〝 神様は私のことが嫌いなんだな 〟
前世のお父さん、お母さん。先日晴れて六歳児になりました狛枝凪です。
病棟内を自由に歩き回れるようになりました。それでも病院の外には出ることができません。既にピカピカの一年生となる年を迎えたというのに、私は小学校に通うことができないのだそうです。
その代わり、メイ子さん。あ、名前を教えてくれないメイドさんのことだけれども──そのメイ子さんに勉強を教えてもらったり、病棟に沢山いる子供達と遊ぶことができています。
クソ親父の存在以外は割と幸せです。届かないだろうけれど、せめてお祈りをさせてください。前世の家族が、私がいなくてもどうか幸せでいられますように。
「凪様、またお手紙を書いているのですか?」
「うん。見ちゃダメだよ。溜めておくんだから」
「かしこまりました。では凪様お勉強の時間ですので一旦こちらへ」
「はぁい」
こうして一日の勉強が始まる。と、言っても大学生だった私にとっては簡単な勉強ばっかりだが、医者の娘だからか英語とドイツ語、それに簡単な応急処置方法なんてものもあるので油断できない。
精神は大人だが、脳が子供のおかげかそんなに物覚えがいい方でなかったはずなのに今はかなり物覚えが良くて、柔らか子供脳に頼りきりである。
だが、知識は沢山記憶できるが応用系等となると一気に粗が目立つし、苦手意識もままある。これは多分、元々そんなに頭が良くなかったせいで私自身が私自身に備わるスペックを使いこなせていないということなのかもしれない。狛枝凪斗ってめちゃくちゃ頭の回転良いはずだし。それと同じ存在かもしれないというのに頭の回転が遅いのは私が私である所以か。記憶容量だけ良くっても読み込みが遅くちゃ使い物にはならないよね。あれ、もしかして私の人格がハイスペックの邪魔してる?
静かに勉強している中で、聞えるのは私の質問の声と、メイ子さんの話す声くらいだ。彼女との勉強はお互いに包帯を巻きあってみたり、実際にその器具をみせてくれたりと子供の興味を惹くものが多くて退屈しない。彼女だって年齢的には大人というわけではないのに、この分かりやすい授業方法は一体どこから来ているのか。興味は尽きない。
今思えば、この授業方式になったのは私が余計な一言を言ったことが発端だったか。
「メイはつまらなくないの? その、勉強とか」
教えることあまりないでしょ? なんて、生意気なことを一度訊いたことがあるのだが、メイ子さんがすごく愛おしそうな表情で、 「凪様は教えがいがあって私としても楽しんでおりますわ」 というものだからこっちが照れてしまったくらいだ。体を動かしながらの勉強になったのは、確かこの質問をしてしまった後のことだったと記憶している。あんなことは言っていたが、実は傷ついてしまっていたのか。
当人はにこにこして話をはぐらかすので真相は掴めない。
勉強で机に向かっていると彼女の後ろ姿がよく見える。背中に垂れ下がった黒髪のおさげも似合っているし、クールそうな感じなのにとっても優しいし、病院内での癒し系だ。 部屋に戻れば大体彼女に会えるから、毎日の嫌な検査も耐えられる。
最近あの検査がなんだか人体実験じみてると気づいてしまったが、幸いにもマイボディがあまりにも丈夫なおかげで未だ危険な目にあったことはない。さすが狛枝凪斗(仮)だ。痛いのはいまだに慣れないけれども…… やはり人格が彼のハイスペックを邪魔してるのだろうか。せめて普通の人間に生まれなおしてればこんなに悩まなかっただろうに。まったくもう。
「さ、今日のお勉強はこれまでです。凪様、これからどこかに行かれますか?」
「ん、じゃあとう子ちゃんのところに行く」
「かしこまりました。検査のお時間には戻って来てくださいね。」
「いってきまぁす」
「いってらっしゃいませ」
目指すは隣の病棟! いつも使うあの子と同じ
ああ楽しみだなあ。彼女と初めて会ったのはいつだったっけ? はじめて病室から外に出て迷子になったのが始まりだったっけ。
◇◆◇
ここどこだろう? 同じ病院内のはずなのに、別の場所みたい。五歳の誕生日を迎えるまでは自室から出たことがなかったのだから知らない場所があっても仕方ないけれど。
薄暗くて、誰もいない。もしかして隔離病棟? なら早くいつもの場所に戻らないと。病院らしくない海を基調としたような薄い青で彩られた廊下を見渡す。…… そういえば青は気を落ち着かせる色なんだったか。なら、ますますここにいてはいけない。手に負えない患者を収容する場所なのかもしれない。早く、早く去らなければ――
