錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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〝 彼はそれをしていたというのに、私が希望的観測をすることは決して許してくれないのだ 〟




(こういう凪斗さんも好きだ)


No.10『笑顔』ー刺青ー

狛枝凪斗。

 

 スーパーダンガンロンパ2におけるトリックスター。

 頭が良く、自身の才能により不幸を明るい希望のための布石だと考え大きな結果をもたらすためにわざと不幸な目にあったり、わざと殺人を誘発させたりする壊れてしまった人。絶対的な正義となる希望を信仰する狂信者。希望を絶対的なものだと信じるしかなかった可哀そうな人。希望は絶望に負けないと、希望とされる人なら自分の絶望(才能)に負けて死ぬはずがないと信じてやまない人。そう、信じたかった人。

 

 そして、誰よりも自分のことを認めてほしいという願望が強かった人。

 

「こま、えだ…… なぎ、と……」

「そんなことも分からないの? …… ああ違うか、信じたくないんだね? ボクがここにいること」

 

 私を蔑むような目を向け、背後に抱き着いている小さな女の子の頭をポンと撫でて彼は尚も続ける。

 

「ボクはボク、キミはキミ。でもどちらもイコールで繋がっている存在だ。ボクはキミで、キミはボクと同義。その在り方だって大きく違っているようで違っていないんだよ。…… 分からないって顔をしてるね。ああ、元々そんな顔だっけ? ごめんね」

 

 延々と私のことを軽蔑の言葉で彩る彼が狛枝凪斗。そうだ、これが彼だ。彼は希望の象徴たる存在以外には冷たい。〝 幸運 〟の才能を見込まれている自分自身のことさえ彼は他の皆と比べ、卑下して見せているのだから同じ才能を持つ私にだって同じような対応なのは納得できる。

 

 だが、いくら納得できると言ってもずっと罵倒されててはたまらない。私にそんな趣味はないし、理不尽に批判されるのに不快感くらい感じるのだ。

 

「キミはなに? なんでこんなところにいるの」

「キミは親しい者の多くの犠牲(不運)を踏み台に愛しい自分とあのヒトが幸運に導かれるようにしているだけにすぎないね。それのどこがボクと違うって言うんだろうね? 幸運の代償として不運が訪れるのは当たり前なんだよ。それなのにその不運を嘆くだけでなにも行動しない。そんなキミに素晴らしい希望が訪れるわけもないのに幸せな未来を望んでいるだなんて、まったくおかしいよね」

 

 おい、会話くらいしろよ。

 それより、狛枝凪斗(おまえ)と私が一緒だって? いやいやいや、そんなわけない。

 私はただ選んでいるだけだ。そのための行動だってちゃんとしているはずだ。メイと一緒にいるために何を切り捨てても何を犯そうとも構わないから、だから前だけ見据えて進んで行っている。一緒にしないでくれ。だから私がおかしいだなんて、そんなこと……

 

「ありえるはずないんだって!」

「あー怖い怖い。なんとも愚かな考えだと思うけど…… キミがそう思うならそれでもいいよ」

 

 そう言ってから彼が近くのベッドに腰掛ける。眠たそうにしている子供をその膝に乗せ、髪を弄りながら目を伏せて私たちの口論は続く。

 

「そんなキミの中に芽生えてしまった希望がかわいそうだよね? 自分自身を信じられないキミが希望になれるはずがないんだし」

「だから、キミは一体なんなの? なんでここにいるの? その子はなんなの? なんでなんで…… !」

「ここまで言ってるのに分からないなんて、やっぱりキミもボクと同じゴミクズだよね」

 

 焦りはますます加速して握りしめた手から感覚が消える。

 優雅にベッドへと腰掛けた彼は子供の髪形をポニーテールにしながら呆れたようにため息を吐いている。

 

「この子がキミの希望だよ」

「どういうことだよ、その女の子が? 私の、希望?」

 

 口調が荒くなるのも気にせず、夢の中での対談だということすら忘れ、目元の刺青を歪めて笑う彼を凝視する。

 信じられない、信じられない。馬鹿にするような口調で語る彼のことも、自分の夢なのにいくら抓っても目を覚ますことができないという事実も信じられない。

 

「キミの中に芽生えた希望の象徴がこの子。前のキミと同じ容姿をしたこの子がね」

「その、子が?」

 

 私の希望。

 

 暗い目をした女の子は私に怯え、彼の背後へと回る。私に怯えるこの子が希望? 分からない。ここにいたはずの刺青兄妹の片割れ。妹の方。それがあの女の子。…… 兄妹?

