人間で在りたい神殺し 作:鎌鼬
俺は死んだ。
即死だったと思う。
高校からの帰り道で小学校の頃からのダチ公と一緒に帰っていると、正面からスポーツカーが突っ込んできた。
避けられないと、反射的に理解してしまった。
だから、ダチ公をスポーツカーの進路から逃がすように思いっきり突き飛ばした。
あいつも逃げられないと分かっていたのか呆然としていたので突き飛ばすのは楽だった。
そして俺は…………そいつの驚いたような顔を見ながら、スポーツカーに跳ねられた。
エンジン音が響いていたから時速は100kmは余裕で越えていたと思う。
そんなもので跳ねられたら死なない方がおかしいだろう。
そうして俺は死んだ。
ダチ公助けて逝けたのなら…………そこに思い残すことは無い。
一種の満足感を味わいながら天国が本当にあるのか考えていたら…………
『おっめでとうございまーす!!』
頭がアッパラパーな奴が何もない白い空間でクラッカー片手に出迎えやがった。
何があったのか理解が出来なかった俺にアッパラパーは楽しげに一方的に話してきた。
曰く、アッパラパーは神であると。
曰く、これは神の遊戯であると。
曰く、三人の死人を選び別の世界に転生させると。
曰く、俺はその三人目に選ばれたのだと。
その話を聞いて、俺はふざけるなとその自称神に怒鳴った。
神の玩具に何ぞなりたくない。
人としての生を俺は満足して迎えたのだ。
だから眠らせろ、俺以外の奴で遊べ。
しかし自称神は…………
『下等が煩いぞ?再起の機会をくれてやるのだから泣いて喜べ、そして私を楽しませろ、拒否権は無い』
そう言って俺のことを強制的に転生させた。
あの自称神とのやり取りで神の玩具になってしまった俺にとってこの世界は地獄に等しかった。
あの自称神の言う通りにするなんぞしてなるものか。
ここで自殺してやろうか?
しかしそれすらも自称神を喜ばせる事だったら?
そう考えると自殺なんて出来ず、だからと言ってやる気何ぞ出るわけもなく、俺はただ無気力に生きることしか出来なかった。
そうしている内に、俺はこれを罰ではないかと考えるようになった。
自己満足でダチ公を救って逝った罪に対する罰。
だとするのなら、俺はこの罪を償わなければならない。
だから、この生をまっとうしよう。
神の玩具に成り下がった身ではあるが、それも罰だと思い堪えよう。
そうとでも考えなければまともに生きられる気がしなかった。
その事を決意したのは奇遇なことに俺がダチ公を救って逝ったのと同じ歳の時だった。
そしてーーーーーーーーーーその日、俺の目の前にあれが現れた。
歌舞伎役者のような時代錯誤の出で立ちをした人物、そいつは自分のことを『まつろわぬ神』と名乗り、俺に襲い掛かってきた。
あの自称神のように神を名乗ったそいつは天災と呼ぶしかない力を振るってきた。
一挙一動、それこそ吐息だけでも体を砕かれないほど。
力の差は世界規模の馬鹿でも分かるほどに歴然だった。
だけど、俺は死ぬわけにはいかなかった。
生をまっとうすると決めたのだから。
それは身勝手な誓い。
罪に釣り合わない罰なのかもしれない。
それでも…………あいつを、ダチ公を助けた自分を無かったことにしたくなかったから。
自称神とは別の存在だと分かっていても、同じ神を名乗るそいつに負けたくないと思ったから。
世界規模の馬鹿でも分かる絶望的な戦いを、俺は挑んだ。
荒れ果てた大地、数時間前までそこに町があったと言われても誰も信じないだろう。しかしそれは事実、町があった場所が僅か数時間前で更地に成り果てたのだ。
その原因は更地の真ん中に立つ化生、それは自らを『まつろわぬ神』と名乗った。
『まつろわぬ神』とは神話より外れた存在、その存在は人からすれば災害そのもの、ただの人間が災害に立ち向かえる訳がない。
故に…………この結果は必然とも言えた。
威風堂々、自らの神威を隠すこと無く立っている『まつろわぬ神』。
死に体、右腕だけを残して四肢の内の三つを無くし自らの血溜まりの中で倒れている少年。
勝者は神、敗者は人間。
それは決して覆るはずのない決まり事だったーーーーーーーーーーはずだった。
『ハハッ…………やっぱり良いな、人間ってのはよぉ』
『まつろわぬ神』が、倒れている少年に賛辞を送った。それは決して勝者から敗者に送られる物ではない。『まつろわぬ神』の声は全力を出して思い残すこと無く負けた敗者の物だった。
『まつろわぬ神』の胸には一本の腕が生えていた。その腕は倒れている少年の腕。両足をもがれながらも少年は『まつろわぬ神』の腕に左腕を突き立てたのだ。
