錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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No.4『自由』ー翠緑ー

「そこにいる子、入ってきなよ」

 

 うろちゃんと出会ってから一ヶ月とちょっと。今回はとうとう、例の男の子に会ってみたくて病室の前でどうしようか迷っていた。

 

 勿論、隣室の橙子ちゃんには挨拶済みだ。やんわりと相手の都合を考えるように言われたのでこうして様子を見ていたわけだけれど、中から声をかけられてしまった。無神経だということは自覚しているので、これは悪いことをしたなぁと思いつつも扉をスライドさせて中に入る。

 

「ご、ごめんなさい。いきなり来ちゃって」

 

 謝りながら中に入ってすぐに目に付いたのはやはり点滴の色だ。なるほど、あれがグラスに入っていて〝これは青汁だよ〟と言われれば信じてしまいそうだ。それほどその点滴は濁った深緑色をしていて、言ってしまえば沼の水をそのまま絵に描いたような、酷く汚い苔のような色をしていた。私は知識として知っているからこそ納得できるが、この緑色の液体が血液だと誰が思うだろうか。医者もきっと目を白黒させながら診断したことだろう。

 

 そしてそれに繋がれた少年もまた、酷く青い顔をしていた。髪の毛は血の色のようには濁っていないが、明るいとは言いがたい緑色。これを例えるならば瑞々しいピーマンの色だろうか。それに真っ白な包帯をずさんに巻いていて、余った端が頭の後ろから鉢巻のように流れている。顔の整った結構な美少年だが、顔の白さの所為か男の力強さよりも線の細い女性的な見た目をしている。将来、女性によくモテそうだ。

 

「いらっしゃい。ああ、別に悪く思わなくていいんだよ。こういうのには慣れてるんだ」

 

 物珍しそうに彼の姿を上から順に眺めてから言われた一言でまたチクリと胸に刺さり少し恥ずかしくなる。ミーハー魂が染み付いているのは自覚済みだが、呆れられるのは流石に嫌だ。相手を舐めるように見て自分の知識と照らし合わせる。こんな分析じみたことをしているようでは人に嫌われてしまうだろう。しかし、この悪癖はすぐには改善できないと確信できてしまう。ほぼ無意識の行動ではあるが、自覚があるだけまだましだろうか? いや、言い訳を考えている時点で論外だろう。早めに改めなければならない。

 

「それでキミは? やっぱり僕のこれを見に来たのかな?」

 

 そう言って彼は点滴を指差す。そこには点滴が二つついていて、一つは普通の点滴で、透明な溶液が入っている。もう一つは前述したような淀んだ緑色をしている血液が入っている。この血液にもう一つの液体を少量混ぜて再び体に戻す。血液クレジング療法というやつだろうか。そんなものでこの色は戻せないと思うのだが。

 

「不思議そうな顔をしているね? その緑のは僕の血だよ。変てこだろ? これのせいで長く生きられないだろうからって、ここにいるんだよ」

 

 今までは普通に生活出来ていたのにね、と愚痴を漏らすように彼は言う。少々自虐気味なのはこんな病院にいる所為だろう。ここにいれば誰だって精神に異常をきたすだろう。そう断言できるほどこの病院はおかしいのだ。目隠し姉さんだってあそこまで追い詰められていたのだ。つくづく子供には酷な場所だと思う。

 

 私が不思議そうな顔をしていたのならば、それは血液クレジング療法が有効なのか、という疑問のためだ。私はそれが血液であるということを初めから知っていたわけなのだから。しかし、彼が勘違いをしているならば好都合なのでそのままにしておこう。

 

「あの、アキラさんで合ってる?」

 

 その一言で彼の表情が変わる。

 

「受付で訊いたのかい? キミに漢字が読めるとはとても思えないよ」

「織月お姉ちゃんに訊いたの」

「なんだって! 彼女に会ったのか?」

 

 今度こそ、その整った顔を驚愕に染めて彼が言う。

 

 あれからうろつきは何度もお見舞いに来ている。その姿を何度か見た上、一度私の部屋へと招き入れたことすらあるのだ。彼女がどれだけ彼のことを心配し、献身的に見舞いに訪れているかがそれだけでわかるだろう。

 

 この一ヶ月間、少なからず週末には毎回訪れているし、それ以外にも、学校が終わる夕方頃に紫色のランドセルを背負ったまま顔を見せに来ることがある。訪問回数は恐らく十を超えているだろう。ランドセル姿のうろつきに胸キュンしたのは秘密だ。

 

「う、うん。お友達なんでしょ?」

「ああそうだよ。彼女は大切な幼馴染だからね」

 

 途端に警戒心を緩めてきた彼に苦笑する。先程までの刺々しくとっつきづらそうな美少年の姿は何処に。織月という魔法の言葉で現在の彼は年相応の少年らしく頬を緩ませ、本来の姿であろう爽やかさを前面に押し出している。

 

「もしかして、キミが織月の言っていた、道案内をしてくれた子かな?」

「うん、そうだよ」

 

そう言うと、彼は「ああ、やっぱりそうか」と呟いてから笑みを浮かべた。

 

