(今までとは比べ物にならないくらい長いです。ご注意を)
スライド式の扉を開けると、そこには既に何人かが集まっていた。
シンプルな教室のように見えるが、私が入って来た扉を後ろ手で開けようとしても開くことはない。
明らかに異常な状態だが、まだこの教室に集められている人は何も気が付いていないようだ。
「えっと、新入生はここであってる…… かな?」
「あ、アンタもここの新入生ね? よろしく」
「う、うんよろしく」
一番最初に声をかけてきたのは、赤い髪をボブにした女の子だ。レトロな雰囲気のするジャンパースカートに赤いチェックのネクタイ。色白で、薄いそばかすがチャームポイントだ。人好きのする笑顔がまぶしいくらい。
そして、一層際立っているのが襷がけにされた一眼レフのカメラだ。あれは一流の写真家が愛用するという高性能カメラだったはず。飛行機事故で亡くなった、父が欲しがっていたものとよく似ている。
彼女の名前は新入生スレッドで見た。彼女の撮った写真と一緒に掲載誌の切り抜きがアップされていたからすぐに分かる。…… 元々知っていただろうとは言ってはいけない。
「えっと、確か〝 超高校級の写真家 〟の、
「あら、知ってるんだ?」
「そりゃそうだよ! 私、抽選で当たっちゃったからネットで調べて来たんだ。だからある程度は分かるつもり。…… 見てる途中でちょっと眩暈がして、すぐ教室に来たから中途半端なんだけどね」
あははとから笑いをしながら髪をいじる。あの人とかこの人とか、そもそも言うわけにはいかない人の情報があるし、そこは誤魔化しておく。
それに、眩暈で読むのを中断されたのは本当だ。それが人から来たメールであることを言っていないだけ。前の話からの推測で多くの人は勘違いする。ただそれだけ。嘘ではないはずだ。
「墳ッ、ではワシのことも分かるのか?」
「……うん、そうだね。超高校級のマネージャーさん、おはようございます!」
「応、おはよう! 合っとるぞ! ワシは〝 超高校級のマネージャー 〟、
「ちょ、超高校級の幸運に選ばれた狛枝凪です。ま、よろしくね」
キーン、と耳鳴りがするほどの大声で一瞬怯んだが、なんとか挨拶を返すことができた。
滅茶苦茶声の大きいこの人は超高校級のマネージャー、弐大猫丸。198㎝と2m近い身長を持ち、『 お前が選手やれよ 』と言いたくなるような筋骨隆々とした体格。青っぽい黒髪の短髪を逆立てていて、ものすごい目力をした男の子だ。目力が強すぎて目じりから青い雷光のようなものが見える。あれは幻覚か、現実か、悩むところだ。顔にはモミアゲとアゴヒゲ。
白いタンクトップの上に学ランを羽織り、首に大きなチェーンを巻いている。下は青いジャージに下駄。腰に白いタオルを下げているなど、とても高校生とは思えない雰囲気だ。30代にしか見えない。
しかし、豪快に笑うその姿はどこか親しみやすく、暑苦しいが爽やかなイメージが浮かぶ。
「貴様等、騒々しいぞ! 俺様を寝床とする邪悪な者共が目覚めてしまうではないか!」
と、三人で談笑していると突然壁際に佇んで目を瞑っていた男の子が叫んだ。
側面を刈り上げしていて、それより上は黒と灰色のメッシュが入ったバック。赤目と灰色の目のオッドアイに左目に走る傷痕。紫色の長いストールにひざ下まである長い学ランを着用。
左袖はローアップしてピンでとめてあり、包帯がグルグルと巻かれている。さらに黒いズボンに黒い長ブーツ。
よく見たら目元の傷跡はタトゥーのようだ。指輪やイヤリングもしているみたいで、右耳に蛍光色のイヤリングがチラリと見えた。
見た目だけで考えるなら完全にコスプレか、厨二病のそれだろうか。
しかし彼は〝 超高校級の飼育委員 〟
そんな彼の言葉を訳すとつまり、『 自分の飼っている動物が目を覚ましてしまうから、あまり大声を出さないでください 』ってところになるだろう。
「キミは、超高校級の飼育委員の田中クンだね。何か学校に連れて来てるの?」
「我が破壊神暗黒四天王は現在おやすみタイム中だ。騒ぐな、愚鈍め」
「おっと、ごめんね。静かにしてるよ」
そう言って弐大クンに事情説明をしておく。
一番声が大きいのは弐大クンだし、小泉さんはそういうことならと顰めていた表情を元に戻した。「なによいきなり、わけわかんない奴ね」と言っていたが、まあ今回言った彼の言葉は比較的分かりやすかったので一応納得したみたいだ。
「うーん、でもそこで寝てる子は分かんないな。眩暈で中断しちゃったし、ネットでは見てないのかも」
本当は知っているわけだけど。眩暈があったのは本当の事だからね。
先程間近で出された大声でも起きない女の子は、よだれを垂らしながら机に突っ伏して寝ていた。
肩で揺れる猫耳パーカーとシンプルなベージュ色のスカート。黒のニーソックスで、彼女の座っている椅子にはピンク色の猫の形をしたリュックがかかっている。肩の所で外はねした、薄いピンクブロンドの髪が伏せて寝ているせいで机に広がっていた。
「う~ん」
「えっと、寝てるところ悪いんだけど、ちょっといいかな?」
「……………… いいよ」
眠たげな表情のまま顔を上げた女の子が、たっぷりと時間を空けてから言った。
顔を上げ、初めて気が付いたのだが髪の左側に、シューティングゲームを模したと思われるドット調の髪飾りがついている。なかなか可愛らしいデザインだ。
