臨海学校編まで少しかかるかと
虚無の少女、舞う鋼翼
『………』
『……なにやってんだ?』
『え……?』
『おまえ、たしかあそこのおじさんと一緒にいたやつだよな?』
『……うん。でも、パパはむずかしいお話してるから……』
『ふーん。じゃ、あっち行こうぜ』
『えっ?』
『おれも、とーさんたち忙しそうだからヒマなんだ。向こうに面白いもんあるから行こうぜ、な?』
『で、でもパパが……』
『いいから!』
『きゃっ……』
『あ、そうだ。おれ、クリス・オーランド。おまえは?』
『……ナターシャ。ナターシャ・ファイルス』
◇◆◇
夏
人、特に学生の身分にいる者達の心を大いに沸き立たせる季節
それはこのIS学園においても例外ではなく、辺りを見渡せば水着を新調しなければだの目前に迫った臨海学校への下準備だのであちらこちらで姦しく騒ぐ少女達の姿が見て取れる
「おいっす」
そんな中、7月に入り、夏本番といったある日の日曜日
クリスが向かったのは医務室
「………」
目的は、そこにいるベッドに腰掛け、身体の至る所に包帯を巻いた、先の一件の襲撃者たる少女だった
「……今日も来たのか、貴様」
「まぁな。一応お目付役だし」
「毎日毎日よく飽きないものだ」
嘆息した少女の栗色の短髪が揺れる
双眸は鋭く、意思も堅い
目覚めてからの数日間、千冬までもが参加した尋問にも、少女は頑なに口を閉ざしたままだった
「んでだ、ナタリア」
「なんだ?」
得られた情報は、その名前だけ
ナタリア・ストラタスと名乗った少女は、心底鬱陶しげにクリスの言葉に耳を傾ける
「お前の処遇が決まったから通達するわ」
「ほう?ようやくか。さて、どうなるやら。自白剤でも使われて廃人になったところで捨てられるか、それとも適当な外国のスラムにでも置いて行かれるのかな?」
目を覚ましてからのナタリアがあの手この手で彼女が属していた組織と連絡を取ろうとしていたのは既に知っている
それでも何も収穫が無かったようで、ナタリアの表情には諦めがありありと示されていた
「んな外道じみた真似はしねーよ」
「ではどうなる?まさか、テロ紛いのことをしていた女に人並みの生活でも与えるというのか?」
「ああ」
口元を釣り上げて皮肉ったナタリア
が、それを聞いてなおあっさりと返したクリスに、その表情は一転、驚愕に固まることとなった
「……どういうことだ?」
「言葉の通りだ」
言いながら、ベッド脇の椅子に腰掛けるクリス
その際に、胸元の飾り……待機形態のオメガ・プリンセスが揺れた
◇◆◇
「失礼しまーす」
遡ること十数分前
千冬からの呼び出しを受け、クリスは滅多に人の立ち入らない応接室へと向かっていた
「来たか、オーランド先生」
「来ましたぜ。んで、話ってのは?」
「ああ。……まずは、これだ」
そう言って千冬が差し出したのは、没収していたオメガ・プリンセス
千冬の手の中でゆらゆら揺れるそれに、クリスの表情は怪訝に染まる
「……どういうことだよ」
「……学園上層部からの正式な決定を伝える」
そうして、千冬は手に持った書類の束の一枚をクリスに渡し、自分はもう一枚を読み上げる
「一年四組副担任、クリス・オーランド。先のクラス対抗リーグマッチ、並びに専用機タッグトーナメントでの襲撃事件の際の活躍……生徒、来賓への危害を最小限に留めたこと、襲撃犯の無力化、撤退を成功させた成果を認め……」
「貴君に、【非常事態下における全指揮権、並びに特殊ケース時の特級権限を譲渡する】ものとする」
「……つまり、どういうことだってばよ?」
「要するに、だ」
頭を抱え、嘆息しながら千冬が続ける
「先の二度の学園襲撃。オーランド先生がいなければ被害が甚大なものになっていた可能性は十二分に考えられ、それを阻止してきたのは間違い無くその手腕によるものだ。故に学園側は、前々回、前回のような事が起きた場合に限りその対処をオーランド先生に一任する、という決定を下したというわけだ」
「……つまり、俺は体のいい責任逃れにさせられた、ってわけか」
「穿った見方をすればそうなるな」
