錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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「 ハロー母さん父さん。私、次の人生も頑張って歩んでいこうと思います
  目指すは再び人生謳歌! 生前できなかったことを中心に楽しもう!
  転生? ラッキー! そう思ってた時期が私にもありました 」

〝 Ps.ごめんなさい、早くも心が折れそうです 〟




No.1 『生後』

 目の前が暗転して、次に目が覚めたとき、私は沢山の人に囲まれていた。

 

 

 知らない天井だ。

 一度は言ってみたかった台詞を口に出したはずだがなぜか音にならない声。いや、声にならないただの音しか発することができず、じわじわと歪んでいく視界。そしてトドメに、知らない人達に囲まれている事実に嫌悪感を抱き、泣きだしてしまった。

 

 小さな感情の起伏で喜怒哀楽が簡単に表に出てしまっている事実に困惑し、更に泣き声を大きくする。今、私の困惑は哀に分類されているらしい。まるで意味が分からない。

 

 そうして、暴れていると自然と視覚に入る自分の手足。それに、自分を容易く持ち上げる大人の手を見て、私は初めて転生し赤ん坊になったことを知った。

 

 その場所は温かかった。しかし、それと同時に申し訳なかった。可愛い赤ん坊の中身が可愛げもない成長しきってしまった私であることに。

 

 それはお世話されることが恥ずかしいだとか、新しい母親に呼ばれて一歳頃ひどく流暢に返事をしてしまっただとか、そういうのも含めて全てに対してだ。不気味だと思っただろう。最後の最期で親不孝しかできなかった私が受けるべき報いだと、そう覚悟していた。

 

 だが、返事をしたそのときのことだった。医者らしき人の表情が喜色に染まりその覚悟も全て台無しになってしまった。

 

 気味悪がられないことに少しだけ希望を持ってしまった。

 私は、ここにいていいのだろうかと期待してしまった。

 

でも、その想いは全て医者の所業によって打ち砕かれたのだ。

 

 まだ幼い子供が相手だというのに行われる過酷な検査。痛い注射に、同じ服装をした集団が私の様子をただひたすら観察している様子。何が書き込まれているのか分からない得体のしれない診断書やレポート。

 

 期待をしていた分、ただひたすら私は打ちひしがれた。

 医者の見開いた目がとても怖かったし、気持ち悪かった。生を認められたはずなのに、喜ばしいことのはずなのに、全くと言っていいほど嬉しくなかった。ただただ気持ち悪かった。

 

 普通でない成長速度、精神の成熟度。本当だったら爪弾きされて然るべきものだろう。だけれど、私はそうされなかった。毎日検査されたし、毎日あの医者が気持ち悪い笑みで私を見に来た。

 

 そして、それと同時に成長していくにつれ、新しい母さんには日に日に会えなくなっていった。会うのは大抵、私のお世話をするメイドさん。同じ人にしか会ったことがないので分からないが、きっと他にもいるのだろう。なら、この人は昔で言う乳母のようなものなのか。初めはちゃんと母さんから食事をもらっていたが、離乳食に変わってからは本当に会えなくなってしまった。

 

 今、母さんはどうしているだろう。とても疲れた顔をした人だった。何かに諦めているような、絶望しているような人だった。だのに、私にはいつも優しく「凪ちゃん」と言って微笑む人だった。すでに懐かしく思う。

 

「お嬢様」

 

 メイドさんの名前は知らなかった。

 

 でも、優しい声で私を撫でる手が好きだ。母親も勿論好きだが、彼女のことも大好きだ。たとえそれが仕事の関係だとしても。愛おしそうに、でもどこか哀憐の見え隠れする表情で私の頭を撫でる柔らかな手。彼女の様子に私は心の何処かで、もう母さんには会えないのだと悟ってしまった。

 

 それでも、彼女の表情が憐憫でなく、哀憐であったこと、他人事の哀れみでなく、心から想う哀れみであること。それだけが私にとっての唯一の救いだった。

 

 私が普通の子供でいう物心着くくらいの年齢に達したとき、初めて病院と自身の姓を知った。

 

 なぜ自身の姓と病院が比べられるのか? そんなの、あの気持ち悪い医者。あれがこの病院の院長で私の父親だとご本人様から盛大なカミングアウトをかましてくださりやがったからである。三歳児にして既に反抗期(父限定)に突入しているみたいだ。この調子でどんどん嫌っていきたいところである。そもそも、新しい母さんに会えないのはあれの所為なのだから。ただ、あのメイドさんを配属してくれたことにだけは感謝している。今では一番仲の良い人だ。

 

 とまあ脱線していたから話を戻すが、私の名前である。

 

 『狛枝凪(こまえだ なぎ)

 

 それが私の名前の全てである。

 なんの冗談だろうか? 一文字足りないようだがものすごく見覚えのある名前だ。それが間違っていないのならとんだ死亡フラグだ。彼の立場に生まれたことが既に絶望なんだけれども。いっそ気持ちよく心がポッキリと折れてしまいそうなんだが。

 

