「待ってメイ!」
「承諾しかねますわ」
「お風呂は1人で入れるから!」
「防水性とはいえ、あなたはまだ義足に慣れていないでしょう。転んだらどうするのですか!そうなったら私…… 私……」
あれから、無事に未来機関の建物へと戻った私たちは盛大に歓迎された。
少し顔色の悪い罪木ちゃんと、なんとオッドアイなんていう格好良い資質をゲットした日向クンから快く部屋に案内されてパーティーを開くことが知らされた。ゲーム内のパーティーが事件のために中途半端で終了してしまったから、そのやり直しだそうだ。
食糧は本部からの支給品を各地で受け取った後少しずつ輸送して貯めた分があり、十分に用意されているとのことだ。
そして私は気づいていなかったが、どうやら無印メンバー…… 要するにメイや苗木クンのクラスは全員生存しているらしいことが分かった。
私は途中で視聴をやめてしまったので知らなかった。
ならばIF小説みたいな感じで戦場さんが活躍したのか? と思ったらそれは半分正解で半分不正解みたいだった。苗木クンが脱出ボタンで記憶を取り戻したのはもちろんだが、その後は無理がない程度に修正を入れつつ暗躍していたのだそうで…… 我らの超高校級の希望は5章クロ (濡れ衣) に相応しい程度のことをしていたらしい。純粋な苗木クンを返して欲しい。切実に。
いや、いい子だしイメージとは全然変わらないんだけれど、笑顔の下で幾通りもの道筋をシュミレートして希望へ向かうための最善の選択を取り続けていたみたいだ。おかげで無印メンバーの絆は記憶を取り戻す前で既に学園時代と同等かそれ以上のものになっていたと聞いている。
江ノ島はどうやら行方不明となっているみたいだが、再犯防止のために云々と苗木クンが言っていたから大丈夫と信じたい。
本人は戦場さんや私たちを庇ったことで本部に呼び出されてしまっているらしいが、それもなんとかしてくれるんじゃないかという無駄な信頼感が存在する。
…… 彼も転生者とかそんなことないよね?
確かめる方法なんて皆無だからさっぱり分からない。
まあいいや。彼は彼の物語。私は私の物語があったということで。
…… 妹のこまるちゃんには絶望少女のとき散々意地悪をしてしまったので兄の彼に顔向けできない、というのも追求しない理由だ。
控えめに言っても犯罪者の私と超高校級の希望になった彼だと立場が大違いだし。
現実逃避だって?
ええ、まあ…… うん。メイとのお風呂はものすごく恥ずかしかったけど姉妹だしね。気にしない気にしない。
日向クンが1度パーティの準備で呼びに来たときはどうしてやろうかと思ったけれど未遂だからね。男主人公の運命に文句言うほど私は狭量じゃない。このラッキー予備学科め。
そんな私も 『髪を下ろしたメイがとても綺麗でした』 なんて小学生並みの感想しか出てこないけどね。
私なんてお湯で湿らせたときでも少しふわふわしてるもの。一瞬の直毛気分を味わうだけだ。あんなに髪が長いのに絡まらないとか羨ましいよ。
もしかしてカムクライズルもあんなにさらさらだったのかな?気になる。日向クン、もう既に髪切っちゃってるからなあ。なんかの才能使って髪伸ばしてきてほしい。
…… いや、実際にはそんな失礼なこと言わないよ?
「お嬢様、この島原産の草花で製作した髪飾りがございますがお召しになりますか?」
私が諦めてメイの好きなように髪をいじらせていると後ろから声がかかり、振り返る。そこには赤と黄色の花が使用されたバレッタがあった。 しっかりと固定され、さらになんらかの処理が行われているのか草の匂いもなく、壊れることもないようにされている。
こんなもの、いつ用意したんだか……
「1番最初に起きた日向さんが全員分のアクセサリーを製作していましたよ」
才能の無駄遣いェ……
いや、嬉しいんだけどね? 生花を使ってアクセサリーとか難易度高スギィ!
