ズズズッ……ズズズッ……
「さ~て、リアス達はどうなったかな~?」
一時間ほどアーシアの特訓を見た後、彼女に『引き続きやるように』と言って別荘を出た俺は山を散策していた。今夜食べる夕飯の材料を調達しに。
先ず最初に川へ行って魚を釣りに行った。一年ぶりに来ても、そこは相変わらず清らかで透き通った綺麗な川だったから思わず数分ボーっと眺めてしまったよ。それから久しぶりの釣りで少々梃子摺ったが、それでも人数分は確保出来た。
釣った魚を纏めて新鮮さを失わせないように術で施し、別荘に戻ってる最中に何とデカイ猪と遭遇した。猪は俺を敵だと思ったのか、突き飛ばそうと物凄い勢いで突進してきた。俺は大して慌てる事無く嘆息し、仕方なく迎撃しようと、向かってくる猪の顔面を片足で思いっきり真上へと蹴り上げた。
空を飛んでいるかと思うほど蹴り飛ばされた猪は数秒後に真下へと落下し、そのまま地面に激突してピクピクと虫の息状態。魚料理だけじゃなく、肉料理も追加しようと考えた俺は、虫の息となってる猪を一撃で絶命する。余す事無く調理します、と感謝の念を込めながら。
ってな訳で冒頭の部分でズズズッと言う正体は、今晩の材料となる猪を担いで移動してる際に蹄が引き摺っている音だ。この猪は俺の身長以上あるから、担いでも引き摺ってしまうから仕方がない。
そして別荘へ戻るついでにリアス達の様子を見に行こうと、イッセーの
「お、兄貴……って何だ、その猪は?」
近づいて来た事に気付いたのか、イッセーは材料を持ってる俺を見た途端にギョッと少し驚いた顔をしていた。
「今晩のオカズとなる材料だ。ところで、リアス達は?」
「………あそこだよ」
嘆息しながら指をさすイッセーに、俺がつられるように視線を向けると――
「「「「………………」」」」
生ける屍、と言う呼び名が相応しいほどに倒れているリアス達がいた。それでも一応今でも魔力を出したままで重さを軽減しているようだが。
「おおリアス達よ、死んでしまうとは情けない」
「何バカなこと言ってんだよ。勝手に部長達を殺すな」
「ハハハ、冗談だ。アイツ等があんな状態って事は、最後まで走りきったのか?」
「ああ、一応な。終わった途端、すぐにぶっ倒れちまったよ」
「その割には全員日陰の所で倒れているみたいだが?」
「俺が運んだんだよ。こんなクソ熱い日光に当てられたら、いくら部長達が参っちまうからな」
もうついでに男の木場もな、と嫌そうに言うイッセー。
何だかんだ言いながらも、それなりに祐斗の事を気遣っているみたいだな。兄として嬉しいよ。
「なぁ兄貴、そろそろ部長達に付けているバンドを外した方が良いんじゃねぇか? 俺はもう慣れてるから良いけど、初心者の部長達にいきなりコレ付けたままランニングなんて酷だぜ? 俺だって最初は日常生活でも慣れるように徒歩から始めたんだしさ」
「お前が人間だから、ゆっくりとやったんだ。それに生憎、今はそんな悠長な事をやってる暇なんかない。唯でさえ修行期間が短いんだからな。悪魔のリアス達の実力を手っ取り早く上げるには、これしか方法が無いんだ」
仮にバンド無しのまま俺の指導で鍛えても、身体能力はそこそこ上がる程度だ。いくら
もし簡単に上げるんだったら、
だからリアス達は自力で頑張って己の身体能力を引き上げてもらうしかない。彼女達には申し訳ないが、今の
「とは言え、この先あの調子じゃ不味いかもしれんな。もしかしたら修行期間中に俺に抗議するか、または無断でバンドを外して自分達で独自に修行するかの行動を取ってしまうだろうし」
「いや、部長達が自分でやるって言ったんだから、流石にそこまでしないと思うが」
状況次第では考えを改めてしまう事もある。それがたとえ悪魔でもな。
「まぁそうかもしれないが、一応考えておく必要がある。取り敢えず次のトレーニングが出来るまで、暫く休ませておけ」
「次のって……まだやるのか?」
「当たり前だ。あとイッセー、お前には今夜
「げっ」
俺の提案にイッセーが苦々しい顔をしてると、イッセーの左手にある手の甲が光りだす。
『ほう? 俺に相棒の相手をさせるって事は、もしやアレを使いこなせる特訓か?』
「ああ。ライザーとの戦いで使うまでも無いと思うが、万が一の為にな。頼めるか、ドライグ?」
『構わんさ。このところ暇だったからな。精神世界とは言え、久々に体を動かしたいと思ってたところだ。ククッ、今夜が楽しみだなぁ、相棒』
少しばかり凶悪そうな笑い声を出すドライグに、イッセーは物凄く嫌そうな顔をする。
「………はぁっ。ホントは嫌だけど、ちょっとは手加減してくれよ」
『今の相棒にそんなもん必要無いだろ』
