家賃1万円風呂共用幽霊付き駅まで縮地2回   作:ウサギとくま

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コンビニまで全力疾走4分(ただし衣服は着用しないものとする

 大学に着き、早足で大教室に向かうも、時既に遅し。

大教室のドアは両開きに開かれており、そこから授業を終えた学生達がぞろぞろと吐き出されていた。

 俺は何となく、その光景は朝、電車のホームで見る光景に似てるなって思った。

 どっちも吐き出される人間が気だるそうな顔してるし。

 

 そんな有象無象の生徒の中、明らかに周りから浮いている生徒がいた。

 まあ、遠藤寺である。

 遠藤寺の周りはエアポケットの様に、ぽっかり人がいない部分が存在するので、非常に分かりやすい。

 俺が「おーい遠藤寺!」と声をかけると、遠藤寺じゃない奴ら(ザ・モブの人達)がギョロリとこちらに視線を向けてきたので、俺は『あァ? 誰だよでけぇ声出してんのは?』みたいな顔で後ろを振り返った。

 視線を向けてきた連中のそれが俺の後ろへと流れていく。

 その隙に俺は雑踏をスルスルと抜け遠藤寺へと接近した。

 これぞ奥義!……あ、いや何も浮かばねぇ。

 

 遠藤寺は両開きのドア辺りで立ち止まり、首を傾げながら周囲をきょろきょろと見渡していた。

 ここで俺が背後から忍び寄り『だ~れだ?』みたいな中性的な声を出しつつ胸を鷲掴み、遠藤寺が『キャッ、もうっ、たっちゃんたら! え~い、私もこうだ!』なんて俺の胸を鷲掴み。そうすることで百合の花が咲き乱れ、この学園に新たなサークル『ゆるゆり部』が発足したら……勿論入ってくるのは女の子、しかも同性にしか興味が無い子ばっかり。

 俺や遠藤寺、そして新しく入ってきた女の子達でキャッキャウフフな毎日……それって凄く淫靡だなって。

 しかし、俺はいくら中性的だといっても男に変わりは無い。

 俺が女の子だと勘違いして入ってきた女の子達にもバレてしまう(合宿とかで)が、俺達にとって性なんてものは既に超えてしまっていた壁だった。

『辰巳先輩! わ、わたしのお姉様になって下さい……!』

『で、でも僕……男の子だよぉ』

『そんなの関係ありません! 偉い人にはそれが分からないんです!(そーだそーだ、と他の女の子達の囃し立てる声)』

『だったら行こうか? 僕たちの……境界線の果てに!』

 

~ご愛聞ありがとうございました! 一ノ瀬先生の妄想が聞けるのは俺の脳内だけ!~

 

 ……ハァ、やれやれ。

 また新たなルートの可能性を見つけてしまった。我ながら人生の開拓に余年がないな……。

 よし、まずは俺が中性的にならないとな。

 よくよく考えると俺ってかなり中性的だし。

 高校の時にやったメイド喫茶でも何やかんやで女装してメイドさんすることになったし、みんなから写メとられまくりで、文化祭が終わった後も『おい一ノ瀬お前またメイドさんやれよ』とか言われる始末。おいおいクラスメイツ、今は授業中だっての! こーら、脱がすなって。もう先生もよそ見してないで止めてくださいよぉ。ンモー、女物の下着は流石に勘弁だよぉ~。

 

 

「……ん? 何やら鳥肌が立つほどのおぞましい情念を感じたかと思えば……君か」

 

 遠藤寺が振り返って俺を見た。

 ふんわりヘアーとその上に乗ったリボンがフリフリ揺れた。

 

「で、どうしたんだい? こんな時間に。もう授業は終わってしまったよ。てっきりサボったものかと思って、君の分のノートも取っておいたんだが」

 

「それは貰っとく」

 

 友達想いのフリフリガールだ。ここが欧米なら感謝のキッスを差し上げるところだが、残念ながらここは日本。日本はハンバーガーとか火縄銃とか輸入する前にまず、挨拶にキッス制度を取り入れるべきだったと俺は言いたい。

 

 今日のファッションは水色を基調とした涼しげなロリファ(ロリータファッション)だ。アクセントの白が目に優しい。ズバリ! テーマは青空と見た!

