「終わった、か……。」
自分を除けば死体や廃材と化した戦闘機に瓦礫ばかり転がる戦場には、ただ血と臓物、硝煙と粉塵の臭いだけが漂っていた。
手からガランと弾切れしたMG42が零れ落ちる。
既に魔力も体力も、血液すらも無い。
ただただ、途方もない疲労感だけが体を包んでいた。
「長かったなぁ…。」
戦った。戦い続けた。
恨みや憎しみ、生存本能や戦友達への友情。
もう止めろとも、十分だとも言われた。
それでも止まる訳にはいかなかった。
色んなものを託されて抱え込んで、遂にここまでやってきた。
此処は黒海を望むオデッサ駐屯基地。
地球上に残った最後のネウロイの巣攻略のための最前線基地。
世界中から集結した多数のウィッチと最新兵器が数多集まったこの場所で、ここ半年の間数えきれない程の戦闘が繰り広げられた。
そして今日、つい昨夜上がりを迎えてしまった自分が突入する味方の退路と基地を守るために残り、他のほぼ全てのウィッチが欧州最後にして最大のネウロイの巣へと突入した。
今日までに戦友たる宮藤の努力の結果、ネウロイ内の穏健派の説得に成功し、彼らは世界の裏側とでも言うべき本来存在した場所へと帰って行った。
そして、残った最過激派ともいうべきネウロイ達は、人類との戦争へと邁進した。
そこからはもう、説得など不可能な異形達との生存競争だった。
敵も味方も殺し殺され、上がりと戦死者が重なって精鋭揃いの第502・503統合戦闘航空団は解散・再編成する運びとなり、その実働のトップとして私が、補佐に宮藤が就く形となった。
多分にプロパガンタの強い部隊となってしまったが、それでも他を凌駕する圧倒的魔力量から自分と宮藤は最後まで最前線から離れる事はなかった。
そして10年、多大な犠牲の上に遂に私達は黒海に巣くう最後のネウロイの巣の破壊に成功した。
だが、自分もまた先達の様にヴァルハラに向かう羽目になるとは思わなかった。
「千歳!千歳!ねぇ起きてよ千歳!」
「ん……芳佳、か…。」
何時の間にか倒れていたらしい。
あぁ、そうか、最後は分身も作れなくなって、生身で戦場に出たんだっけか…。
「無事だったか…。」
「私よりも千歳だよ!眠っちゃダメ!直ぐに治療するから…!」
泣きながら必死に私の傷を止血し、回復魔法を行使する宮藤。
だが、血を流し過ぎたのか、一向に回復しない。
いや、もう彼女も限界だったのだろう。
単純に魔力が足りないのだ。
「ブチ……。」
「きゅーん…。」
既に老犬と言って良いブチを体から分離させる。
ダメージは自分の方に移したから、この子は無事に寿命まで生きられるだろう。
私の我儘に付き合わせてしまったせいで老い先短い生になるだろうが、それでも最後位ゆっくり生きてほしい。
「ダメ!分離しちゃ間に合わない!」
「もう良い。良いんだよ芳佳…。」
見上げれば、珍しく空は青く澄み渡っていた。
あの日、また戦う事を誓った日の様に。
「私の戦争は終わった……もう、ネウロイはいない…。」
「黙って!何とか、何とかしないと……!」
視界が徐々にぼやけていく。
それでも耳から聞こえる芳佳の声から泣いているのが分かった。
「お前ももう、軍人は止めろ……料理人か医者にでもなれ。戦う必要は、もうない……。」
「くきゅーん…。」
ブチが諦めた様に私の頭の横に座り、鼻先をすぴすぴと鳴らす。
あぁ、もう自分でも分かる。
何度も見送った側の自分が、今度は見送られる側になったのだと。
「ありがと、よしか、ぶち……ここまでいっしょにいてくれて……。」
もうほとんどみえないや
そっか、ほんとうにしぬのってこんなかんかくだっけ
ひさしぶりだなぁ でもおばあちゃんやみんなにあえるかなぁ
「そんな事言わないでよ!ここまで一緒に来たじゃない…!だから、一緒に扶桑に帰ろうよ!」
「ふふ……そうだね、またよしかのかれーたべたいね……。」
あぁ、そういえば
「て……にぎって……さむいしねむくなってきちゃった……」
「うん、うん……!」
て あったかい
あ ぶちがかおなめてる
ふふ、あいかわらずあまえんぼうさんだね
あぁ
「あった、かぃ………」
こうして、近現代史上最も著名なウィッチは、その人生に幕を閉じた。
その死は欧州と扶桑のみならずリベリオンからもかつての戦友達や弔問客が訪れ、戦没者の合同慰霊祭は異例の規模となった。
また、この際カールスラント皇帝や扶桑国皇族からは個別にお悔やみの言葉を贈られる等、その扱いは別格と言って良かった。
その遺体は最期を看取った戦友である宮藤芳佳他欧州派遣軍と共に帰国、彼女の故郷に埋葬されたという。
なお、後世において「アンサイクロペディアに嘘を書かせなかった人」「リアル超人勢」「もうこいつだけで良いんじゃないか?10選」「史上最も多くのネウロイを撃破した個人」と称される事となる。
……………
「む」
す、と目が覚めた。
