『………』
『クリス!』
『?……あぁ、ナターシャか。どうした?』
『どうしたはこっちのセリフよ!その怪我……!』
『別に、大したことねーよ。いつものことだ』
『……また、見ず知らずの女にやられたのね?』
『だから大したことねぇって』
『………』
『……男の肩身も狭くなったよなぁ』
『女性にしか使えないIS、それだけの理由で、貴方達がこんな……』
『別にいいよ。……ただ俺は』
『?』
『その、さ……ナターシャにさえ見放されなければ、それでいい』
『え……』
『……なんでもねぇ』
『……クリス』
『ん……?』
『私は、絶対にクリスの味方でい続ける。貴方がどんなに変わっても、どんなになっても……私は、貴方と……』
『ナターシャ……』
『ずっと……貴方と、一緒にいたいの……!』
◇◆◇
「おい、いつまで寝ている」
「……んん?」
「時間を見ろ、バカ」
「………」
「寝過ごしたァァァァァァァッ!!?」
「遅れましたァァァァァァァッ!!」
「やっと来た……オーランド先生、なに、を……」
「おい、下ろせ貴様!私を肩に担ぐ理由がどこにある!」
「さぁ行こうすぐに行こう今すぐ行こう!!」
「いいから下ろせぇぇぇぇぇっ!!」
◇◆◇
(……最近よく見るなぁ、昔の夢)
生徒達でごった返すバスに揺られ、クリスはふと思う
少し前から、よく夢に見るのはかつての記憶
夢を見ることは脳が記憶を整理することで起きる現象だと言うが、それでも今まで無かったことが、何故今になって
(やっぱ……あれ、だよな?)
思い出すのは、専用機タッグマッチトーナメントでの一件
危険な場へ赴こうとした自分へ、ナターシャが行った口付け
未だに残っているのかと錯覚するほどに衝撃的だった感触を思い出し、無意識の内に頬が熱を帯びるのを感じた
「何を赤くなっている、気色悪い」
「んだとこら」
「す、ストラタスさん……そういうのは、思うだけで言ったらだめ……」
「お前もお前でヒドいな!?」
右隣、一番奥の窓際に座るナタリアとその向かい、クリスの左隣に座る簪にツッコむ
簪は「ひぅ」と縮こまり、ナタリアは表情を変えずに窓の外に目を向けている
ちなみに、本来なら教師であるクリスは先頭の方の座席に座る必要があるのだが、ナタリアを前と後ろ双方から見張れるからというトリッシュの指示で最後尾に座っている
簪はちゃっかり隣を陣取っていた
「……それとカンザシ。ナタリアと呼べと言っただろう。ストラタスとかいう名字など所詮、物心つく前に与えられた記号だ」
「う……で、でも」
「でももストもあるか」
無理もないことだが、簪はナタリアに対して怯えている
殺されそうになり、その相手が今なお高圧的な態度を崩さないのだから、気の弱い簪が気圧されるのは当然といえた
まぁ、ナタリアにはもう他者に危害を加える気など微塵も無いのだが
「遠慮することねぇぞ、更識。どうせなら養豚場の豚を見るような目で見下しながら呼んでやれ」
「実行したらその目を抉り抜いてやるがな」
……訂正
やはり少し過激思考かもしれない
「海っ、見えたぁ!」
生徒の中の、誰かが叫ぶ
釣られて外を見やれば、そこには眩い陽光を反射し、キラキラと輝く海原と薄く色づいた砂浜が一面に広がっていた
「……JAPANの海も捨てたもんじゃあねぇな」
ぽつりと呟くクリス
ナタリアもその海の広さに目を奪われ、簪は指にはめた待機形態の打鉄弐式に手を添えながら、そんなクリスの横顔をじっと見つめていた
◇◆◇
「木造建築……いかにも日本の旅館、って感じだな」
花月荘と呼ばれる大きな旅館
その外観を眺め、クリスは一つ口笛を鳴らす
「先生は、こういう所は初めて、ですか……?」
「んー……どうだろ」
「え?」
「何か、ガキの頃の記憶が曖昧でよ。来たことあるような気がしないでもないというか……」
「当てにならん記憶など思い出すのはやめておけ」
「……お前、ここんとこ俺に当たりキツくね?」
「気のせいだろう」
「はいはい、いつまでも話してないで。他の人達はみんな入りましたよ」
「へーい。んじゃ、俺らも行くか」
「は、はい……」
トリッシュの言葉に頷き、クリスとその後ろを簪とナタリアが続いていく
館内を進み、途中でトリッシュと簪と別れ、残った二人は旅のしおりに書かれた部屋へと向かう