 赤い口紅が太陽みたいでベネ!

 

 出入り口であるドアの前で立ち止まっているので、周囲の視線がかなり痛い(てめえら超邪魔みたいな)

 俺は不特定多数に視線を向けられると吐いちゃうタイプ(だから泣く泣くアイドルは諦めた)だから、勘弁して欲しい。

 取りあえず遠藤寺のすべすべした手を掴み、いつもの食堂へと向かった。

 

 食堂のいつもの席へ。

 俺は早々に席に着くが、遠藤寺が座る気配がない。

 椅子の傍に立ち、何やら興味深そうな表情で自分の右手を見ている。わきわきと開いたり閉じたり。

 

 何だ? 右手が自我でも持ったのか?

 あ、いいなその設定。

 ある日自我を持った右手に振り回される毎日。んでそのウチ他にも体の一部に自我を持つ人間とかが現れて、まぁバトル展開だな。

 部位を生かした攻撃とか、そのウチ能力とかも出たり『全てを食らう右手オールイーター』『語りすぎた二枚舌ダブルトリック』『翼のない肩甲骨フォーリンエンジェル』『制御できない目オプティックアイズ』『暴れ尻(ヒップヒップヒップ!)』……みたい、な?

 これで一本書けるか……いや、まだ煮詰めたりないな。

 取り合えず妄想脳に保管しておこう。

 

「ミ、ミギィ……ぼ、防御頼む」

 

「……」

 

 既にプロローグまで考えた俺の妄想小説の名台詞に、全くツッコミを入れる様子がない遠藤寺。

 無視? いや、別に無視されようがどうってことなウワァァァァァァァッ!

 やめて! 無視せんといて! 俺ただでさえ少ない友達に無視されたら寂しさパンデミック!

 

 一ノ瀬を殺すには寂しさを与えてやればいい~一ノ瀬史十章 永遠のライバル、ザ・デスキングの言葉より抜粋~

 

 遠藤寺は俺が触れた部分をさすさすと擦っている。

 

「……異性に腕を握られたのは初めての体験だ」

 

 え~、何その聖処女メイデン発言。

 女に幻想抱いてる処女厨にはさぞ受けるわな。そうやって人気稼ぐのが遠藤寺のスタイルってわけだ。

 じゃあ俺も言ってやんよ。

 

――女の子の手握ったのとか初めてっ!

 

 ンー? 言ってみたのはいいが、これ人気出んのか? 何か自分で言ってて哀れみを感じるわけだが……。

 あ、ちなみに妹相手ならいくらでも手とか足とか考えうる握れる部位は全て握ったことあるが、まあノーカンだろ。妹相手だしな。

 

「男性の手は思っていたより、ゴツゴツしているんだね」

 

 未だ手を擦る遠藤寺に「そうかい。まあ取りあえず座れよ」と言い急かすようにテーブルを揺らした。

 遠藤寺は「……ん」とかちょっと普通の女の子っぽいトーンで言いながら、席に着いた。席に座るも、まだ俺に握られた方の手をニギニギと開いたり閉じたりしている。

 

「……ふむ、ふむ。なるほど……ほうほう」

 

「何だよさっきから、気色悪い」

 

 ホーホーってお前は梟かよ、と続けようとしたが、流石に女を鳥呼ばわりするのはどうかなって思ったんでやめといた。

 ここで遠藤寺が『……ニャン』とか言ってたら、おいてめぇは猫ちゃんかよ。かわいいにゃん!って言って差し上げるんだがな。

 遠藤寺に猫耳か……。既にゴスロリファッションでかなりキャラ稼いでるのに、その上猫耳は……いや、最近はミニスカ・ブレザー・マント・金髪・ツインテール・ロリ・鬼畜・ドS・眼鏡・貧乳・魔女という要素を纏めて詰め込んだ化物みたいなキャラがいるし、問題は無いか。

