家賃1万円風呂共用幽霊付き駅まで縮地2回   作:ウサギとくま

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タイトルとは一体……何なんだろうか……

現在の時刻は深夜3時。

 

「ぐぅぅ……ぐぅぅ……うぅ……」

 

 草木も昏々と眠るそんな宵闇の中、部屋の主である男もイビキをかきながら眠っている。

 

 そんな男の枕元に、男をジッと見つめる何かがあった。

 部屋の中に差し込む月光の光を反射し煌く、美しい存在。数多の宝石の中に紛れても、その頭1つ抜けた美しさ故に宝石達は路傍の石ころと化すだろう。

 見る人の心をどこまでも魅了し、未来永劫釘付けにする美しさの極致。

 美という概念を形にした物。

 

 ――そう、妾のことじゃ。

 

 ん? 誰、じゃと?

 何じゃ妾を知らんのか。さてはお主モグリじゃな。

 

 む……ああ、そういえば、まだ名乗っとらんかったな。

 妾の名前はシルバという。気軽にシルバちゃんと呼ぶがいい。気安い? 構わん構わん。妾は寛大な心を持っとるからな。

 

 ん? 妾が何か、じゃと?

 ああ、なるほど。そういうことか。

 妾はアレじゃ。世間一般でいう――眼鏡じゃな。

 

 人としての妾の姿――その肌の色と同じ褐色のフレーム。そして全てを見通す曇りない透き通ったレンズ。

 その2つで構成された物――それが妾じゃ。

 

 ただの眼鏡が何故喋るか、じゃと?

 それは当然、ただの眼鏡じゃないからじゃ。妾は■■■。又は■■■。■■■と呼ばれたこともあったの。よく分からん? ふむ……凄まじい力を持った眼鏡、とでも思っておけ。

 なれば意思を持ち、喋ることも当然じゃろう。

 まあ、あくまでこの姿は現世で活動する現し身であり、ここに眠る男の心の中に宿る人の姿こそが真の姿とも言えるが……その辺りは詳しく語るまい。

 

 今でこそ眼鏡の姿をしているが、昔は違う姿をしていた。

 妾が生まれて数1000年、時代の流れと共に数多の人間の手を渡り、妾の姿も移り変わっていった。

 モノクルじゃったこともある。遠方を見通す双眼鏡じゃったこともある。どこぞの城で真実を語る鏡として国の宝として存在したこともある。遺跡の奥深くで、持つ者の真実の心を暴き出す宝石として何百年も眠っていたこともある。星と星の間を行き来する船の心臓部であったことも……おっと、これは先の話か。何でもない、今のは忘れろ。

 

 ……今、妾のことを年増やらBBAなどと少しでも思ったそこのお主、今日という1日を永遠に繰り返した後に惨たらしく死ぬ呪いをかけるぞ。 

 

 さて、そんなありとあらゆる時代、世界を渡り歩いてきた妾じゃが、今はこのような狭い部屋の一室。特にこれといって特徴もない男の元にある。 

 

「ぐぅぅ……うぅぅ……」

 

 しかし改めて思うに、この男はどこまでも平凡な男じゃな。

 雑踏に紛れてしまえば、2度と見分けが付かないようなどこにでもある顔。

 何か秀でた技を持っているわけでも、未だ目覚てはいない秘めたる力を持っているわけでもない。

 魔力や妖力、そういった外法の力は素質すら微塵もない。

 身に宿す血筋に特殊なものはなく、凡百な一般的な人間そのもの。

 今まで妾を所有した人間達が持っていた、世界の変革を成し遂げると感じさせるオーラもない。

 

 どこまで行っても普通の人間。

 それが今の妾の所有者じゃ。

 だが今のところこの男の元にいて、退屈じゃと思ったことはない。

 こやつの人生や在り方は極一般的な人間の範疇に納まるものじゃが、少し変わっていて中々に面白い。

 

 特に面白いのが魂の色じゃ。

 人間の本質を示すその色は、常に落ち着き無く流動する不安定な色。

 万華鏡のように移り変わるその色は、側で見ていて飽きることはない。

 

 心の在り方も面白い。

 自身の心と過去に翻弄され、霧がかった道を手探りで歩くようなその道程は年甲斐もなく興味心をくすぐられる。

 こ奴の向かう先に何があるのか……破滅か、希望か……どちらにしろ、妾を失望させるものでないのは確かじゃろう。

 