随分と懐かしい夢を見ていた気がする。
周囲からは相変わらず砲撃の振動と地響きが絶えない。
ちらりと航空魔導士用の懐中時計を見れば、丁度交代の時間の3分前だった。
「よ、は、と。」
ぐいぐいごきごきばきばきと、久々のベッドでの睡眠で固まっていた身体を解きほぐしていく。
「出撃だぞチトセ!さぁ共和国の豚共を吹き飛ばすぞ!」
「分かった分かった。今起きるから待ってろよハンナ。」
今回の私の名前はチトセ・カリーバー。
階級は少尉、現在はこの世界における第二次大戦時のドイツに相当する国家である帝国の陸軍所属の航空魔導師。
なんでそんな事になってるのかと言うと、また転生しただけの話。
ネウロイはいないが、魔導士という先天的に魔力を持った人間が存在し、それらが軍事力の一つとして活用されている世界だ。
加えて言えば、極一部の魔導士は固有魔法を使えるが、これは見た所前世のウィッチのそれに酷似している。
また、魔導士はウィッチとは異なり男性も存在する。
と言うか、軍隊だけあって殆どの魔導士は男性だったりする。
で、現在は帝国の北方に位置するレガドニア協商連合(史実ノルウェーとスウェーデンを合わせた様な半島国家。商人連合を起源とする10人評議会がTOPの民主制)が係争地に越境してきて開戦。
それに釣られて単体では帝国に勝てないと見た帝国の西方に位置するフランソワ共和国(ほぼ史実フランス)が宣戦を布告し、帝国の生命線であるルール工業地帯目指して進撃を開始。
それを防衛する帝国西部方面軍と激戦を繰り広げている。
時は1923年、帝国は内戦戦略による味方増援を待ちながらジワジワと戦略的後退をしながら共和国軍に出血を強要し続けていた。
で、そんな所に士官学校出で初陣かましたのが私と我が戦友殿1号である。
なお、2号が芳佳である。
「目標は?」
「敵魔導士1個大隊。こちらの観測魔導士狩りをしながら制空権を維持している。」
「……まぁいつもの事か。」
既に戦果を上げ過ぎて戦友2号共々昇進しているが、それでも敵が一向に減った気がしない。
まぁこちらも向こうも陸軍大国なのだが、陸軍が多いのは当たり前と言えばそうなのだが…。
「さぁ行くぞ!」
「あいよ。」
なお、ここまで我が表情筋は一切仕事をしていない。
前世での濃過ぎる戦争体験のせいで私本人も動いた覚えが無い程だ。
それと、私達が所属していた中隊は既に壊滅して一週間も経っているのだが、エースオブエース(敵航空魔導士を50人以上撃墜で登録)二人に無茶ぶりできるからと未だにそのままだったりする。
他の部隊の指揮下に入ったりは偶にあるのだが、いい加減その辺どうにかして頂きたい。
いや、下手なベテランよりも前世含めば軍歴長いし戦闘経験で言えば現代の人類でも有数だが、それでも何だかんだ数は力なのだ。
そんな私も今生では15歳、戦友1号ことハンナ・ウルリッヒ・ルーデルは16歳である。
前やその前の世界と生まれた年代が違う?
こう考えるんだ。
祖国の危機に自分の運命捻じ曲げて早生まれしたんだって。
実際、生まれた月日以外は以前聞いた出身そのままなので可能性が高い、と思う。
なんせルーデルだから…。
……………
ライン戦線上空 フランソワ共和国軍航空魔導大隊
「クソ、敵の対空砲火が厚すぎる!」
「隊長、これ以上は進撃どころか留まる事も困難です!」
「えぇい限界か!」
彼らは自国の情報部の杜撰な仕事に罵声を浴びせながら、比較的手薄な地域に進攻、制空権を奪取し、観測魔導士狩りをしながら地上部隊の支援を行っていた。
協商連合に引き摺られる形で開戦した共和国だが、帝国西方方面軍が構築したライン戦線においてその攻勢は頓挫、現在は多大な出血を強要されていた。
「ッ!? 全員乱数回避ぃ!!」
不意の魔力反応を感知した大隊長の言葉に、一拍空けて大隊の7割が従った。
しかし、僅かに遅れた3割は上空から降り注いだ4条の大出力光学術式によって蒸発した。
「Mayday Mayday!散開、散開!」
「畜生、新入り共が食われた!」
「第三中隊全滅!他にも負傷者多数!」
「負傷した者は後退させろ!敵は何処だ!?」
このままでは友軍の頭上を取られれば蹂躙される。
それを分かっているために激戦で消耗していた大隊に後退は許可されていない。
「魔力反応逆探…逆探成功!敵影は4、いや8機!高度は…い、1万!」
「な!?」
通常、航空魔導士の戦闘高度は6000フィートが限界だとされている。
なお、1フィート=0.3048メートル=12インチ=1/3ヤードであるため、高度6000フィート=高度1828.8mであり、高度1万フィート=高度3000mである。
そんな高度を飛ぶには酸素・気圧調整術式と飛行術式の並列使用並び重力を振り切れるだけの魔力量、そしてそれに耐え得る高性能な演算宝珠を必要とする。
(帝国の航空魔導士は化け物か!?)