小泉さんが眠たげなままの、その表情を見て「だらしないわね、アンタ」なんて言いながら持っていたティッシュでよだれを拭いている。彼女はそんな仕草を不思議そうに見つめたあと、またたっぷり時間をおいてから「ありがとう」と言った。
「自己紹介を、って思ったんだけど大丈夫?」
無理矢理起こしといてなんだけどさ、と前置きをしてから話す。彼女には分かりやすく言っておいたほうが無難だろう。
彼女は少し考えた風に一拍「えっとね」とおいてから首を傾げた。
「私の自己紹介…… かな?」
ぐるりと見回して小泉さんと私、私から弐大クンへと目線を移していき、皆が既に自己紹介というか、名前の確認を済ませていることに気が付いたのだろう。
彼女は皆が揃ってからの方がいいと思っていたんだけれど、と前置きをしてから自己紹介を始めた。
「うん、分かった。……………… 七海千秋です。〝 超高校級のゲーマー 〟でーす。えっと、趣味はゲームです。オールジャンルでイケまーす。………… ふぁ~、ん………… よろしく」
途中で欠伸が邪魔しちゃったみたいだけれど、かね予想通り。
「恐れ多いことに抽選に当選した〝 超高校級の幸運 〟狛枝凪です。よろしくね、七海さん」
そうして次々と自己紹介をして暫く経ち、時計を確認する。
私が来たのは入学式に始まる8時よりずっと前だったから集まりが悪いのにも納得できる。現在7時40分。自己紹介で10分以上経っているのでそろそろ話題も尽きて来た頃だ。
思ったよりも七海さんとゲームの話で盛り上がることができたが、それだけだ。彼女は既に眠気も飛んだようで、ゲームをリュックから取り出し集中してしまっている。あの状態の彼女に話しかけても反応は帰ってこないだろう。
沈黙が場を支配し始め、気まずくなってきた辺りで扉が再び開かれた。
「…… ッチ、もう人がいんのか」
「…… 随分早いんだな」
先に入って来たのは薄い茶色の短髪で、縞柄の白い線が入ったスーツに黒いネクタイというきっちりとした恰好をした男の子だ。開口一番に発せられたのが舌打ちであるあたり少し口の悪そうなイメージが第一印象に来る。
身長はうつろちゃんより5センチは高いが普通の男子よりは低いだろう150㎝代だ。私と15㎝くらいは身長が違う。だがそんなことは絶対に言えない。彼もネットで見たことがあるのだ。
〝 超高校級の極道 〟それが彼だ。身長が低いだの童顔だの凄みがないだの言ってしまったら指が何本あっても足りない。
その彼の後ろから一緒に来たのは真っ黒なセーラー服を来た女の子だった。
私と似ているようで違う、薄い銀髪を白いリボンで二本の三つ編みにしてまとめ、暗闇の中でも光りそうな真っ赤な瞳が特徴的だ。背中には斜め掛けにした竹刀袋のようなものを下げている。
そういえば彼女は大きな掲示板に載っていなかった気がする。知る人ぞ知る人物ってやつに分類されるらしい。
田中クンが彼女の容姿を見てなにやら無言で頷いているが、はて、彼女のことを同士だと認識したのだろうか。隅の椅子に座り、豪快に足を組み、時間をただひたすら待っている彼の傍は静かだ。
「〝 超高校級の剣道家 〟
「……
九頭竜クンのほうは自分が有名だから何も言わなくてもいいと思ったんだろうな。
それにしても、私の話題が出ないのはありがたいが、ある意味で不気味でもある。
いや、私の死神っぷりが有名なのはネットをしている人限定だから、突っ込まれることがないのだろうか。それならば怖がられることもないし都合が良い。七海さんは知っているだろうが、自分から不和を招くような子ではない。
心配なのは
新たにやって来た二人が騒がしいなんてこともなく、また無言のまましばらく経った。
次にやってきたのは長い黒髪がザンバラになってしまっている包帯だらけの女の子だ。ピンク色の半袖シャツの上に、エプロンのような看護服を着ている。ナースシューズも履いているので病院関係者っぽい雰囲気がある。
看護学校の制服はあんな感じなのだろうか。皆前の学校の制服をベースにしているはずなのに私服に見えて仕方ない。ま、私も制服の上にパーカーを着ているのだし、人のことは言えないが。
「あ、す、す、すみませぇん! 遅刻してごめんなさぁい! だからそんな目で見ないでくださーい!」
おどおどとしながら教室に入ったことで、注目を浴びた彼女が泣きそうな顔で謝り倒している。
分かる。分かるよ、その気持ち。入学式の日、教室に入っただけで一瞬注目を浴びるその感じが嫌なんだよね。ジロジロ見られるその感じ。私も苦手だなぁ。
「大丈夫、遅刻じゃないよ。時間までまだ十分もあるし、のんびり自己紹介でもしようよ」
「はわわっ、自己紹介ですかぁ? えっとえっと、えっと、つ、罪木蜜柑ですぅ。〝超高校級の保健委員〟って言えばいいでしょうかぁ」
罪木さんは自身の指と指をちょんとつつき合わせながら泳いだ目線で私を捉える。今にも涙目になりそうな上目遣いは中々な破壊力を持っている。微妙に卑屈そうな笑みだが、彼女の髪と包帯と言動を考えれば出る結論は一つだけ。虐められ続ければこうなってしまうものなのか。腰が低く、顔色を伺い、自分を全否定する。
自分を否定してしまう態度はあまり好かないが、それはそれで仕草が可愛いらしく感じる。それと同時に密かなS心がむくむくと湧き上がってくるように感じたが、嫌われたくはないので理性で抑えつける。
それをしても彼女は嫌がらないで謝り倒すだろうが、そういう関係になるのは憚られた。私だって第一印象くらいはよくしておきたいのだ。
