錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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〝そして、またあなたと〟


【本編軸】初日の出2018

 今年も、もう終わる。

 長かった気もするし、短かった気もする。

 

 私には学園生活の記憶が、ちゃんとある。皆仲良しで、メイとも離れ離れになっていた分を埋めるようにたくさん過ごした。

 けれど三年生になった頃から学園がおかしくなり、それよりも前から日向クンと会うこともなくなった。

 七海さんに才能がなくとも可能性は無限に広がっていることを諭され、もう大丈夫だと思っていたのに。なのに日向クンは遊びに来なくなった。七海さんと共に予備学科の教師にかけあっても、そもそもそんな生徒はいなかったとまで言われて衝撃を受けた。

 きっと、今頃日向クンは……なんて嫌な予感から目を逸らしながら彼女をなだめ、クラスメイトと一緒に空元気で騒いで不安を誤魔化そうとした。

 たまに見かける音無涼子に接触しようかと悩んでは、超高校級の諜報員とボディガードたちの末路が脳裏によぎってなにもすることができなかった。

 さすがに親しくもない人たちのために、命の危険を冒してまで江ノ島盾子に接触するつもりはないし。私が止められるだなんて思い上がりも甚だしい。アレを止められるのは本気を出した苗木クンくらいじゃないか?

 それに、どうやって絶望堕ちさせてくるのか分からないから、迂闊に近寄れないというのもあった。堕ちやすそうな罪木ちゃんを彼女から遠ざけていたから自分でも接触の機会なんてなかったし。

 

 思えば、あの頃は騒がしくて年明けなんて気にしたことなかったな。

 皆で初詣に行ったことが懐かしい。

 

「うっひょぉぉぉ盛り上がって来たっすぅぅぅぅ! Foooooo!」

 

 太平洋の海の上、船の中で年越しパーティーが開かれていた。

 年越しそばは花村クンの指導付きで、全員で1から作った。自分で作った手打ちそばは本当に美味しかった。

 あとでもう1回分作れる量はあるらしい。楽しみだ。

 

 年越しなのに物資の補給をしていなくておせちが作れなかったのは笑い話なんだけどね。

 その代わりタイの尾頭付き舟盛りとか、船上で釣った魚介類の刺身。それに終里さんや弐大クンが素潜りして採ってきたウニやら伊勢海老やら貝類やら、なかなか豪華だ。

 

「ふっふっふ、ふが3つ。ノッてきたぁぁぁぁぁ! 唯吹の時代到来っすよぉぉぉぉ!」

 

 さっきから澪田さんのテンションがうなぎ登りだ。

 あれお酒入ってるのかな。私もうさぎクンが椀子そばの椀を何十個も積み上げている様を数えながらチビチビとカクテルを嗜んでいる。

 アルコールの比重によって色が重なって見えるプース・カフェのカクテルだ。なかなかアルコール度数が高いが、案外私は酒が強いほうみたいで酔ってはいない。

 このカクテル。作るのが難しいらしいが、日向クンが作ってくれたので完璧な出来だ。さすが天才の集大成。

 

ガソリンスタンドにあるMobil1粘度分類のディスプレイみたいとか言った左右田クンは許さないけどね!

 

「それでは歌います。〝 法被NEWイヤァァァァッ! 〟」

「なんかイントネーションおかしくねーかァ!?」

「おにゅーの法被を着たら、袖からこそこそコンニチワ。茶色いアイツ、素早いアイツ…… それは、ゴ」

「ギニャァァァァァッ!?」

 

 ごめん。さすがに同情する。許してあげよう。

 澪田さんは相変わらずのネーミングセンスと歌詞だね。

 

「もう疲れたよパチラッシュ……」

「み、み、御手洗さぁん! 3徹明けのお酒は体に悪いですってばぁ! 2日酔いになっちゃいますよぉ!」

 

 年越し前に3徹するのもある意味すごいけれども、それでも年越しは皆と起きてるってのもすごいよね。仮眠くらいしてもバチは当たらないと思うけど。

 

「ちょっと! 魚ばっかり嫌なんだけどー! 舟盛りは綺麗だけど…… わたし和菓子食べたーい!」

「日寄子ちゃん、前に買ったやつは全部食べちゃったの?」

「だ、だって花村おにいわたしの嫌いなものばっかり出してくるし……」

 

