料理初心者にとってはオムライスよりケーキのほうが難易度高いよね
「メイ、疲れた交代!」
「まだ混ぜ始めたばっかりでしょーが! 私に貸しなさい!」
「あ、ちょっと、ヒイラギ姉さんいきなり揺らさないでぇ!」
押しのけられてよろけ、後ろのテーブルに肩をぶつける。
辛うじてボウルから手を放していたので大事はなかったがじぃんと痺れる腕に悶絶しながら余裕でボウルの中身をかき混ぜる姉さんを睨んだ。
しかしいつものように軽く包帯をしていることもあってか姉さんはそんな視線にもどこ吹く風。
「いったーい!」
「いちいちアンタは大げさなのよまったく。交代するなら私がやってあげるってのに…… 」
ガショガショとボウルと泡だて器が擦れる音が心地良い。
私はぼそりと言われた言葉に少しにやけながらも卵白に足すグラニュー糖の準備をし始めた。
「予熱開始。あ、あと牛乳とバターはもう溶かしてあるからね。まったく、やっぱりハンドミキサー使えばよかったんじゃないか」
「泡だてを自分でしたいと言ったのはお嬢様ですわ。ヒイラギ様も任せてしまっていいのですよ?」
私が姉さんの言葉でほっこりとしていると聞こえて来たりん子姉さんとメイ子さんの辛辣な言葉。た、確かに泡立ててみたいとは言ったけど! ハンドミキサー拒否したけど! こういうとき普通は交代しながらやるものじゃないですかね?
「言い出しっぺなんですからちゃんとやってください。お嬢様の我儘にお応えするのはキョウイクに悪いんですから」
「うぅ」
意気消沈。まさにそれが今の私を表す言葉だ。いつもだったら多少は無茶な要求でものむというのになんでだ。甘えすぎなのか? 子供っぽ過ぎるというのも問題なのだろうか。どのくらいのさじ加減が一番いいのかが分からない。大体、周りにいる子供の精神年齢が高すぎるんだよ。
「おや、メイったらいつからそんな熱心なことを言うようになったんだい?」
「甘くてはお嬢様のためにならないかと」
下準備をしている二人の問答が聞こえて耳を澄ますとそんな会話をしていた。
ああ、気になる。もう一度ヒイラギ姉さんと交代し、ガショガショとボウルの中身をかき混ぜながら意識を集中させる。
「今でも甘々なくせに…… 」
「何かおっしゃいましたか?」
「いーや、なんでもないよ」
りん子姉さんの呟きにメイ子さんが笑顔で答えている。見なくても分かる。なにか誤魔化すときのメイ子さんはいっつも怖いくらいの笑顔なのだ。
「はい、グラニュー糖」
グラニュー糖を小分けにした器をヒイラギ姉さんが持ってきた、のだが。
「姉さんそれ卵黄」
「あ、あれ? これくらいの重さじゃなかったっけ?」
最初のときよりも細かく分けたから重さも変わっている。ま、交代してもらった私が分けたんだけれども。これを言うと怒られそうだから黙っておこう。ちょっと狼狽している姉さんも可愛いし。
音と匂いと感覚と包帯越しに見える光だけでテキパキ動ける姉さんは十分すごいんだから少しくらいこういうドジッ子ぽいところがあったほうがいいよね。私がそうさせているんだけれども。
ちょっとした悪戯心だからしょうがないね。
「卵黄はまだだよね?」
「まだですね」
「ケーキ型のほうも準備したよ」
「ありがとうございます」
やっぱり楽しいなぁ。皆でお菓子作りするの。
唐突な提案だったけれどちゃんと採用されて良かった。
橙子ちゃんは私たちと違って正規で入院している子だからお菓子は食べられないし、防護服があってもあちらの病棟からは許可を取らないとやって来れないので不参加だ。
「角ができるまでしっかり混ぜてくださいね」
「はーい」
◇◆◇
