぬほど恥ずかしい……うわ! 死にそう……恥ずかしくて死んじゃうかも! で、でも一ノ瀬君も多分喜んでたし……鼻息とか肩に当たってたし……え? どうしたの美咲ちゃん? なんか風を切る音が聞こえるけど? 新しい技の練習? 煉獄?」

 

 

 このまま先輩のお家モードの声を聞いていたかったが、何だか先輩の妹ちゃんに倒れることもできないほどの連打を食らわされるような悪寒がしたので、大人しく退散することにした。

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