絶海の孤島。
周囲は海に囲まれており、島の中には生い茂った森林、暗く静かな洞窟、今にも噴火しそうな火山など、おおよそ『自然』に分類される全てがある。
全てというだけあってその敷地は広大だ。島というより、一つの国と言ってもいい。
一般人が観光に訪れたなら、ある者は浜辺ではしゃぎ回るだろう。
他にもその広大な森林に癒されたり、無謀にも不気味な洞窟を探検したり、体力作りのために登山に向かったり。
用途は人それぞれだが、誰もがこの大自然を満喫することだろう。
だが
彼らはそんなものに興味はないし、意味すら見出さない。
用途はただ一つ。
――強い
それがこの『デュエルアカデミア』が存在する意味であり、価値であり、創設者“赤羽霊王”の第一の目的だ。
ここに存在する資材は全て、ただこれだけのために使われる。
教育ではない。育成ではない。作るのだ。
ついて来れなければ切り捨てる。脱走者はカードに封じ見世物にする。
ここの人間は殆どがヒトではなくコマ。戦場でのみ力を振るう
◆
「はっ……はっ……はっ……」
その地獄のような孤島の中、少年は一人で走っていた。
背中には赤いナップザック。余程重いものナニかが入っているらしく、少年の動きに合わせてゴソゴソ動いている。
「はっ……はっ……っ、流石に走り疲れてきたな。どうだ、ユベル」
『大丈夫だよ。とりあえず今のところはね』
ユベル。そう呼ばれた何かが少年の背後に現れる。
――“何か”。それ以外にふさわしい言葉が見つからない。
そもそも性別すらはっきりしない。何しろ体が半分別物なのだ。
左は男で右は女。声の調子からして女性のように思えるが、真実は定かではない。
背中には黒く大きな翼があり、額には第三の目。身長も少年より頭一つほど大きいようだ。
「はぁ……はぁ……――ふぅ」
『お疲れ十代。随分と走ったね』
「ああ……こんなに走ったのは……っ、久しぶりだぜ……けど、流石に撒いただろ」
十代は額の汗を拭い、走ってきた道を振り返る。
少年とて考えなしに逃げてきたのではない。彼自身ここのことはまだよく知らないが、『デュエルアカデミア』のことならばそこらの兵士より何倍も知っている。
「あっちこっち走り回って攪乱してやったからな。これでも撒けなきゃ、ちょっとお手上げだな。っと、そうだ」
十代は背負ったナップザックを下ろし、中を開ける。
すると、太った一匹の猫が鳴きながら飛び出した。
「そろそろ飯の時間だったよなーファラオ。ゴメンなー、ホントあいつらしつこくてさー」
『……君、今の状況分かってるかい? ボクらは今、ここの
「そうだけどさ、まあいいじゃないか。よく言うだろ? 腹が減っては戦はできぬ、ってさ。
……あ、やばい。俺も腹減ってきた」
『……はぁ。全く君ってやつは、大物なのか馬鹿なのか』
『けど、それが十代君のいいところなのにゃー』
ひゅいん、とファラオの口から小さな球体が出てきた。
――“球体”。それ以外にふさわしい言葉が見つからない。
だって球体だもの。光の玉だもの。ユーレイだもの。
『何事にも怯まないその姿勢。先生はダイスキですにゃー』
「サンキュー大徳寺先生。そうだ、ファラオ見ててくれないか? 俺ちょっと釣竿作るからさ」
『釣竿? でも、釣りが出来そうな場所なんてないのにゃ』
「いや、もう少し行ったところにあるんだよなーこれが。ていうか、先生知らないのかよ。俺達が知ってるのとは色々違うけど、一応ここアカデミアだぜ?」
『流石にこんなところまで知ってるのは君だけだと思うのにゃ』
「そんなことないと思うけどなー……そうだ、じゃあこの際だし案内してやるぜ! ほら行くぞファラオ。向こうの池で大物ガンガン釣ってやるからさ!」
ファラオは“ニャーン!”と元気よく鳴いたあと、再びナップザックに潜り込んだ。自分で歩き気はないらしい。
それに苦笑しつつ、十代は手際よく猫用の餌を片付け、釣り場に向かおうとした。