ま、イッセーもイッセーで難易度を上げる必要があるからな。いずれ出会うであろうライバル――白い龍と戦う為に。
――――――――――
「あっ、小猫ちゃん! それ、俺が狙ってたのに!」
「……早い者勝ちです」
初日のトレーニングを終え、俺達は夕飯を食べていた。
テーブルには大量の食事がある。これらは殆ど俺が作ったものだ。料理を作る予定だったリアスと朱乃は俺が課したトレーニングによってダウンしてたからな。
先ず最初に作ったのは副菜。別荘へ向かってる際に祐斗が採ってきた山菜のお浸しだ。
肉料理は俺が仕留めた猪を使った。捌いて牡丹肉と加工させ、チャーシュー風スペアリブ、塩麹ソテー、ネギ味噌炒め、生姜焼き等など。
次に魚料理。釣って来た川魚は人数分だけしか無かったので、シンプルに塩焼きのみにした。
他にも各種色とりどり作り、全員美味しそうに食べてくれて何よりだ。
「兄貴! おかわり!」
「……私も」
「コラコラ。そんな競うように食わなくても大丈夫だって。まだあるから」
特に物凄い勢いで食ってるのはイッセーと、トレーニングで疲労していた小猫だ。小猫は料理を見た途端に無表情を装いながらも目がギラギラと狙っているように見て、食べ始めた直後には静かながらも箸を止めずに食べまくっている。小さい見た目とは裏腹に、かなりの大食漢なんだな。
因みにリアスと朱乃が持ってきた大量の荷物は殆どが調理器具だった。それ故、調理器具が無ければ作れない料理も作れたって訳だ。
「でも二人がそうなるのは無理もないですよ。リューセー先輩の料理はこんなに美味しいんですから」
「ははっ、それはどうも」
イッセーや小猫ほどでは無いが、祐斗も祐斗でトレーニングでかなり消費したのか箸を止める様子を見せずに食べている。
しかし――
「……どうして、どうして、男のあなたがこんなに美味しい料理をたくさん作れるのよ……」
「……どれも大変美味しいのですが、何故か負けた気がしますわ……」
リアスと朱乃は美味しそうに食べながらも複雑な表情をしていた。
これでも
天使が生まれたばかりの子育ては大変だったな。やんちゃなアザゼルが食い意地張った所為でミカエルの分まで食って喧嘩したり、手伝いをしていたガブリエルが料理を乗せたお皿を落してお父さまゴメンなさいと泣きながら謝り続けたり、ウリエルやメタトロンが……等々と色々あった。今となっちゃ懐かしい思い出の一つだが。
とまあ、そう言った子育て経験による家事スキルと、人間に転生した俺がイッセーとの旅やサバイバルによって、更にこっそりローズさんから教えてもらったりと料理スキルに磨きが掛かったって訳だ。
「先輩はいつも家で作ってるんですか?」
「いいや。母さんから『自分が風邪引いた時にだけ作ってくれ』って言われてるから普段は作ってない」
以前俺が夕飯でちょっとゴージャスに振舞った時、イッセーや父さんは喜んで食べていたが、母さんは美味しそうに食べながらも『母親の私より美味しいなんて……』と、凄く悔しそうな顔をしていた。
それ以降はさっき祐斗に言っただけでなく、母親として負けられないと変なライバル心を燃やされているが。
「……イッセーとリューセーのお母様の気持ちは痛いほど分かるわ」
「……ええ、殿方の料理が自分のより美味しいのは、母親としてでなく女として何かが負けた気分でしょう」
お前等もお前等でなに俺にライバル心燃やしてんだよ。それで燃やすくらいなら、明日以降の修行で更に励んでくれ。
「なぁ、これも兄貴が作ったのか?」
小猫に負けじと食べてるイッセーが訊いてくる。
イッセーが指してるのは、テーブルにちょこんと置かれているオニオンのスープだ。
「いや、それは俺じゃなくて……」
「……そのスープ、私が作ったんです」
そう、イッセーの隣で悲しそうにしているアーシアが作ったスープだ。
料理を作ってる時、特訓中のアーシアが台所にやってきて自分も手伝うと言ってきたので、俺がスープを作ってもらうよう頼んだ。
俺が作った料理を食べてるばかりで、スープに一切手をつけてない事にアーシアが落ち込んでいるのをイッセーは漸く気付いた。すぐに皿を手に取り、一気にグイッと飲み干した。味わって飲めと突っ込みたいが、アーシアの様子を見れば致し方ない。
「これ美味いぞ、アーシア! 兄貴以上に美味ぇよ! 嫁に欲しいぐらいだ!」
「はわっ! ほ、本当ですか! それは良かったです……。イッセーさんのお嫁さんなら私は喜んで……」
「ん? 聞き取れなかったけど、嫁が何だって?」
「い、いえ、なんでもありません!」
ハハハ~。俺はバッチリ聞こえてたぞぉ~、アーシア。
鈍感なイッセーはさり気なくプロポーズしてる事に全く気付いて無いし。
「……明日は私が料理を作って言わせるんだから……!」
