「なっ……。兵藤君が小猫を治療するのに使った薬って本当にあのアイテムだったの、祐斗?」
「はい。小猫ちゃん傷を一瞬で治した薬は間違いなく“フェニックスの涙”でした」
リアスは眷属達を連れてオカルト研究部の部室へ帰還した後、祐斗からの状況報告を聞いて驚愕していた。一緒に聞いていた朱乃もリアスと同じく驚いており、小猫は頷きながら既に完治してる両腿を見ている。
「……祐斗先輩の言うとおりです。今はもう完治してますが、私が受けた両腿の傷はすぐに治せるものではありませんでした」
「だとしても、彼は一体どこでフェニックスの涙を入手したんでしょうか? あのアイテムは冥界で高値で取引されてるので、そう簡単に手に入れられる物ではない筈ですが……」
間違いないと証言する小猫に対し、隆誠に更に疑問を抱く朱乃。
リアスや眷属達がここまで驚くのは無理もない事だった。小猫を治療する為に使った『フェニックスの涙』は、いかなる傷も「その場で」癒すことが可能なアイテム。朱乃の言うとおり冥界でも簡単に入手出来ない物の為、それを人間の隆誠がどうして持っているのかが、リアス達にとって一番の疑問を抱いている。
「すみません。本当でしたら眷属の僕があの場で、どうして兵藤先輩がフェニックスの涙を持っているのかを訊くべきだったんですが……小猫ちゃんを治療してくれた立場上、訊くに訊けなくて」
「でしょうね。私も祐斗の立場だったら同じ事をしているわ」
申し訳なく言う祐斗にリアスは咎めない。まだ敵か味方か確定してない状況で、塔城小猫を何の迷いもなく治療してくれた隆誠を問い詰める事が出来ないのを、リアスは充分に理解しているから。
隆誠に感謝しなければいけないのに、それを仇で返すように問い詰める真似は、主であるリアスにとって最も嫌う行為でもある。
「はぁっ……。今回はあの兄弟に大きな借りが出来てしまったわ。近い内に何かお礼をしないといけないわね」
愛しい自分の眷属を助けてくれた立場上として、兵藤兄弟に何かしらの恩を返そうと考えるリアス。彼女の発言に眷属達は反対する様子を一切見せようとしなかった。
本来であればリアスは冥界にいる『フェニックスの涙』製造元の名家――フェニックス家に報告しなければいけない。加えてその名家とは“とある事情”により懇意な関係でもあるので報告する義務があるのだが、リアスは敢えてしなかった。
隆誠が眷属の小猫を助けてくれた為だけじゃなく、彼女自身が“とある事情”を今でも受け入れてないから、フェニックス家に報告しようなんて気が一切無いから。
因みにリアスの事情については、
――――――――――――――――
アーシアが拠点にしていた教会にて、隆誠に見逃されたフリードは堕天使の上司――レイナーレに報告をしていた。
「何ですって!? カラワーナとミッテルトが人間にやられた!?」
「そーなんすよ。あのバケモノ兄さんメッチャ強くて強くて」
報告を終えるフリードにレイナーレは信じられないような顔をしている。そのフリードは彼女の反応を気にする事無く、バケモノ染みた力を持ってる隆誠の事を言ってると、急にレイナーレが激昂する。
「何で二人に加勢しなかったの!?」
「無茶言わねぇでくだせぇよ。さっきも言ったけど、堕天使の姉さん二人相手に圧勝してたあんなバケモノ相手に、俺がいても何の役にも立ちませんって。つーか俺、逃げるだけでも精一杯だったんスよ?」
完全に隆誠を化物呼ばわりしているフリード。もし隆誠本人が聞いたら「お前みたいな奴に言われたくない」と言い返しているだろう。
「くっ! 兵藤一誠だけでなく、あの男までも私の邪魔をするばかりか、まさかアーシアも奪うなんて……!」
自分が立てていた計画を悉く兵藤兄弟に潰されてる事に歯軋りするレイナーレ。仲間を失うだけでなく、先日引き入れたシスターのアーシア・アルジェントまでもが奪われてしまい、最早計画が失敗になりつつあった。
