ざあざあと、雨が降っている。
まるで私の心のようだと気取って言えたら、どんなに良かっただろうか。
今あるのは、ただただその名前と同じく凪いだ気持ちだけ。
もっと緊張とかすると思っていたんだけれど、案外私って薄情なのかもしれないなあ。
過去は過去だ。なにを思うとも、それは変わらない…… 変えられない。
そこにいて生きていた人達が大好きだったって思いながらも、なにもできなかった…… いや、なにもしなかった私の〝 今 〟が1番尊いものなのだ。
あのときとは違い、足掻くようになった私の今。
それのために、私は今日…… 協力を依頼した探偵と3人でやって来ている。
現在では巨大な廃墟。昔は私の実家だった場所。そして、精神病棟だった場所――
ここに来る前に少しだけ罪木ちゃんと話した。
本当は終業式があるから、出席だけはしたかったんだけどね…… 今日は何年も前に、医療機関最大最悪の事件が起きた日なのだ。
この日に全ての清算をしなくていつにするって言うんだ。
霧切さんや結お姉さまには中途半端な時期で悪いことをしたと思ってるけどね。
「あの、狛枝さぁん…… 本当に終業式出なくていいんですかあ?」
「うん、ちょっとやることがあるからね。罪木ちゃんは病院の研修、順調?」
「え、ええそうですねぇ…… 先輩方にもお世話になってますし……」
「そっか…… お姉さんは、経過順調?」
「…… ええ、もういつ目が覚めてもおかしくないはずですぅ」
「そっか……」
罪木ちゃんも過去の清算を着々と進めている。彼女のしでかした黒い過去は決して消えることはないけれど、その償いをすることはできる。
彼女の姉が無事目を覚ますといいんだけれど。
「あ、それと…… あのぉ……」
「んん?どうしたの?」
「狛枝さぁん…… いってらっしゃい、ですぅ」
なにを今更と笑う。
けれど、なにも聞かずに送り出してくれるキミが心底愛おしくて、こちらもなにも触れず 「行ってきます」 とだけ返す。
ざあざあ、ぱらぱらと雨が降る。
そこを私は橙色の暖かい傘を差して道を行く。
しとどに降りゆく雨で街中に傘の群れが往きかい、それらとすれ違いながらそっと学生とは真逆の方向へ歩む。くるくると傘を回す学生達に、肩を寄せ合い1本の傘を扱う男女を微笑ましく思いながらも駅へ。そして懐かしの場所へ。
最寄りで待ち合わせをしていた2人と合流する。
2人とも詳しいことは学園に伝えず来てくれているため、どうしても近場で合流するわけにはいかなかったのだ。
へたに目撃されてしまえばなにかあると言っているようなものなのだから。
懐に録音機器や写真機を忍ばせて、わりと長距離の移動を果たしてそこに辿り着く。
「お姉様! 霧切さん!」
「やあ、狛枝ちゃん! 霧切ちゃんも揃ってるよ」
「結局10分前には全員着いたわね」
依頼主だから早めに着こうとしていたらこれだよ!
2人とも早すぎる。助かるからいいんだけどね。
そうして、私たちはあのときのまま放置されている廃病院へと足を踏み入れた。
施錠はしてあるものの、門は乗り越えることもできてしまう。ホームレスの人とかが入り込んで利用している可能性も踏まえて手分けはせず、3人で固まって行動することにする。
けれど……
「門が、開いてる……」
なぜ。
今の管理は私のはず。わざわざ保存のためにたっかい税金払ってるんだから合ってるはずなのだ。合鍵だってないはずだし…… いや、昔と鍵自体は変えていないから、こっそり鍵が持ち出されていたりすれば開く。
……でも、生き残りなんて私とメイ以外に。
はたと、そこで思考停止した。
いやそんなはず…… ないよね。
「入ろうか」
「ええ、十分気をつけましょう。狛枝さん、緊張しているでしょう」
「あはは、分かる?うん、正直ね」
中になにが待っているか分からないというのもそうだが、やはりいいことも悪いこともここに置き去りにしてきたのだ。緊張しないわけがない。
特に…… 入ってすぐの玄関ホールは怪物兄が私を逃がすために父を止めようとして返り討ちにあった場所だ。
…… そして、恐らく豚神クンがその怪物兄なのだろう。さすがにもう分かっている。うさぎクンは、あのとき怪物兄として死んだ。そして、記憶を欠落させて必死に他人に成り代わって生きてきた名前のない怪物。