 物資の調達は確かに結構前だけど、それ以上にかなりの量買ってたはずだよね…… 計画的に食べないからそうなるんだよ。

 皆それぞれの方法でお金を稼いでいるとはいえ、顔が割れてるから頻繁に買い物にも行けない。

 それを選んだのは私たちだから仕方ないけれど。

 

「あれー? 小泉さんから言われなかった? ぼく好き嫌いなくせるような料理を頼まれて作ってたんだけど…… それとも、大人の味はまだ早いのかな?」

「皆さんほとんど同い年だと思うんですけどぉ」

「うるせぇゲロブタ! 口挟んでんじゃねーよ!」

「あ、ご、ごめんなさぁい! 余計なこと言ってごめんなさぁい!」

 

 …… ああ、あの洋食と野菜のオンパレードはそういうことだったんだ。

 どうりでオムライスの中に入っている野菜が細かくされていたわけだ。お母さんの涙ぐましい努力みたいでなんか面白いね。

 花村クンがお母さんね…… 下ネタばっか言うお母さんは真面目に考えたら嫌だな。却下。

 

「料理は足りるかぁ? なんならワシらがもっと獲ってくるぞッ!」

「…… いや、もうすぐ日付が変わる。冬の、それも夜の海だ。いくらお前たちでもやめておけ」

 

 いや、今冬だよ? うさぎクンのいう通りさすがにやめておいてほしい。こんな時期に海に入るなんて自殺行為だよ。

 私、こんなことで仲間の死体が発見されるの見たくないからね。

 それに、夜は万が一危険な生物がいても気づきにくくなるし…… 昼間ならすぐ発見して助けに行けるからいいけれど。

 私の才能がいつ牙を剥くか分からないから危ないことはしないでほしい。

 …… 日向クンがいるから、万に一つもないとは分かっているんだけどね。

 

「泳がねーのか? 体が鈍っちまってしょうがねーよー」

「泳ぐなら昼間にしておけ」

「しょうがねぇ、なあおっさん腕相撲しようぜー!」

「応、かかってこんかい!」

「あまり暴れるなよ」

 

 隅っこの方で腕相撲を始める2人。

 そちらでは日向クンが端末を立てかけて置き、海図を広げながら航海進路を決めている。

 ときおり画面の中のアルター七海さんと会話しているので、次どこの港に行くのか相談しているんだろう。

 そのうち腕相撲なのに足まで出てきたりするから、彼も早めに避難したほうがいいと思う。日向クンは平気だろうけど、アルター七海さんは避けられないから。

 

 この船の操縦は自動だが、たまに交代で様子を見に行っているので今は田中クンがいない。ソニアさんもそれについていっている。

 左右田クンも行こうとしていたが、澪田さんのゲリラライブに巻き込まれているので行けなかったようだ。めちゃくちゃだる絡みされている。

 口から魂が出ているのが幻視できてしまうほどゲッソリしているので、あとで美味しいものでも差し入れしてあげよう。

 

 九頭龍クンはうさぎくんの近くで日本酒を飲んでいたが、さすがに可哀想になってきたのか左右田クンを回収しに行った。

 なんだかんだ仲が良いので、これから飲み直しでもするのだろう。

 辺古山さんは先日クリスマスプレゼントで九頭龍クンからもらったうさぎのストラップを、今も竹刀袋に付けて幸せそうにしている。

 眼鏡もどうやら新調してもらったようだ。九頭龍クンと2人で選んだとか。青春してるなあ。

 さきほどの女子会に混ざっておせちっぽいなにかを準備している姿も様になってるんじゃないかな。材料がないからおでんとか、そういうのだ。

 竹刀袋についたストラップは真っ赤な目がきゅるるんとした可愛らしいものだ。彼女の好みを抑えた見事なプレゼントだと思う。

 九頭龍クンも辺古山さんから贈られたネクタイを締めているし…… 今日はそれぞれ別の場所で別の相手と会話しているのに、この溢れ出る正妻感なんなんだろうね……

 

