The Black α&White Ω   作:オパール

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意志と決意と

「………」

 

夕暮れ時

医務室の、周囲からカーテンで仕切られたベッドの上に、クリスはいた

 

「……なにやってんだろ、俺」

 

腕で視界を遮り、ぽつりと呟く

 

数刻前、アリーナで行ったラウラとの戦闘

ISを単なる兵器と見なすラウラを、怒りに任せて攻撃したこと

その時の自分は、他でもない

 

「道具扱いしてるのは俺じゃねぇか……」

 

その呟きに反応するものはいない

愛機のオメガ・プリンセスは整備室に回され、整備科の面々により修理が行われている

幸いなことに、見た目ほど大きなダメージが無かったため今日中には完了する予定である

 

問題は、折れそうになっているクリスの意志だった

 

「……結局、俺も同類、なんだな」

 

ずっと嫌悪していた者達

私欲のためだけにISの在り方を歪め、それを異とも思わない

そんな連中と、同じ場所にしか立っていないと、クリスは自身を恨む

 

「ちくしょう……」

 

無自覚なまま、道具としか見なしていなかった

機械なのだから、人に使われなければ価値が見いだせないのだからと

悔しさと惨めさと自己嫌悪がない交ぜになり、クリスは思わず自分が寝ているベッドを殴りつけた

 

「……先生?」

 

そんなとき、カーテンの外から声がかけられた

年若い少年の声、一夏だった

 

「……なんだよ」

「……失礼します」

 

カーテンが僅かに開かれ、一夏が中に入ってくる

僅かに見えた外側には、包帯だらけの鈴音とセシリア、そして見舞いに来ていたのであろうシャルルの姿もあった

 

「………」

「あの、具合は……」

「最高に嫌な気分だ」

「……そう、ですか」

 

沈黙が流れる

今まで聞こえてきていた喧噪も今はやみ、この部屋にいる全ての者が一夏とクリスに意識を向けていた

 

「……お前らやボーデヴィッヒのこと言えねぇや、俺」

「え?」

「結局、俺もISに対して道具以上の思い入れなんて無かったんだ。俺の夢を叶えてくれる、叶えるために必要な道具、ってな」

「そんな……でも、先生は本気でISを……」

「かもな。けど、それでも今日ので確信したよ。俺は、何も変わってないってな」

「………」

 

一夏は言葉が見つからないのか、拳を握り締めたまま、視線をあちらこちらにさまよわせる

その内、意を決したように真っ直ぐにクリスを見つめた

 

「……訊いても、いいですか?」

「ん?」

 

「先生の……先生の夢って、いったい何なんですか?」

 

一夏のその問に、クリスは目を見開き、生徒達は固唾を呑んで見つめる

ISは単なる道具ではないと公言し、何故自分達にISを使っているのか問うた時に口にした、夢という言葉

しばらく目を閉じて黙り込んでいたクリスだったが、やがてぽつりと呟いた

 

「……約束なんだ」

「約束?」

「ああ」

 

窓の外、どこか遠くを見つめながら、クリスは続ける

 

「もうずっと昔、まだまだガキだった頃に交わした約束。誰との約束なのかは思い出せないけど、それでも……大切な友達だった、っていうのは確かだ」

「……それが、ISとどういう関係が?」

「さぁな……それともう一つ」

「?」

「ISを、宇宙に往かせてやりたい。あいつらを、本来在るべき姿にしてやりたい。今みたいな、兵器なんかじゃなくってさ」

 

最初の夢を諦め、次に見た夢

それが、クリス・オーランドの存在意義

己の命さえ掛けるに足る、ただ一つの信念だった

 

「………」

 

ただ状況に流されてこの場にいる一夏にしてみれば、それが羨ましく思えた

それと同時に、ここまで悲痛な面持ちで話すそれが、クリスにとってどれほど大切なものだったのかとも

 

「けど、やっぱりダメだわ。所詮は自己満足、いくら綺麗事抜かしても、俺にとってISは……」

「それは、違います」

 

ふと、一夏でも、他の三人でもない声が響く

カーテンの外からかけられたその声に、クリスは目線だけで一夏に頼む

 

「………」

 

無言で頷いた一夏が、カーテンを開く

 

「更識……?」

 

そこにいたのは、更識簪

どこからか聞きつけたのか、手には待機形態のオメガ・プリンセスが握られていた

 

「君は……」

「………」

 

一夏が声をかけるも、簪は僅かに目線を向けただけで、すぐにクリスへと向き直る

一歩ずつクリスのベッドへと近寄った簪は、その手の中のオメガ・プリンセスを差し出した

 

「修理、終わって、ます」

「………」

「……先生」

 

躊躇うクリスの手に、強引に握らせる簪

 

「先生は、確かに、ISを道具だと思ってたかもしれません」

「………」

「でも、わたしも、整備科のみんなも、それだけじゃないってわかってます」

「え……?」

 

顔を上げ、真っ直ぐに簪を見つめるクリス

それに、簪は思わず目を逸らしそうになったが、ぐっと堪えて見つめ返す

 

