高校卒業。それから皆で打ち上げに行って、二次会、三次会と続いて。
予想はしていたが、皆が別れを惜しんで日が暮れても騒ぎ続けた。
それらにようやく開放されて、幼馴染と一緒に帰宅する。チャリで行った俺とは違い、彼女は徒歩だ。二人乗りをすると下らへんに「法律で禁止されている為、現実ではしないでください」だとか何とかが出てきそうだから、俺もチャリを押して歩いている。
「春って夜は寒いんだね」
「ああ、そっか。お前は勉強ばっかで、在学中はあまり夜に遊びに行かなかったもんな。知らなくて当然か」
いつもの何でもない会話。今日で、そんな当り障りのない会話も終わりだ。
当たり障りのない会話が、何故かとてつもなく大切なものに思えて仕方がない。――いや、多分俺にとっては大切なものなのだろう。
「まぁ、それで毎回呼び出し食らってるのもどうかと思うけどね」
「それは言わない約束だろ……。大体あの校則、意味が分かんねぇんだよ。十八歳未満は深夜徘徊禁止とか、なんで大学受験とか就職試験とか、大事なことを控えてる三年は遊べるようになってんだ?」
「あー、ほんとだ。まぁ、その辺は生徒のことを信じてるんじゃないの?」
「信じてんなら一年の頃から信じろよ」
「本当にもう、ああ言えばこう言うね、あんたは」
「まぁな」
会話が途切れる。あと数百メートルでそれぞれの家に着いてしまう。それがどうしようもなく嫌で、俺は思わず立ち止まってしまった。言葉を紡ごうにも、会話の内容は思い付かない。
何せ、小学校から高校まで、十二年間ずっと一緒に帰っていたのだ。話す内容も当然、尽きる。
「……? どうしたの?」
「…………」
何か、何か言わないと。そうしないと終わってしまう。何もないまま終わって、思い出の一つとして記憶の中に埋もれてしまう。こんな幸せなことを、埋もれさせてしまう訳にはいかないのだ。
焦れば焦るほど、俺の頭の中は真っ白になってしまう。
「どうしたの? 早く帰って、お風呂に入って、寝るんでしょ?」
彼女はいつもの調子で、そんなことを言う。
それが、どうしようもなく腹立たしかった。彼女がこの時間のことをさして意識していないのだと思うと本気で苛立った。
「…………かよ」
「何?」
「それで、いいのかよ」
一言出てしまうと、そこからはもう止めようがなかった。湯水のごとく溢れてでくる。
「それでいいのか、って言ってんだよ。これでもう最後なんだぞ。こうやって馬鹿みたいなこと話して、笑って、のんびりと帰ることは、もう出来ないんだぞ! お前はどうとも思ってないのかよ! これまで十二年間、ずっとずっと、一緒だったことが、もう出来なくなるんだぞ! なんで、お前はそんなに平気でいられるんだよ! どうとも思ってないのかよ! この時間のこと、これからのこと、――俺のことを!」
叫んだ。多分、ところどころ、馬鹿みたいな噛み方をしたと思う。それでも、彼女なら全部読み取ってくれるだろう。そういう安心感が、彼女にはある。俺の言っていることが全部伝わっていると、そんなことを確信できる安心感が。
だけど、俺は彼女の方を見えなかった。俯き、アスファルトを見つめていた。
「……あはは、やっぱり、あんたもそんなこと思ってたんだ」
か弱い声だった。思わず顔をあげると、彼女も下を向いて震えていた。
「ああ、寒い寒い。この寒さ、私には辛いな……」
尻すぼみになるその声。彼女は明らかに泣いていた。それでも、彼女は寒さを言い訳にして誤魔化そうとしていた。
「……ごめん。感情的になった」
「ううん。多分、それが普通なんだと思うよ」
「……ごめん」
何も言えなくなって、何度も同じことを呟く。どうしようもない沈黙の中、俺はほんの少し安堵していた。彼女も、今のこの時間を特別なものだと思っていたのだ。だけど、それを意識するのが怖くて、あえていつもと変わらず振舞っていた。 それが、どうしようもなく嬉しかった。
「……寒いなぁ、震えちゃう」
彼女も同じなのだろうか。同じことを何度も呟いている。
「寒いな。温めてやろうか?」
お互いに同じ。そういうことを認識したからなのだろう。そんな冗談が言える余裕が生まれた。
これで、彼女が適当なツッコミを返してくれれば、また振り出しに戻る。お互いの意思が分かったまま、振り出しに戻ることが出来る。だというのに、彼女はそれをしなかった。
「……うん」
「……は?」
「だから、温めて」
想定外の返し。それに混乱し、俺は安直な行動に移してしまう。
要は、抱きしめてしまう。
「……暖かい。馬鹿みたいに、暖かい」
それからしばらくの間。寒さを言い訳にして、俺と彼女は、体温を感じていた。
「……それじゃあ、さよなら」
「さようなら」
これで本当に最後だ。分かれ道の、最後の挨拶はいつもと同じように別れた。
一人で歩く帰り道は、実に心細く、肌寒く、人恋しい。
「ああ、本当に、寒いな」
体が震えているのも、早く帰りたいのも、涙が流れているのも、全部、寒さのせいだ。
彼女、暖かさは、いつまで経っても、忘れることは出来そうにない。
卒業式の思い出と言えば、別れを惜しむクラスメイト達を放っておいてゲームしたいが為に家に帰ったぐらいですかね。