徒然なる中・短編集(元おまけ集)   作:VISP

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思った以上に長くなってしまった(汗


転生きよひーが逝く

 私は過去への転生者である。

 名前は清姫、貴族の子女である。

 

 で、転生した記憶があるとは言え、贅沢は出来ないが取り敢えず食うに困らない程度の家に生まれた私は、家の生業や貴族の子女としての立ち居振る舞いを学びながら生活していました。

 私の家の家業は薬師、所謂医療関係です。

 大陸由来の医療技術を編纂したものを参考にした資料を基に主に貴族相手に薬を処方するのが仕事で、私も前世から野草等には詳しかった事もあり、それなりのものであると自負してします。

 とは言え、本当の殿上人相手には致しません。

 専ら小金持ちの豪農とか地方豪族相手のものでした。

 それにしたって、私ではなく父や兄達が対応するので、私が表に出る事はありません。

 この時代の貴族の子女とはそう言う生き物なので。

 別にその点は構いません。

 前世でもインドア派なので、外で冒険するよりも本でも見ていた方が楽しいのです。

 ですが、この時代は娯楽が極端に少なく、それを堪能できる程に裕福という訳でもないのが家です。

 つまりは暇なのです。

 暇なので、家に押し込められた女性陣は常に鬱屈として、娯楽や刺激に飢えています。

 なので、芸能や草紙等に精を出すのです。

 そんな人達が一か所に集まるから、大奥とかは人間版蟲毒の壺と化すのでしょうが、それはさて置き。

 斯く言う私は専ら彫刻と嫁入り修行で時間を潰しています。

 嫁入り修行は貴族の娘として当然のものですが、やはり前世男だった身としては、女性になったからには己が理想とする嫁になりたいではないですか。

 なので、私は物静かで包容力があり、何でも相談に乗ってくれそうな、そんな女性を目指して自分を磨いています。

 とは言っても、会話する時に相手の話や言いたい事を全て聞き、否定する事は極力避けて、相手が最も欲しつつ、相手のためになる内容を話す様に心掛けているだけですが。

 彫刻の方も本格的なものではなく、あくまで手慰みかつ掌サイズから大きくても30cm程度のものでしたが。

 手先を荒らしては両親や侍女に怒られてしまうのだから仕方ないのです。

 そんな私の専らお気に入りの題材が龍です。

 西洋の四足歩行も好きですが、それ以上に東洋の蛇みたいな龍が好きなのです。

 西洋の災いや悪魔の象徴としてでなく、東洋の河川の化身であり神である龍こそが私の題材です。

 最初は小さな厚めの板を削って作ったものだったのですが、徐々に本格化していき、30cm程の素人仕事とは言え、中々の出来になりました。

 しかし、少々作り過ぎて、私の部屋が手狭になってしまいました。

 これはいかんと両親らと相談した結果、神社や仏閣に特に出来の良くて大きなものを寄進する事となりました。

 これで部屋に空きが出来、また作品の作成を続けるのでした。

 

 今思えば、これがフラグだったのだなーと思うのです。

 

 ……………

 

 

 ある日、本当に稀な事ですが、私と家族(+お付きの方々)で旅行に行く事になりました。

 所謂伊勢参りです。

 流石は皇室の御先祖たる天照大神を始めとした力ある神々を奉っているだけあって、凄まじい神々しさがありました。

 一生に一度は是非行く事をお勧め致します。

 マジで、本当に、日本人なら一度は行くべきです(力説)。

 その帰り道、休憩のために富田川に寄りました。

 今は夏、まだ日も高く、皆暑すぎると木陰で休む中、私はその……はしたなくも侍女に手伝ってもらって、水浴びをしたのです。

 一応来る時も水垢離のために入ったのですが、その時は薄いながらも白い衣を纏っていたのですが……今は汗でぐっしょりと言う事もあって、替えの服を用意してもらって、裸になって水浴びをしたのです。

 今思えば凄く恥ずかしいのですが……あの時は本当に暑さに辟易していまして。

 服を脱いで近くの松の木の枝にかけて、川に入ります。

 暴れ川とも言われる富田川ですが、一ノ瀬と言われる此処は川を渡るのに最も適した場所と言われ、浅くて流れも緩やかです。

 なので、こんな風に水浴びが出来るのです。

 

 「あぁ、気持ちいい…。」

 

 冷えていく身体にうっとりとして呟く。

 この時代では氷すら貴重品、況してや夏にこんな涼しい思いをするには水浴びしかないのです。

 

 「っと、そろそろ戻りますか……あら?」

 