因みにレイナーレは兵藤兄弟に連れて行かれたアーシアの身の心配はしていない。彼女が心配しているのは、彼女の持つ神器――『
アーシアの持つ
その目的が兵藤兄弟によって阻止されようとしているから、レイナーレは何としてでもアーシアを奪還しなければいけない。しかし手駒である堕天使のカラワーナとミッテルトは隆誠にやられてしまい、ドーナシークは現在行方不明中により、一人でやらなければいけなかった。
目の前には部下のフリードや自分を崇拝している神父達がいるが、彼女は同じ堕天使のカラワーナ達と違って、人間を唯の使い捨ての駒程度にしか見てないので信用してない。
(何かもう後が無いって面してるなぁ、この天使さま……。ひょっとしたら潮時かもな)
フリードもフリードで、レイナーレを信頼する堕天使と見てなく、唯の上司程度しか考えてない。状況が悪い且つ自身に危険が迫ったら、速攻で見捨てて逃げようと思っている。
と、その時――
「随分お困りのようねぇ、堕天使さま。良かったら私が手助けしてあげようかしら?」
「「っ!?」」
突然見知らぬ美しい銀髪碧眼の女性が二人の前に現れた。
気配を悟られる事もなく登場してきた事に、レイナーレとフリードは言うまでもなく警戒する。
「誰よ貴女!? 人間風情が私を堕天使と知って――」
そう言いながらレイナーレが光の槍を出そうとするが――
ガシッ!
「なっ!?」
「フフフ、そう警戒しないで。私は敵じゃないわ、寧ろ堕天使さまの手助けをする味方よ。だから落ち着いて」
女性が一瞬で懐に入り、手首を掴まれてあっと言う間に阻止された。
まるで子供を宥めるかのように優しい笑みを浮かべる女性に、レイナーレは何故か恐れる感覚に陥る。見た感じ唯の人間の筈なのに、自分とは次元が違う存在だと。
フリードは一応上司であるレイナーレを助けようとするが、女性がチラリと目が合っただけで動けなかった。まるで金縛りに遭ったかのように。
二人が抵抗する気配が無くなったのを感じた女性は、掴んでいたレイナーレの手首を離し、そのまま話しかけようとする。
「ねぇ堕天使様、あの兄弟からアーシアちゃんって言うシスターをどうやって取り返すか考えていたんでしょう? そしてその子から
「………ど、どうして貴女がそれを知ってるの……?」
女性に自身の魂胆をアッサリと見抜かれた事にレイナーレは聞き返す。本来なら「人間風情が私に質問をするな!」と激昂して言い返す彼女だが、目の前にいる女性に逆らってはいけないと本能的に恐れているのだ。
「細かい事は気にしない気にしな~い♪ それでね、シスターを奪還する方法だけど――」
女性からの提案を聞いて、レイナーレは最初戸惑いつつも歓喜し受け入れた。女性の提案はいまいち信用できないが、もう後が無い状況になっている為、今はそれを承諾するしかないと。
(何かこのお姉さん、すっげぇヤバそうな感じがするんスけどねぇ)
レイナーレが受け入れる様子を黙って見ているフリードは、胡散臭そうに女性を見ていた。そしてこう思った。やばくなったら速攻で見捨てて逃げた方が良いと。
――――――――――――――――
「はぁっ、はぁっ………やはり少し力を使い過ぎたみたいだな」
親不孝者の
こうなった原因は堕天使を消す為に使った『終末の光』、家主を弔う為に使った『安寧の光』を使ったからだ。
本来あの力は嘗て『
アレを一日一回使うだけなら問題ない。だが『終末の光』を二回、『安寧の光』を一回と、一日の内で流石に三回も使うと、身体に掛かる負担が大きく圧し掛かってしまう。
全く。人間に転生したとは言え、嘗て『聖書の神』と天使達に崇められ、堕天使や悪魔に恐れられていた俺がこのザマとは情けない。地に落ちるとは正にこの事を言うんだろう。
まぁそれでも俺は後悔してない。人間となった事で色々と見聞を広め、人間からの視点で三大勢力の事情を知る事が出来たからな。他にも嘗て疑問を抱いていた愛の価値観についても。尤も、今の俺は愛を知ったとしても家族愛の方だが。
