「……先生、まだ起きないのか?」
「ああ……山田先生と更識、事情聴取を終えたナターシャさんとイーリスさんが交代しながら付きっきりで看病しているが」
「気を失われてからまだ半日。ですが、明日には学園に戻らないといけませんのに……」
「まぁ、あんな重傷だったしね。最悪、あのまま学園まで搬送するって千冬さん言ってたわよ」
「……それにしても、まだ夢でも見てたんじゃないかって思えてくるよ」
「そうだな……デジタルワールド。我々の住む世界とは異なる場所……」
「……クリス先生とラーゼリア先生、知ってたんだよな?たぶん、思い出すよりも前から」
「子供の頃に行ったことがあると言っていたな……それに」
「………」
「……でも、先生は先生だよ。ラーゼリア先生だって」
「そうだな……それに、私達が聞いたのも全てではなかった。オーランド先生が目を覚ましてから、ゆっくり聞くとしよう」
「ああ……」
◇◆◇
カポーン
温泉などの風呂場でよくある、そんな擬音
「………」
「………」
「………」
「………」
女性用の露天風呂に、四人の女性が浸かっていた
一年一組副担任、山田麻耶
日本代表候補生、更識簪
アメリカ国家代表、イーリス・コーリング
そして、件の銀の福音操縦者、ナターシャ・ファイルス
とある共通点を持つ四人が、一つの場所に集っていた
「……くっ」
「更識さん?どうかしたんですか?」
「いえ、大丈夫です」
「……クリス、まだ目を覚まさねぇな」
しばらくその場を支配していた沈黙を、イーリスが破る
「そ、そうですね……それでも、峠は越えたとお医者様も仰っていましたので、意識が戻るのも時間の問題かと」
「………」
緊張しっぱなしの麻耶の言葉に、簪は無言でこくこくと頷く
「……なぁ、山田先生、それに簪」
「は、はい……」
「なん、ですか……?」
「お前ら……クリスに惚れてんだろ?」
「ぶふぅっ!?」
「───!!」
「なっ、こんな時に何言ってるのよイーリ!」
「いや、だってお前も気になるだろ?ここにいる私達全員、同じ男を好きになってんだから」
「それ、は……いやでも、状況を考えて!今はそんな……!」
「全員、って……」
「イーリスさんも、ですか……?」
「ああ。私はクリスが好きだ。あいつの真っ直ぐさに惚れちまった」
狼狽する三人を真っ直ぐ見据え、何も恥じることはないとばかりに告げるイーリス
それきり言葉を紡がなくなったが、その目は三人の答えを待っていた
「……わたしは、その。同年代の男性とあまり接点が無くて……でも、オーランド先生……クリスさんは、とても優しくて……それに、その……紳士的ですし」
「なるほどねぇ……」
先陣を切った麻耶の言葉に満足げに頷くと、今度は視線を簪へ
「………」
「別に本人いないんだから、気にせず言ってみろって」
「……かっこいいな、って思いました」
「へぇ?」
「かっこよくて……クリス先生の背中、本当に大きくて、見てるだけで安心できて……ヒーローみたいだって、思って……いつの間にか、好きに、なって……あぅ」
「うんうん、初々しくて何よりだ。……んで?」
「……私、言う必要あるのかしら?」
「もちコース」
「……はぁ」
にやにやとおよそ女性がしてはいけない表情で見つめてくるイーリスと、「わたし気になります」と訴える目の麻耶と簪に、ナターシャは一つ嘆息する
その頬に、良くなった血行とは別の熱を宿しながら、告げる
「……好きよ、大好き。愛してる、って言えるほどには。小さい頃からの付き合いで……少し、離れてた時間はあったけど、それでも、ずっと好きだから」
「……だってよ」
「………」
「………」
ナターシャの言葉に、二の句を告げなくなった二人
再び、カポーンという音が響き渡った
◇◆◇
「………」
すぅ、とゆっくり開かれる瞼
そこから確認できたのは、木製の天井
そのままぼんやりと、クリスは視界に入ってきた風景を眺めていた
「……ここ、は」