 

「やっと気が付いた? ホント、ボクのくせに絶望的に頭が悪いね。もうちょっと考える癖をつけた方がいいんじゃない?」

 

 余計なお世話だ。

 そう悪態をつこうとする口を何とか噤み、イライラとしながらその答えを待つ。完全にあちらのペースに巻き込まれてしまっているのもあるし、夢の中で誰も聴いていないことを良いことに口調は完全に崩れているが仕方ない。

 

「おま、キミが……」

 

 お前、と口をついて出そうになった言葉をのみ込む。流石に心の中以外でこんな発言をするのはたとえ夢の中だとしても失礼だ。

 

「辿り着くのが遅すぎるしとんだガッカリものだけど…… そう、ボクはキミ自身。希望の兄妹は幸運だって思わない?」

 

 幸運の権化。偶像。それが彼。私の中の幸運の象徴。心の奥深くに存在する、幸運という形のない化け物を形にしたもの。私の中に住む本当の怪物。

 浮かべた笑みは私の中に刻まれるように深く深く残る。心の奥底に恐怖として残る。その〝 笑顔 〟がいびつな形で私に刻まれる。

 

「キミは自分が助かるにしても最初から他力本願しかしていないし、笑わせるよね。そんな状態のキミに未来があるとでも? ただ後ろ向きに立ち止まっているだけで一歩も動けず、何にもできない。そんなの時間の無駄遣いだよね」

 

 他力本願? 私はちゃんと自分で選択して、自分で歩いてきたはずだ。なのにどうしてこんなことを言われなければならないんだ。

 あのときだって本当は理解していた。見えない振り、聞こえない振りをしてただただ走り抜けた。メイと一緒に逃げ出すために。

 あの子たちは助からない。だから選択した。だから見捨てた。自分の意思で。義理の両親のことだって本当は何度も島の名前が目に入っていたはずだ。それに気づかなかっただなんて、甚だオカシイだろう。

 助からない人は助けない。自分だけ助かればいい。自分だけが生きて、その傍にメイがいれば私にはそれで十分。全部、自分で選択してきたこと。とんだ親不孝者で、友達を見捨てた最低な奴で、救ってくれた家族すら見殺しにした。それが私。それが私の意思。

 

 

 

 

 

…… でも、本当に? 自分から足掻こうとしたことなんて、かつてあっただろうか。

 

 

 

 

 

「意味、分かんないよ……」

 

 引き絞ったようなとても小さな声が出て、カーペットを玉になって落ちていく涙が濡らす。訳が分からない。意味が分からない。なんでそんなことを言われなければいけない。ぐるぐると混乱した考えが巡っては流されていく。

 

「もう答えが分かってるクセにいつまでもうじうじと五月蠅いな。まったく、色んな意味で期待外れだったよ……」

 

 彼の言葉を境にして、急速に世界が遠くなっていく。

 いつものように頬を抓っても覚めなかった夢が覚めていく。

 そんな、まだ答えが出せていないのにここで終わりだなんて嘘でしょう?

 

「あ、待って! 待ってよ!」

 

 答えが出かけているんだ。

 だからもう少し待ってよ。

 絶対に答えを見つけて見せるからさ。

 

「夢のどこかで、待っててあげるよ」

 

 そう言って彼の姿がぼやけていく。

 夢の世界が崩れる。

 幼子が卑屈そうに笑う。

 

 彼が浮かべた笑みが不気味に切り取られ、チェシャ猫のように口だけを残して徐々に消え去っていく。

 その笑みには歪んだ刺青が浮かび、まるでピエロのように開かれた笑顔がどんどん大きくなって、大きな口が私をのみ込む。世界が、私がぐるぐる混ざる。

 

 周りには不気味な笑顔。

 一面、笑顔、笑顔、笑顔、笑顔、笑顔、笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔

 

 

 

 

 

 彼の笑顔が脳にこびれついて離れない。

 ぐるぐる回る。かき混ぜられる。

 初めて笑顔というものに恐怖を感じた。

 拒否感が湧き上がった。嫌悪感で身震いした。

 

 その全ての印象が私の奥に刻まれていく。

 

 そして、叫び声をあげながら飛び起きるのだ。

 

「あああ゙あ゙あ゙あ゙、いやだあぁぉぁぁぁ!」

 

 

 

 

 

 それ以降私が刺青兄妹の家を見つけることは決してなかった。

 

 

 

 

 





・罵倒凪斗さん。
 なかなかこれも乙なものです。
 優しげな彼の希望厨とはまた違うベクトルの豹変っぷりが好きなんですよ。勿論、皆に優しくしてる狛枝君も好きですけどね。

・刺青兄妹
 刺青兄は黒髪ですが、本当さびつきにそっくりなんですよね。殺傷エフェクトで殺そうとすると何故か笑顔になるちょこっと不気味なキャラです。三か所ほど別のところにも出ますし、かなり印象に残っています。考察が良く進む良キャラです。今回はその容姿を活かして彼になってもらいました。この小説でしかできない解釈ですね。
 妹の方は生前のさび枝を小さくした容姿ということになりました。

 幸運という兄と、希望という小さな妹。
 希望を小さくしているのはまぎれもなく幸運だというのに、皮肉ですね。
 あと、なんか幸運の兄と希望の妹って苗木兄妹を思い出しますね。
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