「ここ、だな」
「しかし、こんな時まで私達は同室か。普通貴様とトリッシュが逆だろう」
「俺もそう言ったんだけどな。何かラーゼリア先生が、「浴衣にした後で愛でそうだから」とか何とか」
「……この采配に今ばかりは感謝だ」
「さいですか」
渡された鍵を使って中に入る
途端、鼻を突いた木目や畳の香りに、クリスのテンションは一気に最高値に達した
「畳だぁー!!」
「………」
実物を見るのは初めてだと感じるクリス
荷物を投げ捨て、身体を強打するのも構わず畳に飛び込んだ
「……貴様も貴様で、度し難い変態だな」
そんな彼を見下ろすナタリアの視線はどこまでも冷ややかだった
◇◆◇
『『『海だぁぁぁぁぁっ!!!』』』
生徒達の黄色い声が、蒼穹に吸い込まれる
初日は自由時間となっているこの臨海学校、各々がそれぞれの水着に身を包み、灼熱に曝された砂浜の熱に足裏を焦がしながら次々と波打ち際へと駆けていく
「はしゃぐのはいいが準備運動忘れるなよー」
ビーチの一角にパラソルを差し、その下でクリスが声をかける
頭にサングラスをかけ、ブルーのアロハシャツと白地にブルーとオレンジのラインが入ったトランクスタイプの水着を着ているその姿は、完全に遊び仕様であった
「………」
「……は、恥ずかしい……」
ナタリアは競泳水着のような黒いセパレートタイプの水着、簪の水着はフリルスカートのついた薄桃色のワンピース
どちらも露出は控えめ、身体つきも豊かとは言えないが、平均よりやや背が高く、肩からふとももにかけてのラインに無駄のないナタリアと余計な贅肉が無い故に水着とジャストフィットしている簪
グラビア雑誌でもあれば一面を飾っても可笑しくないほどの可憐さを醸し出していた
「様んなってるじゃねぇの」
「やかましい」
「せ、先生……どう、ですか?」
「似合ってるよ」
「……えへ」
クリスの言葉に、ナタリアはツンとしながら返し、簪は照れ笑いを浮かべながらクリスの隣に腰を下ろす
「?お前等は泳がないのか?」
「日差しとか、苦手で……」
「遠泳以外にやることが見つからん」
「……ナタリアはともかく」
「さーらしーきさーん!」
「……呼んでるぞ?」
「で、でも……」
「いってこいよ。もちっとクラスメイトと親交深めとけ」
「……わかり、ました」
何食わぬ顔で告げたクリスに、簪は僅かに拗ねた様子で立ち上がり、そのままクラスメイト達の方へと向かう
その背中を見つめながら、ナタリアはぽつりと呟いた
「ロリコン」
「ちげぇよ!」
言いがかりも甚だしいナタリアの発言に二の句を告げようとした、その時
「ん?おい、何か来るぞ」
「は?いや話逸らしてんじゃぐげふぅっ!?」
炸裂
突如飛来したナニカはクリスの顔から胴体を直撃、数mの距離を吹き飛ばした
「……ああ、またお前か」
「「いってぇ……ん?」」
「ああ!織斑くんがオーランド先生を!?」
「そんな!クリス先生が攻めだと信じてたのに!」
「時代はタチ×ネコからの逆転劇なのよ!」
「コノシュンカンヲマッテイタンダー!!」
「……どけぇ!今すぐどきやがれ織斑ァ!!」
「へ!?」
吹き飛んできたナニカの正体は一夏
ナタリアの視線の先には左腕で胸元を隠し、ISを部分展開した右腕を振り抜いた姿勢のセシリアが
「どけって!俺にそっちの趣味があると思われる!」
「いや俺だって無いですよ!でも、砂のせいで力が……うわぁっ!?」
「ぐぅ!?」
『『『フキャァァァァァァァ!!?』』』
うら若き乙女から一転、貴腐人(誤字に非ず)と化した生徒達の歓喜の悲鳴が上がる
砂に手を取られバランスを崩した一夏の身体は更にクリスにのしかかり、最早完全に密着状態
重ねて互いの膝が互いの下腹部の位置にあるという、端から見ればマジでヤりあう5秒前、といった光景だった
「ふざっ、テメェマジでふざけんなよ!?そういうのはテメェの女共にやってやれ羨ましそうにこっち見てるから!」
「何の話ですか!!」
「いいからどけ!」
蹴り飛ばす勢いで一夏を突き放して距離を取るクリス
砂の付いたシャツを脱ぎ捨てて、サングラスと共に放り投げた
「あー、ヒデェ目に遭った」
「俺もですよ……」
男二人で嘆息
クリスは元いた場所に戻り、一夏はいつの間にやら側に来ていた鈴音に引っ張られていった
