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朝起きてゴミ出しに行けばオートロックに締め出されるし、ちょっと出かけてみれば鳥の糞が顔の横を通り過ぎ、桜の横を通れば毛虫が降ってくるのが当たり前。
自動販売機でジュースを買おうと思えばボタンを連打しても出てこない。小銭だけ飲み込まれてしまって途方に暮れる。
かと思えばなぜかルーレットだけ回って別に欲しくもない少し高めのコーヒーが排出された。コーヒーはそこまで得意じゃないのだけれど、仕方ない。
春の陽気で暑いくらいだというのに、勝手に出てきた熱々のコーヒーをハンカチで包んで手に取る。
細かい不運が重なり合っていることをなんら疑問に思わず、むしろいつも通りだと開き直って待ち合わせ場所に急いでいた。
子供の多いこの日、大型デパートの一角では夢野さんのマジカルショーが行われているらしい。それを見るのも楽しみにしていた。
『ごめん、電車が遅延してるみたいだ。中で待っていてくれ』
懐から取り出したスマホに、誰かさんからのメッセージが入る。
「はあ……」
思わずため息を吐いて、中に入る。
まさか今日がこんなにも不運な1日になるなどと思うわけはなく、とても無防備に。
「日向クンのバカ」
彼が悪いわけではないと理解しつつも呟かずにはいられない。
フードコートにいるよとだけ連絡し返して座り込む。
周りにはそれなりに人がいて、ざわざわとしか形容できない雑音が耳から反対側に通り過ぎていく。
注文したクレープはすぐさまペロリと食べてしまった。
「はあ……」
「お主、そんなことをしてると幸せが逃げるぞ」
テーブルに突っ伏していたら、聞き覚えのある声が頭上から聞こえた。
「夢野さん? マジカルショーは?」
「今は休憩中じゃ」
顔を上げて対応する。
夢野さんはほとんどいつもと変わらない制服と魔女帽子を被っていたけれど、薄く化粧をしていて髪がさらさらと手入れされているのがすぐに分かるくらいちゃんとしていた。
面倒臭がりな彼女でも子供達を喜ばせるためには努力するのか、それとも茶柱さんやアンジーさんにでもアレンジされまくったか、多分どちらかだろう。
「狛枝はどうしたんじゃ。こんなところにまでいるとは思わなかったぞ」
「ちょっとね、買い物に誘われて…… まあ、その誘った張本人は遅刻してくるみたいだけど」
「暇しとるのか」
「その通り」
この大型デパートは希望ヶ峰学園からは電車でひとつか、ふたつ離れた位置にある。日向クンは自宅通いだからさらにもう少し時間がかかる。ただ、それでも近いのに電車が遅延するとは運がないとしか言いようがないね。
果たして運がないのは彼なのか、待たされている私のほうなのか。
「次のイベントは何時から?」
「もう少しじゃな…… お主も来るか?」
「うん、まあそのつもりで来たんだしね」
「そ、そうなのか?」
照れて大きな帽子をぎゅっと深く被った夢野さんが視線を彷徨わせる。
私は時計で時間を確認してから、もう1度 「夢野さんのマジカルショー先に見てるね」 とだけメッセージを送る。
『悪い、着いたら連絡する』
すぐさま返ってきた言葉を最後にスマホをポケットにしまった。
「じゃあ、ステージに向かうかのう」
夢野さんとはステージ前まで送ってもらい、別れる。
その場には総勢10人くらいの子供達が既に集まっていた。そのすぐそばにも見覚えのある人物…… 春川さんがいる。どうやらこの子供達は彼女の育った施設から連れてきたみたいだ。
「や、春川さん」
「狛枝…… あんたなんでここにいるの? 日向か罪木は?」
「なんで私が1人でいるとそういう反応になるんだろうね…… 皆こぞって言うんだよ」
「は? だって今日ってあんたの……」
彼女の言葉がそこで途切れた。
いや、正確には聞こえなくなった。
