家賃1万円風呂共用幽霊付き駅まで縮地2回   作:ウサギとくま

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タイトル~おかえり~

 

 

「――だよー。辰巳くーん」

 

 

 声が聞こえる。

 

 未だ殆ど覚醒していない俺の耳に、優しい声が響く。

 

 

「辰巳くん、朝だよー。起きる時間だよー」

 

 

 耳元で囁かれるは天使の歌声か。

 

 蜂蜜ようにトロリと耳の中に染み込んでくる甘い声と、頬にかかる柔らかい髪の毛がくすぐったく、布団の中に潜り込んでしまう。

 

 

「……あと少しだけ……あと30行……」

 

 

「え、えぇ……わ、わかんないよ辰巳君。それってどれくらいなの?」

 

 

 眠い。このまま心地のいい眠気に身を任せて眠ってしまいたい。

 

 だが同時に、眠りに落ちてしまえば、この天使の囁きが聞こえなくなってしまう。

 

 そんな相反する感情に身を委ねつつ、眠っているのか起きているのか中途半端な状態で過ごすこの一時は至福の時間だ。

 

 このまま後1時間ほど、天使ちゃん(ネタバレするけど実はエリザ)の歌声をバックミュージックにしつつ、布団でぬくぬくしたい。

 

 

「もー、起きてってばぁ……んもー」

 

 

 ゆさゆさと揺さぶられるが、そんなことで眠たさを司る天秤が覚醒に傾くことはない。

 

 それどころか、海に漂うヨットの上の如き緩やかな揺れは、俺の心地よい至福のまどろみを更に加速させる。

 

 

「うぅ……全然起きない。こうなったら仕方がない……恥ずかしいけど、この手しかないかな」

 

 

 ほう、この状態の俺を完全に覚醒させる術を持っているのか貴様は?

 

 どれどれお手並み拝見といきましょうかね、ホホホ(中ボスっぽい笑い)とか内心で笑っていると、腹部にポスンと何かが乗っかった。柔らかい物体だ。俺のデータからするとこの感触は99.89%の確率でエリザのお尻だな。感触から察するに、どうやら今日はノーパンじゃないらしい。

 

 そして胸元には手がトンと乗せられた。

 

 

 それから声の主が、小さく息を吸い――

 

 

「ねぇ……起きてってば――おにーちゃん」

 

 

 と俺の耳元で囁いた。

 

 

「うお!?」

 

 

 予想外の言葉が耳元で囁かれ、一瞬で覚醒してしまった。

 

 覚醒した勢いで、布団から転がり出る。

 

 ゴロゴロと3回転した後に、体を起こし膝立ちになる。

 

 先程の『お兄ちゃん』という言葉を発したアンノウン――エリザに視線を向けると、その頬は薄らとピンクに染まっていた。

 

 

「は、恥ずかしかった……」

 

 

「エリザ……一体どうしたんだよいきなり。俺はお前の兄じゃないぞ?」

 

 

「知ってるよ! もう! ……辰巳君が全然起きてくれないから、いつもと違った起こし方しようと思ったの」

 

 

 なるほど。確かに効果は抜群だったようだ。お陰で完璧に目が冴えてしまった。

 

 しかし、何でお兄ちゃん?

 

 

「この間、辰巳君がアニメで主人公の男の子が妹にこうやって起こされてるシーンをすごく羨ましそうに見てたから……」

 

 

 そりゃ見るよ。だって羨ましいもん。例えフィクションだと分かってても、羨ましいことには変わりないよ。

 

 そんな羨ましそうな俺を見て『じゃあ、やろうっと』って思い立ってくれるエリザは、本当にいい子だなぁ。もうエリザ記念日とか作って、大々的にお祝いをしたいくらいだ。いや、記念日だけじゃ足んねーな。年に1度のエリザ祭、週刊エリザ、ポケット○ンスターエリザバージョンの発売、エリザふりかけ、エリザ米……うおおお! 忙しくなってきやがった!