「髪はもうメイに任せておくよ……」
「では、好きにさせてもらいますね」
暫く弄り回らされてできあがったのは編み込みしたハーフアップにバレッタを使用したものだ。白い髪には赤が合うしちょっとおしゃれな気分。ドレスはさすがに拒否した。
なんでもドレスも日向クンが才能を使う練習で全員分作ったとか。ジェバンニが1日でやってくれました。
お土産としてエフェクトにそっくりな黒と赤のドレスをいただこう。
「それではお嬢様。後ほど十神さんがお迎えに来るそうなので、私はケーキの補充とホールへ回ります。どうぞお楽しみください」
きっちりとしたメイドモードで彼女は去っていく。
格好つけたいのか節度を守っているだけなのか、身支度の最中はずっとお嬢様呼びだったね。久々の感覚でちょっと新鮮だった。
それにしても、十神クンってクラスメイトの方だよね? 御曹司のほうだったら気まずすぎて泣きたくなるよ? そもそも接点ないし、うさぎクンの方だよね? そうだよね?
「狛枝、準備はできたか?」
「うっさぎクーン!」
「っな、なにをする!?」
飛び込んだ。
「いや、なんでもないよ。うさぎクンの包容力に包まれたくなっただけ」
「どうした狛枝、気持ち悪いぞ。熱でもあるのか?」
辛辣! でもそこが好きだよ豚神クン!
いやね、ちょっと緊張で胃がキリキリしてたから豚神クンが相手で嬉しかったというか…… 私本物の十神クンみたいな人とは確実に相容れない性格してるからさ。
「パーティの準備は終わったぞ。後はホールに行くだけだ」
「うん、分かったよ」
彼の案内に従って建物を移動する。
義足も普通の足のように人工皮膚が張られているためいつものブーツを履いている。と言っても私のブーツに似せたものをメイが用意してくれただけだ。私のお気に入りは色々とべっとりくっついて処分するしかなかったそうだ。まあ、それは仕方ない。
パーティ会場には既に全員が集まっていた。
中央には大皿料理多数のビッフェ形式で並んでいる。野菜類やデザート類はそれぞれ別のテーブルに置かれ、混雑を避けた作りになっている。
肉料理のテーブルは1番大きいので反対側で約2名が占領していたとしても十分料理が行き渡るだろう。
ケーキは恐らくメイの手作り…… これは気合を入れて食べなければ。
病人並みの健康度でいきなり詰め込みすぎるのは良くない? そんなこと知るか。私はメイの手作り料理を何年ぶりかに堪能するんだ!
「えーっと、これで全員集まったか?」
ちょっと高いところに日向クンが上がり、未来機関の4人はそれを見守っている。苗木クン、霧切さん、十神クン、不二咲クンの4人だ。
うつろちゃんと織月は近くで壁に寄りかかってそれを見ている。あの人たちもあくまで未来機関所属のはずなんだけど…… それをまったく考えていないようにしか見えない。
あ、手を振って来た。やっほー織月姉さん。
「あんまり飾った言葉はいらないよな。長くなって我慢させるのもかわいそうだし」
そう言って向かった視線は肉料理の前でスタンバイしている終里さんだ。きっちり号令がかかるまで待っているので確かにあれは早く解放してあげたい。
「それじゃ、全員生還を祝して…… 乾杯だ!」
そこかしこで乾杯!という言葉が響き渡る。
皆それぞれ近くにいた人物とグラスを交わしあっている。かくいう私も給仕されたシャンパンを豚神クンと交わす。チン、と良い音が鳴った。
苗木クンたちはまだ未成年だが私たちは既に成人している。念願のお酒も解禁だ。
あまりに苦いものは実は苦手なのだが、ビールでなくてシャンパンやワインなら普通に飲むことができる。
私は近くにあったテーブルにグラスを置き、まず野菜料理に向かって突進していく豚神クンを見送る。なぜ肉料理じゃないんだろうと気になって同じく野菜料理のビュッフェへ向かうといくらか会話が漏れ聞こえてきた。
どうやら肉料理に飛びついていた終里さんを野菜料理の方へ引きずって行った模様だ。
内容的には肉で腹を埋めるのではなく、野菜から食べることでより多くを食べることが云々。料理を楽しむための伝授をしているようだった。いや、 「昔言ったことを覚えてないのか」 と声を上げているところを見るに、同じようなことが前にもあったのかもしれない。
そういえば学生時代に第3食堂の備蓄がバイキングチケットを使用した生徒約2名にて食い尽くされたことがあったらしいが…… もしかしてそれかな?