アハハハ~。リアスはアーシアに一歩先を行かれた事で少し焦ってるなぁ~。
今まで女子に嫌われてたあのイッセーが美少女二人にモテるとは……本当に人生ってのは分からないな。
「さて、リアス達。今日一日を通してどう思った?」
粗方食べ終えた俺がお茶を飲んだ後に問う。
その問いにリアス達は箸を一旦置いて感想を口にしようとする。
「………正直言って、結構キツかったわ。プライドが圧し折れるくらいにね」
「………リューセーくんとの力の差をかなり思い知らされましたわ」
「僕は……今の実力に思い上がってた自分が恥ずかしいです」
「……自分の未熟さを痛感しました」
「そうだな。お前達はまだまだ未熟で弱い」
ハッキリ言う俺にリアス達は暗い顔をする。
「俺の台詞に何も言い返さないって事は自覚しているみたいだな。これでもし言い訳とか屁理屈をこねたら、徹底的に心を圧し折らせるところだったよ」
「……今日のアレで充分に圧し折られたわよ」
少々自棄な感じで言い返してくるリアス。あれは相当悔しかったんだろうな。
「上から目線な物言いで悪いが、その悔しさをバネに修行期間まで今以上に強くなってくれ。俺も最後までお前達を全力でサポートするからさ」
「さて、こんな話は明日以降にしてだ。取り敢えず今日はぐっすり休む事だ」
今のリアス達はバンドを付けて現在も魔力を放出し続けてるから、夜の特訓は無理だ。夜の活動がメインな悪魔と言えども、今は慣れない事をやってるから、これ以上やらせるとオーバーワークになってしまうので普通に休んでもらう。ソレもトレーニングの内だからな。
「ところでリアス、食事を終えたら風呂に入ろうと思ってるんだが、此処って勿論あるよな?」
「当然よ。ここは温泉だから結構素敵よ」
「ほほ~う、それは楽しみだ」
「――ッ!」
ん? 何かリアスの一言でイッセーから何か良からぬ気配を感じるな。
温泉と言えば露天風呂だから、恐らく覗きをしようかと考えている筈だ。
「イッセー、俺がいるのにそう簡単に覗きが出来るなんて思うなよ」
「僕も覗かないからね、イッセーくん」
俺と祐斗が先生パンチを仕掛けるとイッセーが気まずそうな顔をしてくる。
「バッカ! お、俺は別にそんな!」
「あら、イッセー。あなたは私たちの入浴を覗きたいの?」
リアスの言葉に女性陣の視線がイッセーに集中する。特に小猫なんか軽蔑の眼差しを送ってるし。
女性にとって許されない行為だから当然かと思ってると、急にリアスがクスッと小さく笑う。
「覗きなんかしないで、一緒に入る? 私は構わないわ」
「なっ!」
「おいおい……」
リアスの発言に衝撃が走ったかのように驚くイッセーと、思わず呆れてしまう俺。いくら好きな男に見られて良いからと言っても、羞恥心と言うものは無いんだろうか。
「朱乃はどう?」
「私はイッセーくんなら別に構いませんわ。うふふ。もしかしたら殿方のお背中を流してみたいのかもしれません」
朱乃も肯定してるし。やっぱり悪魔には羞恥心が無いのか?
その台詞を駒王学園の男子生徒全員が聞いたら、イッセーは間違いなく殺されるだろうな。
「アーシアはどうなの? 愛しのイッセーとなら大丈夫よね?」
多分アーシアもOKすると思うな。
昨日は不意の事故でイッセーが間違って風呂に入ってしまっても、悲鳴をあげないどころか一緒に入ろうと誘っていたしな。
俺の考えが当たっていたようで、アーシアはリアスの問いかけに顔を真っ赤にしながら俯くが、小さくコクリと頷いていた。
「お、お、お、おいおい兄貴。俺、俺、風呂場でずっと前屈みでいられる自信があるんですけど!」
……あっそ。
「最後に小猫はどうかしら?」
期待が高まってるイッセーを余所に、リアスが問うと――
「……いやです」
「拒否られたぁっ!?」
小猫は両手でバッテン印を作って拒否した。あっさり断られた事にイッセーがショックを受けていたが。
うん。これが普通の女子の当然とも言える反応だ。
「じゃ、一緒にお風呂はなしね」
もしかしたらリアスの奴、こうなる事を予想して態とイッセーを煽ったかもしれないな。
「くそぅ……。やっぱりここは覗きを――」
この期に及んで見苦しい事を考えてるイッセーに――
「……覗いたら、恨みます」
「ぐはっ!」
小猫が先制発言をすると完全にKOされてしまった。
「諦めろイッセー。ここは野郎同士、仲良く風呂で裸の付き合いをしようじゃないか」
「イッセーくん、良かったら僕が背中を流すよ」
「うっせぇぇぇぇぇぇっ!! ってかバカ兄貴に木場、その発言は止めろぉぉぉ!! 学校の女子に聞かれたら誤解されるだろうがぁぁぁ!!」
あ、言われてみりゃそうだな。
イッセーの怒りの慟哭に俺は思わず納得してしまった。