 

 

 しかし……まさかこの年になって、妹流騎乗位起床法(お兄ちゃん起きてってば)を体験できるなんて……辰巳感激! いやぁ、生きててよかった。

 

 

 ウチにも雪菜ちゃんっていう血の繋がった妹がいるけど、こんな起こし方されたことないしな。多分お金払ってお願いしても、絶対にやってくれないタイプだし……。

 

 いや……待てよ。確か少し前、俺がまだ実家にいた頃に……そんな起こし方をされた記憶があるぞ……。

 

 そう、確かアレは俺がこのアパートに引っ越す前の日だったはず。

 

 

 

■リアル妹がいる辰巳君の場合■

 

 

辰巳「……うーん、うーん」

 

 

辰巳(何だろう……体が重い……何かが上に乗っているような……金縛りかな……)

 

 

辰巳(目を開けて何か幽霊的なものがいたらどうしよう……怖いなぁ)

 

 

辰巳(ええい! 俺は男だ! 目を開けてその正体を確かめてやる!)

 

 

パチリ

 

 

雪菜「……」ジー

 

 

辰巳「ひっ!?」

 

 

辰巳「な!? え!? せ、雪菜ちゃん……? そんなに顔近づけて……何を……?」

 

 

雪菜「……」

 

 

雪菜「……チッ。あと少しだったのに……あと少しで……まあ、いいでしょう」スクッ

 

 

スタスタ

 

バタン

 

 

辰巳(そう言って雪菜ちゃんは俺の部屋から出て行った)

 

 

辰巳(何があと少しだったのか。雪菜ちゃんは俺の寝込みを襲って何をしようとしていたのか)

 

 

辰巳(後で雪菜ちゃんに聞いても『知りません。兄さんが寝ぼけていただけでは?』ととぼけられた)

 

 

辰巳(分からない。何もかも分からない)

 

 

辰巳(ただ本能的に――あのままだと、何か俺の大切な物が奪われていた)

 

 

辰巳(それだけは分かった)

 

 

辰巳(不思議で恐ろしい思い出)

 

 

辰巳(次にこの奇妙な出来事に巻き込まれるのは……あなたかもしれない)

 

 

■おしまい■

 

 

 

 そういえばこんな事もありましたねぇ。

 

 アレは間違いなく俺の大切な物――命を狙ってましたね。完全に目が獲物を狙う目でしたもん。

 

 未だに何であの時、雪菜ちゃんが俺の命を狙ってきたか、分からない。もしかしたら前の日に雪菜ちゃんが大切にしてたプリンを食べてしまったからかも。その敵討ちをする為に、俺が家を立つ前にサクッとやっちゃう気だったのかもしれない……プリンの恨みって怖いね。

 

 

「ご馳走様でした」

 

 

「お粗末さまー。はい、着替えだよー」

 

 

 それから俺はエリザが作ってくれた朝食を平らげ、ジャージに着替えて外に出た。

 

 現在時刻は朝の6時。こんな時間に起きた理由は勿論――ジョギングをする為だ。

 

 

 そう、俺のジョギングは続いていた。今日で3日目である。

 

 

 そこのアナタ。面倒くさがりの俺のジョギングがまだ続いていることに驚いているだろう。

 

 疑いのあまり『貴様は辰巳ではない』とか言って腹パンしたくなる気持ちは分かる。俺自身、未だに続いている事実がちょっと信じられないしな。

 

 普通のジョギングをしていたなら、多分初日で諦めていただろう。普通のジョギングなら、な。

 

 なにせこの後俺を待っているジョギングは普通のジョギングではなく……おっと、ネタバレはやめておこう。いずれ分かるさ……フフフ。

 

 

 早朝の薄暗い庭の地面を踏み歩く。

 

 

 ジョギングを始めて3日目ということは、早朝の庭を見るのも3度目ということだ。

 

 初日は暗くて寒くて人気がなくて寂しい……なんてネガティブ要素しか見えなかったこの早朝の庭だが、3日目で余裕が出てきたこともあって、中々よい面も見えてきた。

 

 

 肌に感じる涼しさは夏という季節を思わせないほど過ごしやすい。

 

 耳を澄ますと聞こえてくる雀の囀りも耳に優しくて心地いい。

 

 思いっきり息を吸うと朝露に濡れた草花の独特な匂い、地面から立ち昇ってくるのはほんのり残っている夜の残り香だろうか。そして――鯖を焼いた香ばしい香りがいっぱいに入ってきて気分が高揚する。

 

 ん?