生徒用の備蓄全てを平らげるとかどんな胃をしているんだ。自分の体以上の質量があるだろうに。大食いキャラの体がどうなっているのかは永遠の謎だな。
「あれ見てると野菜食べたくなるね」
「あー、あれだけ美味そうに食われちゃえばなァ」
「左右田クンもその口かー。ま、肉料理でされると困るけどね」
「ああ」
お隣でサラダを取っている彼と軽く話す。
当たり前だが昔あったような怯えなどとっくに消えてなくなっている。お互いに犯罪者だったからね、今更だね。グロ耐性なんて全員ついてると思うよ。
「…… もしかして左右田クンもプログラム中の記憶ある?」
「オメーまだ戻ってねーのか? ま、そのうち出てくるだろ。バックアップも削除されてマシンを使った記憶復元装置なんかは使えねーし、自力で取り戻すしかないぞ。もしくは…… 日向なら記憶処置ができるかもな」
皆に訊くと大体の人はプログラムでの出来事を思い出しているらしい。日向クンに至っては最初から覚えていたみたい。でも江ノ島アルターエゴも…… 七海さんもしっかり消えているみたいだし、なんか都合が良すぎる気も…… まだなにかあるのかなあ。
豚神クンも思い出すのに大分時間がかかるらしいし、プログラム内で死んだことが関係するのかもしれない。
別撮りしていたらしい記録映像を苗木クンたちに見せられたときはびっくりしたよ。まさか昔のままの私があんな選択をするだなんて、今でも信じられない。
あんなに熱血になれるだなんて…… 自分のことなのに、ちょっと嫉妬してしまったくらいだ。早く記憶を馴染ませて思い出せたらいいな。
「んーと、今はとりあえず日向クンは頼らないようにするよ。自力で思い出したいし」
「そーか。なら頑張れよ」
「うん。あ、左右田クン、良かったらあっちのデザートも食べてね? メイの手作りケーキだよ。いつかお店出すからタダで食べられるのは今のうちかも!」
「お、おう…… お前らホントにシスコンだよなァ」
若干引かれたけど宣伝成功!
あ、あと言わなくちゃいけないことがあるよね。
「左右田クン…… そこのチーズ、カースマルツだから気をつけた方がいいよ」
「は? 一体なにっ、が!? ヒィィィィィ!?」
1個だけ隔離されてさらに透明なケースが被さっているからなにかと思ったらゲテモノチーズじゃないか。誰だよ、こんなの手配したの。
崩れてるから多分〝 中身 〟は回収済みだと思うが、実態を知っている人にとってはちょっと近寄りがたい。
カースマルツはイタリア産の伝統的なチーズだ。けれど、その実態はウジ入りチーズである。穴を開けて移動させることでふんわりとした美味しいチーズになるとか…… 要するに珍味。
その説明を読んでしまったらしい左右田クンが絶叫をあげながら逃げそうになる。
「義足と義手、ありがとね左右田クン」
去り際の彼にそう投げかけたが、伝わっただろうか。
最後までいたずらしてごめんね。
「サラダサラダ〜」
っと、モッツァレラチーズやらカッテージチーズやらサラダに使用されたチーズはなめらかで美味しいんだよね。ミニトマトもつやつやでとても美味しい。環境汚染のせいで室内栽培らしいけれど、ポップには超高校級の農家が関わっていると書いてあるので信用できる。
トマト苦手な人でも甘いトマトを使われているから安心だ。
というかサラダ系はその農家さんが監修している野菜らしく、各地支部に支給されているものを長期保存できる冷蔵室に入れて仕入れてきたらしい。
もちろんその冷蔵室を作ったのは保護されたあとの左右田クンなんだって。未来機関に協力することを技術提供することで示したのだとか。
美味しく野菜を頬張った後、いくらかの肉料理も取りに行く。
こちらは南国料理中心だったり洋食だったり様々な料理が並んでいる。
私は脂っこいものが苦手なのであっさりしたものを選んでお皿へ。るんるんと料理の彩りを楽しみながら最初にいたテーブルへ戻って来た。
いつの間にか飲み干したグラスの替えが置いてある。仕事が早い。
そして辺りを見渡すとうつろちゃんと織月が中央の方でなにやらシャンパンタワーを作ろうとグラスを並べている最中だった。
周辺は弐大クンや豚神クンが見張っているので制作も安全に行われている。パフォーマンスだろうか?
