家賃1万円風呂共用幽霊付き駅まで縮地2回   作:ウサギとくま

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大学までこの近道を通れば8分(ただしその前を陣取るデスクラッシャーを倒せたら、な)

 時間が経つのは早いもので、幽霊少女が俺の前に姿を現してから、1ヶ月の時が過ぎた。

 その一ヶ月の間に、それはもう波乱万丈なイベントの数々が――特に起きることはなかった。

 それもそうだろう。

 もともと見えないだけでそこにいた存在が、ただ見えるようになっただけなのだ。

 そうそう生活環境は変わらない。

 

「朝だよ辰巳くーん。起きてー、おいしーご飯があるよー」

 

 朝、いつも通りエリザに起こされ、一緒に朝食をとる。

 

「いただきます」

 

「召し上がれー」

 

 ここでちょっと怖い話を一つ。

 俺が着けている眼鏡だが、当然眠る前には外して眼鏡ケースに保管する。

しかし。朝起きる時、夜中ふと目が覚める時――何故か装着しているのだ。

 エリザに聞いても、知らないと言う。

 もしかしたら、この眼鏡、夜な夜な勝手に動き出して俺の顔までやってきてるのか?

 い、いや……まさかな。そんなことありえないし。

 

 顔を洗い、最近大家さんにカットしてもらった髪を申し訳程度にセットする。

 パジャマを脱ぎ、私服に着替える。ちなみにこの時、エリザは「ひゃぁっ」とか言って真っ赤な顔で台所に逃げていく。んでこっそりこっちを覗いてる。

 俺も異性の裸に興味がある年頃の事情は理解しているつもりだから、ちょっとサービスしながら着替える。

 気分はフルモンティ。焦らすように服を脱ぎ、無駄に回ったり、ポーズを決めたり。ついつい見られていることに興奮して、脱がなくてもいいモノまで解☆禁――という辺りで時計見てヤッベェってなる。

 宇宙刑事バリに服を瞬着して、玄関へ。

 

「行ってらっしゃーい!」

 

 エリザの声を背に、アパートの部屋から出た。

 アパートから出ると、時間帯によって大家さんと会えたり、会えなかったりする。今日は会えた。

 いつもの様に箒で庭を掃いている大家さんだが、今日はどうも動きが軽やかだ。

 鼻歌もかなりアップテンポで、箒で掃く音に合わせて一人ライブをしている模様。

 このまま見ていたら、箒をエアギターにしたり、エア客弄りをしそうだ。

 それも楽しそうだが、あまり時間がないので普通に「おはようございます」と挨拶をする。

 

「あ、一ノ瀬さん。おはよーございますー、いやぁ、いいお天気ですねぇ」

 

「ですね。それにしても大家さん、今日は何か機嫌がいいですね?」

 

 いつもニコニコ笑みを浮かべている大家さんだが、今日はいつもに増してにこやかだ。

 何かいいことでもあったのかな?

 俺の予想は当たっていたらしく、大家さんは「えへへ」と若干照れながら

 

「大したことじゃないんですけど……昨夜、すっごくいい夢を見たんですよー」

 

「夢、ですか」

 

「はいー。たかが夢と侮ることなかれ、夢から覚めたら気分爽快で、今日も一日頑張りましょー!とそんな次第です」

 

 あー、分かるそれ。

 とてつもなくいい夢見た後の目覚めって最高だよね。

 一時的にとはいえ、自分の人生は最高なんじゃないか?って錯覚してしまう。

 俺も見知らぬ可愛い女の子といちゃいちゃする夢を見て起きた朝、何となくいい出会いがありそうだなぁって思ったことがある。

 ちなみにこの話のスゲェとこは、その夢の中の彼女とその日に出会うことができたってとこ。

 まぁ、子持ちだったんだけどね。しかも二児の母。夢もキボーもねぇ。

 しかし、大家さんがここまで機嫌よくなる夢か。俺、気になります!