そんな存在が複数存在し、連携を取って攻撃してくる。
眼前に現れた理不尽に、大隊長の背筋に冷たいものが走った。
「各員高度8000まで上がれ!」
「な、隊長!?」
「このままでは地上部隊が蹂躙される!行くしかない!」
大隊長の言葉に、覚悟を決めた隊員達もまた腹を括る。
このままではどの道全員が殺されかねない。
であれば、やるしかないのだ。
「目標の個体魔導素反応ライブラリより検索!ですが…!」
「どうした!?」
「個体8機中7機が同じ反応!残り一つ含め全てネームドです!」
「誤反応か!?えぇい戦闘に集中しろ!」
「て、敵魔導士は『ラインの双璧』!」
その言葉に、目視可能距離に入った敵魔導士の姿に、全員の心が折れかかった。
「あぁ…くそ、神よ!」
誰かが神に自身の不幸を訴える声が聞こえた。
だが、口にしないだけで誰もがその心情に共感した。
何せこの二人の存在は共和国軍にとって死神に等しい存在だからだ。
曰く、単騎で中隊を文字通り全滅させた。
曰く、戦場の何処にでも出現する。
曰く、確認された魔導士の撃墜スコアだけでも80以上。
曰く、複数の戦域に同時に出現する。
曰く、曰く、曰く…。
多くの戦場神話の一つとして、現在進行形で語り継がれる恐るべき敵。
それが今、彼らの眼前へと現れたのだ。
だが、その姿はとても奇妙なものだった。
何せ8人の魔導士がそれぞれ二人組となって、もう一人を抱えながら飛んでいるのだから。
「あれが手品の種か!」
「分かってみれば話は早い!あの状態ではまともに機動できん!落ち着いて確実に撃破しろ!」
高度を稼ぐために二人組の内の一人が酸素生成・気圧調整術式と飛行術式を担当し、残った一人が攻撃術式を担当するという、考えてみれば極々単純な手段。
幽霊の正体見たりと隊員達が笑う。
しかし、彼らの慢心は高い代償によって支払われる事となる。
「予定通りだな。行くぞチトセ!」
「了解。B4~7は特攻、後にB1~3は僚機と共に敵魔導士と交戦開始。」
B4から7の改良型の演算宝珠へと過剰な魔力が注がれていく。
元々無茶な使用で限界寸前だった演算宝珠が、急速にその内部の魔力係数を不安定化させていく。
「ッ!総員乱数回避及び全力防g」
大隊長の叫びは的確だった。
しかし、彼らが遭遇したのは余りにも不条理な存在だった。
B4~7の分身体の、演算宝珠を過剰暴走させた状態での特攻、後に自爆。
チトセは知らないが、ターニャ・デグレチャフ少尉がエレニウム工廠で行った95式稼働実験の際に起きた臨界反応を限定的に再現したソレは、一瞬で共和国魔導大隊を飲み込んだ。
膨大な熱量と衝撃波、閃光を齎したソレは戦場全域から観測され、その中心にあった共和国熟練魔導士大隊をあっさりと飲み込み消滅させ、地上部隊にまで少なくない被害を与えた。
「むぅ、つまらんな。」
「ハンナ、残敵の掃討を。」
「分かっている。」
そして、予想以上の爆発力に分身二体を盾代わりにする事で、一人と分身体B1は無事だった。
その後は何もなく、ただぺしぺしと戦場を飛行して残敵掃討を行うのだった。
……………
『XよりC・D中隊へ。各中隊はそのまま敵航空魔導士の排除を続行。A分身体は本体の警護を続行。』
『C中隊了解。制空権確保完了。』
『D中隊了解。味方観測魔導士の救援完了。』
『よろしい。壊滅したB中隊は増援を送る。』
『B1了解。引き続きルーデルの支援を行う。早めの合流を。』
ライン戦線には、悪魔達が住まうと言う。
同じ魔力反応を持った存在が複数、時には100近く存在し、その全てが一騎当百に値するという眉唾物の戦場神話。
しかし、事実として西方ライン戦線における共和国の被害は、そうとしか考えられない程の絶大な被害があった。
無数のエース・オブ・エース。
その正体が実はたった二人だけの、歴史上でも類を見ない程に優れたたった二人だけの航空魔導士である事を世界が知るのは、戦後まで待たなければならなかった。