 この男自体は普通の人間じゃが、周りにはかなり癖のある人間ばかりが集まる。

 偶然なのか、またはこの男は持つ何かに引き寄せられているのか……どちらにしろ興味深い。

 

 そして何よりも眼鏡としての付けられ心地がよい。これは妾的にかなり重要じゃ。

 こやつの顔は飛行機のファーストクラスのように、座り心地がよい。

 妾に会うまで眼鏡を付けたことがないとは思えないほど、眼鏡にとってはこれ以上ないほど最良で整った席である。

 

 それが今代の契約者。

 今まで妾が出会ったことがない、どこまでも行っても普通の人間。

 特にこれといって何かが起こるわけではない、代わり映えのない日々じゃが……今のところ、退屈はせずに過ごしておる。

 

「う、うぅぅ……」

 

 さて、そんな現在の主である目の前の男じゃが……何やら随分うなされておる。

 顔を苦悶の表情に歪ませ、口からは何かを堪えているような声。

 悪夢でも見ているのじゃろうか。

 

「うぅ……嘘だ……朝起きたら……何だよこれ……」

 

 ふむん?

 

「朝起きたら、肉屋のオッサンになってる……いやぁ……やだよぅ……」

 

 紛れもない悪夢じゃな。

 そりゃ魘されもするのう。

 

「ひぃぃ……指に毛が生えてる……そ、それにクサイ。ワキガだ……ワキガ臭いわ……!」

 

 顔にじっとり汗を浮かばせながら、布団の中を暴れるように体を捩らせる。

 じゃが起きん。全く覚醒する気配がない。

 この男は、1度寝付くと何があっても起きん。朝、同居している幽霊の娘が起こすまでは決して起きん。

 例えこんな悪夢を見ようが、別々の床についた筈の幽霊娘が布団に潜り込んでも、その娘が布団の中で衣服をいそいそと脱ごうが……決して起きんのじゃ。

 こやつは知らんじゃろうが、隣の部屋に住む人間は深夜になると奇声をあげたり床を思い切り叩いたりなど、随分と五月蝿い。じゃが、それでもこやつは決して起きん。仮にこの瞬間、この部屋が倒壊したとしても眠り続けるとさえ思える。

 これも一種の才能と言えるのじゃろうか……。

 

 じゃが、このままにしておくのも、目覚めが悪い。

 何より五月蝿くて妾が眠れん。

 

「お、大家さん……お、俺です! 辰巳です……! オッサンと入れ替わって……ち、違う! そっちの俺は俺じゃない! お、おまっ、やめろ! 大家さんをそんな目で見るんじゃない! 大家さん、後ろ! 後ろ後ろ! 後ろ見て! いや、シムラとかじゃなくて!」

 

 しかし、やかましい。自分の寝言の大きさで起きんのじゃろうか。

 フグが自分の毒では死なんのと一緒の理屈か?

 

「ふにゃふにゃ……えへへ……」

 

 そしてそんなデカイ寝言の隣でピースカ眠る幽霊娘も相当じゃな。

 この娘、男が眠るやいなや自分の寝床から現れて当たり前のように男の布団に潜り込みよった。いつものことじゃが。

 

「え……元に戻る方法? オッサンの……口噛み酒を飲む? ……ヴォエエエエ! 無理! まだ自害する方がマシ! ちょっ、やめっ、近づけんな! 臭っ、腐った牛乳を煮詰めたような――ヴォエエエエェ!」

 

 見ていて哀れになってきたぞ……。

 やれやれ、仕方あるまい。こんなんでも今の主じゃ。

 妾が助けてやるとしよう。妾の寛大さに感謝するのじゃな。

 

 妾はもそもそと体を動かし、いつもの場所――男の顔の定位置に陣取った。

 契約によって繋がったラインを通じて、男を夢の中から引きずり上げた。

 

 

 

 

■■■

 

 

「――君の名は!?」

 

 何かから逃げるように目を覚ます。

 何だか物凄い悪夢を見ていた気がする。夢を、夢を見ていました……とかか○なみちゃん風に語りたいが、内容は覚えていない。とにかく酷い悪夢で、覚えていたらきっと2度と眠りたくなくなるようなトラウマ確定な夢だったことだけは覚えている。

 だが助かった。途中で目が覚めたようだ。テレビを叩いて壊すような強引な中断だった気がするけど。

 