 

「で、どんな夢だったんですか?」

 

「んふふー、内緒です!」

 

 人差し指を小さな唇に当て、パチリとウインクをする大家さん。

 あー、内緒かー。

 女の子が言う『内緒』って言葉いいよね。

 それだけで例えどんなことでも許せちゃう。

 俺もし自分の頭に爆弾が仕掛けられてその停止番号を大家さんしか知らないって状況で、大家さんが『停止番号? 内緒です、フフフ』って言われたら『内緒か。だったらしょうがないな』って諦めて爆散しちゃう自信あるもん。

 ただ個人的に言うならば『内緒』って言葉は、放課後の教室で仲良くなった教育実習のセンセイに言われたいものだね。

 『他のみんなには……内緒よ?』いやぁ、この言葉だけで広がる無限のシチュエーション。せんせぇ、ボクのここが病気になっちゃったよぅ……。

 

 しかし『大家さん』の『内緒』の『夢』か……。

 そんな素敵ワードが三つもならんでしまうと、どうしようもなく、こう……滾っちまうよね、妄想が。

 一体どんな夢だったんだろ……。

 俺のHENTAIを司る部位(ワイシャツ着たおっぱいでかい女教師)は間違いなくエロイことだって告げてるけど……。

 こんな天真爛漫で無邪気な笑顔浮かべてる女の子が、内心そんなドエロス抱きながら『内緒です!』なんて言うか?

 いや、言わねえな。こんな穢れている世の中だけど、大家さんだけは清らかであってほしい。

 ンー、きっとあれだ。夢の中で宝くじが当たったとか、そーいう感じだろ。

 

「あ、ちなみに一ノ瀬さんは昨日、どんな夢見ました?」

 

 大家さんはそんなことを聞いてきた。

 俺? 俺はまあ自分の前世である銀髪イケメンの力をふとしたことで取り戻して、現世の生活を乱す連中と戦ってる系の夢だったけど……。

 夢の最後に実は仮面をつけた敵のボス的キャラが大家さんだったっていう、超サプライズな展開があったわけだけど……。

 言えねぇ……そんな夢見てたなんて言えねぇ……。

 そんなことしたらイタイ夢を見る俺=イタくてキモイが成立しちゃうじゃーん!

 

 つーわけで、ぼかすことにした。

 

「大家さんが出てきました」

 

「へっ? わ、私ですか!?」

 

 嘘を成立させるにはほんの一粒の真実を混ぜること。

 これって地味に重要。

 

「ええ、はい。大家さんが出てきました。それもあんな(仮面着けて、スケスケヒラヒラした衣装)格好で」

 

「どんな!? ど、どんな格好だったんですか!? え? でも、夢で私がそんな格好で……ええ!?」

 

 大家さんは俺の些細な言葉にばたばたと混乱した。

 ククク、メダパニっておるわ!

 

「い、一ノ瀬さん! ゆ、夢の中の私は、そ、そんな格好で……一ノ瀬さんと何をしてたんですかっ!?」

 

 大家さんが想像する『そんな格好』でどんなんだろ。

 あと、別に何かしたとかは言ってないんだけど。

 

「内緒です」

 

「ず、ずるいですよ!」

 

「大家さんだってどんな夢を見てたか内緒にしたでしょう? だから俺も夢の中の大家さんについては内緒です」

 

「そ、そんなぁー」

 

 教えてくださいよーと縋り付いてくる大家さんを、講義に遅れるからという理由で引き剥がし、俺はアパートの敷地から出た。

 

 

※※※

 

 

 

 ウチの大学は駅から長い一本坂があって、その上にドンと鎮座している。

 坂の途中にはファーストフード店とか、ゲーセンとか普通の八百屋とかがごちゃごちゃ混じってる商店街になってて、夕方には子供連れの主婦とか講義終わりの学生がごっちゃになって、なんつーかサラダボウルみたいな感じになる。

 俺が住んでるアパートからちょっと歩くとその坂道の横から合流できる。

 そしてえっちらおっちら大学へ向けて登る。

 登るっつっても、そこまで角度がキツイわけじゃない。でもやっぱり朝から歩くのはシンドイ。

 原付とかかっ飛ばしてく奴ら見ると、俺も原付買おうかな、とか思う。

 でも買わない。金ないから。

 ただ手に入れる方法はある。

 遠藤寺だ。

 ちょっと前にアイツと飲んでた時に、どうしてもアイツが食ってた豚ペイ焼きが食いたくなったの。

 んで、頼んでも『ボクが口をつけてるから』とか『いじきたない』とか断られた。

 で、ちょっとカチンときて隣に座ってガンガン押しながら『頼む! 頼むから! ほんの少し! 先っちょだけでいいから!』って酔った勢いで頼んで、それでも断るからもっとガンガン押して、一旦酔いの限界を超えたのか記憶が飛んで(タマにある)、気付いたらアイツに膝枕されて豚ペイ焼き食べさせて貰ってた。