だから、私はなるべく気安い言葉を選んで彼女に手を差し出した。
「罪木さんだね、よろしくー。私は抽選なんかで当たっちゃったんだけど、〝超高校級の幸運〟の狛枝凪です。」
「よ、よろしくおねがいしまひゅ。あっ、ごごごごめんなさぁいいきなり握手なんて差し出がましいですよねぇ、私なんかの汚い手に触りたくないですよねぇ!」
差し出した手にしっかり応えてくれた彼女だが、すぐに返事が返ってくるとは思ってなかった私は一瞬きょとんとしてしまった。それがいけなかった。視線に気が付くのが早い彼女はパッと手を放して頭を抱えながらネガティブな思考に走ってしまった。
「あ、違うんだよ!嬉しいよ、罪木さん!泣かないでー!」
泣きそうな表情で、ネガティブな言葉ばかりを盾に私の言葉を遮る罪木さんの誤解を解き、慰め終わるころには既にほぼ全員が揃っていた。
まさか自己紹介で
最後の一人以外が揃い、これで最後だろうかと皆辺りを見渡している。
新たにやって来た人は7人。これで15人だ。
案の定多少私を避けるようにして立っている〝 超高校級のメカニック 〟
ふてぶてしく教室の中央に陣取っている〝 超高校級の御曹司 〟
ゆったりとしたペースでやってきた〝 超高校級の王女 〟ソニア・ネヴァーマインド。
少し時間を過ぎてからやってきた〝 超高校級の日本舞踊家 〟
ソニアさんに早速絡みに行っている〝 超高校級の料理人 〟
一人テンション高く自己紹介をしまくっているのが〝 超高校級の軽音楽部 〟
そして、だるそうにやって来たのが〝 超高校級の体操部 〟
その間にも何度か弐大クンが扉を開けようとしていたが、無駄に終わっているようだ。
しかしそれも人が来始めてからやめてしまっていた。先に入学式を受けた方がいいと判断したのだろう。だから後から来た人たちは、未だ自分たちが閉じ込められていることに気づいていない。
これだけ集まっても皆一様に黙っていたり、何から話せばいいか分からない様子。賑やかな人物もいるにはいるが、盛り上がりには欠けている。沈黙、静寂になるのは正直時間の問題だろう。
そして、最後の人物が教室に足を踏み入れた。
「…… あれ?」
最後に入って来たのはいたって普通な、そんな男の子だった。
前にいた高校の制服らしきワイシャツに、校章が描かれた深緑色のネクタイと黒いズボン。赤いラインの入ったスニーカーを履いている。
私も含め、個性的な服装を来た他の皆とは違い、いかにも学生と言った感じの雰囲気だ。
髪は緑がかったツンツンヘアー。その頂点にはアンテナのように立ったアホ毛がちょこんと覗いている。
そんな彼は枯れ草色の瞳を開きしぱしぱと瞬きをした後、不思議そうに皆を見回した。
これで16人、全員揃った。
「…… 何者だ?」
困惑したように辺りを見渡す彼を見て、一番最初に反応したのは超高校級の剣道家、辺古山ペコさんだった。
「…… え?」
まだ状況を把握しきれていないらしい彼は、青褪めた顔のまま周囲を見渡している。来たばかりなのだから仕方ないと言うしかないが、いち早くこの状況に順応していった他の皆の方が感覚的には異常なのだ。彼は至極真っ当な、普通の反応をしたにすぎない。
「あの、大丈夫ですか?顔色が優れないようですが…」
金髪の美少女。超高校級の王女がそう言って首を傾げた。
…… なんでこうもここの女の子たちは首を傾げるのが似合うのか。女子力の乏しい私には理解できない。
「あ、えっと」
「ねぇ、もしかしてさ、アンタもこの学校の新入生なんじゃないの?」
「あ、じゃあもしかして、みんなも?」
口ごもる彼に小泉さんが人差し指をピンと立たせて言った。皆分かり切っていることだったが、混乱している彼の緊張を解くには良い言葉だった。
不安げに揺れていた彼の視線がきょとりとしたものになると、すぐに結論を出しす。
「そ、そういう事だ。オレらもこの学園の〝 新入生 〟ってな」
左右田クンが何も喋らず、ただ状況を見守っているだけの私を見て眉をしかめた。自分の発言が私も新入生であることを認めてしまったのが、すごく嫌だったのかもしれない。小心者な左右田クンのことだ。死神が同じクラスにいるなんて気が気じゃないんだろう。
チラとこちらに視線をやった彼と目が合って「ひぇ」というような短い悲鳴が漏れたが、関係ないとばかりに私は微笑んで手をひらひらと振った。それにますます顔を青褪めさせていくので意味ありげに笑みを漏らす。
嫌われたくはないけれど、なんだか彼の反応が面白くってついついやってしまう。
彼は罪木さんとは違って卑屈になることはないし、返ってくる反応といえば距離を置かれるか怯えられるかの二択だし…… 土下座しだそうとする罪木さんは冗談だと立ち直ってもらうのにも時間がかかる。
彼なら無視されるだけなので正直楽なのだ。
「多分…… この教室には、私達みたいな新入生が集められてるんだね」
七海さんが簡潔にその一言だけを言うと、納得したように彼は「そっか」と呟いた。
しかし直ぐに巨体な人物。…… 主に横にだが、十神クンがあと一歩で教室に入らない彼に向かって 「おい、とりあえず中に入ったらどうだ?」 と提案した。
「えっ?あ、はい!」
超高校級の御曹司故か、彼の一言には重みが随分とあった。最後にやって来た彼が思わず敬語になってしまったくらいだ。隠しきれない複雑な顔をしている彼が近くにやって来たのをこれ幸いと手招きし、一番後ろの席に座ってもらった。