「ふぅ……」

 

 額に浮かんでいた汗を袖で拭う。

 ふと、寝る前に外したはずの眼鏡をつけていることに気づいた。

 寝ぼけて装着したのかな? 我ながら凄い寝ぼけ方だな。

 

「ん? 今……何時だ?」

 

 部屋の中は暗い。いつもだったら目を覚ましたときは、エリザが朝の準備をしているから部屋は明るい。それに香ばしい朝食の匂いもしている。

 だが今、部屋の中は暗く、そして静かだ。何の匂いも音も感じられない。

 月明かりを頼りに、自分のスマートフォンを探す。

 

「お、あった」

 

 発見したスマホを手に取って時間を調べようとした瞬間、メールの通知を知らせる音が鳴った。

 こんな時間にメール?

 どうせ悪戯メールだろう、そう思いメールを開くと――

 

『おはようございます、兄さん。今日は随分と早いですね』

 

 という我が妹、雪菜ちゃんからのメールだったよ。

 どうしてこのタイミングがメールが届いたのか、俺が起きた時間をどのような手段で知ったのか、こんな時間に起きてたら唯でさえ育ってないおっぱいに栄養が行かないよとか……色んなことを思ったが

 

「まあ……雪菜ちゃんだしな」

 

 そう思うことにした。そう思わないと何だか怖くてやってられない。

 俺の現在状況を知る特殊なチカラを持っているのか、妹としての唯の勘か、盗聴器でも仕掛けられているのか……いずれにしろ深く考えたくない。

 深く考えちゃうと……体がマジ震えてきやがった……。

 

『約束の日まで、残り4日ですね』

 

 そうだ、約束の日まであと4日だ。

 4日しかないか、まだ4日もあると考えるか……。

 いずれにしろ、約束の日までに目標体重まで落とさないと実家に送還することになってしまう。

 そして雪菜ちゃんの元で、彼女が考案した分刻みのスケジュールの生活を送る……大学受験前のあの日々のように。

 あんなのはもうゴメンだ。つーかマジで勘弁して欲しい。トイレくらい好きな時間に行かせて欲しいんすよ! 深夜アニメはリアルタイムで見たいんすよ! 俺からイカちゃんフィギュアを眺める素敵な余暇を奪わないでくれ!

 

『まあ、無駄だとは思いますが、せいぜい頑張ってください。足掻くだけ足掻いて、それでも無理だった時の兄さんの表情が楽しみです。一筋の希望が潰え絶望に染まるその表情が……ふふふ』

 

 畜生! 完全に俺には無理だと思ってやがる! 何だこの上から目線は……私の下でAGAKEってか?

 やってやる……やってやるよ! 雪菜ちゃんが何でも思い通りになると思ってるなら――そのふざけた幻想(おもいあがり)をぶち殺す!

 

 とりあえず例のAAを雪菜ちゃんに送り、時間を確認する。

 現在時刻は3時。

 

「……3時?」

 

 デジマ? 3時って……夜じゃん。

 そりゃこんなに暗いし、エリザも朝の準備始めてないわけだ。

 つーか、こんな時間に起きたの生まれて始めて。

 

「そうか。夜は暗いんだ」

 

 スマホが放つ人工的な光と、窓から差し込む月明かりの光に挟まれ、そんな当たり前のことを思う。

 

 部屋の中が静かだ。

 いつもはエリザの足音とか、料理を作ったり裁縫する時の衣擦れとか、何かしらの音が聞こえるこの部屋だけど……こんなに静かなのは始めてだ。

 自分の吐息すら聞こえる静寂の中、心がざわざわと落ち着かない。

 自分の部屋なのに、自分の部屋とは思えない不思議な感じ。

 ホテルの部屋で目覚めたような、心寂しい違和感。

 まるで世界に自分だけしか存在していないような錯覚。

 

「えへへぇ……たつみくん……」

 

 と、聞いてるだけでこちらも幸せな気持ちになる声が聞こえたので、視線を向けた。

 エリザがそこにいた。

 掛け布団の中から、頭だけ出したその顔はよっぽど楽しい夢を見ているのだろうか。ちょっとだらしない笑顔を浮かべていた。

 そんな姿を見ていると、先ほどまで感じたマイナスの感情は消えてしまった。

  

「……昨夜は別々に寝たはずなんだけどな」

 