悲鳴が聞こえる。
デパート全体が揺れる。
そしてそれよりも重要なのは、このフロアのどこかが…… 爆発したということ。
爆音で春川さんの声がかき消されてしまい、その言葉は最後まで聞けなかったがなにを言いたかったのかは想像がつく。
春川さんは子供達を一箇所に集めて私に見張っているように言うと、パニックになって逃げ出した子達を連れ戻しに行った。
ステージは無事だけれど、夢野さんや他の出演者などが次々と飛び出してきて避難誘導を開始する。
「ガス爆発とか…… ? いや、でも……」
私のそばにいなさいと春川さんに言われた子供達と手を繋ぎ、誘導経路に沿って歩く。
けれどそれは長く続かなかった。
「手を上げろ! その場に止まれ! さっさと確保だ!」
避難誘導されて素早く外に出た人間はいい。
けれど、覆面を被った男達が夢野さんを捕まえてしまったところでその流れは途切れる。
その場に残ったのは、ステージ前にいた私達と子供達ばかり。
大人は皆逃げてしまったみたいで舌を打つ。
本当に不運だ。
「な、なんじゃ! 離さんか!」
「本当に希望ヶ峰学園の生徒がいるとは……」
そんな会話が聞こえてピンとくる。
今日のマジカルショーは事前告知されていた。
つまり彼らは夢野さんがここに来ると思って爆弾かなにかを仕掛けていたことになる。
狙いは希望ヶ峰学園の生徒。ということは彼らは予備学科か、才能があると自負しているくせにスカウトされない自称超高校級か、そんなところだろう。
子供達は今更逃したところで守る大人達はもういない。安全に外に出られるかは保証できない。
私が関係ないからと言って連れて逃げることもできるだろうが、さすがに夢野さんを1人にするわけにはいかない。
春川さんはどうしているだろうか……
子供達を宥めながら誘導に従い、ステージの控え室に入る。
犯人グループはどうやら私が希望ヶ峰学園の生徒だとは気づいていないようだ。
早めに解決しないと、犯人グループの彼らの方が死者が出る自体になりかねない。なんせ、私が関わってしまっているからだ。
前にもアメリカで銀行強盗に遭遇したが、そのときは銀行ごと崩落。私は瓦礫の隙間にすっぽりとはまって助かったが、犯人グループは全員死亡ということがあった。
こんな大型デパートでそんなことになったら助け出されるのに何日かかるか見当もつかないし、私が安全なのは当たり前だが、それが夢野さんや子供達には適用されない。そうなる前になんとか解決しなければならない。
私は、待つだけはやめたんだ。
「夢野さん、大丈夫? なにもされてない?」
「あ、ああ…… ちびるかと思ったわい……」
「うん、元気そうだね」
少しだけ安心した。
けれど、子供達はそうもいかない。泣き出す子、逃げようとする子様々だ。犯人グループはそれを見て大分イライラしているから心配だ。
「いて……」
そのとき、どこからか頭になにかが当たる。
視線を向けると、なにかの紙くずが私の足元に落ちている。開いてみてもなにも書かれていないが、こんなものが自然発生するわけがない。
気づかれないように上へと視線を向けると、恐らく排気口か、通気口か、空調を行き渡らせるための場所か…… そんな隙間から春川さんが見えた。
犯人グループを怒りのこもった目で睨んでおり、私が気づいたことを悟ると口パクでなにやら伝えてくる。
恐らく気を逸らさせろとかそんなことだろう。
「ねえキミ達って希望ヶ峰になにか恨みでもあるの? こんなことしてさ」
話しかける。
「誰が口きいていいって言った?」
「残念だけど、自分の口って縫い合わせられないんだよね。夢野さんはもちろん超高校級のマジシャンだけど……」
「魔法使いじゃ」
「ああ、そうだったね」
自称だけど、この場には子供達もいる。夢は壊さないほうがいいだろう。