後ろ手で扉を閉めていたのでやはり、彼も閉じ込められたことには気づかないようだ。
「よろしく」
「ああ、よろしく」
生返事気味に返って来た言葉は気にせず、困惑の表情を崩さない彼の横顔を見る。何事か、考え事をしているようだ。不可解な現象にあったような、UMAを目撃してしまったかのような、そんな複雑な表情だ。そして、疑問をそのままにしたくなかったのだろう、彼が顔を上げた。
「あ、ちょっといいかな?」
「…… なんだ?」
「みんなはどうしてこの教室に集まってるんだ? ここに集まれなんて聞いてなかったけど。入学式とかホームルームとかをここでやるのか?」
その言葉を聴いて十神クンがふてぶてしく、偉ぶった仕草で大きく頷くと、 「それについては、ちょうど今から話し合おうと思っていたところだ」 と切り出した。
まさに御曹司様なので偉ぶっているその仕草の一つ一つが様になってはいるが、横に伸びたお腹が多少威厳を損なわせているようにも思う。
「話し合う?」
「いいだろう。今のこいつで全員揃ったようだし、その話を始めるとするか」
「え、これで全員なんすか?どうしてそんな事分かっちゃうんすか?」
十神クンが決定事項のように言うと、すぐさま派手な格好をした女の子…… 超高校級の軽音楽部の澪田唯吹さんが質問する。
確かに人数だけでは分からないだろう。しかし、用意されている備品の数を思えば十神クンのいう事にも納得できる。
「ここに用意されている机は16脚だけ。そして、今のコイツで16人。少し考えれば分かることだ」
机の数がもっと多ければまだ来る人がいるかもしれないとも思うが、丁度ピッタリになったのだから疑う余地はない。
「で、なんの話をするの?やっぱぼくらがこの教室に集められた理由について?」
髪のセットにものすごく時間がかかりそうな、コック帽子とエプロンを身に着けた、少々小太りの男の子が疑問を口にする。
一気に皆を纏め上げ、一つの議題についてを問う十神クンは流石だ。話題選びがとても上手い。天性のリーダー気質というのだろうか。彼に注目が集まっているのは至極当然のことだった。
「まず、確認しておくが、この中に…自分がどうやってこの教室まで来たのか、把握している人間はいるか?」
「えっ!?」
最後にやって来た彼…… まだ自己紹介もしていないが
他の皆も声こそ上げてはいないが、驚いているようだ。この場で道筋を憶えていると手をあげる人物もいない。
「気づいたらこの教室にいた…… やはり〝 ここにいる全員 〟がそうだという事か。だが、いくらなんでも不自然だ。頭の悪そうなお前らでもそう思うだろう?」
しかし一つだけ気づいたことがある。
それは扉が目の前にあるあの夢のような空間を、 「ここに入らなければいけない」 という強迫観念に似た思いをしたことも、皆が覚えていないということだ。
あの十神クンでさえ 「気づいたら教室にいた」 と言っているんだ。夢に親しみ続けた私だからか、それとも知識があるから例外が起きたのか、私にも分からないがそれだけは確かだ。
この場で言う気はさらさらないけれど。
「た、確かに変だよね。どうやって来たのか誰も覚えてないなんて…… って、頭悪そうって何!?」
「この学園に足を踏み入れた途端に妙な眩暈に襲われ、訳も分からずこの教室にいる。ここに至るまでに俺が体験したことの全てだ。お前らもそうなんだろう?」
小泉さんの言葉を華麗にスルーした十神クンが続け、日向クン、コック帽の花村クン、罪木さんと次々に同意の声が上がった。
「お、俺はまったくその通りだけど」
「えっ!? あの眩暈ってぼくだけじゃないの? でも、みんな揃って眩暈なんて変だよー!」
「ぐ、偶然にしても、出来過ぎですよねぇ」
「では、偶然ではないという事だな」
意表を突く言葉ばかりを選ぶ十神クンに疑問の声は尽きない。
王女様が疑問符を浮かべると彼も 「つまり」 、と勿体ぶるように一拍置き、 「この妙な現象の裏には〝何らかの思惑〟が働いているという事だ」 と大きな声をあげた。
皆が驚きの声をあげているが、今まで静観していた弐大クンが落ち着いて話し始めた。
「墳ッ、何を気にしてるのかは知らんが、その程度は大した問題ではないのぉ」
「どういう意味だよ?」 と左右田クンが言う。それに弐大クンは的確にもう一つの問題を議題に出した。
「要は、大事の前の小事というヤツだ。どうしてここに集まったのかより、どうしてここから出られないかの方が問題じゃろう」
「は? 出られねーってなんだよ?」
「えっ!? ま、まさか!」
動かずに疑問の声をあげた超高校級の体操部、終里さんの横を通り、コック帽を落としそうになりながら花村クンが扉を開けようとした。しかし、扉はガタガタと派手に音を鳴らすだけでビクともしない。
そんなことが起こっては場が混乱し始めたのは当然の帰結だろう。皆が不安そうに話し始めた。
「あ、開かないっ!開かないよっ!?」
「え、なんでっ!?」
「ここに来てしばらくたった後、用を足しに便所に行こうとしたのだが、そこの扉がビクともせんのじゃあっ!」
「オイオイ、どうなってんだよ?」
ざわざわと波紋が広がっていくように混乱する皆を相手に、何故か弐大クンは冷静だ。彼は何度も外に出ようとしていたから慣れてしまったのかもしれない。
「わしの全力でも開かなかったくらいじゃあ。お前さんらの力では到底不可能だろうなぁ」
「えー、開かないってどうしてー? そんなのおかしいよー!」