 ウチにはいくつかルールがある。

 食事は一緒にとること、帰るのが遅くなる時は連絡をすること、どちらかがトイレに入った時は耳を塞ぐこと、ご飯の味付けが気に入らなかった時は必ず言うこと、など。

 殆どエリザが決めたものだが、その中に週3回は同じ布団で眠るというルールがある。

 正直最初はちょっとどうかと思ったけど、ほらエリザって14歳じゃん? こう……人の温かさを求めたくなる年頃じゃん? ほらウチの妹だって今はあんなだけど、中学入って少し経つまでは一緒に寝てたし。

 だから仕方なく了承した。仕方なく……ここ重要。幽霊に適用されるか分からないけど、淫行条例とかで俺捕まって裁判になった時、みんなもちゃんと証言してね。俺は悪くないって。

 

 しかし、昨日は別々に眠る日だった。

 どうやら俺が寝ている間に潜り込んできたらしい。

 

「悪いやっちゃなー」

 

「えへへ……」

 

 顔にかかっていた髪をどけると、くすぐったそうに身を捩らせる。

 エリザの寝顔を見るのはこれで2度目だけど……幸せそうな顔だ。

 

「たつみくん……だいすきぃ……ふへへぇ」

 

「……」

 

 ふいにあの日のことが思い出される。

 夕暮れが差し込む光の中、エリザから伝えられた言葉。

 何の虚飾もない、純粋な好意の言葉。

 あの日のことを思い出すと、心が落ち着かない。喜びと困惑が混じった不思議な感情に揺さぶられて、どうすればいいか分からなくなってしまう。心がゆらゆらと揺れる。でも不思議とその揺らぎは心地よい。

 でも同時に、ずっと昔、あの日の校舎裏。生まれて始めて好意の言葉を伝えられた日のことも思い出してしまう。人生で最高の、そして最悪の日。思い出す度に心が苦しさに身を捩るように脈動し、巻き付いた鉄線でズタズタになるような感覚。

 そんな2つの感情に翻弄されると、情けなくて涙が出てしまいそうになる。

 自分の未熟さに。心の未発達具合に。エリザの期待に応えることができない不甲斐なさに。

 

 俺はいつかエリザの想いに応えることができるのだろうか。

 今のところ、見当もつかない。

 

 

 

■■■

 

 

「むにゃむにゃ……見てみて辰巳くんっ、ほらほら」

 

 そんな朝から陰鬱な感情に支配されそうになった俺を引き戻したのは、とても楽しそうな寝言を呟くエリザだった。

 夢の中でずいぶん楽しい体験をしているのか、その表情はにへらとだらしない笑みを浮かべている。

 どんな夢を見ているのかな? 幽霊ってどんな夢を見るのか……気になります!

 

「はわぁー……凄いね、足元の東京タワーがあんなに小さく……」

 

 それどこ視点?

 なになに? ヘリにでも乗ってるの? 空中遊覧?

 

「わっ、辰巳君落ち着いて、楽しいからってあんまり暴れると落としちゃうよぉ……ふふっ」

 

 エリザに……抱えられてるのか?

 んで、空飛んでる、とか?

 さすが夢、現実的にはありえないファンタジーなイベントだ。

 そういえばさっき俺も、肉屋のオッサンと入れ替わるっていうファンタジーな夢を……うっ、何だか吐き気がしてきた。この夢について考えるのはよそう。

 

「え、もっと高く? うん、分かった! えへへ、しっかり捕まっててね……もにゃもにゃ」

 

 実は俺、結構高所恐怖症なんだけど、夢の中の俺は違うようだ。

 多分、実際にこんな「東京タワーよりずっと高い!」みたいなことされたら、漏れなく失禁して(漏れてる)東京市民に生命の雨という名のちょっと早いクリスマスプレゼントをプレゼントすることになるだろう。

 ホワイトクリスマスならぬ「ホワイ!? 尿!? クリスマス」なんちゃって。……苦しいです、評価して下さい。

 

「むにゃんむにゃん……ふわぁ……すごい……地球って綺麗だね」

 

 大気圏脱出しちゃったよ! 

 さすが夢だな……俺の呼吸事情とか考えてない。

 アニメだったら目瞑って耳塞いでたら少しの間は大丈夫だろうけど、現実だと死ぬからね。シャアだってそりゃ飛び込んできたクエス見て「何やってんだコイツ……」みたいな顔するよ。

 

「え? なに辰巳君? 地球が? ソーダ味の飴玉みたいで美味しそう? ふふっ、そうだね、美味しそうだね」

 

 夢の中の俺アホ過ぎだろ。どんだけ低レベルな感想なんだよ。

 アレか? 酸素が頭に回ってないのか? 酸素欠乏症か?

