あなたとふたりがいい 〟
私が生まれ変わってから、今は何度目の春だろうか。
橙子ちゃんに出会ったのは六歳の頃だった。それからクリスマスにはプレゼントを贈りあって、誕生日を迎えて、七歳になった。
そしてうろつき、
それから怪物兄弟に階段から突き落とされて数ヶ月療養していた。思えば、一番は橙子ちゃんに出会った頃として、二番目に平和だったのはこのときかもしれない。メイ子さんとくだらないことで言い争ったり、姉さんたちがお見舞いに来てくれたっけ。この頃、八歳になった。
そしてまた半年がたった頃、忘却できない
お茶会を姉さんたちを交えて開き、時々仕事で断られるときもあったが、月に何回かメイ子さんにお菓子作りや料理を教わった。楽しいひと時だった。
そして、その間はずっと傍にメイ子さんがいた。支えてくれていた。
だというのに今は違う。
あまりにも楽しくて変化に気がつくのが遅れた。
一番大切な人なのに、気がついてあげられなかった。
私はそんなに薄情な人間だったのかとただ愕然とした。
初めに気がついたのはそう、心優しい橙子ちゃんであった。
「最近なんだかメイドさんの様子がおかしい気がする」
その一言に私は凍り付いた。目先のことばかりに注目して私は一番の宝物を放り出し、惚けていたのだ。メイはなにがあっても大丈夫だと、そう無意識のうちに思っていたのだろう。愚かなことだ。日常は簡単に崩れる。今までそう学んできたはずだったんじゃないか。お前は一体なにを見て、何回後悔したのだ。自分ばかり責める声が木霊する。勿論そんなものは妄想で、幻聴でしかない。それでも自分を責めたてずにはいられなかった。
メイ子さんは今までは過保護なまでに傍にいたというのに、今はとても帰りが遅い。日が経つごとに目に隈ができていく。夜もまともに眠れていないようだ。注視していればすぐに分かることだった。今までの私は本当になにをしていたのか、自己嫌悪に唇を噛み締める。
一体どうしたのだろう。なにがあったのだろう。これが杞憂であればいいのだけれど、橙子ちゃんや姉さんたちも口々に心配を口にする。嫌な予感がした。だが、既に手遅れな気がした。
思い出せ、なにか予兆はなかったか。いいやなにもなかったはずだ。なぜなら彼女はほとんどの時間を仕事と私に割いている。その間になにかがあればすぐに分かってしまうだろう。なにがあった? いつ、どこからおかしくなった? 考えても答えは出ない。
私の目が離れたときなんて…… 思い立ってしまった。あのときだ。あのときしかない! なんせ私は三日間も寝ていたのだ。半日気絶するのとでは空白のある期間が違いすぎる。なにか切欠があったとしたらあのときしかない!
「メイ……」
真夜中。メイ子さんは帰ってこない。いつもなら既に仕事を終え、自室にいるであろう時間なのだからここに訪れないのは当たり前のことだ。しかし、私はどうしようもなく寂しかった。早く顔を見て安心したかった。
ピンクの猫クッションを抱きしめて必死に目を瞑る。
…… 眠れない。
焦燥感が首をもたげて私に襲い掛かってくる。駄目だ気になって仕方がない。それでも翌朝にならないと彼女はここを訪れない。また部屋を抜け出しても碌なことにはならないと核心できるし、そんなことに心の天秤を傾けてはいけない。判っている。理解しているのだ。理性では納得していても、精神は納得してくれない。黙って枕を濡らし、後悔に打ちひしがれることしか今の私にはできないのだ。
折角姉さんたちと本当の友達になって、幸せが戻ってきたと思ったのにどんどん周囲が仄暗くなっていく。ああ、なぜこんなにも幸運は私を追い詰めるのだろうか。
自分の才能については理解しているつもりだ。超絶的な幸運。でも私はこれに苦しまされている。周りもこれによって被害を受ける。現に、怪物次男は幸運にも薬品を被らなかった私の代わりになり、犠牲になっている。
これではまるで、私が皆から幸運を奪い取っているようだ。こんなもの幸運じゃない。幸運ならば私は幸福であるべきだ。ならこの才能はなんだ? まるで幸せになんてなれやしない。周りから幸せを奪い取っているのに私自身は幸せなんかじゃない。