 未来機関からの監視兼スパイという各目で乗船している織月姉さんとうつろちゃんは2人して酒盛りパーティだ。いつもとなんら変わらない。

 強いて言うのなら、毎回飲む量が増えていっていることくらいかな…… 姉さんの肝臓強すぎて笑えない。でも、あんなに強くてもたまに飲み過ぎで倒れるんだよね。

 特にバーのおしゃれな雰囲気で飲んでるとき…… 多分ゆめ2っきであったイベント関連だろうけれど。

 

「やっぱり、いない……」

 

 花村クンの用意した2回目の年越しそばを食べてひと息。

 私は皆を見回しながらも、探していた姿がないことに首を傾げた。

 私が気づいてから1時間くらい観察し続けたが、やはりいない。

 戻ってくる気配もない。

 

 メイはいったいどこに行ったんだろう…… ?

 

「ご主人を放っておいて消えるメイドなんてダメダメだよね」

 

 皮肉のように呟いて、私はグラスを置いた。

 

「さて、私のお姉ちゃんはどこに行ったのかな…… っと」

 

 船の中を探し回り、なんなら個室まで覗いたのにどこにもいなかったのでちょっとした勘に従って表に出る。

 本当は、最初からここかなと思っていた。けれど、念のため中を探してからと心に言い訳をして逸る気持ちを抑え込んだ。

 まだ、午前0時にはならない。

 扉を開け、船の上に出ると冷たい風にたなびく三つ編みが視界に入った。

 

「出てきてくださいな」

 

 無言で、歩み寄る。

 

「うふふ、見つかっちゃいましたね」

 

 イタズラが成功した子供のような顔をして、メイは笑った。

 そのセリフは、その表情は、きっとずっと昔の…… 初めてわかり合った日と立場を変えた言葉。

 あのときは私が言った言葉を彼女が、そして彼女が言った言葉は私が…… まるでおまじないのように繰り返す。

 

 お互いに少し言葉遊びのようにやりとりをし、私は個室から持ってきたブランケットをお互いの肩にかけて寄り添った。

 

「初日の出、見るでしょう?」

「うん……約束、したからね」

 

 あの日以降も何度も初日の出は見た。

 けれど、約束を果たそうと意識したことはなかった。

 長い長いすれ違いの末に離れ離れになった期間できなかったことを、こうして再びやり直す。文字通り人生のやり直しはもう勘弁だが、仕切り直しくらいは許されるだろう。

 絶望としてたくさん酷いことをした。償えないほどの罪を作った。

けれどそれら汚いもの全てを仲間たちで背負って、少しずつすすいでいくことはできるはずだ。

 汚泥は透明な水には戻れない。でも、限りなく透明に近づけることはできる。

 私たちのことを許せない人は必ずいるだろう。だが、それでいい。全てを許されてしまえばそれはそれでスッキリしないし、道理が通らない。

 全ての憎まれ役を買い、罪のない人同士で争わないように。

 負の感情のはけ口は必ず必要なのだ。

 

 その決意表明として、綺麗な約束はここで果たしてしまおう。

 そうして後に残さない。当たり前に続く日常が、今後壊れないように。

 

「寒いねぇ」

「でも、あなたがいるので私は寒くありませんよ」

「こっちのセリフだよ、もう……」

 

 それから、どれくらい経ったろう。

 

「いねーと思ったらこっちか」

「花村が生姜湯を作ったから持ってきた。2人も飲むといい」

 

 九頭龍クンと辺古山さんに始まり時間が経つにつれ、どんどん人が集まってくるようになったのだ。

 

「中はあっちー……」

「クールダウンは必要じゃなぁ」

「ちょっと、皆大丈夫? 寒くない? ほらほら男子は毛布運んで! アタシたちはあったかい飲み物配るから!」

「びえーん! 寒いよぉぉぉ! 罪木、今すぐ発火して温めてよぉぉぉぉ!」

「ふぇ!? ご、ご、ごめんなさぁい! 今すぐやりますぅ!」

「待て待て待てェ!? オメー、早まるな罪木! 油を被ろうとするんじゃねーよ!? 人体発火も火だるまもダメだろッ!? オレがおかしいのかァ!?」

 

 大混乱する左右田クンは置いといて、罪木ちゃんの持っていたサラダ油を取り上げてちょうど来ていた花村クンにパス。

 

「え? ぼくに油でヌルヌルヌメヌメになれって?」

 