 普段のシャレオツな俺だったらもっとこう……目の前で見た地球を題材に一句読んだりしちゃうからね。地球(アース)と明日(アス)、なんだったら尻(ass)もかけたサラリーマン川柳入賞待ったなしの川柳作っちゃうからね。夏井い○き先生もあまりの出来にアヘ顔ダブルピースで賞賛待ったなしですわ。

 

「……よっと、ちゃくりーく! ここどこかな? 地面にいっぱい穴が開いてるけど。あっ、なんかどこかで見た旗が立ってる!」

 

 とうとう俺も月に進出か……。

 寂しさで死んじゃう、動物で例えれば兎の俺的には、ちょっと因縁のある土地だ。

 心の故郷に帰ってきた気分。

 

「あっ、見て辰巳君! ウサギさんだよ! あっ、ウ、ウサギさんが亀に虐められてるよ!」

 

 ウサギと亀か……。

 まあ、その2匹は色々と因縁があるからな。童話(イソップ)的に。

 

「た、助けないと……あ、辰巳君待って! す、すごい辰巳君……あんなにたくさんの亀さんを一瞬で!? え? 弱点を知り尽くしてる? 亀となら毎晩戦ってる? よく分かんないけど、す、すごい……」

 

 亀の弱点。毎晩戦って知り尽くしてる。……あっ(察し)

 

「ウサギさんたちがお礼にどこかに連れて行ってくれるみたいだよ? あのお城? かぐや姫様が待ってる?」

 

 竹取物語の後日談かな?

 クロスオーバーが自由すぎる。版権元に訴えられるレベル。

 

 その後、俺とエリザはかぐや姫様が振舞う、月で採れたばかりの餅を使った贅沢な料理に舌鼓を打ち、ウサギや亀(捕虜)の舞い踊りを鑑賞した。

 

「ふぅ……楽しかったねー。何か一生元気でいられる栄養ドリンクもお土産にもらったし」

 

 それ飲んだら人間やめるお薬や。残機が無限になる代わりに、死ぬことも出来ない無限地獄に囚われる罰ゲームだわ。

 竹林の奥に住んでて、よく夏と冬にアレを生やすウサギに犯されたり犯したりする女医さんが作る永続ドーピング薬だわ。

 そんなお薬は絶対にノゥ!!! 蓬莱のクスリ、駄目絶対。例え定命であっても閃光のように生きるのが人間ってもんでしょうが。

 

「そろそろ帰ろっか。わたしたちの地球に」

 

 どうやら夢の中のエリザと俺は地球に帰還するようだ。

 さて、俺もまだ少し眠いし、布団に中に帰ることにしよう。

 もぞもぞと布団の中に潜り込む。

 その途中、何だか柔らかい物に触れた。

 

「ふひゃっ」

 

 眠っているエリザがぶるると震えた。

 何だこれ? しっとりしてて、手に吸い付いて……極上のシルクのような肌触り。

 作りたての生クリームのようにフワフワしてて、それでいて手で押すと押し返してくる弾力もあるという矛盾した感触。

 不思議な感触の正体を確かめようと執拗に触れるも、その正体は分からない。

 今までの人生の触歴(タッチヒストリー)を遡るもこれに該当するものは見つからない。脳内司書ちゃんが顔を赤くして、この感触に近いものとして差し出してきたのは――エリザの二の腕?

 しかし二の腕だとしたら掴むことが出来るが、これは何というか……覆うようにしか触れない。

 

「ひゃっ、だ、だめだってぇ……た、たつみくん……こんな所で……ここ、宇宙空間だよぉ……」

 

 一体なんだろうか、この感触は。全く検討もつかない。

 そのはずなのに……何故かこの触感に覚えがある。記憶ではない、もっと根源的な感覚で。

 そう、まだ自我が発達していない生まれたての頃。

 本能に付属した感覚の中にこの感触はあった。

 

「見てるからぁ……ち、地球に見られちゃってるよぉ……」

 

 この暖かい感覚は母親の胸の中?

 母の胸に抱かれて……その時に触れた?