「そ、そうだ! そんなのおかしいだろっ! だって、俺が入って来た時は普通に開いて、鍵が掛かった感触だってなかったのに!」
花村クン、小泉さん、左右田クン、西園寺さん。そして日向クンが椅子から立ち上がり、扉の確認をしに行った。
そして、無言でその確認を終えた辺古山さんがぽつりと呟いた言葉に、皆は顔を青褪めさせたのだ。
「一体どういう原理かは分からんが、とにかく私達がこの教室に閉じ込められたのは間違いないようだ」
「な、なんだよ、それ?」
「な、なんかさ…… もしかしてオレ達って、ヤバ気な事に巻き込まれてるとか?」
私は、とりあえず皆を落ち着かせる方向に持っていくことを考え、話題を別のものにすり替えることにした。確か、無印ゲームのときも、2本編のときもこういう話題が上がったはずだ。
「閉じ込められたっていうよりも、これが〝 入学試験 〟ってことなんじゃないかな?」
「入学試験? それって希望ヶ峰学園のか?」
立ちあがったままの日向クンが私を見下ろしてくる。困惑しきった表情には抑えきれない不安と、雨に濡れた寂し気な子犬のような、藁にもすがるような感情が見えた。
当たり前のことだが、物騒な考えよりも平和的な考えの方が受け入れやすい。パニック気味になっていた皆はそれで少し余裕ができたみたいだ。
「ですが…… 希望ヶ峰学園には入学試験は存在しないと聞きましたよ?」
その皆の中で未だ不安そうにしているソニアさんが事実を口にしてしまう。しかし、幾らでも誤魔化しようはあるのだ。
「表向きにそう言ってるだけで、実際は〝 特殊な入学試験 〟が行われていた可能性もあるよね。たとえば……」
「あ、違いまちゅよ。これは入学試験じゃありまちぇーん」
某魔法学校みたいに。
元気づけるために発しようとした言葉が出るよりも先に、幼い舌足らずな言葉が教室に響き渡った。
「なんだ?」
「おい、デブ、いきなりカワイイ声出してんじゃねーよ」
九頭竜クンが十神クンに突っかかっているが、間違いなくあれは十神クンの声ではない。勿論、その場にいる誰の声でもなかった。
「体型についての発言を今更否定する気はないが、今の声は俺のものではないぞ」
「…… は? じゃあ誰だよ?」
むしろどうして十神クンの声に聞こえたのかが知りたいくらいだ。首を傾げる終里さんはとてつもなく可愛いが、ボケるにしてももっとマシなボケがあったろうに。
この場に超高校級の声優とか怪盗がいたなら何の違和感もないが、あんな幼い声を出せる人物はきっといない。
「あのー、あちしでちゅけど!」
また聞こえた。
折角落ち着いた場がまた混乱の渦に巻き込まれていく。
「もう少し落ち着けばいいのに」
「いや、こんな状態で落ち着いてられるわけないだろ!」
私が漏らした言葉にしっかりと返事をしてくれる日向クン。
まあ、人一倍警戒心が強い彼のことだ。正体の掴めない声というものはさぞかし不安感を煽られるだろう。
「誰じゃあ! どこにおるかああああっ!?」
我を忘れ、大声で叫び倒しながら弐大クンが凄い勢いで周囲を見渡した。その動きだけで周りの空気が引き裂かれていくようだ。やっぱり彼自身が選手やったほうがいいと思うんだよね。
「あの教壇の向こうから聞こえたみたいだけど?」
七海さんの一言により、待ってましたとばかりにその謎の声は喜色ばんで告げた。
「はーい! ミナサンお集まり頂けたみたいでちゅね! それじゃあ始めまちょうか!」
それは唐突に始まった。
夢の中でもないのにピンク色のエフェクトが光り、教卓の上へとアイドルのように現れたのは、ファンシーなスカートを履いた、ピンク色のウサギ。
右耳にはピンクのリボン。背中には天使のような羽。そして、右手にアニメで見るようなハートと翼をあしらったステッキを持っている。背中の羽が動いたように見えたのはきっと見間違いではないだろう。
ファンシーな見た目のわりに目が黒いボタンのようなものだけだと、いっそミスマッチすぎて不気味さを感じる。
「なんですか? あれは」
「えーっと…… 多分ヌイグルミだと思うよ」
困惑気味のソニアさんに小泉さんが答える。答えている小泉さんのほうもどこか自信なさげだ。自分から動いて喋るぬいぐるみなんて、種や仕掛けがあったとしてもちょっと怖いものだ。あれが一般的に言うぬいぐるみだとはとても思えない。
ぬいぐるみというのは私の作ったゴールデンレトリバーと白猫の編みぐるみのようにデフォルメした可愛らしい物のことを言うのだ。…… 決して自慢などではない。
「そう、あちしはヌイグルミなんでちゅ。フェルト地なんでちゅ。〝 魔法少女ミラクル☆ウサミ 〟略してウサミでちゅ! こう見えても、ミナサンの先生なんでちゅ。フェルト地なんでちゅ。よろしくね」
大事なことだから二度言いましたとか、魔法はともかく少女か? とか、どう見ても魔法少女のほうじゃなくってマスコットキャラのほうでしょとか、ぬいぐるみが先生だとか、色々と突っ込みどころがあるがまあそれは置いておいて。
「は?」
「あ、あれ?これは幻覚かなー? ぼくにしか見えない幻覚が見えてるのかなー?」
現実だよ、現実。
なんだろう、この色々詰め込み過ぎて飽和しちゃったような残念感。パッと見は可愛いのに、なんか喋られると残念感が増すよね。もふもふふわふわでもう少し頭身低くて、喋らなければ完璧だと思うんだけど。
三頭身で服着てて無表情であの喋り方だとそこはかとない胡散臭さがあるような?