「………よし、早く戻るか」
漸く息が整った俺は止めていた足を再び動かして自宅に戻ると、イッセーとアルジェントが自宅前に佇んでいた。
そして俺が戻ってきた事にイッセーが気付き、すぐにコッチを見て声を掛けようとする。
「どうしたんだよ兄貴、遅かったじゃねぇか。いつもならもうとっくに戻って来てるのに」
「ちょっと色々遭ってな。それよりイッセー、戻ってる最中にあの女堕天使に会ったか?」
「いんや。一応警戒しながら戻ってたけど、誰も会わなかったぜ。てっきり夕麻ちゃんが来るかと思ってたんだけどな」
やはりか。となれば奴はもう殆ど孤立してるも同然だな。堕天使の部下三人を失ってしまったら、奴の行動範囲は大きく狭まってしまう。
一応逃走した少年神父、教会内に奴を崇拝してる神父達が部下としているだろうが、人間を自分より下としか見てないレイナーレからすれば使い捨て程度にしか見てないだろう。
部下の堕天使を失ったレイナーレの今後の行動としては二つだ。
一つは人間の神父たちを全て投入してアルジェントを奪還しに行く為に俺達と戦う。もう一つは潔くアルジェントの
以上の二つがレイナーレがやろうと思われる選択肢だが、果たして奴がどっちを選ぶかは俺には分からない。他の選択肢もあると思うが、今考えてもこれぐらいしか思い浮かばない。出来れば俺としては後者を選んで欲しいんだがな。
いくらアザゼルやシェムハザに知られないよう独断でやってるとは言え、奴の行動で戦争に発展する可能性は無きにしも非ずだし。まぁそれを防ぐ為に秘密裏に始末するしかないが。
ともかくアルジェントを此方で保護した以上、明日以降教会に行ってレイナーレを捕縛してさっさとグレモリーに引き渡すとするか。
本当なら俺一人で今すぐにでも教会に行って捕縛したいところだが、『
「まぁ女堕天使が来ないなら明日捕まえれば良いだけだ。それはそうとアルジェントさん、あの家にいた時から気になってたんだが、どうしてイッセーの上着を着てるんだい?」
「え、えっと、それは、その……」
話を変えようとアルジェントに問う俺に、話しかけられた彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「あのクソ神父がアーシアの服を切り裂いたんだよ」
「ああ、それでか。言ってくれたら俺が戻してあげたのに、ほれ」
パチンッ!
イッセーから理由を聞いた俺は納得しながら指を鳴らすと、アルジェントが纏っている服が急に光りだす。
「きゃあっ! こ、これは!?」
「安心しろ、君のシスター服を元に戻しただけだ。イッセーの上着を取ってみな」
「え? ………あっ!」
言われたとおり恐る恐る上着を取ると、服が完全に戻っている事にアルジェントが驚いている。
今朝彼女の服を見て憶えていたから、それをイメージして直すのは造作もない。
因みに服の修復に使った力は『
「ほ、本当に戻ってます……! な、直してくれてありがとうございます!」
「どういたしまして」
「……ホント兄貴って何でもアリだな」
何かイッセーが呆れるような感じで言ってるが、俺は一先ず無視してアルジェントにあの事を言おうと本題に入ろうとする。
「さてアルジェントさん、君の意思を無視して強制的に連れ出してしまった事は謝罪する。申し訳無い。ああでもしなければ君は近い内レイナーレに殺されてしまうからな。あと君は暫く俺達の家で保護するから」
「……え? ど、どう言う事ですか? レイナーレ様が私を殺すって……それに保護って一体……?」
「まぁ詳しい話は家の中で教えてあげるよ。おいイッセー、今から俺の部屋に転移するから、もう少し近くに寄れ」
「へいへい」
戸惑うアルジェントを余所に、俺はイッセーを近くに来させるよう言ってすぐに自分の部屋に転移した。