 何が起こったのか良く分からないけど、この経験で分かったのは、アイツ本気で頼むと結構聞いてくれるってこと。

 だから俺が本気で『げんつきー! げんつきがほぢいの~!』とか駄々こねまくったら、多分買ってくれると思う。

 しないけどな。

 友情って、そんなんじゃないしな。

 

「くはぁ……ねむ」

 

 欠伸を噛み殺す。周囲を見ると俺と同じく欠伸をして気だるそうな学生らしき奴らがちらほら見えた。

 そんな連中と坂を歩いてると、俺も他のヤツと同じなんだなぁって仲間意識を勝手に感じてちょっと嬉しくなる。

 で、そいつらが見知った顔見つけて固まりが大きくなっていくと、俺みたいな固まりから弾かれた人間は肩身が狭くなる。

 やっぱ俺、他のヤツとは違うんだなぁって。

 こーいうのって、中学生の頃によくなるらしいけど、俺は未だにそれを引きずっている。

 少しでも居心地が悪くなると、そこは自分の場所じゃないって、そう思ってしまう。

 多分大家さん辺りにこんなこと話したら『考えすぎですよ。もっと気楽に行きましょう』みたいに言われるんだろうな。

 気楽に行くってなんだろう。

 

 とか考えてるウチに大学に入った。

 真っ直ぐに講義のある教室に向かう――前に掲示板を見に行くことにした。

 ウチの大学……というか普通の大学もそうだと思うけど、掲示板は二種類ある。

 学校側からの連絡が貼られている掲示板(教務部からの呼び出しとか、提出物の催促とか)とその他の掲示板。

 その他の掲示板には、サークル主催のイベントの告知とか、サークルのミーティングの集合場所とか、個人に対する個人的な告知(今日のモンハン、3階の休憩スペース的な)とか、そういうのだ。

 

 俺はその他の掲示板の方を見に行った。

 目的はサークルの告知辺り。

 俺は幽霊部員ながら、あるサークルに属しているので、一応自分の属しているサークルの告知は見ることにしているのだ。

 といってもまあ、2週間ほど顔を出していないので、そろそろ忘れられてる頃だと思うけど。

 で、見た。

 

『学生番号31404 一ノ瀬辰巳 これを見たら速やかに部室へと顔を出すコト。これを無視したならば、お前の息子がEDになる』

 

 と書かれた紙が貼られていた。

 やめろよ~、俺の家族に手を出すのはやめろよ~。

 つーかまだ生まれてない人間、今のところ生まれる予定の片鱗すらない人間を呪うのはヤメテー。

 

 俺のこと憎からず思ってる女の子がこれ見て『……え? 一ノ瀬君って子供いたの? そ、そっか……ははっ。最初から、叶わない恋だったんだね』って橋から身投げしたらどう責任取るつもりなんですかね。

 そんで未練抱えたまま幽霊になって、永遠にその橋の下に囚われたりしたら……そしてたまたま通りがかった俺が、彼女を見つけてなんやかんやで家まで連れて行ったら……『ちょ、ちょっと辰巳君? この子誰? また他の子に優しくして! ……でも、そういう所好きになったんだけど』あ、言うなこれ。アイツは言うわ。

 いや、そもそも幽霊が家に二体も居たら、俺に気が滅入ってしまう。

 幽霊って時点でキャラ被りしてるしな。話が展開しづらいし。

 新キャラで新展開欲しいなら、幽霊に負けないインパクト……吸血鬼とか欲しいな。

『がおー、お前の血を吸っちゃうゾー』みたいな、ね。

 

 ちなみにこの掲示板サークル専用のスペースがあって、サークルの名前毎に貼られる場所が決まってる。

 それで俺の名前が貼ってあるサークルの名前。

 