――その、直前。
『――十代』
一言だけ、ユベルは十代に呼びかけた。
「――ああ」
その一言を聞いて十代はナップザックを下ろし、中に篭ったファラオを出す。
『十代君?』
「悪いなファラオ。飯はもう少しお預けだ」
ファラオは爪で抗議する。
「いった、痛い! ごめん、悪かった!」
十代はどう、どう、とファラオを制する。
一応は落ちついてくれたものの、またいつ飛び掛かってきてもおかしくないだろう。
「悪かったって。頼むから機嫌直してくれ。お詫びに、特等席で俺のデュエルを見せてやるからさ」
『デュエル? でも十代君、相手は――』
「いーや、いるぜ。一人だけ、しかも小物みたいだけどな」
「――――言ったな。小僧」
十代の挑発に答え、一人の男が物陰から姿を現す。
軍人のような青い制服と、素顔を隠す仮面。
左手にはデッキとデュエルディスク。
「よう。さっきぶりだな、オベリスクフォースの戦士さん」
「なんのことだ。私が貴様と顔を合わせるのは初めてのはずだが」
「あれ? ってことは、さっきのやつとは別人か。
うーん……やっぱり分かりにくいぜお前ら。せめて仮面はとらないか?」
「断る。貴様の指図を受けるつもりはない」
オベリスクフォース。そう呼ばれた男がデュエルディスクを展開する。
その様子を見て――十代は、少年のように目を輝かせた。
負ければカードにされる。それは十代とて分かっている。これは自分にとって負けられない戦いだ。
それでもなお、カードを見ると、ディスクを見ると、胸を躍らせずにはいられない。
つまるところ遊城十代は、どうしようもないほどに、根っからの
「へへっ。ああ、そうこなくっちゃな!」
十代もまたデュエルディスクを展開する。
ユベル、大徳寺、ファラオは彼の後ろに下がり観戦する。
前者二名は十代以外には見えていないのだが、念のためだ。
「貴様はここで捕らえさせてもらう!」
「やれるものならやってみな! いくぜ!」
「「決闘《デュエル》!!」」
◆
決闘開始の宣言と同時、場の空気が一変する。
両者共に
「よし、俺のヒーローデッキの力を見せてやるぜ! 俺のターン!」
意気揚々と先行をとったのは遊城十代。
その温度差に、男は違和感を感じざるを得ない。
デュエルとは文字通り決闘。魔術師であるプレイヤーがモンスターを召喚し、
敗北した者は、ただカードにされるのみだ。
「来い! 《
《
星3/炎属性/戦士族/攻1200/守 800
「カードを一枚伏せて、俺はターンエンドだ」
「……なんだと?」
一ターン目が終わると同時、男は眉をしかめて遊城十代を睨む。
フィールドに出たカードは僅か二枚。モンスターが一体と
それも召喚されたモンスターの攻撃力は1200、攻撃表示。
これ自体は大したことではない。手札にめぼしいカードがないせいでモンスターを召喚出来ない、なんてことは珍しくないからだ。
だが、相手がこの少年となれば話は違う。
――遊城十代。
現在確認できているだけでも、この少年はオベリスクフォースの
「貴様……私を舐めているのか」
「どうかな。遠慮しなくていいぜ。ただし、トラップに掛かっても知らないけどな」
「フン……私のターン!」
男はカードを引き、手札から一体のモンスターを選択する。
彼の戦術は変わらない。相手が誰であろうと、だ。
「私は《
《
星3/地属性/機械族/攻 1000/守 1000
機械仕掛けの猟犬が男のフィールドに出現した。
見たことのないモンスターではあるが、確かに面影はある。
「《
遊城十代
LP:4000 → 3400
「おっと……やるな、やっぱ」
「これで終わりだと思うな。私は更に
二体目の《
《
星3/地属性/機械族/攻 1000/守 1000
「そして効果発動! 再び600ポイントのダメージを与える!」
遊城十代
LP:3400 → 2800
「ここで《
私はフィールドの二体のハウンドドッグと、手札の残り一体を融合!
