※ 微量な恋愛要素
「…… うん、これでよし。さて、行くかな」
メイは花村クンのいる学生食堂でケーキの量産。
部屋は元々違うが、いつもとは違って1人での登校だ。
学生食堂には安藤先輩もいるのだが、彼女はケーキに色々混ぜてしまうことが多いので午後の授業に支障をきたす一般生徒も出てきてしまうらしい。
そのために雪染先生ら料理ができる先生方も本日のデザート作りに参加している。
ただでさえ天にも登るような出来のケーキなのに薬まで入れられたらたまらないから。
そう、今日はバレンタインデー当日。
愛の誓いをする特別な日にして、日本では意中の男性に女性がチョコを贈る愛の告白をする日だ。今ではただ単に友達や好きな人への感謝をする日になっているけれど。
食堂では料理のできる女性陣により義理チョコサービスが行われ、希望ヶ峰学園ではお菓子の持ち込みが全面的に許可される。
普段も別に禁止されているわけではないが、堂々と持ち込めるのとそうでないのとでは結構違うよね。
私も例外なく、今日は朝早くから準備して出来立てのお菓子を持って行くことにしていた。ついでに市販のチョコも。
大抵は受け取って食べてくれるが、有名人の生徒は手作りお菓子をなるべく避けている子もいるから。
知った仲の子ならそんなこともないんだけど。
「おはようございますぅ」
「おはよう罪木ちゃん、はいこれ」
「わぁ…… ありがとうございますぅ! 私も頑張ったんですけど、こんなものしかなくてごめんなさぁい……」
罪木ちゃんが渡してきたのはスタンダードなハートのチョコレートが包装された透明な箱だ。
ドジっ子属性のある彼女のことだからたくさん失敗したのだろう。
「…… 火傷とかしてない?」
「はい…… ご心配ありがとうございますぅ」
とても嬉しそうに笑った彼女に自分用に取っておいたマシュマロチョコを1つ取って口に詰める。
一瞬驚いたようだが、すぐにとろけた顔になってもふもふと食べた罪木ちゃんの頭を軽く撫でて手を繋ぐ。
1人で登校することになると思っていたが、途中で合流できるとはラッキーだ。今日も幸運は絶好調。このまま夕方までアンラッキーが来なければいいんだけど……
「わっぷ!」
「狛枝さぁん!?」
頭上から降ってきた雪に埋もれる。
先日降って木に積もっていたやつだろう。放置されて固まっているのでそれなりに痛かった。
カバンは無事だが、これは…… 今日は遅刻だな。
「ごめん罪木ちゃん。さすがにこのまま行くのは無理だから、先に行って雪染先生に理由と一緒に遅刻することを報告してほしい」
「分かりましたぁ!」
そして私は寮にとんぼ返りしてお風呂に入り直してから学園に登校するのだった。
「希望ヶ峰に授業なくて良かった……」
希望ヶ峰学園は特別な授業などはなく、それぞれ才能を伸ばすために自由にしていていいので本来は朝早くから学校に行く必要もない。
そもそも学校に行かなくてもいいのだが、うちのクラスは仲も良いし、七海さんの才能を伸ばすためという建前でゲームの持ち込みはいくらでもしていい。
アニメーターの御手洗クンは希望制で行われる授業中にも仕事をしている。なんならアニメの試写会までやるし、世界名作劇場と称して昔のアニメ映画まで持ち込んで解説してみたり、私が知っている原作にはいなかった人物だったがそれなりに馴染んでいる。
そして、愛すべき〝 私 〟のクラスメイトはイベントごとが大好きだ。
朝から集まって友情チョコの交換に勤しんでいることだろう。
乗り遅れは確実だが今日の朝は頑張ったのだ。皆に力作のケーキやクッキーを振舞わなければ!
