どこかの世界で、主人公は二人に男の戦いを見ていた。
その二人は、正義と悪の象徴で……?

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正義と悪

 僕の目の前には、今、二人の男がいた。

 一人の男の肌は、歌舞伎役者の化粧のように、真っ白だった。腰巻以外肉体を露出させていて、背中には小さな鳩のような羽が生えていた。顔は、鼻が高く、目がぱっちりしていて、整っていた。

 もう一人の男の肌は、泥を塗りたくったように、黒く染まっていた。もう一人と同じように腰巻以外裸で、背中に小さな羽があるの同じだが、鳩ではなく、蝙蝠の羽だった。しかし頭部は、もう一人とは全く違っていた。頭頂からは、赤く濡れた十センチの角が生えている。耳は鋭くとがっている。大きく裂かれたような口からは、太く鋭い牙がはみ出ていて、鼻は豚の様で、目には赤い光を帯びた瞳が浮かんでいた。

 二人の男は、戦っていた。

 黒い男の拳が、白い男の顔面に叩き込まれる。白い男は一瞬ひるむが、すぐに体勢を立て直し、黒い男に殴り返そうとする。が、黒い男は間一髪でそれを交わし、白い男を足払いする。転倒した白い男に、黒い男は覆いかぶさり、首に手をかけ締め付ける。白い男は苦しげな呻きを漏らしつつ、膝で黒い男の腹をけり上げて、必死に押し返そうとする。黒い男の手が、白い男の首から離れた。二人は倒れこんだ状態で、取っ組み合いを続ける……。

「あの二人は、何なんですか?」

 僕は、傍らの老人に聞いた。彼はこの場所まで、僕を案内してくれた人物だ。

「あの二人は、『正義』と『悪』なのです」

 老人の答えに、僕は困惑した。

「どういう意味です?」

「この世界には、あなたの住む世界のあらゆる事象の象徴、イデアがあります。あの二人は、正義と悪のイデアなのです。そしてあの二人の戦いが、あなたたちの世界に影響を及ぼすのです。

 白い男は、正義のイデア、即ち、命、平和、平等を象徴し、彼の体に傷がつくと、あなたの住む世界の命、平和、平等といった物が傷つき、壊れるのです。その代わり、悪――死、戦乱、差別があなたの住む世界に蔓延します。

 逆に黒い男は、悪のイデア、即ち、死、戦乱、差別を象徴し、彼の体に傷がつくと、あなたの住む世界の死、戦乱、差別といった悪が弱まり、命、平和、平等がもたらされるのです」

 僕は、ようやく理解した。なおも質問を重ねた。

「では、あの二人の内一方が死んだら、僕の住む世界にも……?」

「この宇宙が出来て以来、あの二人は戦い続けていますが、片方が命を落としたことは、一度もありません。しかし、もしそんなことが起きれば、おそらく、白い男が死ねば正義が、黒い男が死ねば悪が、あなた方の世界から消えうせるでしょう」

 その時、耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。黒い男の両手の指が白い男の両目に突っ込まれたために、白い男が上げた悲鳴だった。彼は、赤い血を流し続ける両目を押さえ、地面にのたうち回る。黒い男はこれを好機とばかりに、白い男の頭部を掴んで、地面に何度も何度も叩きつける。白い男は呻きを漏らしつつも、間断なく襲う衝撃に、抵抗する余裕も無いらしい。白い男の漏らす呻きは、段々と細く小さくなっていく。

 このまま白い男が死んでしまえば、僕の世界から正義が消えてしまう。僕の世界が悪の支配する暗黒の世界になってしまう。

 そう考えると、僕は、躊躇する間もなく、行動を起こしていた。

 腰に下げたナイフを抜き、争う二人に駆け寄る。

 そして、黒い男の頭部に、ナイフを勢いよく突き刺したのだ。

 何度も何度も。

 黒い男は頭から血を流しながら、体の動きを段々と弱めていく。

 ついに黒い男が地に横たわり、動かなくなった。

 僕は、世界を救ったのだ……。僕は、悪を滅ぼしたのだ……。

 安堵と、達成感と、疲労に襲われて、僕も地に倒れこんだ。

 その時、僕の上に白い男が覆いかぶさり、首を絞めつけてきた。

 僕は、混乱しながらも必死に抵抗する。足を、拳を彼の体に叩きつけ、何とか彼を引きはがす。

 僕は荒い息を吐きながら、白い男に問おうとする。

「一体――?」

 しかし、僕が質問を言い終わる前に、白い男は、僕に殴りかかろうとする。僕はそれをすんでのところで避ける。白い男は諦めずに、今度は蹴りを僕に入れようとしてくる。

 自衛のために、僕は咄嗟に攻撃をした。白い男の蹴りを交わし、彼の頭に拳を叩きこんだ。

 白い男は一瞬ひるんだが、すぐに体勢を立て直し、僕につかみかかってきた。白い男の腕を押さえる僕の腕は、何故か、泥を塗りたくったように黒く染まっていた。

 だけど、それを不思議に思う余裕は、もう僕にはなかった。目の前の男をただ傷つけたい。心中に闘志がわいてきた。目の前の白い男が誰なのか。僕は誰なのか。知っていたはずなのに、僕は忘れてしまっていた。

 いや、そんなことはどうでもいい! こいつを殺すんだ!

 僕は、白い男の腕にかみついた。何故かは知らないが、僕の口からは太く鋭い牙が出ていて、白い男の肌を突き破る役目を果たしてくれた。白い男は苦痛の叫びをあげて、僕のあごを下から殴って来た。僕は、頭から生えていた角を、白い男に向けて、突っ込んでいった……。

どこか遠くから、見知らぬ誰かの声がした。

「正義と悪は、どちらもこの世に必要なものですからの……。一方が死ねば、誰かがその代わりを務めることになるのが定めということですかの……。これは、興味深いものを見させてもらいましたぞ」

 何を言ってるのか、全く分からなかった。僕はただ、目の前の白い男を殺すために、黒い手足を、角を牙を駆使し、戦い続けるのだ……。


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