「お姉ちゃんキミのこと凄く楽しそうにお話してくれたよ」

「それは嬉しいな。織月は良い笑顔をするからそれがいつも楽しみなんだよ。でも今は駄目だね。僕のほうが写真機も手に出来ていないし、手元に絵の具もないから」

 

 この人は写真を撮るのが好きなのだろうか。それとも、絵を描くのが好きなのだろうか。困ったような表情でやれやれと手を挙げる彼を見ていると、きっとどちらとも好きなのだろうと思えた。うろつきのその時、その時を収められるのならなんでも。

 

 なんとなく、青汁君とうろつきが恋仲だったらいいのにと思って首を振る。確かに翠君のほうはかなり好意を表しているし、織月も健気に病院通いを続けていて両想いの可能性は十分にあるが彼らの間柄は私が勝手に決め付けて良いものではないのだ。

 

「お姉ちゃんってどんな人なの? お兄ちゃんの話、聴きたいな」

 

 いつまでもキミ呼ばわりでは流石にきつくなってきた。なので無難にここはお兄ちゃん呼びだ。あざといような気もするが幼子なんてそんなものだろう。五歳前後の子供は下手すれば名前呼びをしてくることもある。この辺が落としどころだろう。

 

 私が彼女のことを訊きたいのは、自然体の彼女を知りたいからだ。私のような年下相手ではきっと優しく接するように気を配るはずだ。それでは自然体とは言えないだろう。

 

「いいよ。でもいざ話をするってなるとなにも思い浮かばないな」

 

 そう言ってから少し考えるように黙り込むと「そうだなぁ」と声をあげてから続ける。

 

「キミって甘いものは好きかい?」

「うん。チョコレートとか」

「あの子は凄い甘党でね。あ、甘党っていうのは甘いものが大好きってことだよ。週末には毎回少ないお小遣いで材料を買ってきては大好きなショートケーキを作るんだ。朝仕込みをして、昼は僕に会いに来て自慢してくれるよ。それに〝 病院に禁止されてるから持ってこれないの、ごめんね 〟としょんぼりしながら嬉しいことを言ってくれるんだ」

 

 それは限りなく自慢話のようで、その本質は惚気話だった。だけれど、とても幸せそうな彼を見てしまえば話に水を差すなど無粋だと分かる。私はただ黙って話を聴くだけだ。

 

「それと、そうだな…… 格好良いものが好きで、女の子よりも男の子の方が話が合って、そのわりにはキラキラしたものが好きで、音楽を聴くのが好きで、とても女の子らしいところもある。少しチグハグで統一性なんてまるでない奴だけれど、目は真っ直ぐ向いているんだ。あいつはあいつなりに一点を見つめてて、それに向かって歩いてる。いや、走ってるのかな?ともかく、何があってもあいつは信じたことをそのまま貫くんだろうと思うよ。それにかなりのマイペースさだ。よっぽどのことがない限り少しも変わらないだろうね。逆にそこがいいところなんだけれども」

 

 最後にしっかり褒めているあたりやはりベタ惚れだろうこれは。そう思わずにはいられなかった。リア充め。

 

しかし、やはり彼もどこか子供らしくない。何か問題があったり、天才だったりする人は成熟が早いのだろうか。それとも私と同じ転生者だったりするのか?いやそれは…… ないとは言い切れないが現時点で分かることなどないだろう。あるいは、キャラクターそのものに主人公補正のようななにかがあるのだろうか。優秀な人間として生まれてくる、みたいな。

 

「いつも明るく笑ってて、それが曇るところは見たことがないよ。僕はあの笑顔が好きなんだ。元気が出てくるからね。今でこそこうやって病院に押し込まれているけど、本当はその必要はないんだ。こんな気持ち悪い色をしていても血は正常に働いていたからね。だから幼い頃は黙認されてたんだけど、最近流行ってる風邪をひいてからというものこれだよ。どうやら寿命自体が極端に短いらしいんだけど、そんなものは嘘だと思ってる。今までは健康体だったんだから。ああ、血の色以外はね。ともかく、彼女の笑顔が唯一の活力になっているんだ。病院食はまずいし、甘いものも出ないし、織月の手料理が恋しいよ」

 

「美味しい料理が食べられないんじゃ楽しみは本当にそれだけだね。私もケーキが食べられなくなったら泣いちゃうかも。でも、それより友達に会えなくなるのはもっと嫌だなぁ」

 

 この病院がいかに腐っているかがよく分かる。この健康体であるはずの少年をきっと欲しがっていたのだ。今までは検査をしても正常で、風邪すらひかなかったことで手が出せなかったのだろう。それが、流行の病にかかったことで異常ありと決め付けて病院に確保したんだ。その風邪にかかったことでこの腐った病院に切欠を与えてしまったのだ。だとしたら面会謝絶されていないのはまだましな処置なのだろうか。それさえなかったらこの人はもっと荒んでいたに違いない。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃんのこと大好きなんだね」

 

流石にあんな惚気話を聴かされてしまっては言うしかない。このリア充め、末永く爆発しろ。

 