 不意に、川べりの浅瀬で、奇妙なものを見つけました。

 褐色のまだら模様のそれは浅瀬でぐったりとしており、明らかに元気がありません。

 体長2mは優に超える大きな鰻、オオウナギでした。

 そう言えば、この川が生息地でしたね。

 よく見れば、鰭や腹部が赤くなり、肛門とその周辺も赤く腫れています。

 恐らくはエドワジエラ病、又はパラコロ病と言われる感染症でしょう。

 前世ではヒラメや真鯛、鰻等に感染する病気で、時折人間にも感染すると言われます。

 治すには抗菌剤か抗生物質の経口投与が必要ですが……この時代、そんなものはありません。

 

 「仕方ありませんね。これも何かの縁ですし。」

 

 が、苦しそうにパクパクと口を動かす鰻を見て、何やら罪悪感が湧いてきました。

 仕方ありません、川で涼ませてもらったので、一つ善行を致しましょう。

 この鰻を取り敢えず助ける事にした私は早速水から上がり、衣を纏い、荷物の中にあった私の薬学セットを取り出し、その中にあった幾つかのものを急ぎ調合します。

 材料は干した梅干しとワサビ、他免疫力を強化する作用のある葉物野菜や野草等です。

 これを小刀で細かく切り、粉と水と一緒に練って団子状にし、三つ程作ります。

 その薬草団子を急いで持っていき、ぐったりして口を開けている大鰻の口元へと持っていきます。

 が、嫌々と口にしようとしないので、一縷の望みを賭けて声をかけてみます。

 

 「これは貴方の病気と闘う力を強めるためのものです。これを食べて、もう一度病気と闘って下さい。不味いですけど頑張って。」

 

 そう言うとこちらの気持ちが通じたのか、大鰻はゆっくりとでしたが、薬草団子を咥え、飲み込みました。

 口に入れた瞬間、オオウナギの表情が顰められた様な気もしましたが、気にせず残りの分も口元に持っていき、食べてもらいました。

 うむむ、こうして見ると意外とキモ可愛くて良いですね。

 

 「後は貴方の体力次第です。どうか頑張ってくださいね。」

 

 その頭を一撫でしてから、私は自分を探している侍女の下へと向かったのでした。

 この時の私が知る由もないのですが、背後ではオオウナギが去って行く私の背をじっと見ていたそうなのです。

 

 

 今思えば、これが致命的なフラグだったのだと分かるのです。

 

 

 ……………

 

 

 伊勢参りから3年後、私が14歳の頃、唐突に嫁入りの話が浮上しました。

 

 「是非我が主の下に清姫様を嫁に頂きたい。」

 

 我が家の下に、富田川の水神の使いを名乗る方々がやってきました。

 その目的は私であり、何でも以前川で水浴びをした姿を見初めた上に、見事な龍の細工や彫刻に一目惚れし、それ以来ずっと探していたのだそうです。

 そう言えば、以前伊勢参りのために富田川に行った際、行きの時に作りかけの彫刻を落してしまったのでした。

 成程、彫刻と近場の貴族の姫から身バレしたのですね。

 

 「あの、お父様、お母様。少し使いの方とお話してもよろしいでしょうか?」

 「清姫…良いのか?」

 「先ずお話だけもお聞きしたいと思いまして。」

 

 うちの両親は割と子煩悩な所もあるので、多少の我が儘は聞いてくれます。

 しかし、異類婚姻譚は大抵上手くいかないもの。

 まぁ主に人間側がやらかすか拒絶するのが原因なのですが、やはり娘にそんな相手と結婚してほしくはないのでしょう。

 

 「おお、清姫様。決心してくださったので?」

 「あの、その前に一つ、お聞きしたい事が御座いまして…。」

 

 魚類顔(鯉と鮒)の使者達に若干SAN値を減らしながら、気になっていた事を聞いてみました。

 

 「私が以前薬を上げた大鰻さんはその後、どうなりましたか?」

 

 気になるのはその点です。

 あの大鰻さん、折角頑張ったのですから是非とも元気になっていてほしいのですが…。

 

 「誠、清姫様はお優しい…。心配せずとも、あの方は今元気に暮らしておりまする。」

 「そうですか、良かった。」

 

 ほっと一安心である。

 意外とキモ可愛い大鰻が元気に暮らしている事は、私にとって確かに朗報でした。

 

 「その、嫁入りの件ですが…父母と相談の上でお返事させて頂いてもよろしいでしょうか?何分急な話ですし…。」

 「えぇえぇ。構いませんとも。」

 

 と言う訳で、相談タイムを挟みます。

 とは言え、此処まで来たら、答えはもう決まっているのですが。

 

