しとしとと、雨が降る。
すっかり秋模様となり、もうそろそろ冬季に差し掛かる頃だ。
時期が違うが、まるで五月雨のようにぽつぽつと降っては止み、降っては止む雨にいい加減うんざりしてきていたところだ。
橙色の傘を手に、肩にかけるようにしてその合間から天を仰ぐ。
傘からはみ出さぬよう身を少し縮こませ、それでも風が吹いては私の髪を濡らす。
はあ、本当に運が悪い。
今日という日に雨が降ってしまうとは。なるべく晴天の空の下で会いたかったが、雨が降っているほうが彼女に会うのかもしれない。名前的な意味で。
そうして降りしきる雨の中、待ち合わせをしている喫茶店までとぼとぼと歩く。
これからの再会に胸踊らないわけでもないが、やはり雨とは人を憂鬱にさせるものだ。
喫茶店の軒先で雨粒が伝う傘を束ね、雨傘入れに差し込む。
それから南京錠で雨傘入れと自分のお気に入りの傘を固定し、泥棒対策をしっかりとしておく。
私の使っている傘はなぜかよく盗まれることがあるので備わった対策だ。これも不運のうちなのだろうけれど、少しの幸運のためだけに濡れ鼠になって帰るなどごめんである。
カランカラン、と喫茶店の入り口を押し開けて入店する。
先に待ち合わせをしているからと話を通し、予約者を確認する。聞けば、既に2人は来ているようだった。
遅くなってしまったわけではないが、まさか待ち合わせ時間の10分前に来たはずの私が1番最後だとは思わなかったな。これは驚いた。
だけれど、それだけで2人が私と会うのを楽しみにしてくれているというのが分かって口元にだらしのない笑みが浮かぶ。
昔の恩を、誘拐された際の礼は言えたが、恩返しをすることができなかった。
希望ヶ峰学園に入ってからはとんと会える機会もなく、時折依頼やら事件やらで学園外で会っているらしい霧切さんの話を聞くのみで、それも偶然会うことがほとんどで私が同行することは叶わずこれまで過ごしてきた。
再会の言葉はなににしよう?
改めまして? それとも、久しぶり?
それに、あの人のことをなんて呼べばいいのかが分からない。
霧切さんに習ってお姉様とでも呼んでみるか?
初めて霧切さんが彼女の知り合いだと知ったときはすごく驚いたんだ。なんて偶然なんだろうって、嬉しくなって彼女にはあれこれとあの人との思い出を聞き出しまくってしまった。
困った顔をしながらも嬉しそうに語る霧切さんなんて初めて見たから、それがとても面白かったというのもあるんだよね。
そして、あの人が危ない目に遭った話や、あの人のことをお姉様なんて面白い呼び方をする霧切さんのこと。
聞けば聞くほど会いたくなった。
そしてお礼を改めて言いたかった。
喫茶店とはいえ高級な場所であり、予約席などもあるこの店を指定したのは私だ。
霧切さんには、あの人に私のことを話さないようにお願いしてある。
そして、今回は私から依頼を出すと言ってもらうことになっていた。
あの人は直々に舞い込んだ依頼と、その依頼人に会うということで緊張していることだろう。あの人はそういう人だ。
もしかしたら、高級店すぎてあわあわしているかもしれないな。
そんな想像をしながらふふ、と笑う。
それから案内された和風な予約席へ続く扉に手をかける。
第一声は、どうしよう。ああでも、格好つける必要なんて全くなくて、ただ私らしくやろう。
「こんにちは、依頼人の狛枝凪と申します」
「えっ」
そこには分かりやすく驚愕したあの人と、悪戯が成功したように目を伏せて口元だけ笑っている霧切さんがいる。
すごいな、初めて会ったのは私が中学2年の頃だから、もう3年は経ってるはずなのに。1つ年上のあの人は、どうやら私のことを覚えていてくれたようだ。
「えっと、君…… いや、あなたって」
「お久しぶりです、結お姉様」
「君もそう呼ぶの!? いや、嬉しいけれど! さては霧切ちゃんだな!?」
「ふふ、どうかしら」
「やっぱり君だよね!」
私の目の前でじゃれあいだす2人に思わず声をあげて笑い、席に座る。