「や、オレにも見えてんぞ」
「つーか、なんでチワワが喋ってんだよ!?」
「え!? あれってチワワなんすか!?」
終里さんと澪田さんの漫才はともかく、あれが犬でないことは確かだ。
体高50センチもあるチワワなんて、それってなんて生物? いやまあ兎でも50センチもあったら怖いけど。
そもそも兎は二足歩行をしない。
「……ミナサンはウサギってご存知でちゅか? フワフワと柔らかくて、モフモフと愛おしい生物でちゅ。あちし、それなんでちゅよ! 歌って踊って喋れるウサギのマスコットなんでちゅ!」
フェルトってそんなに柔らかいわけでもないし、服着て二足歩行してる目の前にいる生物は少なくともその愛おしい生物ではないよね。ウサギのようななにかか、よくってゆるキャラかな。鹿角生やした某大仏ゆるキャラよりはシュールさが控えめだけれど、これもこれでなかなかシュールだ。
具体的に言うとファーピーくらいかな。
「ちょ、ちょっと待って! いったん整理させてちょうだい!」
「はい、いいでちゅよ!」
「えーっと、みんなはどう思う? ぼくは歌って踊って喋れるヌイグルミとか、聞いた事ないんだけど」
花村クンがキャパシティオーバーを起こしているようだ。とりあえず話を整理しよう。
「ゆるキャラなら聞いた事があるけど、それにしては小さすぎるよね」
「ど、どうせラジコンかなんかだろ。ガキのおもちゃ如きで騒いでんじゃねーよ」
「や、ラジコンにしたってリアル過ぎんじゃね? おもちゃってレベルじゃねーぞ」
スル―された。悲しい。
九頭竜クンのラジコン説も十分考えられるが、超高校級のメカニックがリアルすぎると言っているし、その線も選びづらいだろう。
しっかりこちらの質問に受け答えしているし、どこかで応答をしている人がいるにしても、通信している場合の一瞬の
「どうやって動いているかなど問題ではない。それより、その口ぶりからして、お前は知っているようだな。俺達がどのような状況に置かれているのかを!」
「もちろん知ってまちゅ! あちしは、この〝 修学旅行 〟の引率の先生でちゅから!」
担任よりも、修学旅行の引率の先生の方が紹介が早いとは一体どういうこと?
教師も機械化する時代? 最先端技術だけど機械的な習熟って子供のためになるのかな。ただでさえパソコンが普及して読み書きがおろそかになっているのに、先生まで機械化しちゃったら似たような子供が量産されそうだ。
でも最近は教師が次々と鬱になってやめてしまうなんてことが多いらしいし、応急処置かな。しかし希望ヶ峰に入りたがる教師だって多いだろうし、分からん。
とまあ、心の中でわざとらしく驚きつつ十神クンとウサミ先生の問答を見守る。
猫とか犬のヌイグルミっているのかな。いたら歓迎するのに。
鞄につけた自家製編みぐるみをそっと手で確かめ、握り込んだ。
「修学旅行……だと……?」
大学でもないのに入学早々修学旅行とかすごいね。初っ端から学校生活の楽しみの半分は消費しちゃうんだ。後に残った学校生活が詰まらなくなったりしないのだろうか。
「おい、修学旅行とはどういう意味だ?」
「教職員の引率の元で生徒さんが団体行動で旅行をする、学校生活における一大イベントでちゅね!」
本来は後にとっておくからこそ一大イベントになるんだよなぁ。
「そ、そういう定義的な意味を聞いてるんじゃなくてさ」
「では、さっそく、楽しい修学旅行の旅に出発しまちょーう!」
日向クンが引き留めたが、もう遅かった。
話を訊かず、教卓の上で先生がステッキをグルグルと回す。
そして、一面ピンク色のエフェクトが舞ったかと思うと地響きが起こり、壁や天井がまるで段ボール箱を解体するかのように、巨大なテレビの
教卓と机、椅子、床はそのままに、変化は周囲に起きていた。
青い空、青い海、白い雲、白い砂浜。ウミネコの声、静寂に響き渡る波の音。
緑色の生き生きとしたヤシの木が太陽の光を遮り、周囲の空気は湿り気を帯びた蒸し暑いくらいの空気に変貌していた。
そう、辺りを見回すと、すでにそこは南国の砂浜だったのだ。
「………… は?」
教室は教室でも青空教室だったんだよ! なんてね。まったくふざけてないとやってられないよね。
皆は信じられないものを見たような目で、いや、真実信じられないものを見たのだから仕方がないが…… とにかく、皆、自分の目を、耳を、そして脳までもを疑ったように放心している。
「なんだよ、これ!」
そして我に返った1人の声で、再び混乱が始まった。
「えーっと…… あれあれあれあれあれあれあれあれぇ!?」
「ウ、ウソ…… だろ?」
「こ、ここはどこっすかぁ!?」
「な、なんで!? どうなってんの!?」
頭を掻き毟るようにして首を振る花村クン。絞り出したような声で声を出す左右田クン。泣き顔で鼻水まで垂らして叫ぶ澪田さん。混乱して周囲とウサミを見比べている小泉さん。
皆、それぞれの方法で現状把握をし、それぞれの方法で混乱していた。
そして無遠慮にも、そこに割り込まれるウサミ先生の声。