「……貴様」
「それから先は命を懸けろよ?」
「………」
いつになく不機嫌な声音のクリスに、さすがのナタリアも押し黙るしかなかった
「楽しそうですね、オーランド先生」
どこか楽しげな声に振り向く
惜しげもなく晒された、朱色の長髪
その髪の色に合わせたような、朱色のビキニタイプの水着
柄などはなく、露出もそこまででもないシンプルなデザインながら、腰に巻いたパレオやすらりと伸びた長い脚と胸元を押し上げる膨らみが、どことなく妖艶な雰囲気を放っている
そんな姿のトリッシュ・ラーゼリアがそこにいた
「ラーゼリア先生」
「元気ですね、生徒達は。……隣、いいですか?」
「あ、あぁ……」
今までキッチリとしたスーツ姿しか見ていなかったためか、トリッシュの動作一つ一つから目を離せなくなっているクリス
そんな視線に気付いたのか、クスクスと、やはり楽しげにトリッシュは笑う
「よかった。私でも意識はされるみたいですね」
「べ、別にんなこと……」
「よく着痩せタイプだと言われるんです。自分じゃあ、よくわからないんですけどね」
言いながら胸元に手を向けるトリッシュ
普段の服からでは到底わからなかったそのボリュームに、クリスは思わず生唾を飲み込んでいた
「さ、さいで……」
「……可愛い人」
囁くように、ぽつりと呟かれた言葉
クリスの方が年上なはずだが、今この場ではそれが正しいかどうかもわからなかった
と、そんな時
「いてっ」
「あら」
ぼむっ
と、クリスの頭にビーチボールが命中
当たった箇所を撫でながら飛んできた方向を見やれば、思っていたよりも近い場所で、簪が恨めしげな視線を向けていた
「……なんだ?」
「……怒らせてしまったかしら?」
「?」
「いえ、なにも。ビーチバレーを一緒に、という意味では?」
「だからって当てるか?」
「ふふっ……」
クリスの問いかけを微笑んで流し、トリッシュは立ち上がって手を差し出す
「私も混ざります。生徒達とのこういう場での交流も、教師の務めですよ」
「……Yes,ma'am.ほれ、ナタリア」
「私もか?……まぁ構わんが」
差し出された手は掴まずに立ち上がり、未だジトッとした目で見てくる簪達の下へと向かう
「わぁ、ラーゼリア先生すっごい良いスタイルっ」
「バランスすごいなぁ、モデル顔負けだよ」
「クリス先生と並んでると映えるよね、イケメン教師と美人教師のツーショット!」
「……さすがに、少し恥ずかしくなってきました」
「さいで」
生徒達の飾らない評価に、顔を赤らめるトリッシュ
それでもどこか嬉しそうなのは、女として賛美されていることへの喜びが少なからずあるためだろうか
「うーし、んじゃチーム分けするぞー」
『『はーいっ』』
「なら、まずは教師同士、というのはどうでしょう?タイミングよく、二人とも来たようですし」
「は?」
ボールを掲げたクリスに言うトリッシュ
その視線の先から現れたのは真耶を引き連れた千冬だった
黒一色のビキニを纏った千冬は、世界最強の名に恥じない姿を晒し、その後ろに隠れている真耶は、どういうわけかパーカーを閉め切った状態で縮こまっていた
(……あれ、思ったよりドキドキしない)
思いの外、千冬に対しては特に感じるものの無かったクリス
有り体に言えば、美しすぎて逆に美術館の彫像を見ているのと同じ感覚だった
「……山田先生。目的が目の前にいるぞ?」
「ふえっ!お、オーランド先生が……!」
「あらあら」
千冬の背に隠れ、その肩越しにチラチラとクリスを伺う真耶
それを微笑ましげに見ていたトリッシュが音も立てずにそのさらに背後に回り
「さぁ、ご開帳です!」
「ひゃああああっ!?」
おもむろに、その上着を全力で開け放った
「……oh」
パーカーを剥ぎ取られた勢いで思いっきり揺れたそれに、クリスのみならず生徒一同が息を呑んだ
白みがかったイエローのビキニに包まれた肢体はこの上なく肉感的で、艶めかしい
涙目になりながらトリッシュを追いかけているから、縦横無尽に揺れまくる二つの山峰にイヤでも視線が集中してしまう
「かっ、返してぇ!」
「ほらほら山田先生。そんなに走るとオーランド先生の視線が熱を帯びてしまいますよ?」
「ふぇぇぇぇ……!」
「………」
「……先生」
「うおっ……な、なんだ更識?」
