錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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〝 さて、答えは出たかな? 〟


鏡写しのドッペルゲンガー

 

 

 暗い、暗い世界に身を沈ませていく。

 ボコリ、と水泡が口の中から逃げていくような…… そんな感覚のまま下へ、下へ、導かれるように。

 足が地面に着いたとき、そっと私は目を開いた。

 

「あれ…… ?」

 

 私、確かあの世界を壊して逃げ出したはずじゃあ?

 

「…… ここ」

 

 辺りを見渡すと、そこはオレンジや淡い桃色などの暖色の光が街灯によって照らされていた。

 濃い影を落とす建物…… 1度しか来たことがないけれど、見覚えのある場所だ。

 私はまた気絶してしまったのだろうか?それともまた違った方法でここに来ているのか…… ?

 私は部屋の前に立ち、ごくりと唾を飲み込んでドアノブに手をかけ、扉を開けると……

 

「やあ、また会ったね」

 

 そしてそっと扉を閉じた。

 

「おーい、久しぶりなのにそれは酷いんじゃないかなー?」

 

 扉の向こう側から聴こえてくる声は前に来た時とは違い、呆れ返ったようなものではなくゲームで聴いていたような彼の語調だ。

 ようするに、馬鹿にしたようなものではない。

 彼は私の持っている才能…… 〝 幸運 〟そのもの。なにか、私の中で変化があったというのだろうか。

 

「……」

 

 黙ったまま扉を開いて中に入る。

 

「やあ」

「…… 久しぶり、だね」

 

 様子を見ながらゆっくりと彼の前に立つ。

 彼の後ろには、もう〝 希望 〟の妹はいなかった。

 1対1の対決。なぜ今更になって私の夢に出て来ているのか…… そも そもこれは本当に夢なのか? そこも分からないけれど、これだけは分かる。

 これは、チャンスだって。

 

「さて…… 答えは出たのかな?」

「なんのこと?」

「分かっててそんなことを言うんだから、キミもなかなか性質が悪いよね?」

 

 生憎、キミに対して素直になる殊勝さなんて持ち合わせてないからね。あのモノクマへ向けるような反抗心しか湧いてこないよ。

 

「…… 前に会ったとき、キミは散々私のことを罵倒してくれたね?」

「ボクと同じゴミクズに対して敬意を払うわけないでしょ? あれでも最低限だったんだけど」

「へえ、あれだけ貶しといてよく言うよ」

 

 違う、そうじゃない。言い争いをしたいわけじゃないんだってば。

 なんだって私はこの人相手だとこう、言動をスルーできなくなってしまうんだろう。モノクマにはあー、はいはいでどうにかできるのにさあ。

 

「キミに足りないものは分かったかな?」

「…… うん、私勘違いしてたみたい」

 

 あのとき、独り言のように言っていた言葉は全て、私の悪いところを指摘していただけだった。

 

 

 

 ―― 幸運の代償として不運が訪れるのは当たり前なんだよ。それなのにその不運を嘆くだけでなにも行動しない。そんなキミに素晴らしい希望が訪れるわけもないのに幸せな未来を望んでいるだなんて、まったくおかしいよね。

 

 ―― キミは自分が助かるにしても最初から他力本願しかしていないし、笑わせるよね。そんな状態のキミに未来があるとでも? ただ後ろ向きに立ち止まっているだけで一歩も動けず、何にもできない。そんなの時間の無駄遣いだよね?

 

 

 

 それら全て、私の悪いところだ。

 それが今になってよく分かる。私は全て〝 諦めていた 〟から。

 自分の才能のせいだからって責任から逃げて、死んでほしくないって思いながらも見捨て続けた。

 そんな私が、死んだ人たちを嘆いて 「死んでほしくなかった。私のせいだ」 なんて言う資格はない。

 

 だって、助ける努力なんてこれっぽっちもしてなかったんだから。

 なにもしてないのに 「私のせいだ」 なんて嘆いてもそんなの滑稽だ。死んだ彼らに対して失礼にもほどがある。

 全部全部他力本願だった。批判されても仕方ない。結局私は他人の死を嘆きながら自分だけ大事だったということだ。

 

「私は…… はなから諦めてなにも行動しなかった。死んでほしくない人たちに、なにもしなかった。全部、見て見ぬ振り、聞かない振りをしてたんだよね…… なにも努力しないで幸せになろうだなんて傲慢だったんだ」

 

 パレードだって本当は周りの惨状が見えていたし、聴こえていた。なのに無視したのは私だ。メイと生き残ることに拘って、〝 彼 〟だって見殺しにした。

 そう、見殺しにした…… 〝 十神 〟クンだってあの時の自分は死んだと言っていたのだから。

 

「分かってるならいいんだよ。キミがあまりにも優柔不断すぎるからボクはもうイライラしちゃって仕方なかったんだよ」

「それは…… ごめん」

「なんで謝るの? 原因に向かって謝るなんてキミは馬鹿だね」

「ちょっと!?」

 

 ああもう、素直に謝ったら謝ったらでこいつはっ!