「だって、機体の整備してる時の先生は……本当に、楽しそうで、本当に、ISのこと大事に思ってるって、伝わってきたから……」

「更識……」

「……そうだよ」

 

簪の言葉に、間を開けずに一夏が続いた

 

「だって、そうでなきゃ俺達にあんなこと訊かないですよ。何でISに乗ってるのか、何のためにISと一緒にいるのか、なんて」

「………」

 

クリスは言葉を返せずにいた

二人の言う通り、確かにISを整備している時、確かに楽しみを感じていた

技術屋としての本質、そして忘れられずにいたままの夢へと着実に進んでいっているのだという高揚

様々な感情がない交ぜになったまま、クリスは手の中のオメガ・プリンセスを見つめる

 

「……プリンセス」

 

───クリス

 

───自分の心を、感じたままの思いを信じろ、クリス

 

───わたしはね、クリス。クリスがどれだけISに対して真剣なのか、誰よりもわかってる。だって、ずっと見てたもん。あの日、コアの人格として目覚めてから、ずっと

 

「………」

 

数ヶ月前

オーランド・ラボに搬入された一つのコアに外装を取り付け、その整備や開発を一手に引き受けたのが、他でもないクリスだった

まだ声が聴こえなかった頃、意思の疎通が取れず、ただ夢中になって手をかけて

クリスにはいつも通りのことだとしても、その内に秘められていた熱意や想いを、オメガ・プリンセスは強く感じ取っていた

 

「……そっか。そうだよな」

 

思わず笑みがこぼれ、もう片方の手をオメガ・プリンセスに添える

 

「ありがとな、プリンセス。それに……織斑と、更識も」

 

弱々しくも笑みを浮かべたクリスに、一夏と簪も同じく笑みでもって応えた

 

「……さて、こうしちゃいられねぇな。さっさと戻らねえと」

 

「あら、起きていたのね」

 

「え?」

「ラーゼリア先生?」

 

ベッドから降りてカーテンを開けた矢先、トリッシュと千冬の二人が入り口に立っていた

 

「千冬ね……織斑先生も」

「何か、あったんですか?」

「それは織斑先生から」

「……オーランド先生」

「……わかってる」

 

そう言うと、クリスは千冬へと近付き……オメガ・プリンセスを、差し出した

 

「先生!?」

「……これで、いいんだよな?」

「ああ」

「どういう、ことですか……?」

「簡単よ」

 

千冬とトリッシュに食ってかかる一夏と簪を、トリッシュが制する

それを横目で見ながら、クリスが口を開いた

 

「俺は私情に任せて生徒を攻撃、軽微ながらその機体を損傷させた。むしろ、機体の一時的な剥奪と始末書くらいで済んでラッキーなぐらいだ」

「でも、だからって……!」

「織斑君。そもそもは貴方を庇って割り込んだのが始まり。それに、アリーナの異変に気付かず、織斑先生を引き止めていた私にも責任があるの。連帯責任という形になるけど、オーランド先生の言うとおり、この程度はまだ軽い方よ」

「………」

「……何かあるのか、更識?」

「いえ……」

「……話は以上だ、邪魔をしたな。ラーゼリア先生」

「ええ。それではね」

 

踵を返して医務室を後にする千冬とトリッシュ

残されたクリスに、一夏が頭を下げた

 

「ごめん、先生。元はと言えば、俺が……!」

「気にすんな。ケジメくらいつけなきゃな」

「いいん、ですか?先生……」

「ああ。何も今生の別れってわけじゃねぇんだ……俺、戻るな。そこの怪我人二人も、無理に暴れたりすんなよ?」

「え?あ、はい……」

「わかりましたわ……」

 

呆気に取られていた鈴音とセシリアに声をかけ、クリスも医務室を出ようとする

 

「あ、あのっ」

 

そんな彼を、簪が呼び止めた

 

「ん?」

「まだ、聞きたいこと、あって……」

「……今じゃなきゃダメか?」

「すぐにでも……」

「……OK、わかった。んじゃ着いてこい」

「………」

 

「……そう言えば、あの子誰なんだ?」

「確か、四組の更識簪さん、でしたでしょうか」

「あたしも又聞きだけどね。確か日本の代表候補生じゃなかったかしら」

「そうなのか!?」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……んで?聞きたいことってのは?」

「………」

 

人気の無い敷地内

俯いたままの簪だったが、やがて顔を上げて声を上げた

 

「教えてください。先生、いつも、誰と話してるんですか?」

 

来た

薄々と感じていたクリスの心臓が大きく鼓動を鳴らした

 

「さっきも、そう。誰もいないのに、まるで見えないなにかと話してるみたいで……」

「………」

「先生……」

「……俺、さ」

「……?」

 

意を決した

真っ直ぐに簪を見つめ、クリスは続ける

 

「聴こえるんだよ、IS……いや、機械の声が」

 

そして、語り出したクリスの言葉を、簪はどこか他人事のように感じて

だが、どこか納得のいくものも感じていた

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