ベル・クラネルたち探してダンジョンに潜り、18階層までたどり着いた翌日。
定期の遠征を行っていた帰路の途上にあった【ロキ・ファミリア】に救われていたベル・クラネルたちと合流できた探索チームは、私とリュー・リオンを除いてベル・クラネルたちと一緒に【ロキ・ファミリア】の野営に入って18階層の夜を明かした。
リュー・リオンは、その事情から18階層の森で一夜を明かしていたが、私がリューと一夜を過ごせるわけもなく、私は日頃から懇意にしているリヴィラの街の宿屋に泊まった。
ベル・クラネルたちの安全が確認された後、帰還のための簡単な打ち合わせが行われ、【ロキ・ファミリア】の帰還後発組と一緒に帰ると決めていたのだが、その際にリューは一人で、ヘルメスはアスフィと一緒に別々で帰ることになった。
それに便乗する形となってしまったが、私も彼らと別れて中層深部まで足を伸ばすことにした。
ミアハ様への言伝は、神ヘスティアに頼んだので大丈夫だと思うが、それでもあまり深いところまではいけないだろう。
どのみちクラネルたちの捜索のために最小限の準備しかできていなかったので探索必需品もあまり余裕がない。
18階層に来るまでで入手したにアイテムのほとんどはリヴィラの街に流し、残ったアイテムや素材も解毒薬を調合するのに使用してなにも残っていない。
ファミリアの借金返済が終わったので、これから自分を強化していくためにもそれ相応の資金などが必要になるから少しでも収入が欲しいところだ。
どちらにしろ《
20階層まで潜ればレアアイテムの十や二十はすぐに回収できるだろう。
こういう分野に限れば自分のスキルに感謝することができる。
そんな私の自虐を他所にロキ・ファミリアと一緒にいる奴らは楽しそうに18階層の観光をしているようだった。
「都合よく爆発系魔法でも発現しないもんかな――がっ」
ベル・クラネルの股間が爆発する情景を思い浮かべた私の頭が鍛冶用の金づちで小突かれる。
「手前の武具を使わず、魔法に頼ろうというのか? 薄情な奴め」
「だからと言って鍛冶師の命で人の頭部を打たないでくれ、コルブランドさん」
「何、これならお前の歪んだ思考も少しは鍛え直せるかもしれんからな」
私の頭をレベル5の腕力で小突いたオラリオ最高の鍛冶師、椿・コルブランドがあっけらかんと第二撃を打ち込もうと鎚を振り上げる。
咄嗟に盾をかざして冗談ではすまないツッコミを受け止める。
「鉄は熱いうちに打て、という言葉がある。つまり、私の凝り固まった頭を打ってもどうにもならない!」
「うむ、それは然り。だが、お前はまだまだ熱いと手前は思うが?」
小突きを防いだ《
現段階で唯一無二の顕現した『
現在私は、【ロキ・ファミリア】のキャンプ内に設営されている簡易鍛冶場で武具の手入れを行っている。
ここにたどり着くまでに少なくない数のモンスターを屠ってきた武具は、それなりに斬れ味が落ちる。
基本、単独行動しかしてこなかった私にとって自分の武器の手入れをしないと長期の迷宮探索はできない。
最初のうちは安物の武具や格闘戦で戦っていたが、戦闘を重ねる度に理想は高くなっていった。
そんな現在進行形の黒歴史的な私の妄想を形にしたのが、第一等級
椿が作成した
オラリオ最高の鍛冶師、椿・コルブランドに製作を依頼した魔槍。
私も
私のスキル【強欲の代償】は、発展アビリティにある【鍛冶】や【神秘】などに似通った効果を包含している。
生産系のスキルや発展アビリティは多くあるが、私のスキルはそのなかでも最上位に位置する。
デメリットがあるような生産系のスキルや発展アビリティはないらしいので効果が高いのも必然だろう。
「それにしても相変わらずの“ちーと”。まさか【魔剣】も造れたりするのか?」
さきほど【ロキ・ファミリア】の依頼で作成した特殊製法の解毒薬作成に立ち会っていた椿は、鍛冶に関しても特殊な技術を持っているのではないかと勘ぐっているらしい。
「《
神々が使う言葉を時折混ぜてくる椿の探るような問いに軽口で応えながら自らの獲物を研ぎ続ける。
