あなたとふたりがいい 〟
(※差別的意思は一切ありませんのであしからず)
(※主人公が病んでる)
「メイ、あの…… 」
「どうなさいましたか? 凪お嬢様」
「…… いや、やっぱりなんでもないよ」
あれから、少しメイ子さんと接するのが怖い。
会話の度にちらちらとあのときの会話が脳内に浮かび、どうにかして彼女が追い詰められるのを止められなかったのかという罪悪感に胸がちくりと痛むのだ。これがただの自己満足で、自分勝手な思いだということは十分理解しているが、やはりああすればよかった、こうすればよかったという後悔の渦に飲み込まれてしまう。
先にできる後悔などない。だが、人間どうしてもそう考えずにはいられないのだ。死を悼むのは人間ばかりではないが、たらればを考えるのはきっと人間だけの特権なのだろう。
いつまでもうじうじとしているのは好まれない。理解している。しているが、これからのことを思うと憂鬱にもなるだろう。私の人生はかね考察に近いところを通っている。それが不安で仕方ない。
あのとき、私が動いていたら?
—— でも、怖い。
あのとき、私がもっと考えていたら?
—— 知りたくなかった、思い出したくなかった。
あのとき、私が一歩踏み出せれば?
—— きっと、崖から真っ逆さまに落ちるだけ。
最底辺まで堕ちればきっともう失うものはないというのになぜそんなことを考えるんだい?
—— それでも、私は幸せになりたい。
幸運なのに?
—— 他者と分かち合えない幸運のなにが幸福なのか。
現実は一時停止も、リセットも、やり直すこともできないのだ。
でも、それでも進むしかないのなら、やはり私は生きていたい。
その過程で脱落する者はこの先、きっと増えるだろう。ただ一人の人間ができることなどたかが知れている。自嘲の念と濃い諦観が胸中を支配し、彼の大嫌いな
だから私は暗い感情を胸に抱きながら理性で最良の選択をするのだ。
目の届く範囲でしか私は動けないのだから、世界中の苦しんでいる人を、惨劇を、患者を、友達を、親を見捨てることになってもただ一人、メイこそが傍にいればいい。手の届く範囲に常に置き、気にかけ、彼女が決していなくならないように命令権を使用して雁字搦めにして、そのたった一つだけを守る。
もう、私にはそうする道しかないのだ。
そんな選択しかできないのだ。
だってそれ以外にできることなんて知らない、思いつかない。確率が低すぎる。多くを手に入れようとすると、
心のどこかで、世界中が絶望に染まってしまえば私は 〝 普通 〟 になるんじゃないかという思いが確かに存在していて私は自分自身に恐怖した。そして、その感情を大事に大事に仕舞い込み、理解していながら飼いならすのだ。そんなことをしても意味はないのは分かっている。今更世界が変わったって私が変わるわけではないのだから。私が変わっても世界が変わらず動き続けるように。
しかしこの思いを殺してしまえば後々暴発しないとも限らないし、今はしっかりと向き合って、その上で受け入れ、のみ込み、理性を保つ。
こんなことをしていれば間違いなく 〝 超高校級の絶望 〟 様に目をつけられるだろうが、最初から絶望して、その上で自分と上手く付き合っていけばきっと影響されることもない、と思いたい。
私が壊れるとしたら、それは……
「熱があるようですね」
「そう、かな…… 」
この人が
「大丈夫だよ、メイ。ちょっと暖房が効きすぎちゃってるだけだから」
「そう、でしょうか? 」
「ほら、メイの顔もちょっと赤くなってるし、今朝の検温とかは大丈夫だったし、検査で容赦なく弄りまわされたからちょっと疲れてるだけだって」
無機物が歯を見せて不気味に笑ってるのも
医者が全員
ペンがナイフに見えたのも
室内に虹がかかって見えたのも
医者の一挙一動に腹筋崩壊したのも
経過観察している人たちに × される光景を幻視したのも
ありえないことに死にたくなって、仕切りのガラスに何度も頭を打ちつけていたのだって一時間も気絶すれば全部治ったしいつもより軽い方だった。だから問題ない。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
「お送りします」
「うーん…… 分かった」
正直過保護すぎると思うが、きっと私にはこのくらいが丁度いいのだろう。むしろいきなり離れてしまったら過保護とか言うわりにダメージ食らいそうな気がする。