 「お父様、お母様。清はこのお話を受けようと思います。」

 「そんな!清、考え直しなさい!」

 「縁談なんて、他にもありますから…。」

 

 だが、事はそうした人間の常識では既に図れない所にあるのです。

 富田川の主と言う事は、水神と言う事。

 それも暴れ川と言われる富田川の。

 と言う事は、断れば激しい水害が起こるのは自明の理。

 先ず間違いなく、近隣一帯の人々に多大な被害が出るでしょう。

 逆に嫁入りすれば、旱魃等が起きた際に何がしかの援助が出る可能性もあります。

 この辺りを治める貴族の娘としては、これ以上無い程の良縁と言えましょう。

 

 「分かった。この話、受ける事にしよう。」

 「ありがとうございますお父様。 ……ごめんなさい。」

 

 と言う訳で、水神への嫁入りが決まりました。

 

 「使者殿、此度の話、お受けいたします。」

 「おぉ、良かった!これで主に吉報をお届けできますな!」 

 「使者様、これをどうぞ。」

 

 ですが、只では嫁入り致しません。

 

 「む、清姫様、こちらは…?」

 「水神様へのお手紙です。どうか届けてくださいな。」

 「畏まりました。確かにお届けしましょう。」

 

 と言う訳で、使者は一旦帰って行きました。

 

 「清、あの手紙には何と書いたのだ?」

 「もし水神様がお優しい方なら、私も幸せな結婚生活を送れるだろうものですわ。」

 

 そう言って、私は笑って誤魔化しました。

 

 

 ……………

 

 

 そして一月後、私は富田川の水神様の下へと嫁ぐ日となりました。

 多数の嫁入り道具や衣装箱と共に使者達の持つ輿に入れられて、ゆっくりと歩き出しました。

 余りの豪勢な嫁入り道具に若干家の財政が心配になりましたが、結納金も随分な額が入ったらしいので、大丈夫だと思っておきましょう。

 家族と従者一同、泣きながらの見送りでしたが、私は心配していませんでした。

 何せ、私の手元にはあの時出した手紙の返事が届いていましたから。

 

 「お父様、お母様、兄様方に従者の皆。今までありがとうございます。清はこれから、水神様のお嫁になります。」

 

 涙ながらに私を見送る皆に、私は自分で意識して出来る限り綺麗な笑顔を向け、魚顔の水神の使いの方達と共に富田川へと入っていきました。

 当初思っていたのとは違い、水中でもちゃんと息が出来ます。

 てっきりここで肉の身体を捨てていくのか思っていたのですが…。

 そして、着いた先は川の水深なんてとっくに無視するまで潜った所(恐らく異界の類)、そこにある立派なお屋敷でした。

 

 「わぁ……。」

 

 寝殿造りの流行る前、大和朝廷時代の高床式住居を立派にした様な屋敷でした。

 門が開けられ、中に入ると、そこかしこを魚類や沢蟹、鰻といった水生生物が宙を泳いでおり、確かにここが水底なのだと思わせました。

 そして幾つかの門を潜った後、私は最も大きな建物の中に通されました。

 

 「おお、清姫…以前見た時よりも美しくなって…。」

 

 そこにいたのは筋骨逞しくも、何処か可愛らしい様な殿方でした。

 そう、この方が私を見初めた水神様でした。

 

 「改めまして、清姫でございます。どうか幾久しく…。」

 「うむ。其方を迎えられて、私は果報者だ。」

 

 白い婚姻衣装に身を包み、三つ指ついて頭を下げます。

 これぞ花嫁の礼儀。

 その姿を正に感無量と言った具合で、水神様は嬉しそうに頷きました。

 

 「所で水神様、やはり貴方様があの時の…?」

 「む、バレてしまったか。部下達には内緒にせよと言ったのだがなぁ。」

 

 驚かせようと思ったのか、水神は実に残念そうにガッカリしていた。

 そう、以前この富田川で助けた大鰻こそ、この水神様だったのです。

 

 「失礼、診させて頂きますね。」

 「む?」

 

 恐らく鰓に当たる顎の付け根を確認し、膿による悪臭等がしないかと嗅いでみる。

 

 「大丈夫そうですね。念のため、後日塩水か薬湯で身体を洗ってみましょう。」

 「すまぬな。いや、病気でなければ其方と出会う事も無かったのだが。」

 

 少し照れた様には、何処か大型犬の様な愛らしさを感じるのは、私の欲目でしょうか。

 取り敢えず、大事な事を確認致しましょう。

 

 「水神…いえ、旦那様。お手紙の内容は覚えていらっしゃいますでしょうか。」

 「うむ。新婚旅行と言う奴だな。承知している。」

 