「みなさん!落ち着いてくだちゃーい! 慌てる必要ありませんよー! ほーら、よく見てくだちゃーい! キレイな海でちゅよね…… 心が洗われていきまちゅよね…… 嫌な事とか…… 、すべて洗い流してくれまちゅよね……」
違う、そうじゃない。皆が混乱しているのはそう意味じゃない。説明もなしにこんな大掛かりなマジックみたいなことをして、驚くなというほうが無理があるのだ。
「待て、詳細な説明をしろ! 一体ここはどこなんだ?」
「どこって、そりゃあもちろん…… うーみーはーひろいーよねー! 大きーよねー! の海っ!」
微妙に違う 『海は広いよ大きいよ』 を歌いつつ辺古山さんの疑問にまたもやズレた答えを返すウサミ先生。
「う、海なのは分かりますけどぉ、どうして海にいるんですかぁ!?」
「ねぇ、そんなに叫んでばっかだと咽とか痛くなっちゃいまちゅよ?」
悲痛な声をあげる罪木さんに、不思議そうな顔をして話すウサミ先生。
なんの説明もなしにこんなことになってたらそりゃあ混乱もするし叫びもするってば。常識外のことが起きたから皆混乱しているのに、そこを説明されないとやっぱり不安にもなるだろう。
「だって、海とかおかしいですよ。わたくし達はついさっきまで学校にいたのに」
「安心してくだちゃい。修学旅行が始まっただけの事でちゅから!」
「だから瞬間移動したことがみんなを混乱させているわけで、ありえないことが起きてるからこうなってるの。その辺の説明はなしなのかな?」
「て言うか、どうしていきなり修学旅行!? 色々すっ飛ばしすぎでしょ!」
「そ、そうだ! 俺たちは希望ヶ峰学園に入学するために集まったんだぞ!」
ソニアさんの言葉にまたも見当違いな答えを言い、澪田さんの疑問で飛ばされた私の質問に日向クンが畳みかける。そして哀れ私の発言は再びスルーされるのだった。
間髪入れず叫んだ日向クンの言葉に、大きく反応したウサミ先生がぶつぶつと呟くように話を続ける。
「あぁ、希望ヶ峰学園ね…… なるへそね、そうでちゅか…… 希望ヶ峰学園のことが心残りなんでちゅね。だったら、希望ヶ峰学園の事は忘れてくだちゃーい! その為の修学旅行でちゅからねー!」
それは、希望ヶ峰学園に入ることを楽しみにしていた皆を怒らせるのに十分な言葉だった。
「……は?」
「忘れろっつーのはどういう意味だ、コラァ!?」
「おい、お前は何者なんだ? 何を企んでいる?」
「ほわわっ? 企むなんてとんでもない! あちしはミナサンの為にやってるだけでちゅよ! ミナサンが大きな〝 希望 〟を胸に成長する事を心より祈っているだけでちゅ! だから〝 この島 〟に危険は一切ありません! ね、安心してくだちゃい!」
十神クンはいつもいいところを突くよね。相手にとって意外性のある言葉選びが上手だ。でもそれよりは先生の発言のほうだよね。
「この島? 島って言ったの?」
「はい、ここは見るも美しい南国の島なんでちゅ。危険もないし、他人もいない。ミナサンの為だけに用意された島でちゅ」
南国の島と言えばサンスクリトバル島の悪夢が蘇る。
絶海の孤島に、訳も分からない喋るヌイグルミ。しかも他人がいないという見事な舞台設計。バトルロワイヤル的ななにかが始まるって言われても信じちゃいそうだ。
「む、無人島、って事か?」
学園の権力で貸し切りにしたって言えばまだ説得力ありそうなのにそれをしないってことは、つまり後ろ暗いことがあるってことなのかな、やっぱり。
だからからかうような気持ちで先程考えた言葉を先生に向ける。
「まさか、バトルロワイヤルみたいな殺し合いが始まるってことはないよね?」
「ほわわっ! こ、殺し合い!? めっ、めっそーもないでちゅ! 暴力とか他人を傷つけたりとか、そういう血なまぐさい展開はこの島では厳禁でちゅ! しかも〝 殺し 〟だなんて、口に出すだけでおぞましいフレーズ…… きゃあ! 怖い!」
途端に、文字通り顔を青褪めさせてウサミ先生はいやいや、と首を振るう。
その言葉を信じるのなら、現時点で分かるのは先生にそのような剣吞な考えはないということだろうか。
でも、殺しのことを悍ましいだなんて言われると胸が痛む。生存競争の末に起こった出来事ならノーカウントかな?ノーカウントだよね?ノーカウントに決まってる。だって動物は皆生きるために動物を殺して食べてしまうんだもの。シマウマがライオンを返り討ちにしたって誰も咎めない。
うん、だから先生の言っていることは私には関係ない。そうじゃないといけないよね。大丈夫に決まってる。大丈夫、大丈夫……
「だったらお前の言う〝 修学旅行 〟とはなんだ? この島で俺達に何をさせようとしている?」
「はーい! では発表したいと思いまーちゅ! ミナサンはこの島でほのぼの~と暮らしながら、仲良く絆を深めてくだちゃい! それが『 どっきどき修学旅行 』のルールなのでちゅ!」
明るく快活に、と言ってもぬいぐるみなのであんまり表情が動いていないが、声だけは朗らかにウサミ先生が言った。
つまりは自己紹介と親睦を深めるためのレクリエーションの一種かな?