「だれかいるの?」
その声に振り返ると目に入る暖かい色。私と同じくらいの子供が奇妙なヘルメットを被って病室から覗いていた。声からして女の子。少しの既視感と、興味を感じた私は彼女と話がしたくなった。
「だめだよ、ちかづいたら。わたしはこれをしてるけどうつっちゃうかもしれない」
近づこうとした私にそのヘルメットを指差して彼女は言った。だから私は、「ならとびらごしにおはなししようよ」と言って彼女に近づく。あわあわと病室に戻った彼女を確認して、扉の隙間から少しだけ見えた暖かいオレンジの病室にいる彼女に話しかけた。
「わたし、なぎ。あなたは?」
「わたし? とうこ。」
「そっか、とうこちゃんだね。えっと、とうこちゃん、わたしとともだちになってください!」
「え!」
「あ、いきなりごめんね…… いやかな?」
「ううん、うれしい。よろしくね、なぎちゃん」
その後扉越しにずっとお喋りしていたせいか時間がかなり経っていて、迷子になっていた私を探しに来ていたメイ子さんが発見してくれた。しかしその後、心配をかけてしまったからか、病室に戻る際にこってりと絞られてしまった。
でも、メイ子さんににやけが見え隠れする顔で 「ともだちができたんだよ! 」 っと報告したらその場で優しく私を抱きしめて 「おめでとうございます」 って言ってくれた。
それに嬉しくて「また会いに来たい」と言ったら 「必ず許可をとって参りますので、一度病室に戻りましょう」 と言われて、とうこちゃんと一旦お別れした。普通は大人のこういう言葉は実現することなどないのだが、私はメイ子さんを信じていたし、メイ子さんも私と同じように喜んでくれたのでまた会えると確信していた。
そしてそれ以来、無事クソ親父から許可をもぎ取ってきたメイ子さんに送り迎えされて何度かあの子に会いに行けるようになった。今ではもう一人で行けるのでメイ子さんは別の職務に就く。
◇◆◇
「でね、その子がすっごい意地悪なんだよね」
「そっか、でもそれは凪ちゃんが院長の娘だからだよね?」
「そうだね。でも検査されてるのは私も一緒なのに」
「そっちの病棟も大変なんだねぇ」
彼女の病室は暖かな薄オレンジ色で満たされているし、彼女自身もオレンジ色が好きなのだそうだ。名前にも入っているから、余計好きだと三回目くらいの訪問で話してくれた。私自身も彼女が好きなオレンジ色は好きだと思う。
「そういえば、凪ちゃんは何色が好き?」
「あれ、言わなかったっけ? うーん、黒かなぁ。格好いいじゃない。逆に白はあんまり好きじゃないかも」
「そうなの? 私は白、好きだなぁ。凪ちゃんの色だもん。ん、どうしたの? 凪ちゃん」
「いや、うん、今から白も好きになれそう。私も、オレンジ好きだよ」
なにこの可愛い子。天使か。
思わず抱きしめてしまった。おかげで軽くヘルメット同士がカツンとあたる。でもそれはあんまり気にならない。病院みたいな色で、私の髪や体みたいな色だからちょっと苦手意識持ってたけど、これで白も好きな色になったかもしれない。自分の色が好きになれそう。よし、洋服を買うときは白と黒で揃えてみよう。小物は勿論オレンジで。
ダボダボの病院服で小首を傾げる橙子ちゃんが可愛すぎて二度目の昇天を迎えそうだ。今度誕生日に白いプレゼントをあげよう。そうしよう。メイ子さんは何色が好きだろう。今度訊いてみよう。
「あれ、橙子ちゃん編み物できるの?」
ふと目を向けると編みかけのオレンジが目に入る。少し編み目が粗いが六歳が編んだと思えば上々の出来だ。今の私にはあそこまできちんと出来る気がしない。完成はまだ遠いようだが暖かそうだ。冬に向けて編んでいるのかもしれない。よし、私も今度メイ子さんに頼んでやってみよう。上手くいったらメイ子さんと橙子ちゃんにあげるんだ。
「うん、教えてもらったの」
メット越しだが、朗らかに笑う彼女の笑顔で癒された。今日も一日、なんだか頑張れそうな気がする。この子と面会できるようにしてくれたメイ子さんに感謝しなければ。そういえばクリスマスプレゼントどうしようか。橙子ちゃんに、メイ子さんに、母さんに、前世の両親に、隣の病室にいる意地悪な子に、最近面会禁止になったあの子。沢山必要だなぁ。クソ親父? あげるつもりなんて最初からないけどなにか?