古の魂受け継がれし、機械仕掛けの猟犬達よ。 群れなして混じりあい、新たなる力と共に生まれ変わらん!
――融合召喚! 現れろ、レベル7! 《
《
星7/地属性/機械族/攻 1800/守 1000
「これでいくら
「そいつはどうかな?」
「口の減らない子供だな。行け、トリプルバイトで攻撃!」
《
バーストレディの攻撃力は1200。その差の数値の600ポイントが遊城十代のライフから削られる。
遊城十代
LP:2800 → 2200
「この瞬間、
「何――!」
トリプルバイトが二度目の攻撃に入る直前、遊城十代が
「《E・HERO フェザーマン》を、守備表示で特殊召喚!」
《E・HERO フェザーマン》
星3/風属性/戦士族/攻1000/守1000
「ちっ――構うものか。行け、トリプルバイト!」
二度目の攻撃がフェザーマンを破壊する。
守備表示であるためライフは減らなかったが、これで遊城十代を守るモンスターは全滅した。
「これで三回目だ。《
命令を受け、猟犬はそれぞれの口から炎の弾丸を打ち出した。
三つの弾丸は混ざり合い、業火となって遊城十代の全身を焼き尽くす。
LP:2200 → 400
「――っくぅ、流石に今のは効いたぜ」
『大丈夫かい? もうライフは風前の灯火だけど』
「大丈夫だって、心配すんな。ヒーローは必ず勝つんだぜ」
「……何を話している」
「うぁ、やっべ……」
男は怪訝な顔で遊城十代を睨む。
当人は相棒と相談しているだけなのだが、それ以外の者から見れば、彼は何もいない場所を相手にブツブツ話しているだけだ。
呟く、ではなく話す、であるあたり、余計にたちが悪い。
「あはは、悪い悪い。何でもない」
「……私はこれで、ターンエンドだ」
これにて二ターン目が終了した。
遊城十代の残りのライフはおよそ十分の一。もはや一度のミスも許されず、いつゼロになってもおかしくない。
「さあて、ここから逆転だ! 俺のターン、ドロー!」
にもかかわらず、少年は笑っていた。
男は悟る。
なぜこの遊城十代という少年は、生死の淵にいてなお笑顔を絶やさないのか。
それは、自身の敗北をこれっぽっちも意識していないから。
どうやってこの逆境を乗り越えるか。この少年は常にそれを考えている。
極限のプラス思考。底抜けの能天気さ故のもの。兵士として過酷な環境を与えられたオベリスクフォースが絶対に持ち得ない天性の武器だ。
「そっちが融合なら、こっちも融合で行かせてもらうぜ!
――現れろ、マイフェイバリットカード! 《E・HERO フレイム・ウィングマン》!」
《E・HERO フレイム・ウィングマン》
星6/風属性/戦士族/攻2100/守1200
遊城十代のフィールドに、再び新たな
フェザーマンとバーストレディの融合体。右手に火竜を宿し、翼で空を駆けるエレメンタルヒーロー。
「融合モンスターだと……!」
「まだまだ! 俺は装備魔法《アサルト・アーマー》をフレイム・ウィングマンに装備! 攻撃力を300ポイントアップ!」
《E・HERO フレイム・ウィングマン》
攻2100 → 攻2400
「そして、《アサルト・アーマー》を解除」
《E・HERO フレイム・ウィングマン》
攻2400 → 攻2100
「この効果により、フレイム・ウィングマンはこのターン、二回攻撃ができる!」
「なんだと――!」
「バトルだ! フレイム・ウィングマンで、《
正義の火炎が猟犬を喰らい尽くす。
フレイム・ウィングマンの攻撃力は2100。数値に従い、《
オベリスクフォース
LP:4000 → 3700
「そして、フレイム・ウィングマンの効果発動! 戦闘で破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える!」
オベリスクフォース
LP:3700 → 1900