 

 俺の気色悪い発言に、遠藤寺は『ムッ』と眉をひそめた。

 

「気色悪いとは心外だね。今ボクは異性に始めて腕を握られ、若干の戸惑いと共に仄かな羞恥心を感じているのだが……それを気色悪いの一言で済まされるのは、正直寂しい」

 

 んな自己分析し過ぎな女には萌えねえーよ。

 こいつどんだけ客観的なんだよ。

 大体羞恥心感じてるなら感じてるなりで、大家さんまでとは言わないけど頬染めたり……あ、よく見たら赤い……つーか桃色?

 や、やだ何その反応……かわいいにゃん!

 

「まあ、この感覚については後ほど家に帰ってからゆっくり考察してみるとするよ。……それで、どうだい?」

 

 さて、本題だとばかりに遠藤寺は切り出した。

 

『どうだい?』

 

 あぁ? 何がだよ?

 俺こいつのこういう主語抜きで、いきなり『君は分かってるだろうけど』みたいな話の始め方、結構嫌い。

 これってさ、つまりあれだろ。

 あくまでも主観的な考え方だけどさ、会話ってのは武士同士の決闘みたいなもんじゃん。

 礼に始り、切り合う。そして敗者に礼、それで終わるわけ。

 会話もさ、主語(礼)って超重要。

 それがこいつの場合はあれだ。

 いきなり出会い頭に『パウッ』って切りかかっちゃう。そういうのって凄く冒涜的だよな。

 現在に生きる武士もののふである俺はコイツに一言言ってやりたい。

 

『お主! それではあまりにも人の道から外れていなイカ!』

 

 ってな。……あれ? おかしいな。何かイカ娘っぽくなったぞ。

 つまりイカ娘=武士?

 イカ娘は武士だったんだよ!

 いや、俺は常々思ってたよ。あの凛とした立ち振る舞い、義に対する厚 さ、人を思いやる心――イカちゃんこそが現在の武士だ!

 俺なんかせいぜいが足軽だヨ……。

 

 俺が思春期の足軽らしく被った傘の角度なんかに悩んでいると、遠藤寺は「ふむ」と首をかしげた。

 

「どうやら、主語もなしにいきなり本題入ったことが気に障ったのかい? だったら謝るよ」

 

 え、何で俺が考えてること分かんの? ニュータイプ? 見聞色? ダービー?

 

「でもボクの言い分も聞いて欲しい。確かに君の思う通り、会話における一連の流れは重要だ。でもこうは思わないかい? 大学生活というのはそれこそ湧き出る泉の様に時間が有り余っている。でもいくら有り余っていても大学生活にもモラトリアム、時間は有限なんだ。時間の泉はいつか枯れる。ボクはできるだけ君との会話を長く楽しみたい、この大学生活の内にね。だからこそ、できるだけ言葉を省きつつ、たくさん話がしたい。これはまぁ……一種の乙女心とも取れるかな」

 

「お、おう……」

 

 やっべ、何言ってんのか分からんね。

 え、モラトリアム? 神器か何かの名前? 二階級神器《モラトリアム》とか?

 カッコいいじゃねえか……。

 

 えっと、要するに『もっといっぱい色んな話がしたいから、つい言葉が足りなくなっちゃうの、ごめんにゃん』(cv水橋)ってことか?

 ああ、そういうことね。

 

「おーけー分かった。よしお前の言い分は分かった。じゃあズバっと本題に入ろう」

 

「あまり伝わった気がしない様な……まあいいか。ん、じゃあ改めて本題に入らせてもらおう。……どうだい?」

 

「何が?」

 

「え、いやだから……え?」

 

 遠藤寺が『え? コイツマジで?』みたいな目で見てきた。

 

「その……君がボクをここまで引っ張ってきたのも、その話をする為なんじゃなかったのかい?」

 

 別にあのまま教室の前にいたんじゃ、周りの視線がウザかったからだ し、ここに来たのは他に行く所が無いからだけど。

 そういう旨を伝えた。

 