 

「でも、変われたんでしょ?」

「…… うん、そうだよ。変われた。変わらされたよ…… お人好しな誰かさんたちのせいでね」

 

 最初は花村クン以外に干渉するつもりなんてなかった。

 きっかけは、辺古山さんと九頭龍クンの会話を聞いたことだ。あの2人の、辺古山さんの 「坊ちゃん」 という言葉を聞かなかったら…… 私はきっと変われなかっただろう。

 あそこで迷いが生じたからこそ、手紙を受け取ったからこそ私は事件現場に行き、そしてタイミングよく会話を聞いて…… 〝 あの子 〟によく似た辺古山さんの末路を思い出して…… そうしたら、勝手に身体が動いていた。

 あのとき、私はやっと自分から行動することができたんだ。

 やっと、私は自分の才能に抗って想いを貫き通すことができたんだ。

 

 「サンキューね!」 って言って笑ってくれる小泉さんが、まだ生きている。九頭龍クンとすれ違いながらも笑っている辺古山さんはもう道具なんかじゃない。

 罪木ちゃんはもう1人じゃないし、西園寺さんも少しずつ皆と近づいている。田中クンの隣でソニアさんは幸せそうにしてるし、弐大クンと終里さんは今でもトレーニングしてる。

 七海さんは、日向クンの隣でサポートしてるし…… 花村クンは料理の目的を思い出して皆が幸せになれる食事を用意してくれる……

 

 そんな、幸せな世界が、私が行動して掴んだ昨日の未来。

 

「うん、それならもうなにも言うことはないかな…… ボクがアドバイスすることなんてもうないね」

「私はキミなんかに負けないから。キミがいくら私を幸運にしようとしても、私は私自身の幸福を掴んでみせるから。見ててよね」

「ふうん、精々頑張ってみればいいんじゃない?」

 

 今度は、本当の未来を掴みに行かないとね。

 

「さしあたっては……」

 

 私は素早く手のひらを突き出して鉄パイプを掴み、その慣れ親しんだ感触を確かめて振り抜く。

 甲高い金属音が鳴り、鉄パイプは笑顔の彼が持つネイルハンマーによって受け止められた。

 

「才能なんていらないって? それがあるからキミはこうして皆と出会えたのに?」

「うーん、やっぱりダメかぁ。幸運様には敵わないね!」

 

 才能なんてなくなってしまえばいいのに。

 それも持つ者の傲慢だ。夢の中とはいえ、さすがに彼を殺すことはできないらしい。

 でも1発殴ってやろうと思っていたのは行動に移せたし、一応達成かな。当てられてないけれど。

 

「…… まあいいや。で、なにか他にないのかな?」

「なにが?」

「ほらほら、変われた餞別とか」

「そんなのあるわけないじゃない。強いていうならいつでもボクと会えるようになるってことかな?」

「えー…… いらないよ」

「……」

 

 あ、イライラしてる。

 

「でも、そうだよね…… キミは私の才能そのものなんだからずっと一緒か」

「なにを改まってるの?」

 

 だって、さ。自分自身なんでしょ?

 前までは彼をキャラクターとして見ていた部分もあったけれど、今は私が狛枝凪だからね。彼も私の1部。受け入れるべき存在なんだろう。

 

「だから、キミも受け入れる…… これからも、よろしく」

「……」

「……」

 

 ドン引き立ち絵と同じポーズで固まるのやめてよ! 完全に引かれるとさすがに私も悲しいんだけど!

 

「仕方ないなあ……」

 

 呆れたように笑って手が差し出される。それを受け取って手を押さえると、私は彼のおでこを指で弾いた。

 

「いてっ!」

「1本とーった!」

「子供じゃないんだから……」

 

 デコピンだけで済んで良かったと思ってほしいね。

むしろ寛大な処置に感謝してよ! って、調子に乗りすぎか。

 

「そういえば、キミの後ろにいた〝 私 〟は?」

「キミに芽生えた希望のこと?それなら、自分の胸に手を当てて考えてみなよ」

 

 …… つまり?