「凪っちゃーん!」
「あれ、皆」
呼ばれてシャンパンタワーから視線を外すと、近くのテーブルにトワイライト組が集まっていた。
それぞれ好きな料理をお皿いっぱいに盛って、それを小皿で取り分けながら和気藹々と食事しているようだった。いちいち取りに行かないように工夫したらしい。
「いっぱい食べるのはいいことなんだけどね…… 赤音ちゃんたちを見てるとお腹いっぱいになっちゃうのよ」
「あの女がいちいち服のボタン飛ばすからおねえが心配するんだよねー。ほっとけばいいのに」
「そういうわけにもいかないでしょ?」
苦笑して小泉さんがサラダを食べている。カメラを汚さないようにバッグに入れ、テーブルの下に置いているみたいだ。その代わりに首に下げているのはトイカメラのほうだ。咄嗟のシャッターチャンスにはこちらを使っているらしい。
食事がある程度終わったら一眼レフで皆の写真を撮りに行くのかもしれない。
「唯吹のステージもあるんで楽しみにしててね!」
「あ、あの、私本当に動かなくていいんですかぁ?」
「蜜柑ちゃんはいいのよ。料理はアタシたちで取ってくるから」
あー、罪木ちゃんが取りに行ったら大惨事決定だもんね。
「狛枝さぁん! 可愛いですぅ……」
「えっ、あ、ありがとう…… 罪木ちゃんも結ってるの可愛いよ」
そう、髪を結っているのは私だけじゃないのだ。
小泉さんはおしゃれなカチューシャをしているし、西園寺さんは大人バージョンでポニーテールだし、澪田さんはツノは相変わらずだけれどいろんなところに編み込みが見られる。皆おしゃれさんなのだ。
罪木ちゃんはツーサイドアップ。要するにやみつきと同じように左右で軽く結ばれ、後ろ髪を垂らしている状態だ。彼女に良く似合うパールリボンが使われている。
控えめに言ってめちゃくちゃ可愛い。本人はざんばらで結びづらくてごめんなさいなどと言っているが可愛い。後で小泉さんに写真をもらおう。
全員だ…… 全員分のだ…… 不二咲クンにはプログラム内の浴衣姿とかもプリントしてもらう予定である。
完全に変態だなこれ。
「さて、どうしようかな」
九頭龍クンと辺古山さんが視界に入ったがいい雰囲気なので突入するのはやめておこう。いい加減結婚しろ。
ときおり料理の補充に出てくる花村クンは忙しそうにしている。
となると、未来機関組は…… いた!
「やあ、こんばんは苗木クン。会えて光栄だよ」
「狛枝先輩、楽しんでもらえてるみたいで良かったです」
「…… ごめんごめん、格好つけた。敬語と先輩付けやめてもらっていい?」
なんかくすぐったい。
「ふんっ腰抜けめ」
「だめよ、十神君。彼女は間違いなく1番勇猛だったんだから」
「あははは、な、なんかごめんなさい」
ふん、こっちの御曹司がかませなことぐらい私だって分かってるんだからね! 霧切さんの言葉も刺さったとか傷ついたとかそんなことないぞ!