「うーん、昨日君の話を聞いて、夜中まで色々考えていたのが馬鹿みたいだ」

 

「考えていた? 何を?」

 

「……君の部屋に出たっていうナニカの話だよ」

 

「ああ、それか!」

 

 ああ、そうだったそうだった。

 そう言えば今日はコイツにそのことを話そうと思ってたんだっけ。

 何か結局部屋の幽霊も拍子抜けするほど怖くなかったし、すっかり忘れてたわ。

 

「ああ、そうそう。その話をしようと思ってたんだ」

 

「……本当かい? 忘れてたんじゃないのかい?」

 

 ただでさえ鋭い目を更に細めて視線を向けてくる遠藤寺。

 視線が物理的作用しそうだ。

 具体的に言うと俺の体に穴が開く。

 

 俺が「マジでマジで」と頭の足りない高校生の様に連呼していると、遠藤寺は「はぁ」とため息をついた。

 

「分かった。それで、結局どうだったんだい? 何か見えたのかい?」

 

「ああ、見えた見えた」

 

 俺は昨日自分の部屋で見たものについて語った(全裸云々は抜きで)

 

 遠藤寺は少し驚いたように目を見開いた。

 

「……本当に幽霊が? どれ、ちょっとこの紙に書かれた模様を見て、それが何に見えるか答えてくれないか?」

 

「いや、俺正常だから。それ綺麗なチョウチョに見えるから」

 

 唐突にロールシャッハテストを繰り出してくる遠藤寺は、一回マジで自分で受けた方がいいと思う。ちなみにロールシャッハテストは対象が正常か異常であるかを判別するテストみたいなもので、見せた模様が何に見えるかでまともかそうでないかを判別するのだ。ここだけの話、チョウチョに見えたのは嘘で、スク水幼女がプールから上がって座った後の地面に残ったお尻の形に見えたが……みんなには内緒だよ?

 

 遠藤寺は興味深そうに、頷いた。

 

「いや、何と言うか……幽霊か。本当に存在していたとは。その眼鏡もてっきりただの伊達眼鏡とばっかり思っていたけど……いや、世の中まだまだボクの知らないことは多いね」

 

「何だと」

 

 すっかり俺の一部分になった眼鏡様に大して何たる言い様。

 お前マジで眼鏡様ディスってっと、眼鏡の縁の部分がゴキ○リでできてる特注眼鏡がサンタさんから漏れなくプレゼントしちゃうぞ?

 形状記憶ゴ○ブリ。あれ、もしかして俺とんでもない存在生み出しちゃった?

 世界大丈夫?

 

「さて、本当に幽霊が出て、君の頭もしっかりしている……はず」

 

「いや、しっかりしっかりしてるから」

 

「と、なると幾つかのプランを破棄。残るは3つほどか。精神に異常をきたしている方向の方がやりやすかったんだけど……」

 

 頭がパーの方がいいとか、どんな友人だ。

 俺なんでこんな友達しかいねーの?

 ギャルゲに出てくる女の子の好感度教えてくれる都合のいい親友みたいなのいねーの?

 あ、でも最近は妹とかが教えてくれたりするんだよな。

 ウチの妹、教えてくれるかなぁ……無理だよなぁ。

『兄さんを好きな人の好感度? ゲームの中の女の子ですか? それともアニメの? え、現実の? ……まだ現実に未練があったんですか? てっきり既に見限ったものかと』

 俺だって自分の子供とキャッチボールがしたいんだい!

 

「3つあるプランの内、選ぶのは君だ。さて、まず一つ目だが……」

 

「だから何の話だよ?」

 

「何のって……君が置かれている状況を改善するプランだよ」

 

 え、それを夜遅くまで考えてたのか……?

 何この子、めっちゃいい子やん……。

 こ、今度こそ俺に気があったり……あ、でもただの勘違いだったら……。

 

「どうしてそこまでしてくれるんだ……?」

 

「どうしてって……君のことが好きだからだよ」

 

 ルート確定!

 大家さんなんていらんかったんや! 遠藤寺最高や!