「おはよう!」
「おはようございます!」
「おねえはおそよーでしょー?」
「…… おはよう」
まばらに返ってくる言葉に手を挙げて答え、皆とチョコを交換する。
マシュマロ、チョコ、アメ、クッキー、ケーキ、グミなどたくさんのものをもらい、さっそく駄弁りながら和やかに時間が進んで行く。
雪染先生は教室に人数分のアメを用意して配って行ってくれた。
どうやら女性の先生方はクラス全員に行き渡るように全員準備してきたらしい。
カバンからチラッと見えた大人っぽい包装は、きっとこのあと渡す人がいるんだろうな。
確か、ときどき視察に来る何代か前の生徒会長さんと好い仲っぽいのでその人にだろう。
もう1つ入っているのも見えたので、多分同期の逆蔵先輩に渡すんだろう。本科の建物の警備員をやっていたはずなので。
あの人は私もたまに目にする。主に日向クンを引き取りに行くときとかに。
私たちの許可があると分かっているはずなのに、なぜかよく警備に引っかかっているのでクラスの誰かが必ず迎えに行くのだ。
「オレは食堂行ってくる!」
「待て、デザートを食べる前にしっかりと――」
お昼のチャイムが鳴るとすぐさま終里さんと十神クンが教室の外へ消えて行く。
もちろん十神クンにもマシュマロチョコをあげた。イタズラで混ぜておいた増えるワカメチョコは逆襲を食らって私が食べさせられたので正直あまりお腹が空いていない。
増えるワカメと言っても限度は弁えているので多少空腹感を紛らわせるものだったんだけど…… 私には少々多かったみたいだ。
「凪ちゃんはどうする? 食堂」
「さっきは白夜ちゃんにやられちゃってたしね! お腹空いてないんじゃないっすか?」
「いや、行くだけ行くよ。メイのケーキ……」
「おねえはいつでも食べられるじゃん。これだからシスコンってやつはー」
「まあまあ、みんなで行こう? 早くしないとなくなっちゃうと思うよ」
食堂に移動してメイに挨拶。
イタズラの失敗報告をすると苦笑して小さなカップケーキをおまけしてくれた。気遣いごめん。
同じお皿にイタズラ用のマシュマロチョコも置いて席を探す。
食堂内は花村クンが担当の場所というのもあるが、今日はメイやら安藤先輩やら女性陣のデザートが大盤振る舞いされるためそれなりに混んでいた。
「赤松さんと入間さんも食堂か」
「うん、そうだよ。今日は美味しいものいっぱい食べられるから朝は控えめにしてきたんだよね」
「バカ松はオレ様と違って腹にも肉が行くからな! 無駄な努力ごくろーさん」
「もう! 入間さんが細すぎなんだよ? このっこのっ!」
「ひっ、ひぃぃ! オレ様のビーナスボディをいじくりまわすんじゃねぇ! お触り料金取るぞ!?」
「…… 仲良いなあ」
「そうですねぇ…… ふぇ!? 狛枝さんつままないでくださぁい!」
体重の問題でファンの間でもぽっちゃりと称されている罪木ちゃんはふかふかしていてとても良い。
ぽっちゃりと言っても他のクラスメイトの体重と比べてという意味であって、彼女はいたって標準の体型だ。
それにしても、こういうじゃれ合いができるのは女子の特権だなあ…… 役得役得。
「女子で集まってるねー。オレたちも入って平気?」
「みんなが良かったらなんだけど……」
「王馬君にゴン太君。別に拒否はしないけど、いいの?」
今度は王馬クンとゴン太クンが甘いデザートと果物を持って近くの席にやってきた。
赤松さんが言っているのは多分入間さんがいるからだろう。
入間さんって1人のとき以外は大体赤松さんかキーボクン、それから花村クンといるし。やっぱり普段の言動のこともあって特別仲が良いって人は少なく感じる。
私もここまで強烈な下ネタキャラだと知って最初は戸惑った。
周りから眺めている分には面白い人なんだけどね。今は慣れたから問題ない。
1度十神クンと同じ感覚で皮肉り合いしたときは悪いことをしたと思う。あのときはまだメンタルが弱いと知らなかったんだよ……
「いいよいいよ。オレはお菓子もらいに来ただけだし」
「王馬君が正直なんて…… 4月にはまだ早いよ?」
「赤松ちゃん酷いよ…… オレ、年がら年中嘘ついてるわけじゃないんだよ? 傷ついちゃうなー」
「さっそく嘘ついてんじゃねーよ!」
「ええ、嘘なの!?」
「よく考えてゴン太君! 王馬君が1回も嘘吐かなかった日なんてないんだよ!?」
「あーあ、赤松ちゃんはオレのことをよく分かってるね」
隣のクラスも仲いいなあ。
