亡国企業の戦力が著しく増大中の件について
空が白み始めた時刻
クリス・オーランドとナタリア・ストラタスが住まう部屋
その入り口側にあるベッドで、ナタリアは静かに目を開いた
「ん……」
物心ついた頃からの習慣故か、一度目を開けば二度寝は不可、右腕から感じる抵抗──脱走防止のためにつけられた手錠──を感じながら、ほんの少しだけ身動ぎをする
「……お粗末なことだ」
嘆息と共に、髪留めでそれを解錠
ベッドから降りると、大きく伸びをする
「くん……はぁ。……ん?」
ふと、仕切の向こう側にいるであろう男の姿が無いことに気付く
「……どこに行った、あの男」
クリス・オーランド
以前は自分が属する組織が標的としていたIS操縦者
現在捕らわれの身となった自分には捕縛することなどできないが、それでも身辺調査などは可能な範囲で行っていた
「……わからん男だ」
自分を狙っていたというのに、そんな相手を詰るでも仕返しするでもなく、まさか人並みの生活を送らせるなど、どういう神経をしているのかと、ナタリアには疑問だった
「………」
そして、ふとクリスに連れられ彼が副担を勤めるクラスに赴いた時のことを思い出す
『ほーれ席につけー。今日はちょっと紹介しとく奴がいるからよー』
『………』
『もう見知ってる奴もいると思うけど、こいつはナタリア・ストラタス。こないだのタッグマッチトーナメントでの襲撃犯だ』
『おい』
『あーはいはい、気持ちはわかるが静かに。今のこいつはただの女の子、監視体制も万全だし……何より、逃げる手段はこいつには無い。だから、こいつが何か問題起こさない限りは基本的に安全だ』
『だから、言っとく。変な気起こすなよ?』
その言葉がどう生徒達に伝わったのかはわからないが、それは恐らくナタリアにも向けられたものだとわかった
「バカな男だ」
本州から離れた人工島だからといって、最悪泳いで逃げることもナタリアにはできる
それに、監視役本人がこうして部屋にいないのにどうして脱走を察することができようか
「……と言っても、行くあてなんてないんだが」
溜め息を零し、暇潰しにと部屋を出る
誰かに見つかれば即座に部屋から出られなくされるだろうが、そんなヘマをやらかす気は、ナタリアにはさらさら無かった
◇◆◇
所変わって、IS学園のアリーナ
そこを縦横無尽に駆け回り、表示されているターゲットを撃ち抜き、斬り裂く白い影があった
背部から腰にかけて伸びるマントのようにも見える四枚の大型のウイングバインダーとスラスター
橙色の左腕の肩から肘にかけて装着された、六角形の巨大なシールドと蒼色の右肩には同じく肩から肘までの大きさのミサイルラックと、ライフルの銃身下部にはグレネードランチャー
操縦者は、視界に入ったターゲットの一つを連続してロック、右肩から放たれた数発のミサイルが大きな爆音と共にそれを破砕した
───どうだ、クリス?
「悪くはねぇが……やっぱ取り回しに難ありだな。腕の動きが制限される。盾と射撃武器が増えて防御とアウトレンジの幅は広がったけど、こりゃ一撃離脱を主軸にした方がいいかもなぁ」
───ウイングとスラスターが増えたおかげで、多少なりとも機動性も上がってるからね
機体の名はオメガ・プリンセス、操縦者はクリス・オーランド
本国、アメリカのオーランド・ラボより送られてきた強化装備──ザ・リバティを装備しての稼働試験を行っていた
そしてその姿は……奇しくも、そのISコアに宿るデジタルモンスター、オメガモンの姿に酷似してもいた
「ま、無理がありそうなら外せばいい。運用データならこういう形でも取れるからな」
───今まででも何とかやれてたしね
───だが、未だに各部位の不調が目立つな
「だなぁ……そろそろマジでやばそうだ」
起動初日、学園に来てからの最初の襲撃、そして先日のナタリアとの交戦
その最中で傷つき続けていたオメガ・プリンセスの消耗は著しく、傍目からは万全な状態であっても、機体は既に限界を迎えつつあった
「
一人ごちて、クリスは迫っているアリーナの使用時間と授業の開始時刻に間に合わせるべく、再び機体を駆けさせた
◇◆◇
「………」
その様子を、ナタリアはどこか意外そうに見物していた
ふと目に入ってきたクリスの動きは、まだ荒削りながらもしっかりとした訓練を受けてきたものとわかる
いつもの態度から、どこかしら驕りでもあるのではと食ってかかっていただけに、目から鱗とばかりにナタリアは驚いていた
「あの男……」
「意外でしょう?」
「!?」
背後からかけられた声に勢い良く振り向く
瞬間、口元に人差し指が添えられていた
(私が、気付けなかった……!?)