 この感覚は食欲とリンクしている。生まれたての頃、母に抱かれて食していたもの。

 圧倒的な母性を感じる触感。

 

 いや、待て、つまりこれは……。

 

 俺は布団を捲り上げた。

 布団を捲り挙げることで、首から上しか出ていなかったエリザの全身像が現れた。

 真っ白な肌は心なしかじんわりと紅潮しており、うっすらと汗も浮かんでいた。

 そう肌だ。

 本来肌を隠すべき人間の英知である文化の象徴たる服はそこにはなかった。

 ただ純粋に生まれたままの姿がそこにあった。

 

「エ、エリザさん……服はどこにやったんですか?」

 

 あまりに衝撃的な光景に、思わず敬語になってしまう。

 エリザは全裸だったのだ。

 

 エリザに初めてて遭遇した時を思い出したが、あの時は後ろから見ただけだった。

 だが今は目の前で、しかも真正面から見てしまっているわけで。

 俺の手はその真正面にある2つのお山に触れているわけで。

 俺とエリザの距離は、ほぼ密着しているくらいの距離で。

 

「あふ……はふぅ……た、たつみくん……」

 

 眠っているエリザの口元からは切なげな声が漏れてるわけで。

 妹さん事件です! 状況証拠から考えるに犯人は俺! 年端も行かない少女を全裸にして布団に連れ込んだ俺! 有罪! 有罪ですよ裁判官さん! 

 いや、でも恐らくはエリザが勝手に忍び込んできて……でもそれが通じるような世の中じゃないしね、今は。よーし、罪が重くなる前にパパ自首しちゃうぞー。

 

 待て待て。俺はまだ手を出してない。状況的に全裸の少女と一緒に布団の中に入ってるだけだ。自首は早い。

 で、ここからどうするべきなの? エリザを起こして服を着せる? 寝ている間に服を着せてしまう? 又はいっそのこと俺も全裸になってみることで、世界から服という概念が消失したIF世界でも演出してみるか?

 分からん。こんなT○Loveる的展開になったこと無いから、どうすればいいか分からん。

 頼りになる親友こと遠藤寺ちゃんも、この時間は眠っているだろう。

 俺はどうすれば……

 

『据え膳食わねばなんとやらじゃな。手を出せばいいのではないかのう?』

 

 脳内に囁く(多分悪魔)の声。

 手を出すって……アレをコレするってこと?

 いや、駄目でしょ。そもそも俺童貞だし。やっぱり最初はゆっくりデートをして何度目かのデートでホテルの最上階で指輪を渡して向かいのホテルに『アイシテル(イは左右反転)』を映し出して、最上級でスイートな部屋でこうアロマとか炊いたり、キャンドルに火を灯して雰囲気を出して……。

 とにかく眠ってる相手にアレやコレは駄目でしょうが! 眠姦ダメ絶対。ミンカーン禁止法発令!

 

『はぁ……最近の若者はヘタレじゃのう。ここまで露骨に好意を示されながらも……全く、とんだ鳥(チキン)男じゃ。ガッカリじゃ』

 

 あんまりにもあんまりな脳内悪魔たんの言葉に、思わず「誰にも腰抜けなんて言わせない」と言い返そうとしたが、所詮は脳内の相手。

 相手をするだけ無駄だ。

 

 しかし何故だろうか。エリザの裸を見ていても……そういう気分にならない。

 綺麗だと思うし、興奮からか心臓がドキドキしているけど、襲おうとかそういう気持ちが全く湧かない。

 いくらなんでも全くそういう気持ちにならないのは、ちょっとおかしく無いか……そんな考えが脳裏に過ぎったが、目の前にあるエリザの体に視線が釘付けになってしまい、そんな考えは霧散した。

 

「……肌白いなあ」

 

 改めてエリザの体を眺める。

 以前見たデス子先輩の肌も白かったけど、エリザは透明感のある白さだ。

 今にも消えてしまいそうな儚い白色。

 

 先ほどまで手を触れていた胸元の双丘。

 その下に視線を下ろすと、柔らかそうな腹部があった。

 腹部の中心部には、無人島に漂流してとりあえず雨を凌ぐ為に入り込んだものの、何だかんだ居心地がよくて拠点にしてしまいそうなくらいいい感じの穴であるヘソ。

 更に視線をちょっと飛ばして下にずらすと、ほっそりとした2本の足がある。2本の足は今もモジモジと擦り合わされ、その摩擦で生じた熱をほんのり感じる。俺、もし無人島に漂流したらこの摩擦で火を起こすんだ。その火で焼いた採れたての魚の美味いこと美味いこと……まさに犯罪的な美味さ……!