それが超高校級の詐欺師の由縁なのだ。
「散らかってるなあ」
「一度、警察の手が入っているのよね」
「それにしては雑然としてるなあ。本当に捜査したの?これ」
「現場保存を優先したんじゃないかしら。そのまま私有地になって…… それにしては、おかしいと思うけれど」
そういえば、私が新しい両親に引き取られたあと、この土地は誰が管理してたのだろうか。今でこそ私の土地になってはいるが、引き取られてすぐは私にここを維持するだけの財力がなかった。和子さんたちが持っていた?いやいやそんなことはない。私を引き取って育てることになった以上、そうなればこんな大きいだけの事故物件と土地はさっさと売ってしまうだろう。
なら、いったい誰が……
脳裏に掠めたのは。
「いやいやいや、ないよね」
もう1人の生き残りが、なんて。
「丈夫な靴を履いて来て良かったなあ。廃墟っていうと色々散乱してるから、靴底が柔らかいとこれ、踏んで刺さるよね」
「ガラス片や医療器具も落ちているものね。人の手が入っていればもう少し違うと思うのだけど…… ベッドもあるでしょうし、荒れているからといって油断できるわけではないわ。少し寝るくらいならここでもできてしまうもの」
「ええー、ねえ霧切ちゃん。やっぱりこういうとこってホームレスいたりするもの?」
「ええ、好物件でしょうね」
そりゃあ、広いしベッドもあるしある程度暑さ寒さをしのげるだろうからね。その辺は想定済みだが、まあここも用が済んで…… 私の幼い頃の全てを清算することができたのなら取り壊すことになるだろう。大きなところだから土地を売れば事故物件であることを差し引いてもそれなりのお値段にはなるだろうな。
けれど、これ以上お金なんていらないんだよなあ。希望ヶ峰学園からも近いとは言えないし、研究施設として寄付することもできないだろう。
だからといって自分でマンションを建てて経営とか面倒でしかないし、経理はちょっと分からないから迂闊に手を出さない。
私の幸運があれば上手くいくかもしれないが、あとから来る不運が怖いんだよ。私みたいなやつは絶対トップに立っちゃダメだと思う。
「確か、火事で焼けたのでしょう? それにしては整っているし、やっぱり人が利用してるのかしら」
「壁とか床は煤けてるけどね」
「お姉さま、これは火でついたものというより煙で付着したものよ」
「あー、霧切ちゃんにはいつになっても敵わないなあ」
そうだね、火元は奥の奥。恐らく隠し部屋ギリギリのところからだ。
火元不明になってしまうとやっきになって警察や消防に探されてしまう。だから1番隠したいものに近いところで火事を起こした…… 私はそう考えているのだ。ここには暗部が多すぎる。狂気でおかしくなってしまったのは父だけなので、勤めていた人達が証拠隠滅に動いたのではなかろうか。
そんなことを2人の探偵に話すと、暗部について根掘り葉掘り聞かれることもなく「じゃあ火元に最も近かった場所を探しましょうか」と舵取りされた。
正直ありがたい。
燃え残ったカルテでもせめて見つかればいいのだけれど…… そうやって3人並んで歩いているときだった。ふと、視界の端に見覚えのある人間を見つけて…… 気がつけば私は走り出していた。
反省はしている。
いつもいつも、私は先走りが過ぎる。でも、そうでもしないと見失ってしまいそうで…… 追わずにはいられなかった。
「待って!」
階段を上って、上って、屋上へ。
一直線にここへ来たから、多分そのうち2人も追いかけてくるだろう。置き去りにして悪かったとあとで謝っておかないとな。
「待ってってば!」
追いかけて、そして追い詰めて、やっとこちらを見たその人は、やはり見覚えがあったのだ。
「追いついたよ、看護師長さん」
そう、その人こそ行方不明扱いとなっていた看護師長。
父といつも一緒にいた人。
そして、きっとこの人が…… 火事を起こして証拠隠滅を図った、張本人なのだ。
大変遅くなって申し訳ありませんでした! あけましておめでとうございます! いつもとは違う時間、文字数の投稿もご容赦くださいませ!
今回、前後編となっておりますのでキリのいいところで分けております。
続きは地道に書いていくので、更新はこれ以降不定期となりますが、なにとぞよろしくおねがいいたします。