 なにか言っているがスルーで。

 

「今に闇の象徴が食い破られ、命の象徴が顔を出すのだろうな…… フハハハ! 儀式には良い日だ……! フッ、儀式には破壊神暗黒四天王が不可欠……」

「あら…… ? 初日の出はハムスターさんたちも見るのですか?」

「生憎だかこいつらはおやすみ中だ。故に儀式も先送りだな」

 

 寒いもんね。ハムスターはさすがに暖かくしてあげてるみたい。

 わざわざ火傷しないようにタオルでカイロを巻いて首元に入れているらしい。

 あ、ちなみにこの四天王たちは2代目だよ。学園生活中に繁殖させて、2代目就任したんだって。ハムスターの寿命は2、3年だからね……

 

「寒空の下で熱くなるにはやっぱ歌うっきゃないでしょー!!」

「オメーの歌はうすら寒くなるから意味ねーだろーが!」

「えー? めっちゃ熱くなるよ? めちゃくちゃヒートアップしていくよ? 和一ちゃんも一緒にヘドバンすればいいんすよ! そうすればあら不思議!頭が沸騰しちゃ」

「アウトー!」

 

 花村クンが嬉しそうな顔で叫んだけど…… うん。ノーコメントで。

 

「ははっ、賑やかになっちゃったね」

「…… ええ。これもいいものですね」

 

 私は隣にいるメイを見上げ、笑う。

 そうだよね。前とは違ってたくさん友達が増えた。

 一緒に初日の出を見る人が増えた。明日も、来年も笑い合いたい人たちができた。

 

「ちょっと、織月…… このっ、酔っ払い! 絡んでくんなよ!」

「うふふふ、〝 せのび 〟して抵抗しても無駄だようつろちゃん〜」

「助けろよ凪ー!」

「ごめん、無理」

 

 もう、寒くないや。

 

「おいおい、結局皆こっちに出てきてんのかよ」

『勢揃い…… だね。一大イベントかな? こういうときにスチル発生するんだよね』

 

 端末を抱えた日向クンを最後に、とうとう全員が揃ってしまった。

なんのためのパーティーなんだか…… あとで船内を片付けないとね。

 

 そうこうしているうちに、日付が変わりその場で 「あけましておめでとう」 と 「今年もよろしく」 の応酬が始まる。

 

 それも過ぎ去れば、やっと地平線の向こう側から太陽が顔を出す。

 暗闇に慣れた目に染みる明るさだが、それもまた良いものだ。

 

 今年も皆が幸せでいられますように。

 

 そして……

 

「…… ? どうした、狛枝」

 

 私は後ろで初日の出を眺めていた日向クンに振り返って言った。

 

「誕生日おめでとう、日向クン」

「え……」

 

 鳩が豆鉄砲を食らったようにキョトンとした顔で日向クンは固まる。まさか、忘れてるとでも思っていたの? それとも、自分で忘れちゃってた? 今日は大事な大事な、キミの誕生日でしょう。

 

「ソウルフレンドの誕生日を忘れるヤツがいると思うか!?」

『みんな、それぞれ用意してたんだよ。私も相談されて楽しかったな』

「な、七海…… !? 相談されてたのか?」

『こういうのはバラしちゃダメらしいからね…… ゲームでもバラしたら好感度下がっちゃうよ』

 

 うろたえる日向クン面白いなあ。

 これでカムクライズルなのになあ…… そこは気づいていなかったのか…… いや、日向クンの部分が気づかないことを選んだのかな。…… そういうことだろうな。

 

「あ、ありがとう皆…… 今年もよろしく」

 

 照れ笑いをする日向クンを眺めながら、私はメイと手を繋ぐ。

 願わくば、ずっとこんな日々が続きますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― Happy New Year!―

 

 

 

 

 

 

 

 




・そしてまた、あなたと
 38話年越し話のまえがき、〝いつかきっと、あなたと〟と対。

 皆様、あけましておめでとうございます!
 おまけを投稿できるのはひとえに読者の皆様のおかけでございます。彼女たちの生活を切り取り、皆様にお届けできて私も幸せです。
 新連載しているV3の小説 「月桂樹の花を捧ぐ」 共々、今年もよろしくお願いいたします!!

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