『闇探求セシ骸』って名前。

 

 闇にシンジツってルビが振ってあんの。

 そうだね。何のサークルか分からないよね。

 うん、俺も分からない。今のところオカルト研究会的なサークルだと思ってるけど。

 

 何だってこんな分けの分からないサークルに入ったのか。

 俺だって最初はテニスサークルとかいわゆる飲みサーに入ろうとしたさ。たださ。

 サークル勧誘の時に黒いローブ来た女の子にいきなり『……あら、アナタ。アチラ側を見た人間ですね』って言われたんだよ。

 俺アチラ側ってのが良く分からなかったけど、多分俺の中に記憶としてある前世の世界のことだと思ったから『……へえ、見えるのか?』って返したの。

 ローブの子が『はい、見えます。私のはそういうチカラですから』ってニヤリって笑ったから、俺も触発されて『いい眼だ。ただまだ未覚醒段階らしいな』『なに、を?』『俺は見たんじゃない――アチラに居た』『な――!?』『チカラは失ったけどな』『面白い、ですね。まさかこんな辺境の学校でアナタの様な逸材に会えるとは――』って会話をして、のせられるままにサインしたら、いつの間にか入部してた。

 その時のことを思い出すと未だに夜ワァァァァァァァッってなる。

 ちなみにアチラ側を見た云々ってのは、俺だけじゃなく声をかけた人全員に言っていたそうだ。

 

 俺は告知を無視することにした。

 このサークルの会長、正直苦手なのだ。

 色々と理由はあるが、とりあえずはこのまま幽霊部員を続けて、そのウチ忘れられる方向で進めて行きたい。。

 

 講義室に入ると、一直線で教室の前の方の左側へと向かう。

 まだ誰もいないスペースにリボンがとても目立つ少女がいた。

 遠藤寺である。リボンの自己主張がかなり激しいため、人ごみに紛れてもすぐに探し出せるのがあのリボンの利点だろう。

 

「うーす」

 

 声をかけつつ、隣の席に座る。

 講義の予習かなにか分からないが、何かをルーズリーフに書き込んでいた遠藤寺は顔を上げ、こちらを見た。

 

「やあ、おはよう。今日はちゃんと授業に来たようだね」

 

「当たり前だろ。俺ってば超真面目人間だし」

 

「昨日の授業に来なかったのはどこの真面目人間かな?」

 

「さあな、知らん」

 

 遠藤寺と駄弁っていると、教授が入ってきて講義が始まる。

 大学の講義室ってのは結構独特な雰囲気がある。

 真面目に授業を受ける人間、授業を全く聞かずに内職をしている人間、こそこそと隣の席の人間とお喋りをする人間、馬鹿でかい声でダチと駄弁り教授に注意される人間、携帯ゲームで遊ぶ人間、同じ部屋にそんな人間達が詰め込まれているのだ。

 ちなみに俺は真面目に授業を受けるタイプの人間。

 だって講義中に喋るような相手……いないし。

 遠藤寺は講義を聴くのと内職を平行にしてるから、話しかけるのに戸惑うし。

 

 俺も最近流行りエア友達ってのを作ってみるかな?

 エア友達さえいれば、大学で1人で居ても寂しくないし……。

 エア友達がいれば、1人じゃ入りにくい焼肉店にも入れる。映画だってカップルを気にせず堂々と見られる。あれ? エア友達、いいことずくめじゃね?

 

 よーし、俺エア友達作っちゃお! 俺、なんか子供の頃、イマジナリーフレンドとか居たらしいし、エア友達作成も上手くいきそうだ。

 どうせなら可愛い女の子がいいよね。黒髪でお姫様カット、服はそうだな……ちょっと遊んでる風のがいいかな。ミニスカでちょっと露出が多め。胸の大きさは控えめ、身長は俺と同じがちょっと低いくらい。

家事も万能。今風の格好だけど性格はドが付くほど清楚。で、俺が他の人と話していると嫉妬して袖を引っ張ってきたりなんかして……。

 あ、これ雪奈ちゃんだわ。妹の雪奈ちゃんだわ。8割くらいウチの妹だわ。

 