周囲は暗く、電気がついていないことと、窓の外が黒に染まっていたことから、時刻は既に夜なのだとわかる
場所は、花月荘
クリス達がデジタルワールドから帰還して、既に半日以上が経過していた
「……っ」
身体を起こそうとするも、全身に走る激痛がそれを許さない
そこでようやく、身体の至る所に包帯が巻かれ、腕に点滴の針が打たれていることに気がついた
「……ああ、そうか。元々死にかけてたんだよな、俺」
身体の力を抜いて、布団に沈める
ふと、相棒はどうなったのか気になって、呼びかけてみた
「オメガモン、いるか?」
───
「……オメガモン?」
返事は、無い
いつもは返ってくる凛々しい声が、聞こえなかった
「オメガモン……オメガ、ぐっ!」
激痛に耐えながら僅かに身体を起こすクリス
枕元に置いてある愛機を手に取り、呼びかける
「オメガモン!オメガモン!どうしたんだよ……何か言ってくれよ!」
───
「Shit……まさか、向こうに置き去りに……!」
「クリス!?」
「目が覚めたんですか、クリスさん!?」
乱暴に開かれた襖の向こうから、ナターシャ、麻耶、簪、イーリスの四人が飛び込んでくる
傷だらけの身体を動かしているクリスを見るなり、四人は一斉にその身体をゆっくりと布団へと沈ませた
「落ち着けクリス、傷に障るぞ!」
「イーリス……オメガモン、オメガモンが応えてくれない……!」
「オメガモンって……確か、お前の機体の……」
「オメガモン……?」
「落ち着いてクリス!落ち着いて、ゆっくり深呼吸!」
「先生……!」
知らずの内に、不安から涙を流すクリス
震える手で愛機を握り締め、何度も何度も、呼びかける
「頼む……頼むよオメガモン。いるなら、応えてくれ……!」
『もぉ~、うるさいなぁ……』
『ふわ……あぁ……あれ、ここは……』
『『『………え?』』』
機体から発した、二つの声
麻耶を除く四人にとって聞き覚えのあるそれに、クリスは思わず叫んだ
「その、声……まさか、アグモンとガブモン!?」
『ん?……ああっ、クリス!そこにいるの!?』
『よかったぁ!オレ達、気絶してる間に機体に戻ってたんだ!』
機体から現れる、ディスプレイ
そこには、黄色い爬虫類と青い獣の姿があった
「アグモン、ガブモン!」
「っキャアアアアッ!!ななな、なんなんですかその生き物!?ど、どうしてISから……!」
「……そうか、山田先生にはまだ話してなかったわね」
「はい!?」
「……そのことなら、トリッシュや織斑先生もいた方が都合がいい。更識、悪いけど呼んできてくれるか?織斑達も一緒に」
「は、はい……!」
◇◆◇
……全員集まったな
そんな顔すんなって、織斑先生。ちゃんと全部話すよ
……さて、いいよな、トリッシュ?
……まずは、そうだな……うん、デジモンのことから話そうか
デジモン、正式にはデジタルモンスター
デジタルワールド、っていう、所謂電脳の世界に生きるデジタル生命体、それが現実に、確かに存在してる
……アグモン、ガブモン
『はーい!』
『どうしたの、クリス?』
……こいつらが、デジモンだ
ハッハッ、まぁ驚くよな
……さて。何でこいつらが俺の機体の中にいるのか、だな
元々、デジタルワールドにいたアグモンとガブモンは、アルファモン──あぁ、俺を何度も襲ったあの黒い機体、アルファ・エンプレスに取り憑いたデジモンのことな。そいつを追って、この人間界にやってきたんだ
でも、デジモンはデジタルワールドでしか存在できない
だから、周囲のパソコンとかのネット空間から、自由に移動する『器』になる、IS……ISコアに取り憑いたんだ
今のところ、確認できたデジモンは5体
俺のオメガモン、アルファモンに、ナタリアの乗っていた機体にいたムゲンドラモン、福音のマスティモンに……トリッシュの機体、ホーリー・ハザードのカオスデュークモンだ
いやまぁ、オメガモンとマスティモンは元々二体のデジモンの融合体だから、正確には9体になるのかな?