「ぐっ……馬鹿な」
「フレイム・ウィングマンにはまだ二回目の攻撃が残っている。行け!」
「馬鹿な……馬鹿な!!」
敗北を目前に、余裕の態度を崩さなかった男は動揺し始めた。
フレイム・ウィングマンは男の前に仁王立ちで立ち塞がり――
「“フレイム・シュート”!」
「ぐああああぁぁぁ!!」
召喚者の命に応え、最後の
オベリスクフォース
LP:1900 → 0
◆
「――お見事。いやぁ、すごいねキミ」
外見は遊城十代より少し若い。いや、幼いと言うべきか。
だが遊城十代、そして彼と同化しているユベルは、その少年の異質さを即座に感じ取った。
「なんだ、見てたならもっと近くに来ればよかったのに」
「そうもいかなかったんだよ。ボクも暇じゃなかったからね。
ボクの名前はユーリ。君は?」
「遊城十代。デュエルならいつでも受けてやるぜ。お前のようなヤツが相手でもな」
「そう? じゃあ遊城十代さん。早速で悪いんだけど――」
ユーリ。そう呼ばれた少年が指を鳴らす。
それが合図だったらしい。これまで観戦していたオベリスクフォース達が、標的を取り囲むように姿を見せた。
数は六。ユーリも含めると七か。
「ボク達全員と相手してもらえるかな?」
「…………はは、冗談」
オベリスクフォースの数を見て不利と判断したらしい。
それも当然か。一対七。どんな
……となれば、あとは逃亡あるのみ。
ファラオが隠れたナップザックを背負い、逃げる準備を整える。
「へえ。この状況で逃げる気?」
「流石にこの数はちょっとな。お前とデュエルしてみたかったけど、今は遠慮しておくぜ」
「そう。でも、逃げきれると思う?」
「悪いが――俺を、その辺の
「――――!」
その変化に、誰もが怯んだ。
両目が変色する。
緑と橙。
およそ人間とは思えない、オッドアイへと。
「頼むぞ、ユベル!」
『――仕方ないね、全く」
遊城十代はデッキからカードを引き、そのモンスターを召喚した。
彼の背後霊たる《ユベル》が実体化する。
翼を持つ三つ目の女。
ヒーローなどとは程遠い、まさに悪魔と呼ぶに相応しい化生を。
「このエネルギー……モンスターを実体化している?」
「そういうことだ。どうだ、ユベル」
ユベルは空に手をかざす。
一瞬黒い衝撃波が吹き抜けたあと、何もなかったはずの場所に“孔”が空いた。
一寸先は闇。絶対的な暗黒の世界だ。
「……うん、こっちはいつでもいいよ。これでボクらは逃げられる。最も、どこに跳ぶかまでは知らないけどね」
「サンキュー。よし、行くぜファラオ、大徳寺先生!」
光の玉はナップザックの中に潜り込み、ファラオは鳴き声で返事をした。
「ん、じゃあ行くか!」
「っ――待て、貴様!」
孔の中に飛び込もうとした十代を、オベリスクフォースの一人が呼び止めた。
いつでも逃げられるというのは本当らしく、十代は余裕を持って立ち止まる。
「なんだよ、まだ何かあるのか?」
「貴様、その孔はなんだ! どこに逃げるつもりだ!」
「決まってるだろ。
「な――次元、だと……?」
次元の狭間を跳ぶ。一般人が聞けば間違いなく首を傾げるだろう。
そしてこう結論づける。デタラメ、あるいはハッタリだと。
だがその真意を知るユーリ、オベリスクフォースの
遊城十代が使っているデュエルディスクは、明らかに
にも関わらず。
アカデミアからのサポートを受けることなく、なぜ次元間を移動できるのか――と。
「じゃあ俺達は行くぜ!
……ああ、そうだ。おい、そこのあんた!」
「……!」
指を差されたオベリスクフォース――先程倒された男が反応する。
「一つ言い忘れてたんだ。
――ガッチャ。楽しいデュエルだったぜ、オベリスクフォース。それじゃ、今度こそまたな!」
楽しかった。
呆然とする彼らにそう言い残して、遊城十代は闇の中へ飛び込んでいった。