でも、傍にいつも電灯があれば怖くないんだよ
夢の中でなにをしたのかもよく覚えていない。ただただ錯乱して走り回っていただけだ。
現実をまざまざと見せ付けてくる夢の中で分かることは、寝ても覚めても苦しみから逃れられないということだけ。真っ暗な井戸の中でそう思った。
目の前にはあのときの姿で時間が止まった怪物。顔面は血だらけで、ぐるぐると渦を巻いたようになっている。ぽたり、ぽたりと滴る血が気持ち悪い。条件が揃わないと出現しないはずなのに何故ここにいるかは分からない。だが、一つ分かるのはゲームと違ってその手がこちらに迫ってきていることだ。
がっしりと肩を掴まれる。
あのときと同じ状況、あのときと違う場所。
迫る顔。そして肩に違和感。
ぽっかり開いた無骨な歯の並ぶ大きな口が肩に刺さる。
鋭く尖ったそれで噛み付かれるが当たり前のように痛みはない。だが、精神的に耐えられそうにない。
疲れを癒すために寝るのにどうしてこうも疲れさせるのか。私は噛み付かれながら頬を抓った。
――とまあ頭は冷静だったけれども、わりと捕まり方が怖くてビビッていたことは内緒だ。
◇◆◇
「知らな……くない天井だなぁ」
目を覚ますと電気の消えた蛍光灯が眼に入る。きっちり閉まったカーテンと、鍵のかかった扉。鍵はついこの間危ない目に遭ったので付けられたのだ。それに新調された水差しに、清潔な布団。それと、ベッド横に一脚の椅子と、布団にもたれかかる愛しのメイド。
付きっ切りで看病してくれていたのだろうか、ほどけかけている三つ編みを緩く梳いて丹念にほどく。長い黒髪がするすると肩に降りてとっても綺麗。こうするといつもよりも大人っぽく見える気がする。三つ編みはやっぱり子供っぽい印象を受けるものだ。寝息をたてている姿も、いつも少し吊ったようになった目許も緩みあどけない感じがする。癒されるなぁ。嫌なことは全部忘れよう。夢の中にだけ仕舞いこんでおけばいい。人間の素晴らしさは忘却にこそある。人間って素晴らしいよね!
「ん……なぎ、さま?」
「あ、起こしちゃった?」
目を擦りながらこちらを見る彼女が可愛い。女性としても、なにもかも彼女には適わない女子力的に残念な私だが、可愛いものは大好物だ。
「看病ありがとう」
笑顔は百点満点。いや、別に作り笑顔ってわけではないが、笑うことって大切だよね。
「凪様!お体に異状はありませんか!?体が軋んだり、どこか違和感はありませんか!?」
「へ?」
寝ぼけ眼だった彼女だが、意識が覚醒するや否や勢い良く起き上がり、素早く身だしなみを整えてから捲くし立ててきた。別にどこも痛くないし、違和感もないと思うのだが、そう彼女に告げると安心したように「そうですか」と息を吐いた。
「凪様は三日ほど目を覚まされなかったのです。体にお障りないよう全力を尽くしましたが、その、心配で……」
なんと、三日も寝ていたのか。なるほど、彼女が疲れた顔をしているのもその所為か。私の看病を付きっ切りでしてくれていたに違いない。
自覚したら喉が渇いてきた。それにお腹も空いた。まだまだ朝食を摂るには早すぎる時間ではあるが、もう暫くは眠れそうにない。寝すぎると眠気は覚めないものなのだが、流石に何日も寝ていると体のほうも活動をしたほうがいいと判断するのか、眠気は暗闇の彼方に溶けていってしまった。メイ子さんはその限りではないだろうが、私はもう起きる。そうなれば仕事があるのだから彼女も起きていなければならなくなるだろうが、朝食を摂った後は休むように言えばいいだろう。彼女は私専属のメイドなのだから。
「メイのパンケーキが食べたい。クリームとメイプルたっぷりのやつ」
「お飲み物はどういたしましょうか?」
「さっぱりしたのが飲みたい。待ってる間は水でも飲んでるよ」
「かしこまりました。では少し待っていてくださいね」
メイ子さんの料理はなんでも美味しい。何故あんなにも家事スキルが高いのかが理解できない。十代にして花嫁修業なんていらないくらいに家事ができているのは本当に羨ましいし、妬ましくもある。
生前の私は精々一人暮らしで身につけた簡単な料理しかできなかったしぐうたらしていたからアイロン掛けも下手くそだ。あと、服のセンスも絶望的だ。死んだときなんて全身真っ白ワンピースに帽子なんていう幽霊ファッションだったのだ。あれで清楚可愛いとか思っていた私は一体なんなんだろう。
「お待たせいたしました。ささ、温かいうちに召し上がってください」
「いただきまぁす」
ほかほかなパンケーキにバターがとろけ、皿の上にふんわりとしたクリームが乗っていて、お好みでつけることができるようになっているようだ。そしてなによりもたっぷりとかかったメイプルシロップ!私の注文通りにたっぷりしっかりかかった甘いメイプルやクリームに頬も緩み、一口目からだらけた表情になってしまった。メイ子さんが私を微笑ましそうに見守っているが、彼女はちゃんと朝食を食べたのだろうか。
「ちゃんとメイもご飯食べた?」
「いいえ、これからです。凪様は気にしないでください。きちんと摂りますから」
まあメイドが主人と一緒に食事するというのは駄目なのだろうが、個人的には二人で食事したいものである。だからカフェに行ったときなどは一緒に食べたり、女子高生のように食べさせあったりするのだ。
「夜明けだねぇ」
「ええ、そうですね」
時刻は四時。朝起きるにはまだまだ早い時間だが空は白み始めている。もうそろそろ夜が明けるだろう。
「それじゃあ、メイはもう休んでいいよ。ご飯食べてきて」
「よろしいのですか?……かしこまりました。お飲み物は小型冷蔵庫に入れましたのでそこからお持ちください。それでは食器もお下げしますのでこちらに」
そうして一旦停止していた日常がまた始まるのだ。
日没がすぐ傍に迫っていることを知らないままに……。
閑話だから短いです。
見なくても支障はないですがメイ子さんの健気さとかを書きたかった。どうでもいいけど彼女は病人の傍で刺繍とか編み物しながら徹夜で看病するタイプだと勝手に思っています。
がっこうぐらし!見ながら落差を楽しむ私はきっとM。