私の対面に2人がいる構図だ。一応依頼人と探偵2人だからね。
対面の2人は霧切さんと、あともう1人。私が誘拐されたときに助けてくれたお姉さん。五月雨結その人だ。
茶髪のショートで、前髪に白いメッシュ。赤縁メガネに、ボーイッシュな格好が特徴的だな。あのときとほとんど変わらないや。
「やっぱり仲いいんだね。霧切さん、話さないでくれてありがとう」
「探偵は守秘義務を守るものだもの。あなたもサプライズにしたいようだったし」
「霧切ちゃんは知ってたんだね……」
ジト目になった結お姉様が霧切さんを見つめる。それでも霧切さんは涼しい顔で笑う。ちっとも堪えていない様子だ。さすがのクールさである。
でも彼女が側から見ても懐いているのは明らかなので、本当に仲の良い姉妹みたいだ…… ま、まあメイと私の仲には敵わないけど、なゆて対抗意識がチラッと脳裏を過る。
一応、私も誘拐されて助けられた一件以来慕ってる人なんだけれどさ。
あのときと、その後病院に救急搬送された先でお見舞いに来てくれたとき以来全く会ってなかったから、忘れ去られているかと思っていた。
だって探偵さんなんだからいっぱい人と会うだろうし、助けた1人のことなんて、忘れてると思ってたんだ。
だから初対面みたいな反応をされたらこちらも初対面として対応しようと思っていたくらいだ。
「あ、放っておいちゃってごめんなさい。えっと、狛枝さん? ちゃん?」
「どっちでも大丈夫だよ。私もお姉様には普段通りに接するつもりだから。堅苦しいことはなしでお願いしたいな」
「なら狛枝ちゃんで」
霧切さんと同じ対応か、なんか嬉しいな。
「それで、えっと、サプライズしたかっただけってこと…… なのかな? というか、こんなに高そうなお店大丈夫なの? こ、後輩2人ってことはわたし奢ったほうが…… ああでもお金が……」
混乱しきりな彼女に 「大丈夫だよ」 と返す。
「代金は私持ちだから大丈夫。ほら、お姉様も知ってるでしょ? あのとき私は宝くじを当ててたけど、あれが年に何回かあるって思ってくれていい」
「ひえー、狛枝ちゃんお金持ちだね。わたしなんて依頼料があってもギリギリというか……」
「お姉さまは低い依頼料でも緊急性の高いものはきちんと受けるものね。だからこそ私も尊敬しているのよ」
「や、やめてよ…… べた褒めされても出るものなんてケーキくらいしかないって」
「出るのね」
出るんだ。
「今回お姉様に会う理由は勿論お礼をすることも目的なんだけど、ちゃんと依頼もあるんだ」
話の途中で扉が開き、事前に予約制で注文されていた料理が届く。
次々にテーブルに並べられていくそれらにお姉様が釘付けになっているのを微笑ましく見守り、一旦話を中断する。
「食べながら話そう」
「いいの?」
「料理が冷めるほうがよほどよくないからね」
「なら、ありがたくいただくわね」
少しずつ料理を食べながら、合間合間に会話を挟む。
そして、肝心の依頼についてを話す際には居住まいを正して彼女の瞳をまっすぐと見つめる。
白のメッシュが入った髪が揺れ、真剣な話だと察したあちらも見つめ返してくる。
「お姉様、〝 医療機関最大最悪の事件 〟は知っているよね」
「…… うん、知ってる。たくさんの子供が犠牲になったって聞いたことがあるから。本当に最悪な事件だったって」
私が体験したあの事件で表に知られているのは、入院していたたくさんの患者が死んだこと。子供たちがたくさん死んだこと。そして、院長が狂ってそれら被害者たちを殺してまわったこと。
知られていないのは、私に行われていた実験。コピーたちのこと。そして、院長がしていた〝 錆病 〟の調査内容や、私の母に対してしていたこと。人体実験全般だ。
だから、
「私はあの事件の生き残りの1人だ。もちろん、あの病院で行われてきた暗部のことも知ってる被害者なんだよ。だから、さ。もう犯人はこの世にはいないけれど、その事件の内容全てを明るみに出したい…… と言ったら、キミは協力してくれる?」
お姉様は思ったよりも重たい内容の依頼の答えに困っていた。