知らない人たちばっかりだったから不安もあったけど、覚えやすい性格をしてくれていて助かるよ。
「しょうがないな…… はい、これ」
「うん?」
私がすぐに開けられるようになっている小箱を渡すと、王馬クンは首を傾げて目の前の小箱と私を2度見した。
キミに渡してるんだよ。ちゃんと用意してあったんだから食べてくれなくちゃ困る。
「王馬クン用に作っておいたんだよ。ほら、いつも一緒に怒られる仲でしょ?」
「……」
主に十神クンと東条さんにね。
王馬クンは逃げ足速いからめったに捕まらないけれど、彼の追っ手は東条さんだけでなくて百田クンや春川さんもいるから、似たようなイタズラしたときはよく並んで説教されたりする。
戯れのような、悪友のような? トリックスターじみた彼といると結構楽しいので便乗して遊ぶことがよくあるのだ。
平和な学園でしかそんなこと、できないし。
「狛枝ちゃん、ありがとう。もらうだけじゃキミに悪いから一緒に食べようね?」
「えっ、んぐぅ!?」
素早く包装を解いた王馬クンはにししと笑いながらトリュフチョコを私の口に押し付け、間抜けな声を出したときに放り込まれてしまった。
そして意地の悪い顔をしながら私の皿からマシュマロチョコを奪うと、口に入れる。
私はその迷いのない動作に驚いてトリュフチョコを思わず噛み砕いてしまい…… その中に入っていたデスソースに悶絶した。
「あっはははは! んんんん!?」
そして、同時に私の皿から取ったマシュマロで王馬クンも悶絶し始めた。私の皿から取って行くことくらいお見通しなんだよなあ。
「お嬢様! 王馬さん! 大丈夫ですか? 今お飲物をお持ちいたします!」
そんな地獄絵図にメイが到着し、私たちは麦茶を受け取る。
そして一気に口をつけると…… その場でもう1度私は悶絶することとなった。
「めんつゆ!?」
「イタズラの罰ですわ」
笑いながら言うメイに、まだ麦茶に口をつけていなかった王馬クンが顔を青くして周囲を見る。
「ああ、そちらは普通の麦茶ですので王馬さんはご安心ください。事の発端はお嬢様ですから」
恐る恐る麦茶に口をつけた彼はそれを一気に飲み干していた。本当にめんつゆではなかったらしい。
私の姉はなぜこんなにも私に厳しいのか……
「反省してくださいね?」
全力で首を縦に振った。
十神クンに逆襲された件といい、今日は散々である。
「狛枝さん、お水ですぅ」
「んっく、んっく、んっく…… 罪木ちゃん、ありがとう」
「それでは、私は調理場に戻ります。帰ったら、楽しみにしていますよ」
「はあ…… お見通しだね」
「あなたのメイドですもの」
帰ったら彼女の好きなケーキを作って保存してある。
それのことだろうな。まったく敵わないや。
「お互いに以心伝心って感じで羨ましい気もするけどなあ」
「そう見える? 赤松さん」
「うん」
言いながら髪をくるくるといじる彼女を見れば、誰のことを考えているかだなんて一目瞭然だ。
十分赤松さんも、最原クンと以心伝心だと思うけどね。よく一緒に旅行したり探偵業手伝ったりしてるみたいだし。
隣の芝は青く見えるものだし、そういうものなんだろう。
「残り、どうしようかな……」
「え、狛枝ちゃんこれ全部辛いの?」
「うん」
「ええ……」
そう言って彼が視線を動かした先は……
「な、なんだよぉ…… オレ様は食わねーからな!?」
「そう言って無理矢理されるのが好きなんでしょ?」
「そ、そんなことぉ…… !」
なんてどこぞの薄い本のようなやり取りを始めた2人を尻目に、お昼の楽しい時間は過ぎて行くのだった。
「狛枝さん、一緒に帰ろ?」
「あ、ごめん七海さん。寄るところがあって」
「…… ああ、私は今朝渡しちゃったからなあ。それじゃあ罪木さん借りてもいい?」
「それは本人に聞いてね。それで、面白いゲームでも教えてあげてよ」
「うん、それじゃあまた明日」
「また明日」
七海さんが罪木ちゃんを帰りに誘うのを横目に教室から出て、本科から出てしまう。それから予備学科の校舎へとやってきてみたはいいけれど……
「あ、ああ、ありがとうな」
「別に、お兄ちゃんのついでだから」
「ねえねえ私もいい? これ」
「ありがとう」
嫌なものを見た。
「はあ……」
わざわざ来てなんだが、ちょっと馬鹿らしくなってしまったのでそのまま帰ってしまおうか。
カバンにしまった最後の1個を見ないふりして廊下を逆戻りする。
他の予備学科生たちが挨拶をしてくるので一応受けて、たまに話を聞かれたら予備のチロリチョコを渡しつつ少しのサービス。