 私は以前の手紙で、結婚した際に直ぐに臥所を共にするのではなく、その前にお互いを知り合うために一緒に旅行に行かせてほしいと告げていたのだ。

 

 「今まで陸地で暮らしていた其方の不安も分かる。それでは何処に行ってみたいのだ?」

 「そうですね…近隣は多少知っているので、私が行った事の無い場所が良いですわ。あ、勿論旦那様の行きたい場所等あれば、そちらも見てみたいです。」

 「そうだな……では、率川神社はどうだ?」

 「率川神社…あぁ!媛蹈韛五十鈴姫命(ひめたたらいすずひめのみこと)様をお祀りしている!」

 

 率川神社は現存する中で奈良最古の神社である。

 祭神である媛蹈韛五十鈴姫命は初代天皇たる神武天皇の皇后であり、聡明であり、自身の夫を天皇に据える程の権力を持っていました。

 安産、育児、生育安全、家庭円満の御利益があり、特に結婚相手や恋人を支えたい方に大人気だとか。

 

 「あ、そう言えば言い忘れていました。」

 

 今後の予定が決まり、ウキウキとしていた私は、ついうっかり言い忘れていた事を思い出しました。

 

 「旦那様、どうして私の事をお見初めに?」

 

 そう言ってそもそもの事の発端を聞くと、途端に水神は顔を赤らめてそっぽを向いた。

 

 「あー……うむ、そのだな。」

 「その?」

 

 顔を赤くして照れる様がとても可愛らしいです。

 やはり、この方と一緒になれて良かったと思います。

 

 「病で倒れていた時、お主が水浴びをする様に目を奪われた。その後、私に薬を飲ませてくれた時等、地上に降りてきた天女かと思ったのだ。それ以来、お前を忘れた事は無い。」

 「それは……また……。」

 

 自分の顔が真っ赤になっているのが分かります。

 誰だって、自分の裸が誰かに覗かれていた事、況してやそれをこうして言われてしまうと、羞恥とか怒りとかで頭が茹ってしまいます。

 

 「私は大きいとは言えまだ鰻の身。何れお前の好む龍にもなってみせる。だから…!」

 

 顔を赤くして、慌てて捲し立てる旦那様の胸元に寄り添います。

 花嫁衣裳が汚れるかもしれませんが、この際構いません。

 その時はただ、この可愛い人と一緒になれた喜びを表に出したかったのです。

 

 「そんなに慌てなくても、貴方様なら何時か成れます。だから、ゆっくりで良いのです。」

 「清…。」

 「今宵はいっぱいお喋りしましょう。あの時から3年。その前やその後、何をしていたのか、私に聞かせてくださいませ。」

 

 こうして、私達の穏やかな初夜は過ぎていきました。

 お喋りが楽しくて、何時の間にか夜明けになっていたので、最後は一緒に昇ってくる朝日を眺めながら床に付きました。

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 

 え?初夜なのに何もしなかったのか?

 その……最後に優しく口吸いだけ致しました。

 最後の、子作りをするのは率川神社にお参りしてからの事です。

 も、もう!マスターと言えど、これ以上はダメです!

 ほら、マシュさんも遅いんですから、二人とも寝なさい!

 全くもう……続きはまた次回です。

 お休みなさい、お二人とも。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 異類婚姻譚の一つとして、清姫伝説がある。

 ある日、伊勢参りの帰りに富田川で水浴びをした清姫が浅瀬で苦しんでいた大鰻に薬を飲ませて助けた。

 三年後、川の神であった大鰻の使者から是非清姫を嫁に貰いたいと告げられた。

 清姫の両親は戸惑うも、聡い清姫は水神の怒りに触れる事を恐れ、嫁入りする事にした。

 その後、二人は率川神社へと参り、安産祈願と家庭円満を祈ったと言う。

 この時、二人が富田川から率川神社への往復の道中で困った人々を助けたと言う逸話が各地に残っており、この功徳を持って二人は龍へと昇格し、益々幸せに暮らしたと言う。

 異類婚姻譚には珍しい円満な家庭を終生築いたとして、現在も伝承・神話研究の上で重要視されている。

 また、この伝承が生まれたであろう時期から暴れ川と称された富田川の水流は穏やかになり、旱魃時も渇水する事なく、現代も豊かな水系として重要な水・観光資源となっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 短編なので一話完結です。
 FGOで召喚された場合、キャスター☆3詐欺勢の一角として回復とNP供給をしてくれます。
 スペック表は後日の予定ですが、変化持ちなので玉藻に近いスキル構成とステータスになるかも。

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