 

 

「……鯖の匂い?」

 

 

 明らかに朝の風景とはかけ離れた異質な物を感じて周囲を見渡すと、アパートの入り口に皿に乗った鯖が置いてあった。

 

 多分見間違いか何かだろうと思って目を擦るも、鯖は消えずにそこにあった。 

 

 だったら朝食べたエリザ特製の朝食に幻覚作用を誘発させる類の物質が含まれていたのかもしれない。

 

 とにかく鯖があった。あったのだ。

 

 

「ん? アレは……」

 

 

 よく見ると、鯖が乗った皿の周辺には、皿に覆いかぶさるように大きなザルと、そのザルを支える棒が存在していた。

 

 その棒には紐がついていて、その紐を辿っていくと……大家さんの秘密の園(と俺が勝手に名付けている)である家庭菜園へと続いていた。

 

 慎重に、足音をたてないように紐を追っていく。

 

 

 すると、作物の中に紛れ込むように人影があった。

 

 その人物はジッと息を潜め、紐を握り、アパートの入り口にある鯖の皿を見つめている。

 

 迷彩柄の和服を着たその謎の人物は――なんと大家さんだった(知ってた)

 

 

「何やってるんですか大家さん」

 

 

「ひゃあ!?」

 

 

 俺は呆れつつ、出来るだけ驚かせないつもりで大家さんに声をかけたが、大家さんは悲鳴をあげながら、その場飛び上がり2秒ほど滞空した。

 

 地面に着地し、こちらに振り返る。

 

 

「だ、誰ですか!? ……って一ノ瀬さんですかぁ。もうっ、驚かせないでくださいよ!」

 

 

「今大家さん、2秒くらい宙に浮いてませんでした?」

 

 

「何言ってるんですか。人は宙に浮きませんよ? ……と、とにかく、静かに!」

 

 

 再び、作物の間に紛れ込み、アパートの入り口の監視に戻る大家さん。

 

 

「……朝から何やってるんですか?」 

 

 

「見て分かりませんか? 罠ですよ。鯖トラップ。この紐を引っ張ると――棒がパタリ。ザルがバサッ、ってな感じです。今は獲物が罠にかかるのを待ってるんですよ……ふふふ」

 

 

「何を捕まえるんですか?」

 

 

 大家さんの家庭菜園を狙う動物だろうか。

 

 ちょっと離れたところに小さいけど山があるし、そこから迷い込むのかもしれない。

 

 ハクビシンか狸か、アライグマか……イタチとか。

 

 

「ふっふっふ、よく聞いてくれましたね一ノ瀬さん。実は私――一一ノ瀬ファントムさんを捕まえるつもりなんですよ」

 

 

 ニッシッシと悪っぽい笑みを浮かべる大家さんの目元には昨日よりも濃くなった隈があった。どうやら連続徹夜記録は更新中らしい。

 

 へー、一ノ瀬ファントムをねー。ここらに生息してたんだー。知らなかった(棒)

 

 

「一昨日、昨日とファントムさんをここで目撃したから、今日も来るはずなんですよ。そこをこの罠で……ガバッと捕まえてやるんです!」

 

 

 大家さんが仰る一ノ瀬ファントムさんとやらの正体を知りたい方は、数話前に戻って下さい。

 

 戻るのが面倒臭い人にザックリ説明すると……早朝にいるはずのない俺を見た徹夜明けの大家さんが勘違いした俺だ。自分でも何言ってるか分からないから、やっぱり数話前に戻ってください。

 

 

「はぁ……。で、捕まえてどうするんです?」

 

 

「え? そ、それはまぁ……ほら、まあ……ね。本物の一ノ瀬さんとの本番前に色々と……えへへ……もうっ! 言わせないで下さいよ恥ずかしい!」

 

 

 そう言って俺の肩をバンバン叩いてくる大家さん。

 

 ところで大家さんは誰の肩を叩いているのか分かっているのだろうか。いや、分かっていないだろう。もう目が本当にヤバイ。虚ろだ。

 

 明らかに現実が見えてない目だ。

 

 睡眠の重要性という言葉を改めて理解した。

 

 人って寝ないとこうなっちゃうんだね。辰巳ぃ、覚えた。

 