 そういえば雪奈ちゃんは元気してるだろうか。ウチの妹結構可愛いからタチの悪い虫が寄ってくるのが心配。まあ、雪奈ちゃん馬鹿じゃねぇし、そんな悪い虫は無視するだろうけど。無視だけに。

 

「……むむ」

 

 実家にいる妹のことを考えていると下腹部に猛烈な尿意を感じた。

 妹のこと考えてて、尿意を感じるって一見変態っぽいけど、ただの生理現象だから。そこは誤解しないで欲しい。

 だからイカちゃんのこと考えてて、下腹部がもぞもぞしちゃうのも生理現象なんだよ? 誤解しないでね。

 

 ちょっと講義終了まで我慢できないタイプの尿意だったので、席を立ちステルス状態で講義室から退出する。

 

 トイレに入りさっさと用を足してトイレの外へ――と、男子トイレの出口に一人の人間が立っていた。

 気配も感じさせない登場に、思わずジッパーを上げる手が止まる。

 

「やあ、どうも一ノ瀬後輩。久しぶりデスね」

 

 目の前の変わった格好――黒いローブを着て黒い三角帽子を目深に被った女性は、親しげに片手をあげて言った。

 

 どうやら相手は俺を知っているようだ。

 ウーン、誰だろう……ちょっと覚えてないかも。

 変わった格好してるけど可愛い声だ。

 前髪が長いせいで、目が隠れちゃってのがもったいないなぁ。

 黒い三角帽子に黒いローブ、まるで魔法使いみたい!

 お? とすると彼女の右手にあるのは魔法の杖かな?

 

「何度も何度も呼びかけを行っていたのデスけど、一向に来る気配がないので、こちらから向かうことにしました」

 

 呼びかけ? 黒魔術的な? 召喚?

 ンー、覚えがありませんなー。

 中学生の頃『目覚めよ勇者よ……』って声が1月ほど脳内に響きわたったことがあったけど、あれもストレス性の幻聴だったし……。

 中学生二年生の春だったか、あまりにも現実が辛くなって、ある時家の鏡を見たら妙に鏡面が波打ってたから、ああこりゃ異世界への扉かって、現実世界への未練を2秒で振り切って飛び込んだら当然のように鏡が割れて30針を縫う怪我したし……。

 高校生一年生の夏だったか、妙に親しげな女性に声をかけられてホイホイついてったら、クソ高い壷買わされたし……。

 ンー、こういうのに本当いい経験がねぇな。

 

「すんません。人違いじゃないっすかね? 俺、壺とかに興味ないですから」

 

「いえいえ、ワタシが探していたのはアナタで間違いないデスよ。ずっと、探していました」

 

 ずっと探していた、か。

 小学生の頃、友達とかくれんぼしてて、俺が鬼になった瞬間みんな家に帰ったせいで、俺、次の日の昼までずっと探してたって苦い記憶があるんだよね。

 次の日、のうのうと授業受けてた連中見て、俺は鬼にトランスフォームした。

 今思えば、あれで俺の人生のレールが切り替わったのかもしれない……。

 

 黒いローブの女性は、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべ、俺に手を差し出してきた。

 

「さあ、行きましょうか一ノ瀬後輩。――アチラ側へ」

 

 『アチラ側へ』その言葉で俺は眼の前の女性が誰だか思い出した。ってのは嘘で、本当は会った時から分かってたんだけどね。

 こんな個性的な格好した女、この大学に一人しかいねーし。

 俺はすぐさま反転し、窓から逃げようとしたところで、ここが3階だったことを思い出し、バンジキュウス!

 そ、そうだ……このトイレと講義室は殆ど距離がない。

 助けを――

 

「たす――」

 

「困りますネ。――スリープ」

 

 黒ローブ女は睡眠誘発系の呪文を唱えながら、右手に持つ杖を俺の腹部へと押し当てた。

 途端バチバチとした青白い光が杖から放出される。

 

「ァモンギィッ!」

 

 まるで体の内側が爆発したかのような衝撃に、俺の意識は吹っ飛んでいった。

 意識を失う瞬間、俺は思った。

 

 それ、スリープじゃなくてサンダーでしょうが……と。


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