「うわぁ!」
皆でお菓子作りをして、テーブルに並べたケーキを席について眺める。いつもは全部メイ子さんが用意してお茶会をするのだが、こうして手伝ったり料理を覚えたりするのもいいものだね。メイ子さんは立場を考えてなんでも自分で用意しようとして私にはなにもさせないようにしているようだけれど提案されたら断れないし、普段疲れているんだから息抜きがないとね。
多目的室を一室借り切り、近くの簡易キッチンで作ったケーキを運んである。普段はお湯を沸かしたり、電子レンジが置いてあるだけの場所らしい。メイ子さんが普段利用している場所は病棟から遠いので流石に許可が下りなかったようだが、今日はこれで十分だ。
猫柄のテーブルクロスを敷いて、椅子には嵩増しのクッションを乗せて小さい私達でも大人用の椅子に座られるようになっている。
大きなお皿には赤くてぷっくりと太ったイチゴの乗ったショートケーキがホールで。私たちの前にはそれぞれ簡素な取り分け皿とフォーク。カップには桃色を少し混ぜたような綺麗な琥珀色をしたローズヒップティー。大きめのビンにはとろりとしたハチミツ。砂糖壺には白い角砂糖。
手作りにしては綺麗に形が整えられたケーキができて皆大満足だ。
「では、お茶会を始めましょうか」
メイ子さんが手を合わせ、音頭をとる。皆子供なのでこういうところはお茶会・おやつ会だとしてもしっかりしている。私たちは入院患者には食べられないものを頂くのだから尚更に。病院食は薄い味付けだから甘いものを食べるのにも許可がいる。その分私たちは健康的には問題がないからお菓子を食べられるわけで、お菓子を食べる際にも 「いただきます」 が恒例だ。
「それでは、いただきましょう」
彼女の言葉に合わせてそれぞれが違うタイミングで 「いただきます」 を言う。こんなところは皆子供らしく少し大きめの声で誇らしげになっていて、面白い。
「…… 結構綺麗にできたわね」
唯一椅子にクッションを敷かなくても肩より上が見えるりん子姉さんがぼそりと呟いた。
まじまじと取り分けられたケーキを眺め、フォークを入れるのに少し戸惑っている様子が窺える。だがそのわりには机の下で足をぷらぷらと揺らし、楽しみにしていることが分かる。義足は付けたままなので勢い余って私の足にちょっとしたダメージが来るからだ。そのことを言ったら普段は見れない狼狽える姿が見れたかもしれないが、本人の名誉のために黙っておこう。
「うん、いい匂い。メイドさんがいるからかしらね。いっつも美味しいもの用意してくれるしお店でも出せるんじゃないの?」
頬を染めてフォークを手にしたヒイラギ姉さんが髪を揺らしながら言う。
メイ子さんのお菓子は本当に美味しいから私も同意の声をあげた。
「だよね、メイのご飯は美味しいし、あんまり甘いものが食べられない私でもメイのケーキは毎日でも食べられるくらいだよ。あ、でもお休みの日にこんなことで呼んじゃってごめんね」
「お気持ちはありがたいのですがお店だなんてそんな…… 皆様に喜んで頂ける今が一番の至福のときですから凪お嬢様も気になさらないでくださいな」
今日メイ子さんは写真を加工してペンダントにするため外出して来ていたのだ。そのためにお休みを回してくれたというのに、朝出かける前に思いついた私の我儘で帰り道にケーキの材料まで買ってきてくれた。お菓子作りの指導までしてくれるし、凄く自然に幸福だなんて言っちゃうし、やっぱり女神か。
そんなことをさらっと言っちゃうものだからこちらも一瞬何を言っていいか分からなくなって、出て来た返事はどもりながらの拙いもの。ええい、情けない!