 大家さんには少しでも早い睡眠が必要だと思われる。このままだと何しでかすか分からん。

 

 ジョギングから帰ってきたら、多少無理やりにでも寝てもらおう。

 

 

「ところで、あの罠の中にあるのって」

 

 

「鯖ですね。鯖の塩焼きです。一ノ瀬さんの好物が鯖ってことは、大家さんチェックで事前に把握してますからね! 一ノ瀬さんの分身である一ノ瀬ファントムさんも当然鯖が好物のはず! 後は好物に釣られてフラフラ寄ってきたところを……ゲットだぜ!」

 

 

 微妙に甘いな大家さんチェック。俺が好きなのは鯖は鯖でも鯖の味噌煮なんだよな……。

 

 

「あの……基本的な質問していいですか大家さん。その一ノ瀬ファントムとやら、霊的な存在なんですよね? 物理的に捕まえるの無理じゃないですか?」

 

 

「大丈夫ですよー! やる気さえあれば何とかなります! 一ノ瀬さんだって、お部屋の幽霊さんを物理的に倒して和解したんですから、私にだって出来るはずです!」

 

 

 随分と懐かしい話を持ち出してきたな……。そういえばそんな話をしたこともあったっけ。

 

 おっと、そろそろ行かないと。美咲ちゃんを待たせてしまう。

 

 

「じゃあ俺もう行くんで……頑張って下さい」

 

 

 俺は鯖トラップを迂回しつつ、その場を去った。

 

 

「はーい! 一ノ瀬さんも頑張ってくださいねー。……あれ? 今の一ノ瀬さん? こんな時間に一ノ瀬さんが出歩くなんて……は!? ばかもーん! 今のが一ノ瀬ファントムさんじゃないですかぁ! やられたー!」

 

 

 という声が背後から聞こえてきたが、これ以上徹夜続きの大家さんに絡まれるのは面倒なので無視して走り去った。

 

 

■■■

 

 

 アパートから出てすぐの公園が、俺と美咲ちゃんの待ち合わせ場所だった。

 

 昨日俺が『まあ、昨日のお誘いは社交辞令的なものだろう』と思いつつ公園へ向かうと、ブランコをキコキコこいでる美咲ちゃんがいて、俺を見つけるや否や飼い主を見つけた忠犬のように走り寄って来て笑顔を浮かべ『来てくれてよかったぁ』と言ったのは記憶に新しい。

 

 どうも昨日は爆上げテンションに任せて俺をジョギングに誘ったものの、帰ってから本当に来てくれるかずっと心配していたらしい。

 

 

『昨日は時間なくて全然話せなかったけど……今日からヨロシクね! 辰巳!』

 

 

 満面の笑みで握手を求めてきた美咲ちゃんを思い出すと、頬がにやけてしまう。

 

 

「さて今日もJKジョギングと洒落込むか……」

 

 

 この後の楽しい時間に思いを馳せる。

 

 現役女子高生と肩を並べてジョギング。オプションとして一緒にストレッチや、運動後の楽しいお喋りもついて至れり尽くせり。

 

 そんな素晴らしいレクリエーションが……なんと今ならタダ! 0円! タダで楽しめちまうんだぜ!

 

 

 いや、ほんとに……信じられないよね。

 

 こんな素敵なコンテンツに恵まれる俺は、世界で一番幸運な男子大学生かもしれない。それか前世での俺は男子高校生のブリーフとしての過酷な人生を送って、その時に必死で貯めた幸運を消費しているのかもしれない。なんにせよ、この幸運を楽しむとしよう。

 

 

 が、一方で『もしかして美咲ちゃんに騙されてるんじゃ?』という一抹の不安も少しはあった。

 

 

 実は美咲ちゃんはいわゆる美人局であり、一昨日、昨日の出会いは当然仕組まれた物だった。

 

 この後向かう公園に美咲ちゃんはいない。代わりにガタイのいい黒づくめのオッサンがいて『よお、兄ちゃん。昨日、一昨日はお楽しみやったのう。さあ、JKとジョギング2時間で――20万円や。さっさと払うもん払えや』とか脅迫してくる。無論俺にそんな大金が払えるはずもなく『だったら体で』と同人誌お決まりのパティーン、後は野となれ山となれ……数日後、家で俺を待つエリザの元に1本のビデオテープが届く。中身は信じて(ジョギングに)おくりだした俺がアヘ顔ダブルピースを決めてんほおおお――とか妄想の木をよいしょぉ!(ト○ロっぽく)と育てていると、いつの間にか公園に着いていた。