非常事態の対処の一任
それは見方によっては、その時に何か問題が起こった場合、クリス一人にその責任の全てを押し付ける、ということにもなる
「ったく……」
「……すまん」
「謝るほどのことでもねぇけどよ。しっかし、こうなるとちっと面倒かなぁ……」
椅子にふんぞり返り、テーブルに置かれたオメガ・プリンセスを眺める
非常事態の指揮権と特殊ケース時の特権
そのことを思い浮かべながら、ふと思い立ったように顔を上げた
「……そうだ」
「?」
「なぁ。こないだ捕まえたあの子……ナタリアとか言ったか。あいつの処遇って決まってるのか?」
「いや、まだだが……何を考えている?」
「早速、その特権とやらを使わせてもらおうかと思ってよ」
◇◆◇
「みたいな?いやー、まさか世界最強を黙らせられるなんて夢にも思ってなかったよ」
「………」
「そんなわけで、お前はしばらくこの学園で暮らしてもらう。その後……俺が世話になった場所でIS操縦者やってもらう」
「……国籍不明、経歴も不明。そんなテロリストを受け入れるような場所があると?」
「あるから言ってる。ま、もう少し普通の高校生ってのを知っとくべきだ。そうすりゃ考えも変わるだろうよ」
「………」
地図に無い基地───イレイズド
それがクリスが一時期所属していた場所の名前
文字通り地図上に存在しないそこは、ナタリアのような素性の知れぬ者を匿うのにはうってつけだとクリスは考えていた
(それに、あの教官に扱かれれば多少は丸くもなるはず……)
思い出すのは自らを鍛え上げた鬼教官
その罵声や迫力を脳裏に浮かべるだけで鳥肌と冷や汗がクリスを襲う
「……!」
「……どうした?」
「……や、なんでもない。それより、もう歩ける程度には快復したって聞いてるよな?」
「ああ、一応はな」
「じゃ、早速見学と行こうか」
「どこへだ?」
「整備室。新しい機体の初起動だ」
◇◆◇
「……長かった」
薄暗いIS学園整備室
そこに、多くの生徒達の視線を集め、横に立つナタリアから白い目を向けられるクリスの姿があった
ナタリアの反対側に立つ簪は何が起きているのかよくわからないような表情を浮かべておろおろしている
「まだ一月と少しぐらいしか経っていないにも関わらず、俺たちはここに至るまでその数倍に等しいであろう時間を体感してきた」
大仰に身振り手振りを加えながらさながら演説でもするかのように話すクリス
だが、その仕草一つ一つが生徒達の思春期の心を打つらしく、中には熱を帯びた視線を向ける者もいた
「だが、逆に言えば一月と少し、それだけの時間でここまでこぎつけることが出来た。それも偏に、みんなが自分の時間を削ってくれてまで協力してくれたからだと、俺は思ってる。だからみんな……ありがとう」
頭を下げて告げたクリスに、僅かながら黄色い声援が上がる
それを手を挙げて制し、落ち着きを取り戻したのを見計らってから、続きを口にした
「……さぁ。最後の仕上げに入るぞ」
そう言って、クリスは後ろを示すように大きく腕を振り上げた
「これが打鉄弐式。世情の混乱の波に呑まれ、見放された哀しい機体だ」
それは、鈍く光る鋼色の機体
訓練機の打鉄の発展機故に、そのフォルムは打鉄の面影を残しつつも全体的には大きな違いがある
鋭角的な、機動性重視のウイングスカート
腕部は近接戦時の運動性向上のためにスマートなラインに仕上げられ、肩部はシールドが廃され大型のスラスターと小型のブースターが装備
どことなく織斑一夏の白式に通ずるデザインのそれが、この場にいる者達が時間をかけて造り上げた、打鉄弐式である
「……さぁ」
そこで言葉を区切り、大きく息を吸い込んで……
「起動テスト始めるぞYeah-----Ha-----!!」
『『Yeah!Let'sParty!!』』
何ともノリのいい生徒達は、そのかけ声と共に一斉に駆けだした
「更識ー、機体の方はどうよー?」
『はい。大丈夫、です……今のところは』
場所を移し、ここはアリーナ
打鉄弐式を纏った簪の傍らに、オメガ・プリンセスを装着したクリスが立っている