「えっち」
恨みがましくクリスと真耶を交互に見やる簪
あまりにも居たたまれない感覚に、クリスは声を張り上げた
「じゃれあうのやめ!織斑先生と山田先生、俺とラーゼリア先生でビーチバレーだろうが!」
その顔は真っ赤であった
◇◆◇
「疲れた……」
時は流れて、既に夜
あてがわれた部屋にて、窓際のソファでぐったりしているクリス
ナタリアはやることが無いからと、布団に潜って夢の中である
「ラーゼリア先生は思ってた以上に色っぽいし山田先生はいつも通りのビッグバンだし更識はなんかひたすら睨んでくるし……」
言って、部屋備え付けの冷蔵庫から取り出した缶ビールを呷るクリス
本音を言えばウィスキーのような度数の高い酒が欲しかったが、無い物ねだりをしてもしょうがないので我慢していた
「んぐっ……ぶはぁ……ん?」
ふと、携帯に着信が入ったことに気付く
手にとって画面を見れば、そこに記されていたのは
「……もしもし」
『あっ……クリ、ス?こんばんは……で、いいのかしら?』
「ああ。今ちょうど夜だからな……ナターシャ」
相手は、ナターシャ
どこか余所余所しい声音で、話しかけてきていた
『そう……もしかして、寝るところだったんじゃ』
「いや、一人で寂しく飲んでたよ……それで、どうしたんだ?」
『あ、いや、その……特に、用があったわけじゃないの。ただ……』
「ん?」
『その……声、聞きたくなって』
「───」
どくん、と
一つ高鳴った心臓を落ち着けるように、クリスは咳払いとともに口を開く
「ごほんっ……そう、か。いや、俺も嬉しいよ。声、聞けて」
『ぁ……そ、そう。なら、よかったわ』
「ああ……」
そしてしばし、無言の時が流れる
何か言わなければと、言葉を探す二人だったが、どうにも出てこない
そんな時間が数分ばかり続いた後、先に言葉を発したのはナターシャだった
『……ねぇ』
「っ、なん、だ?」
『その、学園が夏期休暇に入ったら、帰って、くるのよね?』
「あー、うん。プリンセスの整備もしなきゃならねぇから、な」
『……だったら、その後でいいから、会えない?……二人で』
「……それっ、て」
『会いたいの……会って、話したい。色んなこと……』
「………」
切なげな、そんな声になっていたナターシャ
早鐘を打つ心臓を抑え込み、クリスもそれに返す
「……わかった。俺も、話したいことあるからさ」
『……ありがとう。じゃあ、もう切るわね、時間取らせて、ごめんなさい』
「いや、気にすんな」
『ええ……おやすみなさい、クリス』
直後
『chu』
と、クリスの耳元から、微かな水が弾けるような音が流れた
「……は?」
『……I LOVE YOU』
「………」
ツー、ツー、と、通話が終わった無機質な音が流れる携帯を耳元に当てたまま、クリスは硬直していた
「………」
最後の小さな音と、その直後の言葉
その意味をどう理解すべきか、たっぷり数十秒を要して
結果
「~~~~~~~~~~!!?」
首まで真っ赤になって、テーブルに突っ伏すことになった
(なっ、なななななななななぁ!?)
LOVE
愛
そんな言葉が、送られた
他でもない、自分自身に
「……やべぇ、めっちゃ熱い。てか顔戻んねぇ」
熟れたトマトの如く赤くなった頬とにやけたままの口元
俺ってここまでピュアだったのか……と、どこか他人事のようにもクリスは感じていた
───うわ、わぁーい。甘ーい……
───人間の、男女の交流とはここまで……
◇◆◇
「あうぅぅぅぅぅぅ」
「また大胆なことしたなぁ、お前も」
「だって、だってぇぇぇぇ」
アメリカ、某所
ベッドに全身を突っ込んで唸るナターシャと、それをにやつきながら見下ろすイーリス
「まぁよかったじゃねぇの。これであいつが帰ってくれば、めでたく
「ひゃゎうっ!?」
「……あ、その時は私も混ぜてくんね?」
「だっ、だめ!それだけは絶対だめ!そういうのは二人きりじゃないと……って違うぅー!」
「……あー、なんかクリスにやりたくねぇな。むしろ私の嫁にしたい」
姦しく騒ぐ二人
そんな、切なく甘酸っぱい夜も更け
「……いよいよ、明日だな」
「……そう、ね」
「私も近くにいるけどよ、何かあったらすぐ言えよ?」
「わかってるわ、イーリ。大丈夫」
───覚醒の時が、迫る