 

 

 妄想通りになったらどうしよう、と若干怯えながら公園を覗くと、やはり俺の心配は杞憂だったようでそこにはジャージ姿のJK――美咲ちゃんがいた。

 

 

 今日はブランコに乗っていないのか……と暫く様子を見ていると、深く腰を落とした美咲ちゃんがフッと息を吐き、鋭い表情を浮かべ、左の拳を突き出した。

 

 

「――せっ! はっ!」

 

 

 そのまま流れるように、右手刀、膝蹴り、肘打ち、回し蹴り、掌底からの正拳突き……と怒涛の連続技を決めて行く。

 

 汗を飛び散らせながらほぼ無呼吸で繰り広げられる華麗な技の数々に、俺はただただ見惚れるしかなかった。

 

 連続技はそのまま暫く続き、最後に食らったら戸○呂弟みたいに首から上が消し飛びそうな鋭い上段回し蹴りを放ち――

 

 

「……ふぅっ」

 

 

 と深く息を吐いた。

 

 そういえば美咲ちゃん、空手部に入ってるって言ってたっけ。その練習か。

 

 しかし……

 

 

「……はぁ、はぁはぁ……ふー」

 

 

 額を流れる汗。その汗で濡れて張り付く前髪。激しい運動をした結果、口から漏れ出る荒い吐息。

 

 上下する肩と、深く呼吸をする度に揺れる胸。

 

 

 え、エロ過ぎる……! 犯罪的だ……圧倒的な犯罪的エロさ……エロ過ぎ波道をビンビン感じちゃうぜ……!

 

 

 現役女子高生の艶かしくも健全なエロさを目撃して、何か胸がドキドキ。これって恋?

 

 思わず俺の醜い顔を仮面で隠したまま彼女の目の前に飛び出し『武の気配を感じたから』という名目で彼女にストリートファイトを挑みたい。そして一ノ瀬流寝技に持ち込み、超至近距離でその香りやら何やらを堪能した後に、3ゲージ技である『一ノ瀬流奥義~尾勿華衛理~』を決めて、家の布団でリベンジマッチを受けて立ちたい。

 

 

 そんな考えるだけでも手錠をかけられそうなことを考える一方、先ほどの技のキレを見る限り、多分ストリートファイトを挑んだところで即効ワンパン返り討ちから無様な敗北姿をSNSにアップロードされてまとめブログとかに拡散されちゃうネット世代特有の恐ろしい結末が予想されるので、やっぱりネットは怖いなぁと思いました。

 

 

 俺は映画館とかで金払わないと見られない、生女子高生のド迫力の生アクションに感謝の意味を込めて拍手をしつつ彼女に近づいた。

 

 

「――いやいや、中々面白いものを見せてもらいましたよ」

 

 

 おかしいな。何か黒幕っぽい登場シーンになってしまったぞ。

 

 

「だ、誰!? ……って、辰巳かぁ。もう、びっくりさせないでよ」

 

 

「ごめんごめん」

 

 

 謝りつつ、美咲ちゃんの隣に立った。

 

 先ほど激しい動きをしていたせいか、ふんわりと汗の匂いを感じる。決して不快ではない、多分缶詰とかに詰めて『女子高生の香り~空手美少女編~』とか名付けて売ればボロ儲けできそう。少なくとも俺なら買う。部活美少女シリーズをコンプしてから、一気に全部開けて体育倉庫の中に各種部活美少女達と一緒に閉じ込められた妄想をして楽しむと思う。

 

 

 そんなお金を払いたくなるようないい匂いをタダで楽しんでいると、美咲ちゃんの頬がほんのり赤くなっていることに気づいた。

 

 モジモジと恥ずかしそうにこちらを見ている。

 

 

「……も、もしかして最初から見てた?」

 

 

 見ていたというのは、先ほどの空手の型のことだろう。

 

 

「あー、うん見てた」

 