 

「私の中にいる…… ってことかな?」

「そう。そもそもキミ自身の希望なのに独立して存在するなんておかしな話でしょ?」

 

 それを言うならキミが独立してるのもおかしいってことにならないかな?

 

「ボクはキミに御されるほど安くないよ」

 

 あ、はい、そうですか。

 

「……」

 

 でもいつか、彼を制御してみせる。

 そうすることができれば、あのカムクライズルのように幸運すら利用できるようになれるかもしれない。そうなれば…… もう友達を失わなくて済むのかな……

 いや、大丈夫。だって日向クンがいるもんね。彼が一緒ならきっと、大丈夫……

 

「それじゃあ、今度はちゃんと夢で会おうね」

 

 にっこりと笑いながら彼が手をあげる。

 

「えっ?」

「またね、この世界のボク。こっちはこっちで幸せにやるから、そっちはよろしくね」

「待って、それ、ど、どういうこと!?」

 

 またかよ! また言い逃げされちゃうのかよ!

そんなのズルいじゃないか! 私だけなにも分からないままだなんて、そんなの、そんなの嫌だよ!

 

「夢なんて人の数だけあるんだから、セカイだって複数あったっておかしくないでしょ? この世界のボクはキミ。ボクはボク。ただそれだけだから」

 

 彼の姿が消えていく。いや、私が夢の中から追い出されようとしているのだ。

 

「なんでっ、私が…… !」

 

 彼は、狛枝凪斗はここがパラレルワールドだとでも言いたいのか?

 なら、私はこのままでいいのか?

 私は、彼の場所を奪ったわけではないのか…… ?

 そんな疑問は尽きることなく湧いてくるが、応える人はもう消えてしまった。ああ、また言い逃げされた。

 これからはいつでも会えるとか言ってたけれど、それは本当なのかな。あんな言い逃げされて…… 本当にまた会えるのかな……

 

 勝手に不安になりながら、1人暗闇に取り残される。

 伸ばした手は、初めは拒絶され、1度交わされて……そして最後は掴むことができなかった。

 まるで掴み所のない人だ。本当、意味分からない人だよ、キミは。

 

「手を掴む…… か」

 

 自分の手のひらを見つめてくすりと笑う。

 おしおきのとき、助けてくれようとして嬉しかったよ、日向クン。

 あのときは残念ながら拒絶してしまったけれど、今度はちゃんと、自分から掴むから。

 

「だからもう1度……」

 

 十神クンと一緒に楽園を破壊し、確かに掴んだ感触。

 それをまたもう1度…… 掴みにいくために進まなくちゃ。

 意識のデータしかなかろうが問題はない。

 さあ行こうか、彼らの元へ。

 

 暗闇の世界に響く笛の音。

 遠くから聞こえるそれに耳をすませて上も下も分からない場所を歩いていく。靴跡は真っ赤に染まり、血溜まりが私の歩みを遅くさせるが、気にせず歩く。

 

 所々に見える死んでいった皆の象徴を横目に、 「ありがとう」 と感謝の言葉を紡ぎながら歩き続ける。

 死体を積み上げながら生きてきた私は、彼らを忘れてはいけない。

夢の中にその記憶を詰め込んで、決して忘れぬように。

 人は忘れて生きる生き物だけれど、夢の中だけは残り続けるように。

 後ろ向きではなく…… あの苗木クンのように、全てを受け入れ、私は未来へ進んでいく。

 

 笛の音だけを頼りに、ひたすら歩いた。

 

「…… これは」

 

 やがて、鏡のようなものの中から音が出ていることに気がついた。その中では皆が輪になって裁判場にいる場面が映っている。何人かは苦しそうな顔をしながら。

 罪木ちゃんはぎゅっとホイッスルを握っている。彼女の想いが、私を呼んだのかもしれない。

 七海さんとモノミだけが孤立している状態を見るに、もしかしたら彼女たちがAIであることがバラされてしまったのかもしれない。

 それで、迷いが生じているのかもしれない。

 

「どうすればいいのかな…… ?」

 

 鏡の中で起こっている出来事は進んでいく。

 まるで、ゲームの画面を見ているような気分になってきてしまう。自分ではなにも干渉できないような不安な気持ちが湧いてくる。

 でもそれでは前と一緒なのだ。それでは、ダメなんだ。

 

「っモノミ!」

 