「…… わたしよりも凄い探偵ってたくさんいるんだよ。君はわたしでいいの?」
「結お姉様の専門分野が違うことは分かってるんだ。でもね、私は私の信頼できる人にしかこれをお願いしたくない。明るみに出たらまずいことばかりだし、きっと世間的にも大混乱に陥ると思う。それでもお願いするなら、キミたちしかいないと思ったんだ」
会ったのは2度だけ。彼女との間には、誘拐された私を助けてくれたという事実しかない。
たったそれだけの繋がりでも、彼女は信頼するに足る。
霧切さんは言わずもがな。最原クンはどうやら他のメンバーとソニアさんの国へ事件解決しに行ってたらしいし、重い事件を連続で担当させるのは可哀想だ。それに、彼のことはそれほどよく知らない。
彼らのクラスについて私は事前知識がまったくないから、依頼しづらいのだ。
それを言うならお姉様のことだってそうだが、あのとき助けてくれたお姉様は紛れもなく私にとっての救いだったから…… すこし美化というか、フィルターがかかっているかもしれない。
けれど、彼女がいい。私はそう思っている。
「…………」
「私はお姉さま次第ね。狛枝さんも、そのつもりでしょう?」
「うん」
しっかりと頷いて、食事を再開する。
結お姉様はしばらく沈黙していろいろと考えていたみたいだけれど、顔を上げたときにはもう答えが分かっていた。
「いろいろ言いたいことはあるね。でも、これだけは言わせてもらおうかな。受けるよ、その依頼。君がそれだけお願いしているのに、断れるわけないじゃないか」
「あ、圧力かけてたかな…… ? ご、ごめんなさい」
「あああ、違うんだよ! そうじゃなくてさ、なんていうか…… 断っても良かったのは分かってるんだけど…… 君に真剣にお願いされて、わたしが断りたくなかったんだよ」
「お姉さまはお人好しだものね」
「霧切ちゃん!」
「ふふ、なら私も同行することになるわね」
口々に承諾の意を向ける2人に今度は私が俯いた。
やっと、やっと皆の無念が晴らせるかもしれない。
闇に葬られた事件を蒸し返すのは良くないことだって分かってる。知らないほうが、知られないほうが幸せなことだってあるのは分かってる。
それでも、橙子ちゃんや姉さんたちが死んでいったことが、彼女たちの死が身元不明で片付けられることがどうしても嫌だった。ずっと嫌だった。
私とメイだけ助かったことも、暗部のことが全て焼け落ちて失われたのも、嫌だった。許せなかった。
あのときは自分のせいで起きたことだからと、全て諦めていたけれど、それが当然のことだと気にしないように、自分自身を傷つけないように蓋をしていた。
才能のせいだから仕方ない。
それで済ませて、死をなんでもないことのように振る舞った。
でも、学園でクラスメイトや、友達が気づかせてくれた。
私は才能を言い訳にして、立ち向かうことから逃げていただけなんだと。
まだまだこの我が儘な才能は制御不可能だ。でも、昔よりは犠牲が減った。それはひとえに私も含めて全員が生きようとするから。
生きてほしいと、犠牲にならないように努力するようになったから。
諦めずに立ち向かえるようになったからだ。
だから、私は長年蓋をして封印していた思いを解放することにした。
嫌だったんだ。私のせいで犠牲になっていった皆が忘れ去られていくのが。父親のしたことが公表されないのが。
それを、表に出す。
世間はきっと混乱して大ニュースになるだろう。
でも、やると決めたんだ。
2人が断れば自分だけでやるつもりだったけれど。
「ありがとう、2人とも」
その言葉に、言葉にできなかった様々な思いを全て乗せ。
私は感極まりつつ、笑った。
結お姉様を出したかっただけなので続くかどうかは不明。
ソニアさんの国に事件解決しに行く最原クンたちのようにお茶を濁すか、詳しく書くかどうかはご意見次第でしょうか……
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