 

 嘘を吐いても仕方ないので、俺は素直に白状した。

 

 

「うあー……恥ずかしい……。ということは、1人でラジオ体操してたところも見てたんだよね……うぅ」

 

 

 穴があったら入りたいといった感じで赤くなった顔を両手で覆う美咲ちゃん。

 

 一方俺は生女子高生の生ラジオ体操という期間限定超レアイベントを見逃していたことに、とてつもない後悔を覚えていた。

 

 後少し早く起きれ居れば……! そんな後悔と共に、明日は絶対にもう少し早く起きようと誓った。 

 

 

「誰も見てないからって朝から1人でラジオ体操して、技の練習するとか……あたしって変、だよね?」

 

 

「まあ変か変じゃないかといえば……変だけど」

 

 

「うわぁー! やっぱりー!」

 

 

 でも大丈夫! 俺の知り合いには黒いローブ着て大学内を練り歩く先輩とか、年中ゴスロリ服着てうどん食ってる探偵、後はロリショタを涎たらしながら視姦する肉屋とか……もっと変な奴いるから! 

 

 そうフォローしようと思ったが、これ全然フォローになってないな……。つーかなんだ俺の周りに人間。変なやつしかいないじゃん……。

 

 

 しかし、このまま恥ずかしいところを見られて頭抱えて落ち込んでる女の子を放ってはおけない。

 

 

 そこで別方面からフォローすることにした。

 

 

「でもアレだ。技は凄くよかった。正直見惚れたよ」

 

 

「え? ほんとに?」

 

 

 よし、食いついてきたぞ。

 

 何となく理解してきたけど、美咲ちゃんは結構単純なタイプだ。

 

 こうやって別のことを褒めれば、多分、ラジオ体操やらを見られたと思って落ち込んでいたことも忘れるだろう。

 

 

「ほんとほんと。めっちゃカッコよかった」

 

 

「そ、そう? 格好良かった? そっかぁ……えへへ」

 

 

 先ほどまでの落ち込みようはどこにやら、こっそり練習していた技を褒められて満更でもないJKが目の前に。

 

 どうやら上手くいったようだ。

 

 

 しかし、くっそチョロイなこの子。

 

 悪い大人に引っ掛かりそうでちょっと心配。

 

 

「で、どの辺が? どの辺がよかった?」

 

 

「え? えっと……ほら、技一つ一つの一撃に重みを感じるところとか……」

 

 

「それで? それでそれで? 他には?」

 

 

「他に? つ、突きのキレが……」

 

 

「キレが!? 具体的にどんな感じ!?」

 

 

 グイグイと距離を詰めながら技の感想を聞いてくる美咲ちゃん。

 

 一方の俺は、武道なんて齧ったどころか舐めたことすら無い、素人中の素人だ。そんなグイグイ来られても困る。

 

 これ以上に感想を求められても、何も出ない。

 

 

「ねえねえ! どこが? どうよかったの?」

 

 

 そんな俺の思惑なんて知らない美咲ちゃんはなおも追撃をやめない。

 

 容赦ないマスコミのように俺は追い詰められ後退、気がつけば背中にはジャングルジムがあった。

 

 に、逃げられない……!

 

 美咲ちゃんのこの顔、俺から具体的な感想を聞くまで納得しないって顔だ。

 

 マズイな……こっちはこっちでかなり面倒なことになったぞ。

 

 まだ落ち込んでるほうがマシだったかもしれない。

 

 

 退路を完全に絶たれ、絶体絶命な俺。その刹那――俺の目の前に黄金に輝く川が見えた。

 

 

 こ、この川は……知ってるぞ! ニワカを極めた人間だけが見ることが出来るあの――ニワ川!

 

 ええい、こうなったらヤケだ! 飛び込め!

 

 

「まあ――アレだな。確かに一撃一撃の重みは感じたよ。だが技と技の繋ぎに、若干のラグを感じた。格下相手だとゴリ押しで技を連続で叩き込めるだろうけど、同じ力量、もしくは格上の相手だとそのラグを狙われて反撃されるだろうな。そのラグを埋めるには……まあ、純粋に練習を重ねるか、敢えてそのラグ自体をフェイントに使うか……」

 

 

 ニワ川に流れに身を任せた俺は、漫画やらゲームやらで得たニワカ知識でニワカ武装して彼女の技をニワカ評論した。

 

 ニワカ知識に身を任せて口がペラペラ動く。正直我ながら突っ込みどころ満点なことを言っているが、1度川に飛び込んでしまった以上、後は流れるまま……滝壺に一直線だ!