 

 はぁ、改めて見ると遠藤寺めっちゃ可愛ぇ。

 (多分)服の下にある若干ムチっとした体とかマジ天使。

 そして一ヶ月共にいながら全く手を出す気配の無かった俺、マジ我慢強い。

 つまり……俺が……最高ってことなのか? 俺ルートも探しておくか……。確実に平行世界とか絡んでくるルートになるな。

 

 遠藤寺はいつも如く、皮肉気な笑みを浮かべた。

 

「君はいつもボクの元へ興味深い事象を運んできてくれる……最高の相棒さ。ちなみに言っておくと、今まで異性として君を意識したことはないよ」

 

 トドメまできっちり刺していきやがった!

 今までって一度もかよ……うわ、結構凹むな、これ。

 え、ってことはなに? コイツもしかして百合畑の人?

 あー、つまりPY(プロジェクトユルユリ)始動ってこと?

 ンモー、こうなることが分かってたら、妹に化粧の方法とか習っとくんだった!

 一度でいいから『これが……僕?(鏡見ながら)』とか言ってみたーい。

 

「まあ、異性を意識した経験すらまだ無いんだけどね。だけど君の手を握られて生まれたこの感情……」

 

「え?」

 

「いや、なんでもないさ。さて、三つのプランだけど……一つ目は、ボクのツテで霊媒師、退魔師を呼び、その幽霊を退治する」

 

「退魔師か……」

 

 アリだな、特に美少女退魔師だとなおよし。

 今まで魔を狩ることしか知らなかった少女、俺と接する中で情緒を育み、最終的に『お前と会って、色んなことが知れた……楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと……恋も』みたいな展開がベネ!

 PC版ではその後に『房中術の訓練の……相手になって欲しい』って展開になるよ! みんなソフマップにダッシュだ!

 

 遠藤寺が指を2本立てて言う。

 

「二つ目はその眼鏡を破棄する。前の生活に戻り、何もいない、気のせいだったと日々を過ごす」

 

「今更無理だろ……」

 

「大丈夫さ、つい3日前まで『ナニカ』がいることにさえ気付かなかった鈍感な君なら、ね」

 

 うぅ……どうせ鈍感って言われるならツンデレヒロインが珍しくデレて『おい、急に顔を赤くしてどうしたんだ?』『う、うっさいバカ! ……もう、鈍感なんだから……』みたいな方向でお願いしたかったよ……。 

 

 

「そして最後。最後は……まぁ、そのアパートから引っ越す。幽霊から物理的に距離を置く。正直これが一番お勧めだね」

 

「なるほど。確かに一番いいかもしれない。だが大きな問題が一つある」

 

「それは?」

 

「マネーだよ! 今の俺の戦闘力マネーパワーじゃ、あのアパート以外に住める場所なんてねーんだよ。俺のマネー力(ちから)舐めんなよ?

「そうか……」

 

 うむむ、と唸る遠藤寺。

 さあ、どうする?

 俺のマネーで住める様な物件を紹介してくれんのか?

 ま、無理だろうけどな。

 

 俺の挑戦的な視線に、遠藤寺は何故か視線を若干逸しながら言った。

 

「あー……ボクのマンションは広いんだ。使ってない部屋もいくつかある。その、もし君が嫌じゃないなら……」

 

「あァ? 何それ、お家自慢? ていうか俺、別に広い部屋とかいらねーし。人間六畳ありゃ、充分なんだよ。それをお前らみたいな金持ちはとにかく広さを求める……掃除する人の気持ちとか考えたことあるか? まあ、お前ん家にはメイドとかいてやってくれんだろうけど」

 

「いや、君、それ……」

 

「何だよ?」

 

「……何でもないよ」

 

 おっ、珍しく遠藤寺を論破してやったぞ。

 え? ブーメラン? 何のこっちゃ。

 

「で、部屋が何だよ。マンションが広いから何だってんだよ」

 

「いや、何でもない。……よく考えるとかなり早計だった。うん、一ヶ月やそこらの関係で家に引き込むなんて、流石に親友でもどうか……うん、早計だった」

 