思えば、狛枝凪斗は抽選で選ばれたから〝超高校級の幸運〟と呼ばれているだけ、本人が自分の才能を〝幸運〟という名前に落ち着けて納得しているだけだ。本当の名前は誰にも知られていない。この幸運もまた、私にとっての怪物に他ならない。名前をつけるなら、そうだ理不尽なこの現象に相応しい名前を決めるとするならば……
〝 奇跡 〟
そう奇跡。幸運の出来事は少なからず本人が幸せに思う出来事がある。苗木は結局幸運ではなく希望だったわけだし、狛枝がそうだったとしてもおかしくはない。
奇跡というのは偶然の頂点である。その結果は良いとも悪いとも限らない。幸不幸は関係ないのだ。
これならばきっと今の私の状態が言い表せる。そうだ、こんなものが幸運なわけがない。自分だけに起こる奇跡。だから周りの被害は関係なく起こる。
なんて皮肉なんだろう。一度死んだ私が奇跡的に記憶を宿し、生まれ持った才能が理不尽な奇跡。こんなことならば記憶なんていらなかったというのに。
「おはようございます、凪様」
がらりと、扉が開く。いつの間にか夜は明けて、起床の時間になっていたようだった。
私は突如解放された感情に流されるがままクッションを放り投げ、メイ子さんの白衣へと抱きつき、そのまま目一杯抱きしめる。
視界の端でクッションが窓にぶつかるのが見えた。
「どういたしましたか? そんなに泣かないで。どこか痛むところでもあるのでしょうか。それともまた怖い夢を見たのですか? 私はここにいますよ。どうか安心してください」
「メイ゛~」
疲れた顔をしたメイ子さんには申し訳ない。だけれど大泣きしてしまった今となっては涙腺は緩みっぱなしで止まる気配をみせない。自分でもどうにもできないのだ。
「なぜそんなにも泣いているのですか? 凪様は少しのことでは泣かないでしょう? なにがあったのですか? 私に教えてくださいな」
背中を一定のリズムで叩いて優しい声音で 「ゆっくり、落ち着いてくださいね」 と声をかけてくる彼女に、更に涙が溢れてくる。次から次へと出てくるそれに自分自身も困惑するくらいだ。
「どごにも゛いがないでえぇ!」
「凪様はとても大人っぽいですから失念していたようです…… ごめんなさい、寂しかったのですね。どこにも行きませんし、置いていきませんから安心してください。私はずっとお傍にいます」
頭を撫でながら屈んで抱きとめてくれているのが温かくてとても気持ちよく、さっきまでどこかにいっていた眠気が顔を出してきた。大泣きして眠くなるなんてまるで子供だ。
だが、今は子供なのだから許されるだろうか。精神年齢なんてもうどうでもよくなってしまった。これで大人なのに子供みたいなことをして変だと言われてももうどうでもいいな。ある程度体に精神が引っ張られているのは間違いないのだし、もう私は生前の私ではないのだ。こんなにも大好きな人がいて、大切な友達がいて、帰郷の意思なんてとうに消えてしまった。最後の最後まで私は薄情者で、親不孝者だった。あのとき私は生まれ変わったのだから、知識を利用することはあれど前の私は封じよう。今の私は優柔不断で、自分勝手なただの子供なのだ。
「メイ゛、なにが、あったの? 最近ずっと忙しそうで、すっごく疲れてる」
鼻声が治まらない上に涙と一緒に鼻水まで出る始末。完全にみっともない。震え、引きつりそうになる声でそう問いかける。
きょとりと目を丸くした彼女は 「なんでもありませんわ。近々自由になる予定ですので」 と軽い調子で言う。〝 自由 〟の単語でピクリと肩が跳ねたが、彼女の言う意味はきっと通常のものだ。
メイ子さんに引っ張られ、その肩に私は頭を預ける。これでは彼女の表情が見えないではないか。しかし、その分私の顔を見ることはできないだろう。先程からあってないような遠慮をなくすことができる。
思いっきりその白衣に顔を埋め、服を汚してしまうことが判っていながら泣き喚いた。それも大声で。きっと彼女にはうるさいだろう。服も汚して、手間をかけさせるだろう。それでも今はただの子供でいたかった。