……たぶんだけど、これからもまだまだ増えると思う
なんとなく、そんな予感がするんだ
さて、と
今度は、俺とトリッシュ……それに、束のことだな
今から15年前
9歳の頃の夏、お袋についていって日本で暮らしてた時期がある
……ああ、話してなかったことについては謝るよ、ナターシャ。実際、俺もあの時思い出すまで忘れてたんだからさ
んで、その時に、同じように日本にいたトリッシュと……そして、束と出会った
トリッシュとはすぐに意気投合したんだけど、知っての通り、束の奴は根暗で、本当に他人への興味がゼロでさ。ムカついて色々文句つけたりしたよ
俺、意地になってさ、トリッシュと二人で押し掛けては色々バカやったんだ
……おい、そこ。黒歴史とか言ってんじゃねぇよ
んで、だ。そんなこと続ける内に、束の奴も少しずつ口利いてくれるようになったんだ
それから、三人で連むようになっていった、ってわけ
そんな、ある日のことだった
三人で、いつもみたいに駆け回ってた時のこと
気付いたら……本当に、いつの間にか、ってぐらいに違和感なく、気付いたら……デジタルワールドに迷い込んでたんだ
いきなり違う景色に戸惑って、何が何だかわからなくて、不安でさ
しかも、その時点で、もう目の前にいたんだよ、デジモン……アグモンとガブモン、それに、ギルモンと……確か、ドルモン
ああ、そうだ……アルファモン。あいつの元々は、束のパートナー……ドルモンだった
そのあいつが、何でああなったのかは……いや、今はいいか
そんなこんなで、さ。デジタルワールドに入った俺達は、アグモン達と一緒に世界を見て回ることにしたんだ。人間界に戻る手段を探すために
……でも、ま。余所者、それも本来いちゃいけない人間が我が物顔で闊歩してたんだ。目、付けられないわけがない
すぐに来たよ。デジタルワールドの守護者達……ロイヤルナイツが
そうだ、一夏。お前らも会った、あいつらだよ
ロイヤルナイツの席ってのは、全部で13あってさ。その時に俺達が出会ったのは、あの時にいた、ドゥフトモン、デュナスモン、ロードナイトモン、クレニアムモンの四体。それに加えて、守りの要のマグナモン、ロイヤルナイツ最速のアルフォースブイドラモン、デジタルワールドの重要な遺跡の警護をしてるスレイプモン、一番異質な、竜型デジモンの頂点って言われてるエグザモン
……そして……
いや、悪い。……そいつに関しては、はっきり言って俺達にとってトラウマなんだ
……そう、あと一体
ガンクゥモン
比較的、俺達にも温厚な、ロイヤルナイツだった
俺達の扱いに関しては、結構揉めたみたいでさ。結局は、デジタルワールドのホストコンピュータ、イグドラシルが、保留ってことにしてくれたんだ
イグドラシルの奴も人間に興味があったみたいでさ。まだ子供だった俺達を見て、色々知りたかったらしい
その過程で、色々話もするようになってさ。それで俺達三人とイグドラシルは……友達になれた、俺はそう思ってる
楽しかったよ、本当に
人間界に帰らなきゃいけなかったし、悪さするデジモンや、俺達を良く思わないデジモン達とも戦わなきゃいけなかったり、良いことばかりじゃなかったけど、さ
それでも、アグモンやガブモン達と一緒に過ごして、みんなが進化していって、ロイヤルナイツに近付いていく様子を見守るのが、嬉しかった
正直、ずっと一緒にいたいと思ってた
……でも、ある時
やらかしちまったんだ、俺達
一番、やっちゃいけないことを
……はっきり言う。俺達はあの世界においては完全に「異物」だった
そんな俺達が、ホスト『コンピュータ』であるイグドラシルに接続なんてしたら、どうなると思う?
つまりは……そういうことさ
発端は俺、煽ったのはトリッシュ、実行したのは……束だ
そして、デジタルワールドは破滅の一途を辿っていった
ロイヤルナイツとイグドラシルが倒したらしい、七大魔王っていう、とんでもない連中が現れて、その手下共の、これまたとんでもない数のデジモンがデジタルワールドに溢れかえった
責任感じた俺達も、その時にはロイヤルナイツまで進化してたみんなと一緒に止めに向かったよ
……でも……っ!
その混乱の中で……俺達を庇って、ガンクゥモンが……!
消え、たんだ……一瞬で、最後の言葉も、何も無く、一瞬で……!