本科生として嫌味のない程度に相手をしているうちに、引き止められる時間が多くなってしまっていた。
1年生の始めの頃は噂もあってあまり話しかけられなかったのだが、よくこちらに顔を出すこともあって今では普通に話しかけられる。
密接に関わらない限り危険度は低いと判断されたんだろうな。いいことなんだか悪いことなんだか…… この場合は悪いことだった。
「狛枝? どうした、
「うえ、日向クン……」
追いつかれてしまった。
思わず彷徨わせた視線は彼の持つ手提げ袋へと向かう。
いつもは持っていないそれの中身は容易に察せることだろう。まったくモテることで……
そりゃあ、超高校級の相談窓口と揶揄される彼のことだから女子からの人気は高いだろうけどね。
友達付き合いしづらくなる気がしてなんだかもやもやするんだよ。
「…… 雪染先生にチョコ渡し忘れてて探してたんだよ」
今回ばかりは真っ赤な嘘である。
嘘を吐くのは嫌いだが正直なことを言うのもなんだか癪だ。日向クン相手では尚更である。
「ああ、せっかくだしこれあげるよ。じゃあ」
「は? あ、狛枝!?」
チロリチョコを投げ渡して逃げる。
なんでこんな青春みたいなことしてるんだろうね、私は。
友愛があることは間違いないと思うが、さすがにそこまでの気持ちはないはずなんだけど…… だって日向クンはキャラクターだし。
…… でも今の私にとっては現実にいる人間、なんだよね。
「いやいやいや」
首をぶんぶん振って変な思考を振り切り、メイのいる食堂に逃げ込む。彼女は食堂の片付けをしながらも、私の様子には特に触れずに手伝いをさせてくれている。
私、生前は20歳手前ぞ? 青春なんかとっくに過ぎてるっての。まったく馬鹿みたいだ。
「……」
大きな鍋やらフライパンやらを洗いながら思考にふける。
「お嬢様、お客様が来てますわ」
「え?」
キッチンから顔を出してみると、確かにそこには日向クンがいた。
なんてタイミングの悪い…… ラストオーダーは一応まだだけれど、もうすぐだ。なにかを食べに来たという感じではない。
「行ってらっしゃいませ」
「メイが行けばいいんじゃ」
「行ってらっしゃいませ」
「でも」
「行ってらっしゃいませ」
「わ、分かったよ……」
メイの圧力がすごい。
「…… 日向クン、食堂になにしに来たの? デザートの注文? キミはそんなものがなくともいっぱいもらってるでしょ」
普通に用件を聞けばいいだけなのに、皮肉がくっついて出てしまうのはなぜなのか。
「いや、元々はお前が…… いや、なんでもない。せっかく来たんだし、なにか甘いものでも頼んでいいか?」
「これがラストオーダーになるからね? 飲み物はなにがいい?」
「烏龍茶で頼む」
「はい、分かったよ」
キッチンに戻り、どうしようかと少し悩んだけれど……
「え、狛枝さん確か用意してたよね? それを今あげちゃえばいいんじゃないかな。余ったケーキはまかないとして持って帰っていいからさ」
「げ、花村クンよく分かったね……」
「今朝集まったときに人数分用意してたのは確認済みだよ。ほらほら」
「往生際が悪いですよ、お嬢様」
「うう……」
私は観念して箱の包装を解き、中身を丁寧にお皿に移してついでに烏龍茶を用意する。
それから自分の分の
お茶も持って席まで持って行く。
「はい」
「お、草餅じゃないか」
「まあね、今日のメニューの残りだけど」
「…… そうか」
ああこれは嘘だと気づかれているな、なんて思いながら目を合わせずにお茶をすする。
今日だけでも2回も嘘をついてしまった。エイプリルフールよりも多いんじゃない? そんなことはないか。
「うまいな」
「そう」
中の餡には結構こだわったからね、なんて口では言わない。
製菓会社からの貰い物だけど…… お詫びでいただいた高級な品だから美味しいはずだ。
バレンタイン前に良い餡が手に入るだなんて私の不運もたまには役に立つ。
「お茶だけじゃ寂しいし、お前も食べたらいいんじゃないか?」
「え……」
「ほら、食堂のメニューなんだろ?」
絶対わざとだろこの人……
なんなんだよ、もう。
「んむ……」
なんだろう、別に普通に作った草餅のはずなんだけど……
「甘すぎたかな……」
「俺はこれくらいが好きだぞ」
なんだかやたらと甘く感じた。
・製菓会社からのお詫び
会社令嬢と間違えられて誘拐された結果。
高級な餡が届いたのは全くの偶然である。
日向クンは多分つぶあん派。和風のものが好きそうだから恐らく……