「私も一応希望ヶ峰学園の生徒なんだよね。キミ達ラッキーだね」
「は? ……」
彼らは何事かを相談すると、私に本当かどうかを確認してくる。
私は財布に入れっぱなしになっていた学生証を見せ、すぐさましまう。取られたらたまったもんじゃないしね。
「ねえ、人質は私と夢野さんで十分なんじゃない? 子供達は関係ないんだから、外に出してあげてよ」
春川さんは 「なに言ってるのこのバカは」 みたいな表情をしている。
あれ、なにか違ったかな。まあいいか。
「そんなことするとでも思ってるのか?」
「うーん……」
断られるのは想定済み。
最初からタダで逃してあげられるわけがないのは分かっていた。
だからこれは大きな取り引きとして捨て置く。次は、小さな取り引きだ。
「なら、こんなのはどう? 私とトランプで勝負する。やるのはじじ抜きで、私が1位になったときだけ1人ずつ子供達を解放する。もちろん、私の勝利条件は1位になったときだけ。キミ達が何人参加してもそれは変わらない」
「乗るメリットがないな」
お相手様もなかなか冷静だ。
「私は超高校級の幸運なんだけど、キミ達なら知ってるでしょ。希望ヶ峰学園の幸運枠って毎年抽選で選ばれてるだけなんだよね。別に特別な才能なんてない。一般人に最も近いんだよね…… そんな私に、負けると思ってるんだ?」
「挑発には乗らないと言っている」
「強情だなあ…… なら、お腹空いたから適当に商品取ってきてよ。子供達も、お菓子でも食べれば少しは落ち着くと思う」
男が目配せする。
部下の1人が外に出て行った。
上を確認してももう春川さんはいない。今出て行った人を確保しに行ったんだろう。さすがの彼女も一度に5人以上の人間を相手するのは骨だろうし、1人ずつ離していく作戦は成功だ。
2段階に分けて要求を通したのでリーダーらしき男はずっと私を注目している。
「狛枝…… お主の行動はひやひやさせられるわい……」
「ごめんね、こういう事態は慣れちゃってて…… ついつい挑発しちゃうや」
「恐ろしいやつじゃのう」
外に出て行った部下は帰って来なかった。
1人が後を追うように出ていく。主要犯人グループと思われる5人のうち、2人が出て行った。そろそろだろう。
「お前、なにかしてるな?」
「さあね。これ以上監視のための人員は減らさないだろうし、この場でなんとかしようとするのは無茶だからやめとくよ」
リーダーが拳銃を私に突きつける。
そのゴツゴツとした感触と、冷たい機械特有の温度に目を細めて 「なに?」 と単純に言う。
「余計なことをすれば殺す」
子供達の悲鳴があがる。
夢野さんに目配せすると、彼女はすぐさま子供達に近寄り、目を覆い隠すように子供達を引き寄せる。
こんなもの、見ないほうがいいんだ。
「やれるものならやってみればいいんじゃないかな?」
「これが怖くないのか?」
「ぜーんぜん、そんなおもちゃで殺されるわけがないんだよね」
自分から相手の拳銃を掴む。
額に突きつけられたまま、にっこりと微笑んでみせると男は少しだけ怯んだ。ドン引きしたとも言う。
そこに扉を勢いよく開けて春川さんが飛び込んで来る。
もう外は片付いたのか、早いななんて思いながら拳銃は掴んだままにしておく。
男は拳銃を一丁しか持っていなかったようで、他2人が蹴りで沈められている間私から必死に離そうとしてきていた。
とうとう最後の1人になり、 「このっ」 と冷静さを欠いた様子でついには引き金を引く。
「キミって拳銃使ったことないでしょ。残念、安全装置が外れてないよ」
太ももについたホルダーから素早く鉄パイプをすくい上げるように振り、拳銃を持った手を打ち上げる。
それだけで骨が折れたか、強い衝撃も加わって拳銃が手放された。あとは春川さんがリーダーを押さえ込みにかかる。
その間に私はするりとその部屋を抜け、ほぼ無人と化したデパート内を歩き回った。