がらり、と手元も見ずに扉を開けたことに小さな後悔。一歩踏み出し、気が付いたときには既に遅く、その先にいた白髪頭にぶつかってしまった。
「おっ、と」
「あいたっ、って」
互いに姿を認識し、沈黙が落ちる。
「あー…… その、だな」
目を泳がせる彼は前髪ぱっつんの怪物兄だ。なんだか複雑そうな顔をしながら言葉を探しているようだ。
なぜここにいるのかとか、あれからどうなったのかとか、私を恨んでいるかとか…… 色々と訊きたいことがあったが、彼の表情は憎しみでも、恨みのそれでもないような気がした。
何か言いたいことがあるのだろうが、それを躊躇っている。もしくは突然顔を合わせてしまったから心の準備ができていなかったのか。
彼の顔を認識した瞬間からぱちくりと瞬きを繰り返す自分と、歪んでいく視界を自覚しながらぼーっと彼の顔が視界に入らないように目を逸らす。
体は熱に浮かされるように熱くなり、知覚できるほどに心臓の動きが早くなる。ぎゅっと締め付けられるような感覚と、吹き出る汗。目が霞み、耳鳴りのような、砂嵐のような気持ち悪い音が聴覚を叩く。
やばい、彼の顔が見られない。
もう一度見たらどうなるか容易に想像できてしまうのが嫌だ。
「えっと、階段のときは、わ、わる、か、わ、わ」
あまりにどもってしまっているのでくすりと笑い、一瞬気が緩む。
「!?…… っあ、ううう」
笑い、目線を上げ、頭をかきながら苦笑する彼の表情を直視してしまったのだ。
目が離せない。
視線を動かせない。
体が動かない。
まずいと思ったときにはもう遅かった。視界が勝手に歪み、ぐるぐる混ざる。
その姿に無残な七三分けの次男を想起し、彼に合わせて虚像を作り出す。
例えそれが自身の作り出す幻の姿だと自覚していたとしても、心の奥に
苦笑で歪んだ顔はその笑顔だけを切り取るように口だけが大きく顔の真ん中に鎮座し、目元は潰れ、木の皮のように撫ぜればぼろぼろと剥がれ落ちそうなほどに肉はぼろぼろ。その上で、大きく陥没している。
肌が溶け、ケロイド状になったそれはまるで人の形をとったスライムがどろどろに溶けて元に戻ろうとするかのような有様。
私のとは違って綺麗な白髪がはらりと抜け落ち、肉は焼かれ、一歩間違えば肉塊がそこにいるかのような錯覚さえ引き起こす。そこから逃れたくて忙しなく目線を移動させても首元まで抉れ、咽仏が露出し、腕は骨まで見えて床には赤い水溜まり。
「■△〇※✖️◇」
声はもはや聴きとれず、耳鳴りと相成ってきぃきぃと響く悲鳴のように聴覚が受け取り、ぞわりと肌が粟立つのを感じた。
彼の周りにある病的に白い壁には飛沫が飛び、ずるりと落ちた肉が床に落ちる音さえ耳を叩くように響く。
幻聴の洪水と、幻覚の凄惨さにあのときに戻ったような錯覚を始め、五感が狂わされていく。
「ごめっ、き、こえな、っう、ううぇ」
意識せずともぼろぼろと落ちる涙。胃の中が引っ繰り返ったかのような吐き気。
ああ、胃の中身を今すぐぶちまけ、楽になってしまいたい。そう考えるもトン、と当たった手の温もりにギリギリのところで思いとどまる。
傍から見た私はきっと青褪めていることだろう。
だってこんなにも気持ち悪い。
きっと薬の影響がまだ残っていたのだ。でなければこんなに酷いフラッシュバックが起こるはずがない。
「っふ、う」
ひゅっと息を吸い込み、メイにもたれかかる。
「◇〇、◆✖△□?」
しかし、骨の見えるその腕を伸ばされてはたまらない。それが幻覚だという自覚があったって見えるものが全てだ。聴こえるものが全てだ。これが現実なんじゃないかという不安が過り、とても耐えることなんてできない。
「うっぷ、ぅあ」
もう、無理。
「△、□■!」
その後の詳しいことは割愛になるが、予定通りトイレに駆け込み、耐えきることができなかったことだけは申告しておこうと思う。
気分も良くなり、謝ろうと部屋に戻った時には既に怪物兄の姿はなかった。
・ゲロイン
文字通り。
・ヤンデル
なんだいつものことか
・言葉
一応元の台詞の文字数と一緒なので解読してみてください。
・肉塊
半沙耶の歌状態。
・沙耶の歌 三行で。
事故って五感が狂い、全てが肉塊に見え、キモイ声で聞こえるようになる。
その中で一人だけまともに見える子が現れた。
その子と共同生活するある意味とっても有名な純愛エロゲー。