ホワイトデーというものは、実は日本が発祥である。
バレンタインデーというものは外国発祥だが、それのお返しをする日として設定されたのは日本のお菓子メーカーの意見が定着した結果だ。
今では日本に近い国でもホワイトデーが広まっているらしい。
ホワイトデーは男性が女性にキャンディやマシュマロ、ホワイトチョコを渡す日。近年ではアクセサリーなどのプレゼントも行われているけれど、バレンタイン同様友チョコのようなものもあるのでとても気軽だ。
だけれど……
「ふん、感謝するんだな。これを見ろ」
「そ、そ、それはケーキバイキングのお店のチケットではないですか!?」
「しかも人数分とか白夜ちゃんすごすぎないっすか!? っはー! 白夜ちゃん最高! よっ、御曹司! お金持ちー!」
ソニアさんと澪田さんが感激しているように、某有名ケーキバイキングのお店のチケットが彼の手の中にある。
かなり競争率が高いはずのこれを持っていて、しかも人数分あるだなんて普通じゃありえないことだ。
一体どんな手段を使ったやら…… 詐欺師って言っても彼は詐欺師を詐欺る黒詐欺に近いから違法な手段ではないだろうが、すごく気になる。
「お前たち、放課後全員で行くぞ!」
女性陣から大歓声が上がる。
「ここにいる人数分しかない…… と思うんだけど、日向くんは誘わないのかな?」
七海さんが首を傾げながら十神クンに尋ねると、彼は 「すまない」 と言ってから告げる。
「日向は最近バイトしているようでな。今日はちょうどそのバイトの日だそうだ」
ふ、と笑って告げる彼に「そっか」と呟く。
バレンタインに渡したんだからちゃんと3倍返ししてもらわないとなんて思ってたけれど、実はあの草餅がバレンタインのお菓子だなんて一言も告げていないのだ。
それならば返されるものはなにもない。
いや、別に落ち込んでなんかないから。本当だから。
日向クンは料理が得意なわけでもないし、一般家庭で予備学科に入れたのはお金を積んだ結果じゃないらしいし、いくらでも美味しいものなんか食べられるよ。
なんなら手作りはメイのケーキが1番だ。ケーキバイキングのケーキなんて甘すぎて元を取るのにどれだけ苦しい思いをするか……
「どうしたの凪ちゃん?」
「あ、あの大丈夫ですかぁ? その、すっぱいブドウでも食べたような顔をしてますけどぉ……」
「百面相しちゃってー、なにを考えてるのかバレバレなんだよー」
そこですっぱいブドウを例えに出すか罪木ちゃん……
ああ合ってるよ。それで合ってるよ! 手に届かない美味しそうなブドウに向かって 「あんな高いところにあるんだからすっぱいに違いない。だから食べれない場所にあって良かった」 なんて負け惜しみしてるのとどうせ同じだよ!
そうだよ、美味しいケーキを味覚の好みでたくさん食べれないことに悔しがってるし、日向クンが来ないことに残念がってるよ! 悪いか!