基本、この世界において自分のステイタスに関することは口を閉ざしても文句を言われないのが助かる。
あれこれ理由をつけて聞き出そうとするような人たちはいるが、それに応えるかどうかは個人の裁量次第だ。
もちろん、ギルドに目をつけられるほどの犯罪を犯した者だと強制的にステイタスを暴かれるらしいが、私の場合は今のところそこまでの強権に引っかかるようなことはない。
「【魔剣】も作りたいとは思うけど、私が欲しいのは唯一無二の一振りだから」
この世界の【魔剣】は使用し続ければ必ず自壊してしまう。
魔法の効果を武具に込める代償としては当然のことなのかもしれないが、それでも最高の武器はずっと使い続けたい。
スキルの効果で【鍛冶】アビリティ所持者に匹敵する恩恵を持っているため、いつかはオリジナルの武器を作成したいと思っているが、《
私が【鍛冶】アビリティを所持していないこともだが、圧倒的に経験が足りていないのだろう。
この世界の鍛冶は主神から授かった【
神々が降臨するより前の時代は、人々はその技術のみで強大な怪物に抗う武具を生み出していた。
ならば今の時代の鍛冶師は、かつての鍛冶師たちを超えるモノを生み出すことに全霊を賭すべきだ。
新しきモノは、古きモノを超える可能性を秘めている。
しかし、可能性は現実のモノにしなければ意味がない。
そこに至るまで鍛冶師たちの錬磨は続くし、至った後も終わりなどない。
「ふむ、手前もおいそれとお前に抜かれるつもりはないが、武具を鍛えるための素材の入手は如何ともし難いところだ」
ロキ・ファミリアの遠征に随伴して59階層というギルドに保管されている公式記録に肩を並べる最深層へ足を踏み入れた椿が不満気に言う。
「お前が手前のところに持ち込んだ神雷石に匹敵するような素材は、結局手にできなんだ。アレは一体全体どこで手に入れたのモノなのだ?」
「それは企業秘密ということで」
「むぅ、相変わらずケチな男だな」
ギルドに登録している到達階層が20階である私に対し、探るような問いを投げかけてくる椿に軽い調子で返す。
私の本当の迷宮内最高到達階層は、37階層。
最初に長めの遠征に出かけた際に37階層まで到達したのだが、そこの
黒い骸骨の上半身が地面から生えているようなモンスターだが、その威容は迷宮の王を名乗るにふさわしかった。
じっくり戦えば勝てたかもしれないが、さすがに単独探索の限界を感じていたところだったので帰路を考えての撤退だった。
モンスターが相手なら触れることができれば即殺できるといっても規格外の巨大さを持つ
ただでさえ即死級の攻撃力を持つ階層主の癖に私が接近すると骨の剣山を部屋全体に突き出すわ、通常モンスターの
もっともその時に遭遇したスパルトイの亜種から神雷石をゲットしたので遠征自体は成功と言えるだろう。
「入手場所を秘密にする代わりというわけじゃないが、これを預けておくよ」
「おぉ? これはまさか、炎獣石か? それも三つも!」
炎のような光の揺らめきを内包した赤色の宝石を手にした椿は純真な子供のような笑みを見せる。
「これは
「ケチと気前が良いは、両立するのかな?」
超希少素材を前にはしゃいで見せる椿にため息が出る。
元々地上に戻ってから【ヘファイストス・ファミリア】に届ける予定だったが、ここで椿と会えたのなら先に渡しておいて問題ない。
「使い方は、
「今回もいくら分という交渉はなしか? 手前らが安く見積もるとは思わんのか?」
「そこは
【ヘファイストス・ファミリア】は、私のスキルが抑制されるより前から依頼に対する内容に僅かな瑕疵もなかった。
もちろん対応そのものは酷いものだったが、出来上がった武具たちはどれも素晴らしい出来だった。
仕事そのものは、私が居ない場所で行われているからスキルの影響がないだけなのかもしれないが、私のスキルより彼女らの鍛冶師としての矜持が勝っていると考える方が気持ちが良い。
「そう言われては、手前らも応えないわけにはいかないのう。まあ、品の目利きを偽るような者は、主神様に大目玉を喰らってしまうからな」
仕事に虚偽も私情も挟まない。
