「そういえば、私名前を貰ったのよ」
上のお姉さん。りん子姉さんが言う。その言葉に対して私はカルテを見てしまった罪悪感しか感じられなかったが、何も知らない目の見えないお姉さん。目隠し姉さんは違ったようだ。純粋に「とうとう貰えたのね。いいなぁ」と喜んでいる。いつもの毒舌っぷりは発揮されていない。この反応からするに彼女も名前がないのかもしれない。だとしたら、私に名前があることも含めて父親、病院の院長に贔屓されているから私に対して毒舌気味なのだろうか。私が自意識過剰なだけだと信じたいところだ。
「りん子って言うの。やっと貰えたわ」
「じゃあこれからはりん子姉さんね。よろしく」
目隠し姉さんが言う。それにりん子姉さんも嬉しそうに笑った。
私は何も言えずにいた。一体何を言えばいいというのだ。罪悪感と、あんな意味でつけられてしまった名前で喜んでいるりん子姉さんを直視できない。病院側への怒りがもやもやと胸の中で渦巻いていく。
「ちょっと凪、まだそこにいるわよね?」
「え、あ、うんいるよ」
「何よ黙っちゃって。あんたは名前があるからいいけど、私達にとっては大事なことなのよ。少しくらい喜んでくれたっていいのに」
目隠し姉さんが責めるように言った。
そうだ、彼女は目が見えないから私が黙っていると何もわからないのだった。私は余計なことを知ってしまったけれどこの人達は純粋に喜んでいる。それに、自傷ばっかしているあのお姉さんが喜んでいるのだ。とても大切なことなのに、自分はうじうじと情けない。彼女達だってこの理不尽な毎日に弄ばれている被害者だ。辛いのは私だけじゃない。ごめんね姉さん達。
「お名前、教えてくれないだけだと思ってたからちょっと吃驚しちゃったの。ごめんなさい!」
「なんだそんなこと。そういえば教えてなかったわね」
「うん、りん子姉さんおめでとう」
目隠し姉さんは少々不満そうに「頭足りてないだけだと思ってたわ」と言っているが、りん子姉さんが嬉しそうなので反論はやめておいた。とにかく、私だけが辛いわけじゃないことを覚えておこう。そうしないと自分勝手な人間になってしまいそうだった。
「私も早く名前欲しいなぁ」
目隠し姉さんが言う。少し前まで傷だらけだった腕や足はもう包帯も取れて傷跡もなく、綺麗なものだ。本来ならば名前を貰うということはあまりいい意味でないということをりん子姉さんの一件で知ってしまった故に、彼女には申し訳ないが名前がないことを良いことだと思ってしまう。
錯乱していた彼女の姿が目に浮かぶ。もしかしたら、彼女が名前を貰うのは時間の問題かもしれない。
嫌な予感と、真実を知ってしまった罪悪感を胸に、私はそう思った。