「十神、時間はいつだ」
「夕方の5時からだな」
辺古山さんが確認すると十神クンが答える。
夕方か…… その時間はまだ希望ヶ峰学園の授業があるはずだが…… まあ本科に授業とか関係ないか。本来なら好きなことしていていいわけだし。
「あの、雪染先生は来ないのかな?」
「察しろよ、御手洗」
「アッ、ハイ…… 察したよ」
ソニアさんの目が輝く。
そうか、雪染先生は宗方さんとデートか。羨ましい限りで。
警備の逆蔵さんは…… きっと荒れてるんだろうな…… 日向クン、また
その後は結局日向クンがこちらに来ることもなく、どことなく浮足気味な雪染先生の授業を受けてから全員で移動した。
団体予約をしていたようで、チケットを見せれば即行で奥の席に案内される。席順は仲の良いもの同士など適当だ。
私の隣には当然のように罪木ちゃんが座っている。
そこそこ気をつけていないと制服にケーキをくっつけるはめになりそうだし、私はおとなしく彼女の世話を焼こうと思う。
「うう、でもあんまり入らないですねぇ…… たくさん食べたい気持ちはあるんですけどぉ……」
ケーキを取りに行けば罪木ちゃんは悩む悩む。他の皆が痩せすぎているせいか、自分のお腹のぽよぽよを気にしているらしい。
キミは標準体型より痩せてるよと言っても、やはり周りが周りだから気になるらしい。
隣のクラスの江ノ島さんとか、いっそ痩せすぎて怖いくらいだ。あれだけ痩せていると逆に不健康に見えるはずなのだが、そんな風に見えないのが怖い。とにかく怖い。
「ご、ごめんなさい…… もう少し悩ませてください……」
そう言って悩む彼女の目線を追い、どれに迷っているのかを見極めて片方をヒョイ、と取る。
「あ……」
イチゴタルトかあ、美味しそうだよね。
「え、えと」
罪木ちゃんももう片方のモンブランを取り、占領していたバイキングから離れる。
「あ、あの狛枝さん……」
言い淀む彼女に私はなんでもないように振る舞いながら言う。
「よかった、私もモンブランと悩んでたんだよね。罪木ちゃん、よかったら一口もらってもいいかな?こっちのもあげるからさ」
「…… ! はい! ありがとうございますぅ!」
はあ、今日も罪木ちゃんが可愛い。
デレデレしつつ席に戻り、結局女性陣で少しずつ持ってきたものを交換しながら食べる。
もちろん、自分だけで食べたいものがあればそれはもらわない。
感想を訊いて自分でも取りに行くか決めるだけだ。
一口ちょうだいは無理にお願いするとただの悪い習慣に早変わりだからね。お互いにどうしようか悩んでいたのを取って提案するのが1番だ。
遠くの席で見えるケーキ早食い選手権は気にしない。
十神クンも終里さんも容赦しないんだから…… 少しはお店側のことも考えてあげて。あれをやめなければ2人は出禁になりそうだ。
十神クンのほうは一応、出禁ギリギリでやめるらしいから心配していないけれど。
終里さんも十神クンと弐大クンがいるから大丈夫だとは思うけどね。
「甘いものはそこまでたくさん食べられないけど、たまにはこういうのもいいね」
「そうですねぇ」
小さい1口サイズのケーキもあるし、紅茶の種類も多いし、口直ししながらだから思っていたよりも食べられそうだ。
「チョコレートケーキとかは……」
「取りに行きましょうかぁ?」
「そうだね、一緒に行こうか」
2人でバイキングの方に向かうが、やはりこちらも団体なうえ他にもお客さんはいるし、ケーキが残り少なくなっている。
お目当のチョコケーキももうないようだ。
「うーん、残念」
「皆さんチョコレート好きですよねぇ…… まだまだ食べるでしょうし、店員さんに訊いてみますかぁ?」
罪木ちゃんの言葉に頷い店員さんを探す。
すぐそばにいたエプロンをつけている人に 「すみません、ちょっと聞きたいことが……」 と言いかけて止まる。
「はい、なんでしょ…… 狛枝!?」
気づかなかったが、その人は特徴的なアンテナが立っていた。
「日向クン…… もしかしてここでバイト?」
「あ、ああ……」
十神クンの方を向けば、ケーキを食べながらこちらを見る彼と目が合った。さては知っていたな、これは。
そういえば十神クン、日向クンはバイトがあるとは言ったが〝 来れない 〟とは1言も言ってなかったな…… 私が勝手に騙された形になるけれど、なんか悔しい。
嘘を吐かずに騙すのは私の十八番なのにさ。
「皆来てくれたんだな」
「え?」
「え、賄いを全部断って半額チケットを代わりに貰ってたから十神に渡したんだけど」
十神クン! 私なにも聴いてないよ!?
そんな目線で大食い選手権中の彼を睨むが、返ってくる視線は 「聞かれてないからな」 とか 「言う義務はないぞ」 と言わんばかりだ。
ふてぶてしく鼻で笑っているのが確認できる。なんてやつだ…… !
「日向、コーヒーメーカーが動かねぇんだが」
「坊ちゃん、私が」
「こういうのは店員に頼むべきだろーが」
「そ、そうですね」
「ああ、今行く。それじゃ」
「えっ、あ、うん……」
日向クンは九頭龍クンたちに呼ばれてコーヒーメーカーを直しに行った。多分中の水がなくなってるだけだと思うけど…… 彼はちゃんとバイト店員として働いているようだ。
「よっ、日向! やっとホールに出てきたか」
左右田クンが日向クンに向かって話しに行く。
あんまり迷惑かけちゃダメだよ、と思った後気づいた。
…… 〝 やっと 〟?