「大丈夫、私よ」
声の主は、トリッシュだった
先日のショッピングで似合わぬ(と本人は思っている)格好を強いられて以来、どうにもナタリアが好きになれない人物
「……彼、毎日ではないけれど、ああして訓練しているのよ。機体への負担と自分の腕が落ちるのを天秤にかけた上で、ね」
「………」
再びアリーナを見やった時には、既にクリスはISを解除
慌てた様子で走り去っていっていた
「……何故、そこまで?」
「負けたくないからでしょう?」
「何に?」
「そこまではさすがに」
憮然と睨むナタリアに微笑で応え、トリッシュはくるりと踵を返す
「部屋から抜け出したことは見なかったことにしてあげるわ。彼が戻る前に、はやく貴女も戻りなさい」
「……言われずとも」
そう言って、ナタリアも元来た道を歩いていく
その道中で、トリッシュへの得も言われぬ不安と違和感を感じてもいた
◇◆◇
クリスに続いて廊下を進むナタリア
あちらこちらから向けられる好奇や嫌悪の視線を軽く流し、睨む者がいれば睨み返したりもしている
「飯時だってのに、んな顔してんなよ」
「それは生徒達に言え」
長らく剣呑とした世界にいたナタリアからしてみれば、この「学園」という緩んだ世界の空気は些か居心地を悪く感じさせていた
だが、自分にもこうした可能性があったのだと考えると、どうにも嫌いになれずにもいた
「さて、と。今日もあいつらは屋上だろうな」
「あいつら?」
「一年の専用機持ちグループだよ。……おっ」
「?」
「更識発見!」
「ひぁぅっ!?」
少し離れた位置に見つけた水色の頭髪
大声で呼べば、びくりと震えてクリスを見た
「せ、先生……と……」
「……ああ。以前、私を前に怯えていた奴か」
「ぅ……」
専用機タッグマッチトーナメントの日、命を奪われかけた相手を前に萎縮する簪
震えるその肩を軽く叩いて、クリスが口を開く
「まぁまぁ。今は何もしやしねぇよ。ていうか、しそうになったら俺が止める」
「先生……」
「ふんっ」
「さっ。そうと決まったら屋上行こうぜ。一緒に飯でも食えばわだかまりなんざどっか行くさ」
そう言って、二人を連れて歩くクリス
未だおどおどとした簪と、対照的に何食わぬ顔で進むナタリア
前途多難だな、と内心苦笑して、クリスは先を歩いていた
「そんなわけで、夏休みに入るまでこいつと仲良くしてやってくれな」
「よろしくされてはやらんぞ」
『『『………』』』
屋上
織斑一夏を除く一年生グループは、クリスの言葉にただただ唖然としていた
「仲良く、なんて言われても……」
「こいつ、ラウラの騒動の裏で学園襲ってきた奴なんでしょ?」
「何だ、文句あるのかチョビ」
「誰がチョビよぶっ飛ばすわよ!?」
箒と鈴音の言葉に即座に返すナタリア
ツインテールを逆立てて叫ぶ鈴音を余所に、ナタリアは他の面子に目を向ける
イギリス代表候補生セシリア・オルコット
フランス代表候補生シャルロット・デュノア
ドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒ
そして、日本代表候補生更識簪
「……よくもまぁこんな大それた面子を手込めにしたものだ。貴様、余程の女誑しだな」
「「「「ちょっ!?」」」」
「……わたしは、違う」
「ヒドいな、そんなんじゃねぇよ。なぁみんな?」
「「「「………」」」」
「あれ?」
「うむ。確かに違うな。一夏の婿は私一人だ」
一年生達が焦ったり無言で睨んだりと忙しい中、珍しく低い声で告げる簪と平常運転のラウラ
そんな姦しいにもほどがある集団を苦笑しながら見ていたクリスだった
「ほれ、自己紹介くらいしとけ」
「……一年四組、更識簪。織斑君以外、よろしく」
「なんで俺だけ!?」
「黙れ女の敵。……ナタリア・ストラタスだ」
なんでさぁ~、とさめざめと泣く一夏の背中を叩くクリス
各々自己紹介していく様を見届けながら、クリスは薄く笑みを零している簪の横顔をじっと眺めていた
(……リバティのデータを一部使えば、きっと打鉄弐式の武装面の問題は解消されるはず。これなら間に合う……!)
そう、目前に迫った臨海学校へと思いを馳せながら、クリスは騒がしい少年少女達の中へと入っていった
◇◆◇
「どうだった?」
「疲れた」
「ははっ……」
夜
部屋に戻るなりベッドに倒れ伏したナタリア
その背中を見据えながら、クリスは椅子に腰掛ける
「でも、あれが普通の高校生だ。ま、IS操縦者って時点で普通じゃない気もするけどな」
「………」
「……どうした?」
「……私にも、ああいう可能性があったのだと、ふと思ってな」
「まぁな。IFの話になるけど、確かにあったわけだ」
「……疲れただけだったが」
「?」
「……まぁ、悪くはない」
「……そりゃなによりだ」
窓の外には大きな月
そこから差し込む光は、まるで今後のナタリアの行く末を案じ、示しているかのようだった
もう二度と、死が当たり前の世界へと誘われないように
◇◆◇
銀色の甲冑が鎮座する、暗い場所
それが僅かに、人の手も借りず身動ぎする
ほんの一瞬
その背から、白と黒の六対十二枚の翼が生えたように見えた
次回から臨海学校突入