クリスが随伴しての試験飛行、本来ならば生徒に任せるのが規定、教師であるならば外側でデータ収集に回るものだが、日曜日なので教師じゃない、というのがクリスの理屈であった
「うし、じゃあ始めるか。思いっきり飛んでいいぞ。フォローはする」
『はっ、はい……』
「整備科ー。データ収集頼むぞー」
『はーいっ』
「よっし、飛べ!」
◇◆◇
先を行くクリスに追随し、打鉄弐式が空を舞う
その最中にも、簪は空間ディスプレイを操作しながらハイパーセンサーの調整や機体制御を行っている
途中でハイパーセンサーが捉えたクリスの表情に、僅かに意識が割かれる
「ぅ……」
が、すぐに切り替えて調整に戻る
スラスターや他の各部位を確認しつつ、何か不具合が出ればすぐに対処、その間にも、前方のクリスの背中を追う
しばらくして、クリスが一時停止
それに合わせて簪も機体を停止させた
『……どうだ、打鉄弐式は?』
「……思ってた以上に、すごいです。いくつか微調整が必要な部分は、あるみたいですけど……」
『そこは後で直すか。じゃ、もうちょい速く行くか』
「はっ、はい……」
通信を切り、再び飛び始めるクリスの後を追う簪
先程よりも速度を上げたオメガ・プリンセスに引き離されないようにスラスターを噴かす
そんな時でも、何故かクリスの顔から目を離せずにいた
「………」
時折振り返ってはこちらを気遣うクリス
もしかしたら機体の心配をしているのかもしれないが、あるいは……と、簪は少なからず期待していた
(だ、だめ……そんなこと考えちゃ……)
そんなことに意識を取られては振り払いを繰り返していたせいか
機体が発したアラートに、気付くのが一瞬だけ遅れてしまった
「えっ……!?」
突如、右脚部から伝わってきた衝撃
見れば、そこから黒煙がもうもうと上がっていた
「そんな……!」
『更識っ!!』
姿勢を大きく乱し、学園中央のタワーへと真っ直ぐに墜ちていく打鉄弐式
迫り来る衝撃に身体を強ばらせる簪
『間に……あったぁ!!』
そんな彼女の身体は、純白の騎士により激突を免れていた
「せん、せ……!」
『あぁ、っぶねぇー!』
外壁に直撃する寸前、最大加速で簪を抱え上げたクリス
そのまま姿勢を正して、制御の覚束ない打鉄弐式の肩を担ぐ
『……大丈夫か?』
「は、はい……」
『……今日はここまでにしといた方がいいな。戻ろう』
「………」
無言で頷いて、簪はクリスに抱えられたままピットへと降りていった
◇◆◇
(さて、どうするか……)
打鉄弐式の飛行試験で起こった事故未遂
そのことを受けて、クリスは改めて調整スケジュールを頭の中で整理していた
(たぶん、あの調子じゃあ武装は完全に遅れる。細かいとこまでみっちり調整したはずだったが……)
小さく舌打ちをして、頭をバリバリと掻き毟る
完璧に仕上げたと思っていた機体に見つかった不備、それは技術屋としてのプライドを踏みにじられたような気分にさせられることだった
「……見せたかったものがあれとはな」
「うるせぇ」
隣を歩くナタリアの呆れ果てた声にも、毒づくことしかできないクリス
もう夕暮れに染まる学園の敷地を、二人でゆっくりと歩いていた
「……で?今度はどこに行く?」
「部屋。いつまでも医務室に縛り付けるわけにはいかねぇし、見張りやすい場所のがいいだろ」
「そうか」
「そんなわけで山田先生。連絡は来てると思いますけど引っ越しです」
「」
開口一番、部屋にいた真耶に告げた
「ほ、本当だったんですね……学園を襲ったその子と同室にって……」
「まぁ、そっちの方が都合いいからな。何か問題でもあるのか?」
「……いえ、クリスさんがそう決めたのなら結構です。わたしがいなくなってもがんばってくださいっ」
どこか拗ねたように吐き捨て、真耶は急ぎ足で部屋を出て行った
が、扉の前で一度振り返り
「……さっ、寂しくなっても知りませんからっ!」
そう言って、足早に去っていくのだった
「……いいのか?」
「いいかげん間近であのビッグバンを見るのも限界だったからな……」
嘆息しながらそう言って、クリスは自分のベッドに倒れ込んだ