「思うに、この病院から出られないなら足なんて要らないよね。ねえそう思わない?」
場所はとある病室。暇つぶしができるものなんて一切ない、余計なものが取り除かれた白い一人部屋だ。あるものなんて小さな机と椅子。それに子供では手の届かない位置にある花瓶ぐらいだ。窓は開けられないようになっているし、割れないように丈夫なものが取り付けられているらしい。
少なくとも同じような構造の部屋に住む私に言わせてもらえれば、この部屋はひどく殺風景だと言えるだろう。私物が一切ないのだからそう思うのも仕方ないと思う。
そんな片づけられた部屋に入ると、ベッドに座る少女と目が合い彼女は唐突に話し出した。
最近まで面会謝絶になっていた子にようやく会えるということで、隣の病室にいた子とやってきたらこの有様である。確かに彼女は年上の十歳児なのだが、それにしたってこんなことを言う子供なんて普通はいないんじゃないか。勿論、転生者の私は除くのだが。
まあ、そういう人はどこかしら狂ってるもので、彼女は長い黒髪をゆらゆらと垂らしながらゆっくりと身体を揺すっている。死んだ目で揺れているその様子が、少し不気味だと思っても仕方ないだろう。心の中でなら彼女には聞こえないのだし。
「私はそうは思わないよ。違う病棟に友達もいるし、あなたにも会いに来れなくなっちゃう。キミ、面会できなくなってると思ったらとうとうやらかしちゃったの?」
以前から情緒不安定だった彼女に困惑の表情で尋ねる。
「いやいやあんたは見ればわかるでしょ? 馬鹿凪。前からそうだったけどとうとう行くとこまでいっちゃったのね、頭が」
おいこらそれはどっちのことを言ってるんだ。私か? 私のことか? 隣の病室の子は馬鹿にしたように鼻で笑う。相変わらず目は包帯で見えないが、きっと見えてたら私を指差して爆笑していただろう。
「ところでキミ、どうやって起き上がったの? 手?」
「え、こいつベッドから起きてるの? なんで義足つけてないのよ」
「単純明快。さっき検査があったから帰ってきてここに置かれた。そのときの格好そのままだよ」
そう、彼女にはあるべき場所に足がない。前々から精神的に情緒不安定だったが、この間ついにそれが限界を超えてしまったらしいのだ。そのために緊急手術をして、今日やっと面会が許された。
それにさっきの口振り的に考えると、彼女は自分で足を斬ったということなのだろうか。しかし、病室に刃物なんて普通持ち込まれないだろうし、私達は皆、見舞いに来る人などいないのだから足を切断に追い込むまで傷つけられる物なんてないと思うのだが。
「うふふふ、私の世界はここだけだもの。足がなくったってあんたたちが来てくれるし、別にいいの。おかげで何本も鉛筆は使い物にならなくなっちゃったけど」
その言葉で疑問は全て片付いた。でも、そのせいで吐き気がこみ上げそうになって少し俯く。
この部屋にある物なんて、小さな机に子供では手の届かない所にある花瓶。それと、日記帳と沢山の鉛筆だけ。
初めから答えは解っていたんだ。色んな鉛筆を蒐集するのが好きだった年上の彼女の部屋に、あんなにあった代えの鉛筆が殆どなくなっていたのだから。全部、このためだったのだろうか。隣に佇んでいる目の見えない彼女に分かろうはずもないが、私は確かに恐怖を感じた。
情緒不安定どころではない。それはもう狂気だ。単なる自傷よりももっと狂気じみたものがある。なにより、自分の足を再生不能になるまで鉛筆で傷つき続けるのに必要な忍耐力と、痛みに引き止められないほどの狂気を有している時点で彼女はどこかおかしい。冷静で、賢いのにもかかわらずそんなことを仕出かしてしまうほど彼女は精神的に追い詰めれられていたのか。それともやはり、賢い者ほど道を外れてしまいやすいのだろうか。
もしもそうなのなら、元々ここにいるはずだった狛枝凪斗はやはり、精神に異常をきたし、狂ってしまっていたのか。勿論あのダンガンロンパという作品は好きだ。好きだが、それはフィクションだからこそだ。現実に自分がその場所にいるかもしれない。未来に死が待っているかもしれない。それを考えただけで体が震え、気分が悪くなる。自分の死期を知っているなど、いいものではない。人は知らないからこそ希望を持てるし、未来を渇望できるのだ。それを、私は既に知ってしまった。もはや、自分だけでも生き残ることに希望を見出すしかない。
それとも、そんな未来が訪れる前にこの足を切り落としてしまおうか?
そこまで考えて私は我に返り、頭を左右に振って今までの思考を記憶の彼方に放り込む。
足のない彼女が、自分の未来の姿の一つであることに気が付いてしまったからだ。こんな危険な思考は忘れるか、仕舞い込むに限る。人生の第一目標を唯の「生存する」から、「五体満足で生存すること」に変更した瞬間である。
「凪、考え込んじゃってどうしたの?」
足のない彼女が言う。私は生返事気味に「なんでもないよ」とだけ答えて目を逸らした。
――愛おしそうに残った太ももを撫でて静かに笑う彼女の目は冥く、覗いたら最後、今度こそ引きずり込まれてしまいそうだった。