みなさま、本当にありがとうございます
学年別タッグマッチトーナメント
各国から様々な企業の関係者が、生徒のスカウトやそれに準ずる視察のために訪れる、IS学園の伝統行事の一つ
緒戦
一夏、シャルルペアとラウラ、箒ペアという内容で始まったそれは、いきなり二人の男性IS操縦者の試合ということで、注目を集めていた
パートナーの存在を歯牙にもかけないラウラと、この日に備えて特訓を重ねた一夏とシャルル
最初は拮抗していたその差は、箒の敗退を機に少しずつ開き始めていた
「いかに強かろうと結局は単なる1。足しても掛け合わせても2以上の力を発揮するタッグに比べりゃその差は歴然だ」
観客席でも教員の待機スペースでもない、そんな離れた場所で、クリスはその試合を見守っていた
「決まりだな、この試合」
一夏を狙えばすぐさまシャルルが牽制、それに気を割けば今度は一夏が迫り来る
決定打を決められず、ジリジリとシールドエネルギーを削られるラウラに、シャルルのトドメが入った
盾殺し──シールド・ピアース
「ふぅ……」
遠目からでもわかるほどの決定的な一撃
それを見届けて、クリスは天を仰ぎ見た
「……一人で何でもできる、なんてのは驕りだぜ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」
……が、ここで起きた二つの異変
「あ……アアアアアアアアアッ!!?」
一つは、突如叫び声を上げたラウラと、変容を始めたシュヴァルツェア・レーゲン
もう一つは、それの一瞬前に、クリスが見た、空から飛来する黒い影
「……?」
遥か上空から来る、未だ小さな黒点にしか見えないそれは、真っ直ぐにIS学園を目掛けて向かってきている
周囲の異変に気付かぬほど集中して目をこらす内、その輪郭がはっきりしだしてきた
「なんだ、ありゃあ……!」
それを見たクリスは、まずドラゴンを思い浮かべた
だが、あまりにも機械的すぎるそれに、すぐさま以前襲いかかってきた黒い鉄塊を連想させる
そこまで思い至った時には、クリスは既に千冬へと連絡を取っていた
『オーランド先生か、どうした!?』
「織斑先生!Emergencyだ!」
『何?……そうか、だがこちらもだ。まずはそちらから聞こう』
「空からお客さんだ!真っ直ぐここに落ちてきてる!」
『何だと……!?』
「俺は生徒達の避難誘導に回るんでよろしく!んで、そっちは!?」
『アリーナを見ろ、それでわかる』
「アリーナ?……って、あれは!」
『見ての通り、ボーデヴィッヒの機体に異変が起きた。そちらの詳しい場所を教えてくれ、教師部隊を向かわせる!』
「頼んだ!」
通信を切り、走り出すクリス
既に生徒や来賓の殆どは避難を開始しており、会場中がパニックに陥っていた
(親父……ナターシャ……!)
◇◆◇
『HQよりコードDへ。本作戦を復唱せよ』
「了解。IS学園へと突入、織斑一夏並びにその専用機の鹵獲、可能ならばクリス・オーランドも同様に」
『そうだ。そして邪魔な石ころは』
「例外なく、排除する」
◇◆◇
「全員こっちだ!速いとこ行け!」
避難誘導を続けるクリス
モニターから送られてくるアリーナの様子と、時折起こる地鳴り
先ほどの銀色の竜が、暴れ回っている証だった
「よし、ここはもう大丈夫そうだな……次は!」
生徒や来賓を見送り、次の場所へと駆け出す
そんな時、端末に通信が入った
「もしもし!?」
『オーランド先生、無事ですね!?』
「おかげさんでね、そっちは!?」
相手はISを纏った学園教師の一人
声だけだが、切羽詰まった様子なのはすぐにわかった
『正直、キツいですね……この機体、装甲が堅すぎ……きゃっ!?』
「ちょっ、おい!」
『何、何なのこいつ……エネルギーが切れる気配が無いなんて……!』
「……ラーゼリア先生は!?いないのか!?」
『呼びかけても応答が無いんです。悪い方向には考えたくないですけど……くっ、そろそろ切ります。先生は引き続き、避難の誘導をお願いします!』
