暫く
情報交換ついでに他愛もないことを話しながら歩いてきたので、実際には淡々と歩くより時間はかかっている。体力も筋力もある男の子であれば走って10分くらいに縮められるかもしれないが、私には到底無理な話である。日向クンならば私よりもずっと早く移動できるだろう。あれ、私って邪魔者?
「ここが牧場みたいだね」
粗末な門の上に掛けられた木の板には、白いペンキで『
ペンキが乾く前に動かしてしまったのか、白いペンキが下に流れて少々ホラーチックな文字になっている。あれが赤いペンキだったら人間を養殖しているホラー映画な牧場に見えていたかもしれない。
今の状況を鑑みると笑えない想像だが、きちんと動物はいるので普通の牧場なのだろう。看板は多分、ウサミ先生がおっちょこちょいなだけだ。
牧場と道を分ける木の柵にはいかにも南国チックな極彩色の鳥がとまっている。黒と、オレンジ色と、黄色と、赤と…… 南国の鳥と言えば真っ先に浮かぶ印象の濃い鳥だ。
名前は分からないがとにかくオレンジ色が可愛いのであとで小泉さんあたりに記念撮影をお願いしよう。私はカメラなんて持ってないし、写真なら彼女に任せるのが一番だ。
あーあ、植物の無駄知識なら結構持っているが、動物に関してはあまり自信がない。珍しいならなおさらだ。
「牧場…… の割には、あんまり動物がいないな」
日向クンはそこかしこを闊歩するニワトリを見て、厩舎の中も全てニワトリであることも覗き見たようだ。
これではまるで鶏舎だ。牧場と言っても種類があるだろうが普通は牛か、あるいは羊や馬を思い浮かべるものだろう。流石にニワトリだけで牧場と言うのには無理がある。
「あーあ、バレちった!」
「またお前かっ!どこから出て来るんだよっ!?」
突然背後から声があがる。それにビクリと肩を揺らした日向クンは怖い顔をしながら振り向いて、ウサミ先生に詰め寄り始めた。流石にこう何度も驚かされては怒りたくもなってくるのは共感する。
「あちしは神出鬼没なんでちゅ!この島のどこからでも出て来るシステムなんでちゅ!すべて、このマジカルステッキのご利益ですけどね!」
うーん、あのマジカルステッキ。あれをどうにも強調してくるウサミ先生が気になる。
やっぱりあれ一つに主催者権限的な何かが詰まっているのだろうか。肌身離さず持ち歩いているみたいだし、あれがないと何もできなくなってしまうのだろうか。その辺のことは想像するだけで明確な解が出ているわけではなかったので私にも分からない。
気になることは気になるが、藪蛇だったら嫌だし、手は出さない。
「うーん…… それにしても弱りまちたね。牛さんのいない牧場なんて、日本人のいない日本代表でちゅよ」
もっといい例え話はなかったのだろうか。
「鶏肉の入ってない親子丼…… みたいな?」
その場にいるのがニワトリだけに。
「それは違うぞ」
おっとここで代表的な台詞が聴けるとは思ってなかった。スベること覚悟でボケてみるもんだね、うん。だからゲンナリとかシンナリとした顔でこっちを見ないでほしいんだけれど。
呆れ果てた目で私を見ないで! お願いだから!
「よーし! ここは、あちしと、このマジカルステッキに任ちてくだちゃーい!」
と、私たちが視線で会話しているとウナミがなにやら恰好つけながらニワトリに向かってステッキを向けた。
「ちんぷい、ちんぷい! ちちんぷいぷい、ちんちんぷいぷ-い! えいやー、牛さんになーれ!!」
「はぁああああああああ!?」
「はは、なんでもアリだね」
ステッキから放たれたピンク色の光が集まり、みるみるうちに影が大きくなったと思ったらなんと牛さんのできあがりー。遺伝子組み換えとかそんな次元じゃないぞ。
あと魔法使うときの掛け声がアウト気味だ。もっとどうにかならなかったのかそれ。
「えっへん、大成功でちゅー!!」
すたこらさっさと、そんな効果音がつきそうなほど素早くウサミは去って行った。いろいろとむちゃくちゃだ。
あーあ、なんてことだ。先ほどの道中にあった会話で少し落ち着きを取り戻していたというのに、警戒心剥き出しな日向クンに逆戻りしてしまったじゃないか。
「な、なんだよ今の! と、鶏が牛にッ!?」
「…… うーん、手品というよりは大々的なイリュージョンかもね、今のは。多分最初から仕込みしてあったんだよ。私たちにビックリしてほしかったのかもね。ほら、日向クン反応大きいしターゲットにされちゃったんだよ」
日向クンがまた難しい顔になってる。この調子じゃあ落ち着いてもらうのに随分時間がかかりそうだ。
「ほらほら日向クン。あっちに人がいるよ。自己紹介しなくちゃ」
「あ、あぁ、そうだな」
それにしても牛はホルスタインだけか。ジャージー牛乳が飲みたいなぁ。
「よいしょ、よいしょ!」
牧場の片隅にいたのは金髪の大きなツインテールに白猫の可愛らしい髪飾りをして、オレンジ色の着物に緑の帯を締めた女の子だ。それに、しゃがみこんでいるので余計に小さく見える身長。とても高校生とは思えない幼さと、一生懸命指でなにかをしているその姿に日向クンは戸惑いを覚えているようだ。
「あ、ちょっといいか? 自己紹介がまだだったよな? 俺は日向創っていうんだけど」
彼がそう切り出すと女の子…… 西園寺さんは話しかけられてから初めて彼の存在に気付いたのか、間延びした可愛らしい声で一瞬日向クンへと顔を向けた。
「んー? わたしはねー、西園寺日寄子っていうんだー。よいしょ、よいしょ!」
しかしすぐに興味がなくなってしまったのか、日向クンから視線を外し、再び足元の黒い物へと指を押し付け始めた。
「?」
何やってるんだ? と疑問気な日向クンに彼女が説明しなかった分まで一応解説を挟んでおく。
「えっと、確か西園寺日寄子さんは〝 超高校級の日本舞踊家 〟って言われてるらしいね。日本舞踊界の若手で、海外なんかでもバリバリ公演をしてるんだって。しかも、西園寺さんの公演には日本舞踊では珍しいくらいに、若い客層の観客が詰めかけるんだって。ま、そのほとんどが男性客みたいだけど」
よっ、このロリコンどもめ!