 

 

「――というわけで、現状の課題はもっと相手の存在を意識した練習だな。相手の存在をイメージしろ。別に人間だけが相手じゃない。そう例えば……蟷螂とか、ゴキブリとか……何ならトリケラトプス相手を想定してもいいかもしれない。後はまあ……これくらいで勘弁してください」

 

 

 俺は一体何を言っているんだ……意味が分からん。

 

 俺は頑張ったよ……ニワカなりに頑張ったんですよ! この結果がこれなんですよ!

 

 

 美咲ちゃんの『適当なこと言ってんじゃねーよテメー!』という怒りと鋭い突きを覚悟しつつ、身を強張らせる。

 

 

「……おおー! 凄い凄い! 辰巳凄いね! 先輩に言われてたのと同じ指摘だー!」

 

 

 が、どうやら俺のニワカ知識は奇跡的にも有効だったらしい。

 

 目を輝かせ、興奮した様子でグッと拳を握る美咲ちゃん。

 

 

「辰巳凄いね! 辰巳もなんか格闘技とかやってたでしょ?」

 

 

「ん? まあ……ちょっとね、ははは」

 

 

 鉄拳やらブレイブルーやらEFZとかその辺りを……ちょっとな。

 

 

 これ以上、美咲ちゃんに突っ込まれるとボロが出てしまうので話を変えよう。

 

 

「かなり気合入れて練習してたみたいだけど、近いうちに部活の試合でもあるの?」

 

 

「試合? あ、違う違う。今、練習してるこの技は、試合には使わないって約束で先輩に教えてもらったの」

 

 

「ん?」

 

 

 別に試合に使うわけでもない技をなんで練習するんだ?

 

 

「あたしね。ちょっと悩み事があったんだけど、それを先輩に相談したら『ではうぬにこの奥義を伝承する――この奥義を持って、使命を果たせ』って」

 

 

「先輩めちゃ大きい馬とか飼ってない?」

 

 

「わっ、凄いね辰巳。そうなの、先輩凄く大きくて黒い馬飼ってるんだ!」

 

 

 世紀末覇者だ……多分その先輩、剛の拳を奮う武人だ……サイを相手の足に突き刺して小パン連打する人だ……間違いない……!

 

 美咲ちゃんを泣かしたりしたら、下手すればそんなヤバイ人が出張ってくる可能性もあるのか……気をつけよ。

 

 

「えっと……悩み事?」

 

 

「そうなんだ。んー、まあ……辰巳になら教えてもいいかな?」

 

 

 JKの悩み事か……。このくらいの年頃の悩みっていったら、まあ恋とか勉強とか、進路とか……後は体の悩みかな。成長するに従って変化していく自分の体に戸惑いを覚える……心と体のバランスが上手く行かない時期だ。

 

 いいよ聞いちゃうよ俺。展開によっては、保健体育の授業とかもやっちゃうよ。希望者のみ実施体験もするけど……親御さんには内緒だよ?

 

 

 ん? 都合よく悩みを解釈しちゃったけど、よく考えたらこの展開で技の伝承イベントには繋がらないな……。じゃあ、何だ?

 

 

「あたしが先輩に相談したのはね――」

 

 

 さて、どんな悩み事なのか。

 

 リアルJKのお悩み相談にちょっとワクワク。

 

 

「あたしね――今、ボコボコにしてやりたい男がいるんですって!」

 

 

 好きな人が出来たの、そう父親に報告する娘のようにちょっと照れた感じの笑みを浮かべつつ美咲ちゃんは言った。

 

 

「……お、おう」

 

 

 ああ、これ聞かなかった方がいいやつだ……。

 

 そう後悔するも、既に聞いてしまった以上、聞かなかったことにはできないのだった。

 

 時間は巻き戻らない。時間はいつだって川の流れのように、同じ方向に流れ続けているのだから……。

 

 

 


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