「あっと、ええと、あっ、ありがとう。メイ」
「照れてやんのー」
「おや珍しい。イイもん見させてもらったよ」
隣に座ったヒイラギ姉さんに顔を覗きこまれ、正面に座っているりん子姉さんにはからかわれ、ますます顔が熱くなる。ケーキを掬おうとしていたフォークは宙を空振り、取り落とす。
「あ!」
小さく乾いた音が鳴り、手に持っていたフォークがテーブルに落ちてしまった。
「あら、落としたフォークは変えて来たほうがいいですね。少し待っていてください」
傍に控えていたメイ子さんが落としたフォークをさっと拾い、部屋を出る。私が引き留める隙が一部もありはしなかった。流石のメイドである。
「あー…… 」
「何やってんのよ。もーおバカ」
「キミって本当にメイドさんのこと好きだよね」
「うぇ!?」
この際、からかわれるのは別にいいのだが毎回変な所に目をつけるのはやめてくれませんかねぇ、りん子姉さま。姉さんの被害者はヒイラギ姉さんだけで十分だと思うよ。
「そ、そりゃあそうだよ。育ててくれてるし、お母さん…… みたいなものだし」
そこで惚気る。それが私。
「うわぁよくそんな簡単に言えるわね…… 」
「はあ熱い熱い」
「引かないで!?」
ああなんだか懐かしいな、この女子会みたいなノリ。生前はよくこんな感じでからかわれたものだね。んでも今は今、昔は昔。幼いながらも自然に女子会のような雰囲気になるのに少し感動。うん、やっぱり少しは弄られてもいいかな。そういうのは正直苦手だけど、二人相手ならいいかもしれない。
「お待たせ致しました。フォークをお持ちしましたのでお使いください」
「ありがとう、メイ」
今度こそ、とフォークをケーキに差し入れる。手伝ってもらったおかげでふわふわと仕上がっている。生クリームも市販のものとは違って手作り感溢れる少し物足りないくらいの出来だが、そこがかえって作った達成感があっていい。苺も上等。甘酸っぱくって何個も食べたくなるくらいだ。
そんなに見つめてもあげないよ、ヒイラギ姉さん。
「苺ならまだありますし、ヒイラギ様もおかわりなされますか?」
「お、お願いするわ」
おおう、用意周到だな。パックの余りでもあったのかな。
「ああそうだ。メイ、写真の方の首尾はどう?」
「ええ、大勢の写真ですので小さいロケットペンダントに収めるのは難しく、大きめの物を扱うことになってしまったのですが…… 」
申し訳なさそうな顔をして言いよどむメイ子さん。ロケットペンダントは元々一人分の写真がメジャーだし、お願いしたのは私だからそんなに注文をつける気もない。彼女が優秀だってことは私が一番よく分かっているからね。
「それなら大丈夫。多少重くてもデザインがいいなら気にしないし」
「承知いたしました。楽しみにしていてくださいね」
笑顔で応える彼女に私も思わず顔がにやける。
「食べないんだったら貰ってもいいかしら?」
「アンタだけよ、まだなの」
メイ子さんと目を合わせて笑いあっていたらいつの間にか手が止まっていたみたいだ。半分ほど食べたケーキにフォークを入れ、食べ進めていく。
食べ終わった二人の姉にはメイ子さんがカップを温め、紅茶を入れている。りん子姉さんはビンからハチミツを入れ、ヒイラギ姉さんは角砂糖を入れ、優雅に口をつける。小さくアチチという声が聞こえてきているので温度が高いらしい。紅茶の温度は高い方がいいんだろうけれど、子供は猫舌だからしょうがない。
「お嬢様方、食器をお下げ致しますわ」
「ありがとう」
「その、お嬢様。食器をお下げしたら下がってもよろしいでしょうか」
食器を重ね、出ていく一歩前で思い出したように彼女が言った。
メイ子さん自身もケーキは食べ終わっているし、紅茶は自分でも入れられる。冷蔵庫には予備のお茶もあるから温かい紅茶がなくなっても変えが利く。
彼女にあまり長く休みを使わせるのもよくないだろう。それに、今日は彼女にとってお休みの日なのだ。色々やりたいこともあるだろうし、外出でもしてくるのだろう。
「いいよ。あとの用意は私達でもできるし」
「そうね、片付けも凪がやるし」
「りん子姉さんはずっと立ってられないものね」
「え」
「ヒイラギは見えないし、危ないもの」
「え」
私の言葉も全てスルーされ、二人はにこやかにメイ子さんを見送る。
「ありがとうございます。あとはよろしくお願いいたしますね凪お嬢様」
「メイまで!?」
その後、紅茶のおかわりも、食器の片付けも、全て私がやったというのは必然のことだった。
会話は当社比二倍
台詞を誰が言っているのか分かりにくかったら下のが目安になります。
・冷めた反応はりん子
・女性らしい言葉遣いはヒイラギ
・敬語はメイ子
・砕けた口調は主人公