 そして。

 

「……ゴクリ」

 

 その二つの中間にある物。

 女性にとってのシークレットスペース。

 さっきは罪悪感からか意図的に見なかったけど、やはりどうしても気になる。

 ここだけの話、俺は生まれてこの方、ここを見たことがない。

 童貞であるのが理由の1つであり、雪菜ちゃんと風呂に入っていたのも随分昔のことで全く記憶にない。

 実家にいた頃、無修正のエロ本なんかを買ってきても、少し目を離した隙に処分されていた。

 だから、この瞬間が俺にとっての初体験だ。

 

 眠っているエリザに悪いと思いつつも、全裸で潜り込んでいるエリザも悪いと自己弁護し、俺はその部分に目を向けた。恐らくこの先、こんな経験は無いだろうから必死に記憶しようと目を見開いて、穴が開くほどの視線を向けた。

 

 

『プレイエリアの外です』

 

 

 エリザの秘部にはゲームのウィンドウな物があり、そこにはそんな文字が書かれていた。

 ちょっと角度を変えて見ても、そのウィンドウが正面に見える。不思議。

 なるほど。

 

「女の子のココってこうなってたんだ……」

 

 生まれて初めて見た光景に、何だかしっくりしないものを感じつつ、今まで知らなかったものを知ったことで俺は少し大人になった気がした。

 

『ヘタレなお主にはこれで十分じゃろう』

 

 誰かが脳内で嘲笑した気がした。

 

 さて、見るものも見たし、改めてここからどうするべきか。

 

「……よし」

 

 俺はエリザに布団をかけつつ、自分も布団の中に潜り込んだ。

 見なかったことにしよう。

 エリザは全裸じゃなかったし、俺は夜中に目を覚ますことはなかった。

 このまま眠り、朝になればきっと問題は解決しているはずだ。

 大抵のことは寝て起きたら解決しているものだ――昔の偉い人がそう言ってたしな。

 

 全裸の美少女が隣にいるにも関わらず、思ったよりも早く俺は眠りにつくことができた。

 そこにやはり違和感を覚えつつ、眠りの底に落ちていった。

 

 

 

■■■

 

 眠りの底に落ちた俺を待っていたは、以前見た悪夢の続きだった。

 地下室に囚われ、肉屋のオッサンに過酷で無意味な労働を強いられる悪夢。

 しかも今回はパワーアップしていた。

 

「オッサンが――三人……!?」

 

 地下室の中には、普通のオッサンの他にもう2人オッサンがいた。 

 両手に肉包丁を持った――オッサン・トゥソード。

 体全体が血に塗れた――オッサン・ブラッド。

 

 そんなオッサン達に囲まれた俺は、極度のストレスで今にも血反吐をぶちまけた。

 

「夢なら……覚めてくれ……」

 

 だが俺の望みが届くことは無く、夢時間の主観で8時間ほどその空間に囚われた。

 ニヤニヤした笑みでこちらを見つめるオッサン達の精神攻撃に、ストレスで白髪になってしまた辺りでようやく俺は覚醒の予感を感じた。

 

 カーン……カーン……カーン……

 

 音が聞こえる。

 耳元で甲高い、何かを叩くような音が響く。

 

 カーン……カーン……カーン……

 

 徐々にその音は大きくなっていく。

 いや、俺が覚醒に近づいているのだ。

 

「うぅ……」

 

 この音は苦手だ。

 

「や、やめてくれ……この音をやめなさい……」

 

 カーン……カーン……カーン……

 カーン……カーン……カーン……

 カーン……カーン……カーン……

 

 

■■■

 

 

「――那珂ちゃん許して!」

 

 俺は覚醒した。

 かつてやってしまった罪の意識に背中を押されるように、目を覚ました。

 もう2度と解体なんてしないよ。当鎮守府は誰でもウェルカムなんだよ!