そう言われ、打ち切られた通信
しばし呆然と立ち尽くすクリス
このまま避難誘導を続けるべきか
それとも、一か八かで訓練機でも使って応援に向かうか
「………」
相手は恐らく、自身が最も嫌悪する人種だろう
関係ない人を巻き込む破壊活動を行っている時点で察しはつく
それでも、何故か足が動かなかった
その蛮行を止めるために、自分がISを用いていいのかと
兵器として、扱っていいのかと
「……俺は……」
そんなクリスを動かしたのは、生徒達の悲鳴だった
「!?」
その先を見れば、逃げ惑う複数の人影と教師部隊を振り切ったのか、銀色の竜
その間に立つように、見知った女性の姿もあった
「ナターシャ……!」
軍人として、力のない民間人を身を挺して逃がそうとするその姿
男である自分は迷い、彼女はひたすらに責務を果たそうと尽力している
その事実に、クリスの中で歯車が噛み合うような音がした
「……そいつらに、手ぇ出してんじゃあねえぞクソアマァ!!」
そう、叫びを上げて走り出す
こちらに気付いた竜が、捜し物を見つけたかのように標的を切り替えた
「狙いは俺ってわけか……!」
「クリス!?」
「ナターシャはみんなを頼む!」
声を上げながら竜に向かって疾走するクリス
竜の背中の二門の大砲、その口が大きく煌めくと、そこから膨大なエネルギー弾が一直線に放たれた
「っ!?」
クリスの僅か横を掠めたそれは、背後に着弾
背中から吹き荒れる爆風に、その身体が弾き飛ばされた
「クリスっ!!」
ナターシャが叫ぶ
背中をチリチリと焼く痛みと全身の鈍痛に、クリスの意識が僅かに霞む
「ぐっ……!」
『投降しろクリス・オーランド』
「!?」
オープンチャンネルで声がかけられる
目の前の竜から発したそれに、クリスは思わず身構えた
『こちらの目的は貴様と織斑一夏の身柄、及びISのみ。貴様らが大人しくこちらにくればそれだけでいいのだ』
「………」
『何を悩む?人身御供を与えれば余計な被害は出ないと……』
『貴様はその男を見誤っている』
『!?』
『閃け、グレイダルファー!!』
瞬間
どこからか現れた漆黒の巨躯……アルファ・エンプレスの刃が、竜の左の爪に叩きつけられた
『貴様……!』
『……行け』
「お前……」
『今回ばかりは手を貸してやる。恐らく……原因は我々だ』
我々
それが意味するものは、一つだけ
「……任せた」
『逃がすか!』
『させぬと言った』
再び大砲を構えた竜を、アルファ・エンプレスが食い止める
クリスはナターシャや生徒達に駆け寄ると、静かに口を開いた
「……ちょっと行ってくる」
「クリス……」
「みんなを、俺の生徒達を頼むな、ナターシャ」
「………」
しばし、逡巡するように顔を伏せたナターシャ
その間に、クリスは生徒達に逃げるよう指示を出し、生徒達もそれに従った
「……クリス」
「ん?」
か細く囁かれた声にナターシャを見た途端、クリスの頬に柔らかな感触が広がった
「……は?」
「必ず、無事でいて。置いて行かれるのはもうたくさん……!」
顔を赤く染め、口元に手を当てて告げたナターシャ
そのまま、生徒達の後を追っていった
「………」
アルファ・エンプレスの剣と竜の爪の衝突する音をBGMに、クリスは拳を握りしめて駆け出した
目指す場所は、管制室
相棒が待つ、その場所へ───
◇◆◇
───私は、早計だったのか?
そう、オメガモンは目の前に映る光景に口にした
───私とアルファモン以外のデジモンが、この世界にいる……それはつまり、あの穴を通って……
よく知る、銀色の機械竜……名を、ムゲンドラモン
サイボーグ型デジモンの集大成、まさに究極と呼ぶに相応しい、破壊の化身
そんな危険な存在が、何故ここにいて、自分やアルファモンのようにISを寄り代としているのか
考えられることは、一つ
───他のデジモン達も、アルファモンと同じだと言うのか……?