「あれはただの蛮勇だよ。私が自慢できることじゃない。ま、結果が大事だよ…… こうやって皆生きてることだし」
「そうだね…… ボクもキミたちが生還したことが嬉しい。途中かなりハラハラしてたけど」
「それは…… ごめんね。あ、そうだ苗木クン」
「なんですか?」
「…… 妹さんと腐川さんに邪魔ばっかりしてごめんねって伝えておいてくれないかな?」
絶望少女時代は監禁されていたし、モノクマは怖いし子供たちは横暴だしでストレスマッハだったんだよね。そのせいで大分辛く当たったり、絶望少女本編のように邪魔したりしてたから謝っておきたい。
本当は直接謝りたいけれど、しばらくはこの島から出れないだろうしね。
「しっかりと伝えておくよ」
「よろしくね」
そのことを妹から聞いてるだろう彼は、笑って許してくれた。
うわあ、苗木クンの笑顔癒されるぅ…… っと、このままだと霧切さんやら別のところにいるだろう舞園さんやらに怒られそうだ。退散退散っと。
「あ、ちょっと待ってぇ、狛枝さん!」
そう言って駆け寄って来たのは、パーティ中どこかに行っていたらしい不二咲クンだった。
「どうしたの?」
「えっとぉ…… 紹介しておきたくて……」
息を切らしながら言う彼の回復を待って背中をさする。
「あ、ありがとぉ…… 急いで準備してきたから疲れちゃって……」
確かに彼とは自己紹介してないな。でも学生時代でも少なからず会ったことはあるはずなんだけど……
「…… それじゃあ、自己紹介お願いねぇ」
彼が差し出したのは、1つの端末だった。
「…… え?」
端末が立ち上がり、そこに浮かび上がったのは…… 見覚えのある人物だった。
『こんばんは、超高校級のゲーマーの七海千秋です。といっても、性格がまったく同じってわけじゃないんだけど…… 皆のことを教えてもらいながら成長していきたいなって、思うよ』
「七海ちゃん!?」
思わず口をついて出た言葉に自分が信じられない。
記録を見た限り私は彼女とそこまで親しくならなかったようだが、学生時代の私は別だ。既にちゃんづけするほど仲が良かった。
でも本物の七海さんは私たちの目の前でおしおきされてしまったし、プログラムの七海さんも消去されたはずなのに……
「さすがにまったく同じだと本人が…… あ、えっとなんでもないよぉ。えっと、この子は真っさらな状態だけど、記録映像は見せてあるし、ある程度この島についてのこととか教えてあって、パソコン関係のことならほとんどできるから僕がいなくても島のセキュリティは安心だよぉ」
『私は皆のサポートキャラクター…… みたいなものかな。よろしくね』
そっか、これからも一緒にいられるんだね。
おっと、目にゴミが……
「よろしく、七海ちゃん」
画面越しに握手したところで不二咲クンが 「まだもう少し調整があるから、もうちょっと待っててねぇ」 と申し訳なさそうに言った。
この感じだと皆はもう知ってたのかな。私が最後の挨拶だったみたい。
不二咲クンが去った後、ホール中央から盛大な拍手が響いた。
「できたー!」
「はふう……」
どうやら織月とうつろちゃんがグラスのタワーを完成させたらしい。
いよいよシャンパンを垂らすようだ。
辺りが放送と共に薄暗くなり、どこからかタワーに照明が充てられる。大きなタワーの後ろに立った織月は花村クンからシャンパンと、水筒のようなものを受け取ると両方をいっぺんに流し込み始めた。
するとそのあたりにもくもくと煙のようなものが溢れ出し、シャンパンは入れられた端から凍っていく。
最終的には滴り落ちるその様も凍りつき、凍ったシャンパンタワーが完成した!
なるほど、あれは液体窒素かな?面白いことをするなぁ。
凍っているからキラキラと光ってとても綺麗だ。あれなら崩さずに移動もできるし。
凍ったシャンパンタワーは拍手と共に下にしている台で邪魔にならない位置まで下げられた。それから照明がつき、和やかなパーティが再開される。
そろそろデザートも食べたくなって来たのでデザートビュッフェへと来ると、宝石箱のように見た目にも気を使ったお菓子の数々が視界に飛び込んでくる。
ほのかに甘い香りがそこら一帯にしていて、別腹がよいしょと準備しているのが分かる。メイの手作りだから普段使えない別腹も出動だ!