 

「おはよ、辰巳君」

 

 俺を起こしてくれたエリザに目を向けると、彼女は左手にフライパン、右手におたまを持っていた。

 どうやらアニメとかでよく見る、フライパンをおたまで叩く起こし方をしてくれたらしい。

 俺を飽きさせないように色んな方法で起こしてくれるのは正直嬉しい。

 しかし……

 

「この起こし方はやめてくれ」

 

「へ? う、うん分かった」

 

 素直に頷いたエリザは、そのまま台所へ向かった。

 その姿はどこぞの制服の上にエプロンをつけた世の中の男性が大喜びする幼妻学生スタイルだった(この制服は大家さんから貰った服。ちなみに大家さんから貰った服の中には、他にも別の学校のものと思われる制服がある。あと何かどっかのゲームで見たことあるような制服もある。制服を集めるのが趣味とか、ちょっとオッサンっぽい)

 その着こなしは自然で、先ほどまで全裸だったとは到底思えない。

 もしかすると、さっきのは俺が見ていた夢なのかもしれない。

 いや……そうだ。そうに違いない。

 全裸の美少女が布団の中に潜り込んでるとか、夢以外の何物でもないからな。 

 

 それにしても夢とはいえ、あんなラノベのお色気シーンみたいな夢を見るなんて。

 溜まってる、ってやつなのかにゃ?

 そこんとこどうなんですか? 俺のエクスカリバーさん?(鞘付き)

 ふむふむ、なるほど……全く溜まってない、と。

 

 ここで皆さんが気になっているであろう一ノ瀬48の秘密の1つ――『ぶっちゃけいつどこで解消してるの?』の質問に答えてみよう。

 解消? ストレスのことかな? そう思っちゃう穢れない子供なアナタはそのピュアさを大切にして、ここら辺を飛ばしてほしい。性の目覚めという名の階段はゆっくり上がるものだ。駆け足で飛ばしたら勿体ない。

 

 さて、家では四六時中エリザと一緒の俺が、どうやってアレ……ぶっちゃけ性欲を解消しているか。

 致してる場所も気になるだろう。トイレの中、玄関の隅、押入れ、台所のシンク……そんなところでするはずもない。バレるからな。

 いつかアナタの元に幽霊なり未来人なり、空から降って来たり土から生えてきた美少女なり、ホームステイしてきたモン娘なり、未来からやってきた猫耳美少女ロボットなり……そういった存在が現れたときの為に、先人である俺の言葉をよく聞いてもらいたい。

 そう、俺は――

 

「……あれ?」

 

「へ? どうかした辰巳君?」

 

「い、いや何でもナーミン」

 

 台所から顔を覗かせてきたエリザに手を振って答える。動揺していることを悟られないように。

 俺は動揺していた。

 何故ならここ最近、そういった行為をした記憶はサッパリないからだ。超ご無沙汰。

 一体いつかだろう……と遡ってみると、何と3ヵ月近くソロで活動した記憶がなかった。

 

 3ヵ月前、エリザと始めて遭遇した日以来、全くしてない。1度も。

 

「……」

 

 いやな汗が流れる。

 正常な年頃の男性が、3ヵ月近くもご無沙汰。しかも現在進行形で特にこれといってムラっとしない。

 確かに興奮はする。遠藤寺が足を組み変える瞬間とか、デス子先輩が「今日は暑いデスねー」とか行って胸元にパタパタ空気を送りこむ瞬間とか、大家さんのあざと可愛い仕草を見た時とか……しっかり興奮する。

 だがそれだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。反応しないのだ。礼をしたままで、起立をしない。ノットエレクト、ノット○ンポスタンドアップ、オールウェイズスモール、ゲンキナーイ……オーマイガー。

 

 え? マジで? この年にして? もうエンディング? 早すぎない?

 い、いやいや待て待て。何か理由があるはずだ。じゃないとこの年で枯れるとかあり得ない。

 

『すまんの。妾のせいじゃ。ほら、お主魔力とか妖力、欠片もないから……。仕方なく精力で活動しとるんじゃ』

 

 何か脳内の人が言ってるけど、それどころじゃねえ!

 今すぐに病院……い、いや病院に行って確定しちゃったら怖い。

 と、とりあえずは……遠藤寺に相談だ。困ったときの遠藤寺。

 遠藤寺なら……それでも遠藤寺なら何とかしてくれる……。

 きっと、こう……探偵として培ったアレやコレやで俺の悩みを解決してくれるはず……!

 そう考えたら、何だか気が楽になった。

 

 俺は遠藤寺に『大切な話がある』とメールして、ジャージに着替えた。

 よし、今日もジョギング頑張るぞい!


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