もしかして左右田クン、日向クンがここでバイトしてるの知っていたのか?
「クッ、ここには結界が張ってあるな…… 果物の園に四天王を召喚できんことが非常に残念だ」
「それでは帰り道に青果店に寄りましょう! 庶民的なお店で馴染みの店主と話しながらお買い物!四天王さんたちに美味しいものを買ってあげましょう」
「そ、ソニアさん!?」
フルーツバイキングもあるから確かに彼の四天王は喜びそうだけれど…… さすがにハムスターは連れて来ていなかったんだね。
だが田中クンはこのあとソニアさんとデート決定だ。左右田クンは御愁傷様です。涙拭けよ。
「どうせならぼくが食堂で振る舞ったのに!」
「お前さんは昼の時点で既にホワイトデーメニューを出していただろう!」
「そうそう、おにいのデザートはお昼に食べたしねー」
弐大クンと西園寺さんの言う通り、このクラスのメンバーは大体お昼のデザートに彼特製のドーナツを食べているからね……
ホワイトチョコでコーティングされたドーナツは特に人気で、朝日奈さんなんて大神さんに注意されるまでに10個も注文していたくらいだ。
お菓子専門の安藤先輩には叶わないけど、花村クンも案外人気だ。
「ああ、みんな白いものを垂らしながら口いっぱいに頬張って食べてくれたよね!」
ホワイトチョコをね?
もしかしてあの溶けやすいチョコはわざとか。
…… この微妙なセクハラさえなければ人気者になれるのにもったいない。マスコット体型でも性格がイケメンならモテる余地あるはずなんだけど。
彼の弟と妹も超高校級のホストとキャバ嬢なくらいだし、ポテンシャルはきっとあるんだろう。本人の言動が台無しにしてるだけで。
十神クンだって面倒見いいし惚れる子はいそうなものなんだけど…… 今のところは見たことないか。
「御手洗は果物も食べて食べて! ほら、普段健康に悪いものばっかり食べてるって聴いてるんだから!」
「ま、待って小泉さん。そんなに言われても…… うっ」
「亮太ちゃんどんだけ食が細いんすか! まだ果物食べただけじゃないっすかー! ほら、あーん。あーんしてあげるっすから!」
「なんで僕ばっかり!」
普段引きこもりしてるからだと思うよ。
だって十神クンが連れてこなくちゃもう1人クラスメイトがいるだなんて知らなかったし……
「待ってくださぁい! 御手洗さんは普段のお食事が少なくて胃が小さくなっているんですぅ、栄養のあるものを少量ずつ摂るように……」
罪木ちゃんが彼を助けに行ったところで日向クンがやってくる。
「チケットくれたのってキミなんだ?」
「ま、まあ、そうだな」
「ふうん」
頬杖をついて話を聞く。
「キミがここでバイトしてるの、結構知ってる人がいたんだね」
「ああ」
知らなかったのは私が訊かなかったからか。
「これがホワイトデーのお返しってことなのかな?」
「…… 3倍返しって言うだろ? それなら食べ放題のほうがいいかと思ってな。それと、十神たちもいることだし」
「そっか」
本当に3倍返しする人なんていたのか、と微妙な心境。
「ところで、あの草餅ってやっぱりバレンタインってことでよかったんだな」
「え?」
「違うのか?」
…… やっぱりバレるものはバレるんだね。
「違わないよ」
「そうか…… と、そろそろ仕事に戻らなくちゃな」
ちょくちょく話しに来てくれていただけありがたいほうだ。下手したら咎められてもおかしくないからね。
「日向クン」
「ん、なんだ?」
仕事に戻る直前の彼に言う。
「…… ありがと」
振り返った日向クンは優しくふわっと笑うと、 「どういたしまして」 と言って奥に引っ込んでいった。
本当は手作りが良かったなんて我儘は言わないことにする。
私は照れを誤魔化すように、ショートケーキのイチゴを頬張った。
「すっぱい……」
手が届いても届かなくても、どちらにせよ〝 すっぱい 〟のは変わらないらしい。
七海さん! ちーちゃん! 誕生日おめでとうございます!
2人メインで書けば良かったなと少し後悔……