気づけば一人だった。
周囲には苦しみ悶えた果てに絶命したであろう死体達。
窓から見た周囲は学生時代に教科書で見た中東辺りの泥や藁、砂状粘土を混ぜたアドべ製の家々だ。
だが、今生きているのは自分だけ。
自分だけしか、この周囲には生きていない。
「何が……?」
口から出た言葉は日本語じゃなかった。
だが、何を言ったのか理解できる。
そして、自分の最後の記憶は迫り来る10tトラックで途切れている。
つまり、そういう事なのだ。
『転生、か。』
意識して日本語を使う。
自分の意識とかつての教育で得た知識こそが、自分の存在証明。
分からない事は多い。
泣き叫びたい気持ちだ。
でも、生きる事を諦めるつもりはなかった。
そして、一夜明けた。
誰もが死んだ村で、死人の懐や残った家屋の物資を漁る。
それは齢10程度の、浅黒い肌を持った可憐な少女。
しかし、その中身は既に成熟した大人であり、この現状に対して割り切るだけの知性があった。
そうして手に入った情報は僅かだが、十分なものだった。
個性の存在、そしてヒーローとヴィランの存在。
そしてこの村の跡地の地理に現地の通貨等々。
それだけで、彼女にはもう十分だった。
だが、同時に彼女は先日気づいた時に見た人々がこの少女にとってどんな人物か、そして何が起こったのかを知る事となった。
つまり、この身体の持ち主であった少女は、発現した個性で肉親を殺した己自身を憎み、自害しようとしたのだ。
だが、自分の毒で死ぬ毒蛇がいないように、この少女もまた自分の毒で死ぬ事はなく、撒き散らされた猛毒で周囲の人まで死んでしまった。
そして、絶望の余りに気絶し、自分が目覚める事になったのだ。
「ヒーローアカデミア、か。」
とは言え、原作をマメに視聴していない自分では詳しくは分からない。
だが、生きるためには衣食住が必要であり、そのために金が必要だった。
「幸いと言うべきか、方法はある。」
個性:毒
自分の体はどんな生物も死なせ、どんな物体も腐食させる。
これを活かさない手は無い。
「なるか、ヴィラン。」
齢10の少女がこの紛争地帯を生きるためには、それしか手がなかった。
……………
やがて、紛争ばかりの中東地帯において、あるヴィランの名が知れ渡る。
白髑髏の仮面と黒い外套を纏い、あらゆる猛毒を操るヴィラン。
その名を「静謐のアサシン」。
金さえ払えば誰であっても毒殺する、恐ろしい暗殺者。
実際、小国の独裁者が公衆の面前で演説中に全身から出血しながら死亡した事件の主犯とされており、当局が死力を尽くして捜査するも未だに影すら捉えられていない。
また、某国の軍部が彼の暗殺者を優れた個性持ちと知って偽の依頼で誘き出したものの、逆に殲滅され、その許可を出した国家元首もまた暗殺されたという。
その余りの隠蔽能力、そして巧妙に仕込まれる様々な毒により、中東一帯は一時平時とは異なる緊張状態に包まれた。
これには、中東諸国では個性黎明期に個性持ちは悪魔の手下扱いされて迫害され、現在でもその風習が多少残っており、国軍への編入やヒーローとして組織化されていない事も大きな原因だった。
結果、各国の首長や軍部、そして各種テロリストらが下手に動けなくなった事で逆に紛争が減ったという笑えない事態となっていた。
だが、その平和はたった3年で破られる事となる。
「やぁ、君が『静謐のアサシン』だね?」
ゾッとした。
静謐のアサシンは、今はジールと名乗っている少女は、初めて圧倒的な「格上」を目撃した。
なんでもない日の、昼間の市場の屋台での出来事だった。
この場に、この国に不釣り合いな黒いスーツと仮面を纏った男。
大よそ考え得るあらゆる負のイメージを人型に固めた様な、そんな威圧感を持っている。
その声を認識した瞬間、生存本能の赴くままにジールは逃走を図った。
同時、全身から数百種の猛毒を散布、周囲の人間へのとばっちりも何も考えない全力攻撃。
人だろうが戦車だろうが象だろうがあらゆる死因で即死する猛毒の霧に対し、黒スーツの男の行動は単純だった。
「おぉ素晴らしい。」
豪風が吹き荒れる。
周囲の人間も、建物も、何もかにもを吹き飛ばす暴風に、ジールの放った猛毒は一瞬にして散らされた。
「その反応速度と状況判断、中々のものだ。」
「ぁ……が……っ!」
カツコツと、ゆっくりと近づいてくる足音に恐怖しか湧かない。
先程の暴風に続き、重力操作か何かで潰されて身動きを封じられた。
「だが、まだ成長する余地がある。中東を震撼させたその手腕も素晴らしい。何より!」
前世の知識と経験を活かしたリスク管理にプラン作成能力。
人に警戒されづらい可憐な容姿。
そしてどんな状況でも焦らない胆力と応用範囲の広い個性。
それら全てを独学で得た彼女という存在に、最強にして最古のヴィランであるオールフォーワンは目を付けた。
「君は一度も躊躇っていない。君には人間を殺す才能がある。」
オールフォーワンに見つかった時、ジールは何の躊躇いもなく、周囲の人間ごとオールフォーワンを毒殺しようとした。
これは絶対にヒーローと言われる連中には出来ない事だ。
それ以前に、殺し屋と言えども一国家元首の暗殺等リスキーな仕事を数多くこなして、一度も捕まっていない?
はっきり言おう。
たとえ強力な個性持ちであっても、それが霞む程に彼女の才覚は異常の一言だった。
それをオールフォーワンが捕捉できたのは、偏にそういう探索・索敵系の個性持ちを使い潰して見つけ出したからに他ならない。
「気に入った。私のコレクションに加えよう。」
「ぁ、」
オールフォーワンが、ジールの顔へと手を伸ばす。
事前対策はしてあるだろうが、それでも猛毒そのものである自分に触れる。
触れて、死ぬ事の無い存在。
そして、この世界に来て初めて感じる、他者の温もりだった。
暖かな、生き物の熱。
人間とは思えない人間の熱の心地よさに、ジールは驚き、そのまま気を失った。
「では行こうかジール。」
「はい、マスター。」
これは毒娘たる少女が、本当の主を見つけるまでのお話。
オールフォーワンが便利過ぎるw