……結局、その混乱は何とかロイヤルナイツが勝って、収まった
けど、代償があまりにも大きすぎたんだ
デジモンは本来、死んだら記憶とかを引き継いで、デジタマっていう卵の状態まで還るんだ。だけど……ガンクゥモンは、還らなかった。デジタマに必要なデータ情報さえも、残さず消えちまった
加えて、マグナモン、アルフォースブイドラモン、スレイプモン、エグザモンも、その混乱の中で行方を眩まして。トリッシュの相棒だったデュークモンは、ガンクゥモンが死んだ悲しみと、やったデジモンへの怒りと憎しみで、ロイヤルナイツから外されるほどに闇に染まって。それで……ロイヤルナイツはガタガタになっちまった
七大魔王は倒れても、それが残した影響は強く残った。それこそ、15年経った今でも、目に見えない所で、確かに
友達を、良くしてくれた恩人とも呼べるデジモンを、迎え入れてくれた世界をどん底まで叩き落とした俺達は、ひたすら絶望したよ。何もかもが嫌になって、死にたくなるほどに
でも、イグドラシルは俺達を罰しなかった
俺達三人の、デジタルワールドに関する記憶を全て消した上で、人間界に送り返したんだ
……そして、それから15年だ
それだけの時間が経って、俺とトリッシュは相棒に巡り会えて……全部、思い出した
◇◆◇
「……これで、全部だ」
誰も、何も言えなかった
突拍子も無いことではあったが、それが事実であり真実でもあると、千冬でさえ理解できた
幼い子供達が経験するにはあまりにも辛すぎるその過去に、簪や麻耶に至っては瞳に涙さえ浮かべている
「……悪い、そろそろ疲れた」
「……わかった。目覚めたばかりで邪魔をしたな」
千冬のその言葉に、一同は一人、また一人と部屋を後にしていく
最後に部屋を出ようとしたイーリスとナターシャだが、最後にクリスを振り返り、告げた
「……気にするな、なんて言えねぇけどさ」
「少なくとも、クリス。貴方やトリッシュ、篠ノ之博士は、わざとじゃなかったんでしょう?」
そんな二人の言葉にも、クリスは応えず布団へと倒れこむ
二人も部屋を去り、一人残ったクリス
「……ガンクゥモン……イグドラシル……」
星が瞬く夜空を眺めるクリスの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた
◇◆◇
時を同じくして
海を臨む崖の上に、篠ノ之束の姿があった
「……わっかんないなー」
呟く
それは、予期していなかった福音の二次移行の姿と性能
そして、完全に停止したはずの、オメガ・プリンセスの再起動
創造主であるが故に、全てのISコアの制御を行える束
福音の暴走も、オメガ・プリンセスの停止も、全ては束の掌の上での出来事だった
「福音は変わりすぎて紅椿でも歯が立たないくらいになっちゃってたし、あの白いのに至っては完全に凍結させたはずなのに動いてるし……あの男も生きてるし。んんんんん、わからんっ!!」
頭をがしがしと掻き毟る
世紀の天才と謳われる束でさえ理解できない、不可解な事態の連続
だが、その顔は喜色満面だった
「わからない、だから面白い!よーし、こうなったらさっさとあの二つ回収して思う存分……!」
『見つけたわよお子様』
「っと……」
背後から振るわれた漆黒の腕
束はそれをかわし、襲撃者の背後へと回る
「………」
『………』
襲撃者の正体は福音……否、マスティモンだった
バイザーに覆われた顔を束に向け、ただ佇んでいる
「……自律行動するようには造ってないんだけどな」
『今の貴女には理解できないわ』
「………」
『……今日のところは挨拶だけよ。けど、覚えておくことね』
「?」
『貴女のその馬鹿げた欲は、やがて貴女の親友達に真っ向から否定され、やがて破滅する』
「………」
『それだけよ』
それだけを告げて、マスティモンは束を振り返ることなく、飛び去っていった
その仮面の下に、冷徹な瞳を宿しながら
「………」
残された束は、何も言わずに立ち尽くしていた
「……今の合間にも、干渉できなかった」
ツゥ……と、首筋を流れる冷や汗を、慌てて拭う
「……汗なんてかいたの、いつ以来だっけ?」
ぽつりと呟いたそれをかき消した風は、汗に塗れた束の首筋を冷やしていった
そして、長い夜が明ける
今回はクリスの独白に終わりましたが、その内ちゃんとした過去編としてやろうと思います