 鏡の中で、モノミが摘まみ上げられ、超巨大な江ノ島盾子の頭上に挙げられる。そして彼女は大きく口を開けて……

 

 ―― 狛枝さんがこんなことをしてしまったのは、不安だったからでちゅよね…… でも、不安にならなくてもいいんでちゅよ。まだミナサンは会ったばかりでちゅけど、きっとらーぶらーぶできるはずでちゅ。なんなら、あちしもいまちゅから、もっと頼ってくださいね。あちしはあなたの先生でもあるんでちゅから。

 

 蘇ったのは、パーティの後説教されたときのこと。

 ああ、先生なんだなあ…… と思ったのだ。どうせAIなんだ、なんてそんなことは関係ない。私にとって、彼女は確かに先生なのだ。

 

「そんなの、許さない!」

 

 彼女だって、私が望む未来にいるんだから、そんなの許すわけない!

 絶望なんかに、負けたくない!

 

 今は夢の中だけれど夢の中ではない。ゲームの中だ。本来なら使えないはずだと思うけれど、きっと今ならできるはず。

 手のひらを軽く握ると、いつの間にかそこには鉄パイプがあった。

 

「壊れろぉぉぉぉ!」

 

 振り上げ、突進するように鏡を割る。

 そしてそのまま鏡の中へ……

 

「ひゃあああああ!」

 

 モノミが泣いている。

 江ノ島盾子は摘んでいたモノミの耳を離し、モノミが彼女の口の中に…… そして機械が壊れるようなゴチャゴチャした咀嚼音が…… なんてこと、させるわけないでしょ!

 

「モノミ!」

「ふぇ!? こ、狛枝さん!?」

 

 彼らの頭上を斜め上からモノミを突進するように攫い、 「はあ?」 という反応を示した江ノ島盾子から身を逸らす。

 間一髪、口の中にドボンするのを逃れたのだけれど……

 

「さ、さすがにホウキは使えない!?」

 

 エフェクト使用ができたのはさっきの鉄パイプだけだったらしい。

 このままだと席に突っ込んで大怪我するよ! いつものことだけど!

 

「ああああああ!」

「あああ、あちしがなんとかしないと!」

 

 先生が必死に魔女の箒を手にしているからか、なんとなく落下速度はゆっくりになったかもしれない…… が、それでも普通に怪我はしそうだ。

 

「無茶するなよっ!」

 

 そうして2人で飛び込んだところに日向クンが滑り込み、手を掴んだことでなんとか軽やかに着地することができた。じゅってん!

 

「あははは、ありがとう日向クン……」

「まったく……」

 

 そんなこと言ってても、ちゃんと迎えに来てくれたことは覚えているよ。

 十神クンがいないことだけが気がかりだけれど、きっと大丈夫。

 

「あーあ、あっちは失敗しちゃったのね。マルチタスクが面倒だからって切り離すべきじゃなかったのかなー」

 

 大音響の、声。

 巨大江ノ島盾子が直接喋ったからだった。

 

「おっと失礼…… 鼓膜は無事かい?」

 

 今度は江ノ島盾子の目の前に置かれた大きな画面…… 恐らく携帯電話の中からキザ姿になった彼女が話しかけてくる。

 私が復活したことなど、まるで気にすることなく…… 予想していたように……

 

「あ、いやーん! なんで狛枝さんがここにいるのー? まさか幽霊ー?」

 

 そして一瞬真顔になった後、取り繕ったように、ムカつくほど甘えた可愛い声で驚いた。これ絶対嘘だ。断言するよ。

 

「でもさー、そいつがどうやってか蘇ったとして…… 十神はどうなるのかなー? やっぱり彼は死んだままになっちゃうよ? それでもいいのかなー?」

 

 感動の再会もする間もなく、江ノ島盾子が煽りに来る。

 だけれど、その場に第3者の声が響いたことで彼女の言葉が続くことはなかった。

 

「詐欺師くんの身の安全なら私たちが保証しちゃうよ?」

 

 そこに現れたのは極太アンテナが特徴の平凡顔、銀髪のクールな女の子、十神クンの痩せた偽物、そして犬耳のような茶髪の女性にボブカットの同い年くらいの女の子。

 

「やっほー凪ちゃん。あのね、詐欺師くんの命の安全は私たち、未来機関が保証するから安心してね!」

 

 その言葉に、私は露骨に安堵した。

 

 

 

 

 

 

 

 




 主人公が主人公してると違和感を抱く不具合。
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