それは必然か、はたまた偶然か…………それは神すらも知らないがその一撃は『まつろわぬ神』にとっての致命傷に他ならなかった。
つまりは、『まつろわぬ神』こそがこの場の敗者。そして死に体で倒れている少年こそがこの場の勝者だった。
「あらあら、見事に打ち倒されましたわね?」
『あぁん?…………確かパンドラとか言ったっけか?』
少年から与えられた敗北を噛み締めている『まつろわぬ神』の隣に、神を二つに結った少女とも言える年頃の女性が現れる。折角の気分が台無しだと言いたげな雰囲気を出している『まつろわぬ神』にパンドラと呼ばれた女性は気にすること無く、倒れている少年に微笑みかけた。
「あのとどめの一撃…………両足をもがれながらも力任せに振るわれたあの拳は効きましたか?天魔・
『あぁ、文字通りに心臓を貫かれたよ。これなら、神を前にして立ち向かってくれたこの人間なら、俺のすべてをくれてやれる』
「くれてやれる?簒奪では無いのですか?」
『はぁ?何言ってんだ?敗者は勝者にすべてをくれてやれるのは当たり前だろうが。それに、俺に勝ってくれたこいつに神の決めたルールで力を渡したくねぇんだよ』
「おい…………てめぇら…………ふざけるなよ…………」
宿儺と呼ばれた『まつろわぬ神』とパンドラとの会話に、少年が口を挟んだ。いつ死んでもおかしくない重傷だというのに少年は残された右腕を使って顔をあげ、宿儺を睨む。
「何がくれてやれるだよ…………ふざけるなよ…………神ってのはやっぱり自分勝手だよな…………望んでねぇのに力恵んでくれたり…………死にたいのに玩具扱いで生き返らせてくれたりよぉ…………ふざけるなよ!!…………人間は…………てめぇらの玩具じゃねぇ!!」
血と泥で汚れた死にかけの体から放たれる気迫にパンドラは一瞬とはいえど圧されてしまった。パンドラは『まつろわぬ神』とほとんど同一の存在、だというのに人間である少年に気圧されてしまったのだ。
しかし、宿儺はそれを見て、どこか懐かしそうな者を見る目で少年を見た。
『なるほど、お前も神の玩具にされたのか…………だから、お前に俺のすべてをくれてやれる。いや、もらってくれ。お前のような人間にこそ、俺のすべてをもらってほしい』
「なんで…………なんで俺なんだよ…………!!」
『俺もお前と同じだったんだよ。神に作られた存在で、だからか親近感が湧いちまってな。それに俺はこの世界の神じゃない。このまま消えたとしてもそれで終わりだ、他の『まつろわぬ神』のように時間置いたら復活できる訳じゃないし』
「あんたも…………なのか…………?」
『あぁそうだよ。別にこの力使って世界支配しろとか言うつもりはねぇよ。人間であるお前に、人間として生きてほしい。そのままだと死んじまうしよぉ、俺を倒した人間には生きてて欲しいんだよ』
神の玩具に成り下がった少年に自分の姿を重ねてみた宿儺は致命傷によって死に向かっている体を意地だけで保ち、少年に自分の心を明かしていた。
「そんなこと言われたら…………断れねぇじゃねぇか…………!!」
少年もまた、死に行く宿儺に自分の姿を重ねていた。宿儺の語る言葉はすべて真実で、心の底から自分にすべてをもらってほしいと願ってると、分かってしまった。
だから断れない。まるで鏡に写る自分を見ているかのような感覚を与えるこの『まつろわぬ神』の願いを。
「それでは宿儺様?この子に祝福と呪いの言葉をお願いしますわ。
『あぁ?ふざけてんじゃねぇぞババアが、誰がそんなものくれてやるかよ』
宿儺がパンドラに向かって中指を突き立てる。だがその行動よりもパンドラはババアと呼ばれた事の方が堪えているらしく笑顔のままで固まっていた。
『人間、名前を教えてくれるか?』
「…………
『そうか…………柊龍紀!!俺を殺してくれた人間よ!!神殺しなんて無視していい!!どうか人らしく生きて、人らしく死んでくれ!!それが俺の願いだ!!』
こうして神の玩具として転生させられた少年『柊龍紀』は、
「ーーーーーーーーーーんぁ…………」
カーテンの隙間から入る光で目を覚ます。
懐かしい夢を見た。あの宿儺と呼ばれた『まつろわぬ神』を倒した日のことを。
「腹減ったな。冷蔵庫の中は…………クソッ、空かよ」
空腹で冷蔵庫の中を確認するが目当ての食料は入っていなかった。財布の中身には余裕があり、時計を見れば昼前、条件は揃ってるな。
「仕方ねぇな…………食いに行くか」
寝ていたことで固まっていた体を解しながら外に出て、駐輪場に止めてあるバイクに跨がってエンジンをかける。
神殺しになっても俺の目的は変わることはない。それは宿儺も理解しているはずだ。
人としての生をまっとうする。
奇しくも宿儺の願いと俺の目的は同じだった。