さすが希望ヶ峰学園だね。まさか新一年生に初っ端から旅行をプレゼントだなんて物凄く大規模だ。しかも島を貸し切りにしちゃうなんて、本当お金だけは有り余っているわけだよ。
まあ、なにも知らなければ予備学科生徒から巻き上げたお金をこんなことに使うなんて、と言えたかもしれないが今はそんな気もしない。
「どっきどき修学旅行…… だと…… ?」
警戒心剥き出しなのにいちいち驚く十神クンがなんだか愛おしくなってきたよ。
「何も起きず、誰も傷つかず、誰も苦しまず、ひたすら平和でほのぼのと希望を育て合う日々…… そんな、らーぶ、らーぶな『 どっきどき修学旅行 』こそがこの島でミナサンに与えられる課題なのでちゅー!」
「なッ! なんだそれ!?」
「えーっと、という訳で…… 『 どっきどき修学旅行 』が始まりまーちゅ!!」
と、ウサミ先生が一旦締めたあとでふと横を見ると、とうとうキャパオーバーを起こしたらしい日向クンが頭を抱え始めていた。
「はーい! というわけでこれが必需品の電子生徒手帳でちゅ! ミナサンにはこの手帳を使って〝 希望のカケラ 〟を集めてもらいまちゅ!」
「希望のカケラって?」
私が訊くとウサミ先生は律儀に答えてくれる。
「この島ではミナサン同士が仲良くなることで〝 希望のカケラ 〟というものが手に入っていくんでちゅよ! そうやって希望のカケラを全て集め、満開の希望の花を咲かせることこそが、この島に来た目的なのでーちゅ! それが終わればこの無人島生活もおちまいになって帰ることになりまちゅ!らーぶ、らーぶ」
そう一通り説明を済ませてからウサミ先生が手帳を配り始めた。
「はい、狛枝さんの分でちゅ!」
「う、うん」
電子生徒手帳か。生徒手帳も機械化が進んでいるんだな。紙媒体の手帳が懐かしい。というか、この島に来た際簡単なメモ帳と日記帳は持ってきたがそれも一冊だけだ。足りない。
これは私にとっては死活問題だ。早急にスーパーマーケットに行かなければ。
「ひ、日向くんどうしたんでちゅか!」
そして、最後に手帳を渡された日向クンが崩れ落ちる。
信じられないことばかりで限界になってしまったのだろう。一昔前の私ならきっとああなっていただろう。現実に耐えきれず強制シャットダウン。そんな風にね。
それが変わったのは誘拐されて、武器を持ち始めてからだ。ちょっとやそっとじゃもう私を怯えさせることができないと言っていい。
砂浜に倒れた日向クンに近づいて、慌て始めるウサミ先生に適当な説明をする。
「きっと、いきなり南国に来ちゃったから熱中症になったんじゃないかな」
「えっと、ですけどこれは熱中症では……」
「それか知恵熱かな。考えすぎでよく分かんなくなっちゃったんだよ」
「ごごごめんなさぁい! 余計なこと言っちゃいましたぁ!」
同じく病人が出たことで近づいてきた罪木さんが本当のことを言おうとしていたので視線で止める。ウサミ先生に混乱しすぎでぶっ倒れたなんて説明をするには少し、周りに皆もいることだし、彼の名誉のためにもあまり言わない方がいい。からかいのネタを提供してしまうのもどうかと思うし。
「あれ、ウサミ先生は?」
「あいつならどっかいっちまったぞ」
罪木さんを宥めている間に消えていたらしい。慌てすぎだろ。
「ひとまず、これからどうするかだな」
「それじゃあ、島の調査なんてどうかな」
十神クンと七海さんが互いに意見交換し合い、ソニアさんや小泉さんの肯定の言葉もあり島の調査が決定したが、日向クンのことをどうするかで少し話し合った。
やはり、全員で起きるのを待つより手分けして先に調査をしていたほうが良いという結論になった。
「なら、私この人が起きるまで待ってるよ」
「で、ですがぁ」
「大丈夫。別に病人ってわけではないんでしょ?」
最後まで罪木さんが粘ったが、皆自分の目で島の調査をしたいらしく快く了承してくれた。
「あ、でもその前に自己紹介をしておくね。私は狛枝凪。恐れ多くも抽選なんてものに当たってしまった〝 超高校級の幸運 〟だよ。まあ、よろしくね。あ、それと弐大クン。私じゃこの人運べないから日陰に運んであげてくれるかな?」
「応、分かった」
そうして順番に自己紹介した後、皆は散り散りに島の調査へと向かって行った。
私も日向クンと一緒に木陰に腰を下ろし、ボーッと海を眺める。ただただ静かに、ザザン、ザザンと打っては返し、打っては返す波の音に耳を傾けると穏やかな潮風が耳元をくすぐっていった。
「静かだなぁ」
ここの海だったら泳いでも危険ではないのかもしれない。
髪がベタつくのも関わらず、全力で潮風を浴びたい。そうすれば跳ねまくって直らないこの髪も少しは大人しくなるだろうか。
片手で届く範囲の砂を盛り上げてみたり、掘ってみたり、くだらないことをした。でも、観光地しか行ったことのなかった私にはこんなに静かな海は生まれて初めてで、意味もなく感動した。
明るく照り付ける日差し。暖かい風。静かな海。
南国の空気を思いっきり吸い込んで、彼が早く目を覚ますことを願いながら、私はただ時間が過ぎるのを待つのだった。
・自己紹介
今回しきれなかった後半の人たちは持ち越しです。日向との自己紹介行脚で全部回収するはず。キャラが増えるから仕方ないですけど、自己紹介だけでかなり長くなりそうですね。
・台詞
なるべく他の人の台詞はとらないようにしているのでどうしても長くなりがちです。自由行動回とかなら好き勝手できるんですけど、最初は一応原作に沿ってお話にしています。しかし全部が全部一緒にするつもりはありません。読者の皆様方はどうかご了承くださいませ。
・パニックトークアクション(PTA)
学級裁判の終盤で出てくるシステムの名称。逆転裁判などにもある「発狂(豹変)言い逃れタイム」のことである。犯人が次々と否定してくるので一つ一つ言葉を打ち砕いていこう。
最終的に決定的な証拠となるコトダマをぶつけて終了する。
・ウサミ
ウサミ先生のこと、結構なこと言ってますが私は好きです。シュールだけど可愛いですよね。ちなみにファービーも私は好きです。ファーピー。セルフピー音便利ですね。
駆け足気味なのにこの分量である。