「凪様が悲しむならば、縛られるのはやめにいたしますわ」
そう呟いた彼女はそっとベッドに私を降ろし、何度目かも判らないが頭を撫でる。
「寂しいのは今日で終わりです。深夜までには帰りますから、心配はしないでくださいね」
「う、うん」
正直心配だった。だが、真剣な顔を見てしまえばそれを断ることもできない。
「行って参りますお嬢様」
「いってらっしゃい」
その日一日、ついぞ彼女に出会うことはなかった。
◇◆◇
「メイ、いい加減なにがあったのか教えて」
それから何度目かの個人料理教室。メイ子さんと一緒に好みのケーキを作って、お互いに食べあう。そんなひと時。
なんとなく既視感を覚えて頭の中の引っ掛かりを探す。なにか重要なことを忘れている? なんだったっけ、とても重要で、大好きで大嫌いな
「凪様、訊かないほうがよろしい事柄というものがあるのですよ」
「?」
思い出さなければいけない。でないと、また私は後悔することになる。だけれど、何故だろう。もう手遅れで、終わりきってしまっている気がするのだ。なにか取り返しのつかない選択ミスをしたような違和感。
「私は──」
それ以上聴いてはいけない。心のどこかで封じた私が囁く。
「お嬢様」
それでも、私は聴かなければならないと思った。
「人を」
彼女に向き合わないといけない。私の唯一の人。一番大切な人。だからあのときのような生半可な気持ちではなく、本気で、彼女を受け入れなければならないのだ。
「殺めてしまったのです」
ああ、解っていたはずなのに。どうして忘れていたのだろう? 生前は大好きだった。しかし、今は大嫌いになった
メイドさんは、彼女は、どこかホテルと思われる場所で人を殺めてしまうのだ。
「どこにもいかないで」
だから私は引き止める。彼女がどこにも行かないように。正体を暴かれた鶴のようにどこかへと逃げて行ってしまわぬように。
彼女は私の言葉に非常に驚いたようだった。物憂げに潤んでいた瞳が大きく開かれて一筋、涙が頬を伝う。
「なにがあっても、必ず帰って来て。誰にも言わないし、そのことは忘れる。だから、どこにも行かないで」
自分勝手さはもう自覚した。それでも願わずにはいられないのだ。私が唯一と言える
だから彼女を縛る。私のお願いで。そして、きっと彼女は断らないのだ。
私はずるい。それに誰よりも身勝手だと思う。でも、そんな私を愛し子としてくれるメイ子さんがなによりも尊い。おかしいな、一人で生き続けるよりももっと難しいはずなのに生きる目標が変わってしまった。
自己中心的だって罵られてもいい。
独善的だって嫌悪されてもいい。
自分勝手だって嘲られてもいい。
我儘だって見放されてもいい。
他の誰よりも、メイだけが傍にいてくれさえすれば私は生きていけるのだ。
独占欲?
共依存?
なんとでも言えばいい。
私は彼女と進み続けるだけだ。
二人とも五体満足で寿命まで生きる。それが新たな目標。
八歳と半年ほどのときに起きた出来事だった。
・奇跡
理不尽な奇跡。飛行機に隕石が落ちて一人だけ生き残ってるとか、捨てられてた宝くじで三億とか奇跡以外のなにものでもないと思うのです。奇跡は偶然の頂点。幸福なものも、不幸なものも、どちらも含むものですから。
・イベント
やはりあれは殺人以外に解釈できません。あのイベントは本来、メイドさんのやってる店「シュガーホール」でケーキを五回食べないと発生しませんが現実の彼女達は定期的にお茶会を開いていますし、信頼度はMAXですのでこのような形となりました。
・凪の目標
地味に目標の難易度は上がってます。二人一緒に生き残るのは自分だけ生き残るよりも大変なことですからね。これよりやっとノーマルモードに移行します。これからも何度かイージーエンドに繋がる起点はありますが、今回は回避。
執筆中小説のほうからコピーできるのに貼り付けができなくて一時期困った。PCに疎いから本当に困った。なんとか解決したので無事投稿