オラリオに集っている職人の大半は、私のスキルの影響を受けても仕上がってくる品物に粗悪品はまず出てこない。
もちろん、悪い噂を聞くような商店や工房は利用していないし、金に糸目は付けないから相応の品が出来上がるのは当然だ。
この都市の職人たちは、自分たちの力だけでなく【
自らの技術をわざと落すような品は作らないだろう。
「あい分かった。これは手前らが有効活用させてもらうとしよう」
炎獣石を腰の小鞄にしまいながら言う。
椿のことは、私のスキルの影響を受けながらも武具を打ってくれたことから全幅の信頼を寄せている。
彼女は優れた武具を生み出すことのみに執心しているから自分の武具の性能を引き出せる者、見る目のある者、自分の技術を向上させる助けとなる者であれば全力で武具を作ってくれる。
その気質は【ヘファイストス・ファミリア】全体に通ずるモノであり、私の迷宮探索を大いに後押ししてくれている。
「……どうやら主神様はしっかりと伝えてくれたようだな」
ミアハ様から頂いた『
「あんまり良い顔は魅せないでもらいたいな。私は惚れやすい性質なんだ」
「ふふん、いくらでも惚れてかまわんぞ?」
照れ隠しに挟んだ軽口も余裕の態度で返される。
そこに冗談以外の感情は窺えない。
「やっぱり、貴女には適わないな」
というか、女性に対してうまく対応できたことなど一度もないけどな。
これまでの苦い経験とこれからも変わらないかもしれないという絶望の混じった苦笑しかでなかった。
その夜のこと――。
『白髪野郎がアイズさんの水浴びを覗きやがっただとおおおおおおおおおおおお!!』
【ロキ・ファミリア】の野営地に響き渡る上級冒険者たちの激憤。
ベル・クラネルがヘルメスと共に【ロキ・ファミリア】の女性陣と神ヘスティアたちが水浴びをしているところに吶喊したという。
それは覗きどころの騒ぎではないはずなのに元凶がヘルメスだということで禁断の泉に飛び込んだベル・クラネルは厳重注意で済んだらしい。
「お、おお……ゼノン君。君、回復系のポーションもってないかい?」
ことの元凶ということでアスフィに制裁を受けてズタボロになったヘルメスが誰にも介抱されず倒れ伏したまま半笑いで助けを求めてきた。
「あれ? なんかすごく怖い顔してるけどどうしたのかな?」
今は回復系ポーションの残りがなくなってしまっているので提供することはできない。
この男神に私が提供できるモノなど一つしかない。
ズタボロになったヘルメスの胸ぐらをつかみ上げ、拳を握りしめる。
「ちょ、目がマジなんだけど? どういうこと? ねぇ、ゼノン君?」
尋常ならざる私の状態を察したヘルメスが半笑いを消して表情を強張らせる。
硬く握りしめた拳を私は高々と振り上げた。
「何故、俺を誘わなかったああああああああああああああああああああああああああああ!」
「なんでええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
ベル・クラネルのみにいい思いをさせた男神に制裁を加えた私は、その心からの雄叫びが周囲に駄々漏れだったため、スキルの影響が緩和されている状態でも女性陣たちの好感度が最低値になったのは言うまでもないだろう。
ヘルメスに対する理不尽な制裁に相まって翌朝にはヘルメスにさえ同情が向けられ、私への侮蔑的な視線が強まっていた。
もともと好感度がプラスだったということはないのでいつもと変わらないということに思い至り、安堵と同時に絶望を抱く羽目になった。
スキル更新
・他者を妬めば妬むほど能力が増大するが、判断力が著しく低下する。
・嫉妬の対象が認識範囲内にいる限り、効果は持続する。
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・他者を妬めば妬むほど能力が増大するが、判断力が著しく低下する。
・嫉妬の対象を意識する限り、効果は持続する。
・効果が持続する限り、好感度変動にマイナス補正が掛かる。
・この効果により能力が増大し続けた場合、肉体に変異を来たす。