確かに、人間はいつの時代も、過去から何も変わらない
過ちを犯し、他を侵略し、最後は自滅への道を気付かぬ内に歩いていく
それでも、その人間らしさをオメガモンは尊いと思っていた
それが、自身の生まれた世界の危機を招いたのだとしても
───私、は……
「あの銀色……仮称をDとするが、奴の状況は?」
「止まる気配がありません。いえ、むしろ益々……」
「チッ……」
千冬と真耶が、管制室のモニターかし状況を分析する
以前、クリスを襲ったあの黒いISが、今は銀色の竜……Dと仮称されたムゲンドラモンを押し留めている
先ほどの動きを見る限り、Dの狙いもまた、クリスだと判断できた
「オーランド先生……いったい、どれほどの組織から狙われているんでしょうか……」
「男でISを動かせる、それだけで希少価値は十分すぎる。だが……」
「ええ……いくらなんでも、多すぎです」
そして、そのどれもが攻略困難
黒いIS、アルファ・エンプレスの実力は未だ未知数
加えて、Dのような機体をコントロールできるほどの技術力を持った組織
それほどの価値が、クリス・オーランドという男にあるのだろうか
「っ!織斑先生、Dが!」
「……奴め、アリーナに……!」
映像では、アルファ・エンプレスの妨害に業を煮やしたのか、Dが背中の大砲を放ち、アリーナの外壁に風穴を開けた様子が映し出されていた
少し遅れてやってきた震動に、千冬が僅かに姿勢を崩す
「これは……!」
「どうした!」
「大変です、Dの進路上に、まだ生徒達が!」
「何っ!?」
「このままだと、5分以内に……!」
「連絡を回せ!一刻も速く……!」
「だめです!回線が混雑していて、通信網自体が混乱しています!」
「くっ……!」
そうしている間にも、Dと生徒達の距離は刻一刻と近付いている
どうにか生徒達をそこから逃がせないのか
そんな千冬に、部屋の外から声がかけられた
「織斑先生!クリス・オーランドだ、開けてくれ!!」
◇◆◇
唐突だが、更識簪は勧善懲悪のヒーロー物が大好きだ
俗にご都合主義と呼ばれる、ヒロインや他のキャラクターがピンチの時に颯爽と現れ、あっという間に悪を打ち倒す、そんなヒーローに憧れてすらいる
それは、姉へのコンプレックスに満ち、諦観に沈んだ自分を救い出してくれるヒーローが現れることを待ち望むほどに
「い、や……!」
壁を破壊し、突如目の前に現れた竜の如き銀色の機械
自分を含めた複数の生徒達を見据え、唸りのような駆動音を上げている
「………」
何も映さない真っ暗なその双眸が、不気味な頭部と相まって更なる恐怖を植え付けてくる
専用機持ち、代表候補生と謳われようと、更識簪は単なる15歳の少女
その専用機でもあれば……いや、あっても、彼女はきっと戦えなかった
それほどまでに、簪は目の前の異形の恐怖に心を支配されていた
(たす、けて……)
それは誰に向けたものか
苦手な姉か、現れてくれるヒーローか
それとも、親身になって打鉄弐式の開発を手伝ってくれた、あの人か
(たすけてよぉ……)
竜が一際大きな声を上げる
その左の爪が振りかぶられ、巨躯に見合わぬ速度でこちらへと向かってくる
死にたくないこんなのはイヤだ
イヤだたすけていやだいやだいやだいやだいやだ!!
「……たすけて」
「たすけて、お姉ちゃん……!」
鈍く光るその切っ先
数瞬後には自分を貫くであろうそれ
そして訪れる死を前に、簪は何故かどこか他人事のように感じていた
大好きだった姉
大切な親友
感謝してもしきれない、先輩達
そして……
「たすけてよぉ……!」
自分を導いてくれる、あの優しい笑み
「クリス先生……!!」
叫ぶ
ヒーローでも偽物でも
誰か、と
「燃えろォォォォォォォッ!!!」
ガギンッ
迫り来る死は、僅かな熱気と、機械が擦れる不快な音と共に防がれた
「……ぁ」
目の前に広がっていたのは、純白の背中
左腕に掲げられた橙色の装甲と長剣
僅かにチリチリと焦げるような音と匂いのそれに、竜の爪は完全に止められている
(ヒー、ロー?)
その背中には覚えがある
大きな、大人の男性
他愛ない日常で何度も目にしてきた、その背中
「……いるんだ、やっぱり……!」
「……いい加減にしろよ、テメェ」
その声は鋭く、瞳の奥に宿るのは……決意と、激情
「更識は……俺の生徒は、絶対にやらせねぇっ!!」
叫んだその声
聞いたことのないような、どこか怖くも感じたが、それ以上に暖かかった
(ヒーローは、いるんだ……)
「クリス、せんせぇ……!」
白き相棒───オメガ・プリンセスを纏いしクリス・オーランド
その剣にナノマシンを用いた炎を宿し、眼前の竜を斬りつけた