「えっ、と。どこでそれを! じゃなくって、ええと、ど、どうしてそう思ったのさ」

 

 おやおやぁ? これで動揺するだなんて脈ありありですね? 他人の恋話美味しいです。先程子供っぽくないだなんて思ったけれど前言撤回。普段は大人っぽいけれども、こういうところは年相応なんだ。なんだか可愛い。

 

「すっごく楽しそうに話してるから、かなぁ」

「そ、そうかい。まあ、大切な幼馴染だからね」

 

あら素直。思わずにやにや顔になりそうなのを抑えて彼を見る。ごほん、ごほんとわざとらしく声をあげてから(あきら)君は真剣な表情に戻った。

 

「…… キミはとても幸運だね、あーっ、と」

「凪だよ」

「そう、ナギちゃん。キミはとても幸運だよ。なんせとても活力に溢れているのだから。友達も一杯いるだろ? この病院内ではそういう子はごく僅かだ。僕みたいに何度も見舞いに来てくれる子がいるのだって運がいいほうなんだけどね。それだっていつまで続くかは分からない。学校もあるし、あの子も外で遊ぶほうが好きだからね。いつ、心が離れていくかなんて分からないよ。だから、キミはその幸運を大切にしたほうがいい。…… キミには少し難しかったかな?」

 

 黙り込んだ私に寂しそうな顔をした翠君が言う。きっと彼には難しいことを聞いて顔を顰める子供のように見えたのだろう。だがそれは違う。私はあるワードに敏感に反応してしまったにすぎない。そして心の中に漏らす。なぜ今、〝 幸運 〟などというワードに惑わされねばならないのだ。いや、彼はただ思ったことを言ったにすぎない。きっとそうだ。なのに、こんなにも動揺させられる。

 

 身近な幸福にはいつも感謝していた。そのはずだった。なのに何故、私はこんなにも動揺し、カルチャーショックを受けたのだろう。身近に友達がいること。大切な人がいること。それは幸運に分類されてしまうのか?そこだけが気になって冷や汗が流れる。

 

 原作での彼の言動からするに、才能としての〝 幸運 〟は多数派意見で、一般論的に幸運だとされることが起きたときにのみカウントされると推測できる。それは物理的な幸運であって、精神的な幸運はカウントされないということだ。

 

 例えば、彼の幸運は物理的に帰ってくる。当たりの宝くじを拾ったり、偶然生き残って遺産を受け取るなどだ。だが、好意を向けられたり、優しくされたり、目に見えない精神的なものを与えられてもそれが幸運としてカウントされてないのは本編だけでは微妙だが、合っていると思う。そうでもなければいちいち細かい事柄全てを幸運と不運で考えなければいけなくなる。それはあまりにも些細すぎて〝 才能 〟とは言えない。人間少なかれ運に左右されることがあるのだ。〝 才能 〟とされるくらいなのだからもっと大規模なのだろう。そう、TRPGで常に決定的成功(クリティカル)決定的失敗(ファンブル)をするかという極端な〝 才能 〟と考えればいいのだ。しかしこれは所詮、推測でしかないのだ。

 

 では日々の幸福は幸運に分類されるのだろうか。友達がいる良い人間関係は幸運か? 相対する病院の人間と、怪物君からの拒絶で不運だとすると一応辻褄は合うだろう。なら、メイ子さんや橙子ちゃんからのプレゼントは? 前に不運が来ていたとするなら気絶したことと、悪夢を見たこと。それに非合法な人体実験。こう考えると幸運と不運がきちんとサイクルしているように考えられる。

 

「友達を大切にしなよ。身近にある幸せを目一杯抱きしめて落とさないようにするんだ。物にして残すのもいいかもしれないね。友達との写真。好きな人とのツーショット。なんでもいい。思い出はとっておくものだよ」

 

 翠君はちらりと床頭台(しょうとうだい)の上にある写真立てを見てから顔をこちらに戻す。その写真には小学生に上がったばかりであろう翠君と、織月の姿が写っている。〝 入学式 〟と書かれた立て看板の前で真新しい深緑のランドセルと、紫のランドセルを背負った二人が笑顔でピースサインをしている。それはもう戻ることのない光景だ。

 

「さあここらで終わっておこう。もうすぐ検温の時間なんだ」

 

彼が言って初めて私も時計を確認した。病室に訪れてからすでに二時間は経っている。ここに来たのが午後二時前後だったのでもうすぐ回診もあるだろう。自分も早めに戻らねばならない。

 

「お話ありがとう」

「いいや、僕も久しぶりに織月と医者以外で話したからね。楽しかったよ」

 

手を振って別れ、急いで病院の廊下を歩く。またメイ子さんに叱られるのは嫌なのだ。そして彼の言っていたことを頭の中で繰り返す。

 

〝 いつ、心が離れていくかなんて分からないよ。だから、キミはその幸運を大切にしたほうがいい 〟

 

私は胸中に燻るもやもやとした気持ちを飲み込み、そっと心の中に仕舞っておく。そしてそれを後悔する日が来るのだろうか、と考えてやめた。先にできる後悔などあるはずがないのだから。

 

 

 

 

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