「あら、狛枝さんもケーキですか?」
「うん、ソニアさんはなにかオススメある?」
既に幾つか食べただろう彼女に訊くととあるケーキを指し示される。
フォンダンショコラにチョコレートケーキ。チョコレートがふんだんに使われたケーキたちだ。
「実は祖国のチョコレートが使われているんです。名産品ですので、是非いかがですか?」
「それは楽しみだね!」
ノヴォセリック王国の名産品はチョコレートだったっけ。マカンゴとかスコングの印象が強すぎて忘れていた。言葉に甘えてたくさんチョコレートケーキを食べよう。
「ありがとうソニアさん」
「お好きなら今度祖国へ戻った際に仕入れて来ますよ」
「ん、あれ、ソニアさんの国は大丈夫…… なの?」
「ええ、不二咲さんによると無事なようです。わたくしのことで大分混乱させてしまいましたが、皆強き者たちです。国民たちの中にはわたくしを信用できない者もいるでしょうが…… どんな目に遭おうともわたくしは祖国へ1度戻るべきです。それがわたくしなりの罪の向き合い方ですから」
目を伏せて微笑む彼女に私も笑みで返す。
もしかしたら犯罪者の烙印を押されるかもしれないが、それも罪。彼女は人殺しまではしていないと思うが、先導者だったからね。
どんなに人気な王女様でも反感は買うだろう。茨の道だと思うがその道を自ら進むと言うなら引き止めることはできない。
「そっか、応援してるよ。疲れたらまた息抜きに遊びに来てね」
「ありがとうございます。それと、今回のことで少し情報が古いことが分かってしまったので勉強のし直しですね」
「…… なんの勉強?」
「トレンディードラマとアニメです!」
あ、うん、そうだね。この子本当に大丈夫かな?
きっとそんなところが親しみやすさを感じるんだと思うけど。
給仕をして回っているメイにチョコレートに会うワインを貰ってテーブルに戻る。ソニアさんは壁の花になっている田中クンのところへケーキを持って行った。
…… ポカポカと体が温かくなってきたので少し酔っているかもしれない。
「はふー、お姉ちゃんのケーキは美味しいなあ」
うっとりとケーキを摘んでいるとパシャリと軽い音。
横目で音の発生源を辿ればカメラを構えた小泉さんと、録音中という看板を首からぶら下げた西園寺さんが……
「さ、西園寺さん!? 今の消して!」
「やーだよー」
「ま、待って待って! ああああああ!?」
「ひゃぁぁぁぁ! ごめんなさぁぁい!」
西園寺さんをダッシュで追おうとした私はふらつく足で誰かにぶつかり崩れ落ちる。声からして相手は罪木ちゃんだった。
「ふぁっ、ご、ごめん罪木ちゃん!」
「い、いえ大丈夫ですぅ……」
私が先に転んだからか変なポーズになることもなく押し倒してしまっている。ひょっこりと顔を出した西園寺さんがいたずらっ子の顔で再びカメラのフラッシュ。
「やめてぇぇぇぇ!」
私の叫びは虚しく散っていった。
「うわぁぁぁ、恥ずかしい……」
「だ、大丈夫ですよぉ! 可愛かったですからぁ!」
ごめんね罪木ちゃん。そういう問題じゃないんだ……
ダメだ…… 酔っているからかいろいろタガが外れている。少し休んでこようかな……
「…… そういえば、日向クンどこに行ったんだろ」
ついでに1人寂しい予備学科でも探すかな。
足元に気をつけながら、酔い覚まし代わりに梨ジュースを2つとお皿1つを持ってきょろきょろと辺りを見渡す。会場内にはいないのかな?