「何か言ったか?」

 

「いやいや何でも」

 

 ハハハと笑いつつ手を振る遠藤寺。

 

「で、どれにする?」

 

 遠藤寺は指を二本立てた。

 一つ目か二つ目、どちらにするかってことだろう。

 俺の答えは決まっていた。

 

「どれも選ばない。四つ目の選択肢だ」

 

「四つ目? ふむ、四つ目か。へぇ、面白いね。なるほど……聞かせて貰ってもいいかい?」

 

「ああ、いいぜ」

 

 俺は四つ目の選択肢を遠藤寺に告げた。

 遠藤寺はそれを聞いて目を丸くした。

 

「君、それ正気かい? やっぱり一度病院に……」

 

 だからプリズン病院はイヤだっつーの!

 何で皆して病院に入れたがるんだか!

 

「正気も正気だ。つかこれ以外選択肢ねーし、色々考えてきてくれたお前には悪いけどな」

 

「……おや、珍しい。ボクにそんな言葉をかけるなんて。何だか今日の君は優しいね。普段なら『色々考えてくれたテメェには悪いけど……完全に無駄足だから!』なんて言葉でボクの乙女心を削るのにね」

 

「俺そこまでクズじゃねーよ」

 

 冗談だよフフフと笑う遠藤寺。

 どうでもいいけど、遠藤寺の笑顔って結構怖い。

 口元は笑ってるんだけど、目元は普段通りジトっとした睨みつけてるような眼だから、なんか相手を殺す前に拷問にかけるのが趣味なヒットマンみてぇ。

 

 俺が選んだ四つ目の選択肢を遠藤寺は拍子抜けするほどあっさり受け入れた。

 

「まあ君がそうしたいなら、それでいいさ。それで困ったらいつも通り、ボクに相談すればいい」

 

 コイツのこういう淡白なところは好きだ。

 必要以上に踏み込んでこない。俺も同じくアイツには必要以上に踏み込まない。

 

 心地よい関係ではあるが、たまに少し寂しく思う。

 本音を言えば、俺はもっと遠藤寺のことを知りたい。

 家族のこと、中学高校の学生生活のこと。

 恐らく遠藤寺は聞けば、答えてくれるのだろう。

 

 ただ、問題は俺の方なのだ。

 この大学で出来た初めてのそしてただ一人の友人。

 未だ遠藤寺のパーソナルスペースが分からない。

 近づきすぎて、悪い感情をもたれたら、面倒くさいと思われたら。

 そんなことばかり考えてしまう。

 多分こういう距離の測り方は中学や高校生の時に友人との関わりの中で自然と覚えるのだろう。

 俺にはその経験が圧倒的に欠けていた。

 

 欠けていたそれを大学で学びたくて、俺は迷走している。

 タイムリミットはいずれ訪れる。遠藤寺の言うとおり、大学生活も無限ではない。

 まだ大学生活が始まり一ヶ月とはいえ、人との接し方の糸口さえ見えない現状に、焦りを覚える。

 大学生にもなってこんな事を思うのは些か幼稚だとは思う、それでも俺は少なくても一緒にいて楽しいと思える友人達と過ごせる居場所が欲しいのだ。

 遠藤寺はその第一歩だった。

 

 幽霊の話は取りあえず保留し、俺と遠藤寺は取り留めのない会話を交わした。

 遠藤寺は俺が振るどんな話題にも興味を示し、話を広げてくるので、何気ない会話が全く苦にならない。

 

 講義に向かうと席を立つ遠藤寺を、俺は呼び止めた。

 最後に一つ、どうしても言いたいことがあったのだ。

 これだけは言っておかなければならない。

 じゃないと後悔してしまう。

 後悔だらけの人生を歩んできた俺からすれば、大した進歩だと思う。

 

 俺は言いたかったことを遠藤寺に向かって言った。

 

「退魔士の子のアドレス教えてくれ!」

 

 と。

 遠藤寺は俺の質問に答えることなく手を振り、去っていった。

 畜生デース……。

 


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