 私の知っている狛枝凪斗はダンガンロンパというクローズド系推理ゲームの二作目に登場するキャラクターだ。設備だけが整った無人島に各分野で超一流であると判断された高校生たちが連れて行かれ、殺し合いを強要されるという物語。

 

 その中でも、彼は 「超高校級の幸運」 として殺し合いに巻き込まれていくこととなる。それだけならばまだ良かったのだ。自身の死をただ回避して、他はスルーすればいいだけなのだから。

 

 だが、問題なのは狛枝凪斗の立ち位置だ。

 彼はプレイヤーを翻弄するトリックスター的存在で、自分が死ぬことを何も厭わず不安定な人物を揺さぶり殺人者にしてしまう人物。そして、計画を成功させるために自分自身の死すらトリックに組み込むような狂気。

 

真に恐ろしいのは、こんなことをしていても彼には悪気など欠片もないということだろうか。

 

他全員を犠牲にしてでも島から脱出したい殺人者の希望と、殺人者の犯行を暴き、処刑しないと全員が死ぬことになる他のキャラクターたちの生存したいという希望。それらがぶつかり合い、大きな不幸の後に訪れる絶対的な希望を渇望する狂信者。それが彼だ。

 

 ここまでは、ただ私がそういう行動を起こさなければ全て丸く収まるところなのだが、彼の才能がそうはさせてくれない。

 

 彼の持つ「超高校級の幸運」という才能は、不運の後に同じだけの幸運が必ず起こるというある意味当たり前で、とても恐ろしいものなのだ。

 

 例えば、必ず当たりくじを引くが、当たったものが嫌な役目であったりすること。アイスかなんかが当たってもお腹を壊したとかがよく起こりそうだ。

 

 例えば、飛行機ハイジャックに遭った上、犯人と両親が目の前で小型の隕石に押しつぶされる事故が起きる。しかし、その後に莫大な遺産が手に入る。

 

 例えば、誘拐事件に巻き込まれてごみ袋に詰められ、その中から億単位の宝くじを拾う。

 

 こんな波乱万丈な人生を誰が好んで歩もうと思うものか。そんな人がいるなら立場を代わってほしいくらいである。

 

 しかし彼の経歴は、私とは少し違う。彼が飛行機事故に遭うのは小学生の頃なのだ。私は現在その年齢に達しているが、小学校には通っていない。それに、あの父親が旅行に行くわけがない。

 

 ひとまず、今は名前が似ているだけであることを祈ろう。

 

 実際のところ、私はテレビを見させてもらっていないので「超高校級」の集まる希望ヶ峰学園があるかどうかなど調べようがないのである。それに、まだ幼いのでパソコンも当然持つことができない。

 

 今のお友達はメイドさんが持ってきた可愛らしい桃色猫の顔型クッションと、絵本達だけだ。そのうち本とかゲームとかは用意してもらうつもりだ。日がな一日ベッドの上でうつらうつらとしていたり、わけのわからない検査やら、薬投与やらが行われたり、メイドさんと戯れあったり。今のところ睡眠時間が長いからこそあまり暇ではないが、そのうち暇になるだろうから。

 

 その間は名前を教えてくれない彼女のことをなんと呼ぶか考えることに費やそう。あと、いつかは彼女に「お嬢様」でなく、私の名前を呼んでほしいことを伝えよう。今の私の生活は彼女が中心に回っているのだ。決して、決して気持ち悪い父の検査とやらが中心だとは思っていない。

 

 

「お嬢様、検査のお時間でございます。お帰りになった際のお夕飯は如何なさいますか?」

「おいしいものがいい」

「かしこまりました。では、行ってらっしゃいませ、お嬢様」

「いってきます」

 

 ここで私が「貴女が好きなものを食べたい」と言っても、彼女はきっと気味悪がらないとは思う。だけれど、こんなことを言っても彼女は自分の好きなものじゃなくて、子供が好きそうなものを並べるのだと思う。私の勝手な予測だが、彼女はそういう人だ。

 

 ならせめて、帰って来た時に話をしながら食事したいと思った。そうすればなんでも美味しく感じるだろうから。いつか彼女とプライベートで話せるようになりたいものだ。

 

 これは依存だろうか。母親に会えなくなってしまってからは、気兼ねなく話すことが出来る人はメイドさんだけになってしまったのだ。父親や別の看護師達は特別扱いするだけで、その賢さや成熟度を褒めるだけで私自身を見ているわけではない。

 

 年齢にしては早い英才教育にもうんざりしているし、簡単な国語や算数も間違えようと思っても簡単すぎて手抜きをしても間違えられないのだだからきっと依存なのだろう。私を気遣い、お世話をして、私を一番見ているからこそ、彼女は特別だ。なにより、更なる深みへと誘う父親からの防護壁に自ら進んでなってくれている。それは私にとってとても嬉しいことだった。

 

 だからこそ、今は彼女の懐で存分に甘えたいと思う。前世での後悔は山ほどあったが、伝える手段が見つからないため、こうして何かに依存するしかなかったのかもしれない。自分の罪悪感のために依存し、利用するような形になってしまっていることにも気が付いたが、もうどうすることもできなかった。

 

 

 

 

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