「みんなー! 今日は来てくれてありがとー!」
せっかく始まった澪田さんのライブだけれど、残念ながら酔っている私には大きな声がちょっときつい。
そそくさと会場を出てなんとなくこっちかなと思う方向へ向かう。
あの日向クンが完全にいなくなるとは思えないし、きっと皆の声が届く距離にはいるだろう。
そう思って近場のテラスを覗くと、ビンゴ。
すっかりと空には月が上り、夜となっている。その下で彼は酔い覚ましするようにパタパタと自分を仰いでいた。
「こんなところにいたの? 日向クン」
「狛枝か…… どうした?」
「いいや、キミの姿が見えないからどこだろうって思って。あと、酔いを覚ましに」
「そうか」
へえ、テラスにもテーブルなんてあるんだ…… なんて思いながら2つの梨ジュースとマカロンが乗ったお皿を置く。
「キミ、料理食べてるの? せっかく花村クンが作ってくれたんだから食べないと」
「ああ、ちゃんと食べてるぞ」
確かに、側には空のお皿が置いてある。
「…… キミもどう? 梨ジュース」
「くれるのか?」
「うん」
「ならもらうな」
なんだか、いつもと違って調子が狂う。
少しだけ大人っぽいというか、カムクライズルだった影響だろうか。
「ほら、乾杯」
「…… かんぱーい」
差し出されたグラスに自分のグラスを合わせて少しだけ飲む。
甘い、甘い梨の味だ。人工甘味料だとかそんなことはどうでもよくて、ただ単に梨が好きだから選んだのだが、彼はそういうの気にするだろうか?
いや、美味しそうに飲んでくれているから気にするだけ無駄か。
そういえば彼にプレゼントされることはあるけれど、渡したことはあんまりない気がする。喜んでくれてると、いいんだけど。
「狛枝、お前は記憶を取り戻したくないのか?」
唐突にそんなことを言った彼を横目で見てみるが、なにを考えているのかよく分からない。
「いいや、自分の意思で思い出したいからキミの協力は必要ないよ。残念、余計なお節介だったね」
「そっか、それは残念だな」
やはり彼に皮肉は効かない。
怒るでもないし、なんとなくこのやり取りは気にくわない。
もう少し前の日向クンみたいにこう…… 打てば響くみたいな……
「狛枝」
「…… なに?」
大人気なく拗ねてぶっきらぼうに返事を返したら、月を見上げていた彼はいつの間にか正面から私を見ていた。
赤と枯れ草色の瞳がこちらを真っ直ぐと見据えている。
それに応えようと正面から向き合えば、彼は微笑んで言った。
「おかえり」
私は息を飲んだ。そして様々な想いが胸中を行ったり来たりするような大混乱に陥り、心の奥底から湧き上がってくるような感情に任せたまま、口にする。
「ただ…… いま…… ?」
憶えていないはずの記憶を頼りに、ただその言葉に嬉しく思う。
差し出された手に自分の手を重ね合わせ、見つめる。
ああ、なんでだろう。ずっとこれを待ち望んでいた気がする。
暗くて怖い場所にいたとき、あるいは明るいのに不穏な場所にいたときか?
不安で押し潰されそうで、でも信じて、待った。待ち続けた。
「そうそう、これ渡そうと思ってたんだよな」
そう言って彼がなにもないところから白い薔薇の花束…… というには少ないが、花束を出した。マジシャンの才能でも使ったのか。
「ほら」
渡された白薔薇の数は13。
花言葉は色々とあるが、先程まで巡っていた自分の気持ちを鑑みると、恐らく 「約束を守る」 という意味が濃厚か。
約束…… そうだ。約束…… 一方通行の約束。確か、そうだった。
「はは…… 日向クンのくせに小洒落たことしちゃって」
「不服か?」
「ううん…… ありがとう……」
13本の薔薇の花束の意味は、 「永遠の友情」
つまり、そういうことだろう。
「えっと、あー、えっと……」
「なんだ?」
「私と、まだ友達でいてくれるの…… ?」
「当たり前だろ? これからまた色々ありそうだからな。頼りにしてるぞ」
「…… うん」
そうだよね。
物語が終わった後も、その中で時間はずっと動き続ける。
そこにピリオドが打たれたって、永遠にさよならするわけではない。
きっと死んだって、その次がまたあるんだろう。私のように。
私は自分の記憶と才能を憎んでいたけれど、しっかりと渇望した未来を引き寄せることができて満足なんだろう。
憶えていなくとも、心が、体がそう言っているんだ。これが最上の結末だったって。
時は、流れ続けていく。
「これからもよろしくな」
「うん、よろしく…… 日向クン」
私はしっかりと、その手を取った。