結果、三箇所程爆弾が仕掛けられている場所を発見し、適当に線を切って放置。
隅々まで回った頃には犯人グループが全員確保され、外に連れ出されていた。
やってきていた警察や探偵…… 最原クンなんかに爆弾の位置を情報提供して事情聴取諸々受けたらやっと帰れるようになった。
せっかく日向クンが買い物に誘ってくれた日だったというのに、こんなことに巻き込まれた上彼は遅刻してくるとかとんだ不運だ。
だけれど、さすがにもう来ているよね。
野次馬の中にいた日向クンを見つけて近寄る。
どうやら罪木ちゃんやメイも来ていたようだ。罪木ちゃんは泣きそうな顔で日向クンと話している。
春川さんが近くにいるのでことの端末は聞いているだろう。
「日向クン!」
走っていくと、彼らは私に気づいたようにこちらへ振り向く。
けれど、日向クンはいつになく怒っているようだった。
「こ、狛枝さん! 無茶なんてしちゃダメですよぉ!」
「もっと言ってやって。さすがにあれは心臓に悪い」
罪木ちゃんの言葉に春川さんが頷く。
目の前で拳銃を突きつけられている私を見たせいで嫌な思いをしてしまったのか。謝ると、すごく嫌そうな顔をした。
「えっと…… ごめんね。私の不運に巻き込んっで!?」
はあ、とため息を吐いたメイが私の額を弾いてデコピンし、目線を日向クンへ送る。彼女はなにも言わないので、私はただただ混乱して2人に視線を行ったり来たりさせていた。
「あのな、狛枝。今回のことも、お前のせいだって思うのか?」
「それは、まあ…… 不運だよね。今日は不運続きだったし、夢野さん達を巻き込んじゃったかなって」
言葉が進むにつれて声が小さくなっていく。
なんとなく彼らの怒りの理由が分かったからだ。
「狙われてたのは夢野らしいけど、だからって今回の責任は夢野にある…… なんて思わないだろ?お前も」
「そりゃあ……」
日向クンは怒っている。いつになく。
メイは全て彼に任せているようでなにも言わない。
「いらない責任まで勝手に負おうとするのは優しさなんかじゃなくてただの傲慢だぞ。お前はいつもそうだよ」
「……」
勝手に行動して、勝手に命を危険に晒して、更には犯人グループの挑発までして…… 本当だ。早期解決できたから良かったものの、私は余計なことしかしていない。
「…… ごめん」
「まあ性格だろうしな……」
話が終息すると、春川さんはそれを見届けて夢野さんと去っていく。
残ったのはメイと、罪木ちゃんと、日向クン。
「予定は狂ったけど、もう昼だしどこか入るか」
「え、ええ? 私達もいいんですかぁ?」
「構わないよ。お前も2人にいてもらったほうがいいだろ」
だって、今日はお前の誕生日なんだし。
その言葉に顔を上げる。
「…… うん」
ありがとう、皆。
今回はちょっと不運だったけど、それでも毎年やってくるこの幸せな日に〝 生きている 〟ことを実感する。
誰もがこの物騒な世界で生きて、笑って、そばにいる。
道を踏み外しそうなときは止めてくれる。そんな仲間を得る機会が与えられたことに私は感謝する。
神様なんて信じていないけれど。
辛いことも苦しいこともあった。でも今はこの世界に生まれることができて良かったと心の底から思うことができる。
心の中で思う。
誕生日おめでとう、
これからもずうっと幸せな日々が続きますように。
皆と並んで歩く。
それは大衆的には不運続きな1日。
でも、私にとっては結果的に幸せな1日。
「どこも満席か……」
「そんなぁ、皆さんとお昼ご飯食べたいですぅ……」
「あはは、不運だね」
「でしたら私に任せては頂けませんか?良いお店を知っているのです」
「なら、メイに任せようかな。2人はどう?」
「いいんじゃないか?」
「明海さんなら安心できますぅ」
明るい日の下にわいわいと賑やかに歩く影がたくさん。
その中に、私はいる。