着物は体の凹凸を埋めて着るものだし、平たい胸族のほうがあまり調整せずにすむからその分だけは楽かもね。いやでも、彼女の身長に合う着物は少なそうだから選ぶのは大変そうだ。ある程度折り込んでても限界があるだろうし。
「よいしょ、よいしょ!」
彼女は地面の黒い点々たちに夢中だ。こっちの言葉は多分無視してるんだろう。今更知れ渡ってることが目の前で言われたって気にならないんだろうね。
「なぁ、さっきから何やってるんだ?」
「んー? あのねー、潰してるんだー!」
あれって似たようなことを子供の頃に一度はするよね、多分。
程度は違えど子供は純粋な好奇心であれをやっちゃうから仕方ないが、高校生があれをしているとなると少し怖い。
彼女も悪意はない…… って断言できないところが悲しいけど多分深い意味はなく、楽しいからやってるだけなんだろう。
純粋さって残酷だよね。
「潰すって?」
「蟻タンだよー。蟻タン潰してんのー」
「…… は?」
あれごめん、アリさんふんじゃった。なんて怖い話は置いといて、一寸の虫にも五分の魂。小さい物こそ大事にしないと怖い目にあっちゃうぞ…… って教訓どっかになかったっけ。
「クスクスッ上手くお腹の部分を潰すとね、プチッて気持ち良い音がするんだー。おにぃ! 一緒にやるー!?」
「や、やる訳ないだろっ!」
「なーんだ、そっかー。フン、臆病なヤツ」
実物を目の前にするとなんてギャップだ。なんで古今東西ロリっ子は黒いのが多いんだろうね。
とりあえず、なんなんだよアイツ。と恐ろしいものを見た目でこちらを向く日向クンに、 「ああいうところも人気が出る理由に入るんだってさ」 と言っておく。信じられないとい言いたげに 「はぁ?」 と声を漏らし、次いで 「嘘だろ」 と愕然とする彼に 「知らなくていい世界だよ」 とフォローした。フォローになっていないような気もするが気にしてはいけない。
「ほらほら、あっちにも人がいるんだし、自己紹介してきなよ」
確かに初っ端から濃いキャラに遭っちゃったのは災難かもしれないけど、皆が皆そうだとは限らないんだからそんなに嫌がらないでほしいんだけど。…… どうせ遅かれ早かれ自己紹介する羽目になるんだし。
「おーい!終里さんさっきぶり!」
自己紹介を渋る日向クンに代わり、自分から無理矢理彼女に声をかけた。
「おーっす! 狛枝ー。ところで、オメーは誰だ?」
あれ、私のことは覚えてるのかな?
「俺は初めましてだな。日向創って言うんだ」
「ふーん、日向、日向な。おっす! オレは終里赤音ってんだ! よろしくなッ!」
どうやら、本当に名前を覚えてるらしい。彼女は名前を覚えるのが苦手だと記憶していやはずだが、もしかして男子の名前が覚えられないのだろうか?
終里赤音さん。
彼女で視線が行く場所はズバリ、はちきれんばかりのメロンだろう。
シャツの第二ボタンまで外しているという大胆な服装にスラっとした筋肉。大きなメロンが乗っかった我儘ボディ。健康的な日に焼けた肌が運動が得意な活発な印象を抱かせる。しかし、口調は随分と野生的だ。粗雑な口調なのに好感が持てるのはきっとその人懐っこい笑みのお陰だろう。
「終里さんは〝 超高校級の体操部 〟って呼ばれる、スーパーアスリートなんだって。噂では、かなりの問題児らしいけど、体操に関しての実力は相当なモノらしいよ。ただし、基礎とか基本は滅茶苦茶で、オリジナル技ばっかり連発してるらしくって、気分が乗ってる時はすごい演技をするけど、そうじゃない時はすぐに棄権しちゃうんだってさ」
これ、また聞きしただけだと才能に胡坐をかいた物凄い嫌な人に聞こえるけど本人を見ればそんな疑問どっかに行ってしまうだろう。
なんというか、彼女は自由な感じだ。織月みたいな歪んだ自由じゃなくて、本当の意味での自由奔放というか、天衣無縫というか、自然体。そんな感じだ。
「……」
暫し、日向が何か考え込んだようにじっとしていたがその視線が胸に行っていることに気づく。
「あれ?ひょっとして…… 日向クンも男の子だねー」
「声がデカいぞ…… わざとだろそれ」
仲良くなるには多少無神経なくらいが丁度良い。ただし、用法容量はきっちり守りましょう。
セクハラ紛いな言葉なのは謝るがアレに見とれるのは仕方ない。女の私でも釘付けになっちゃうくらいだし、胸が肩こりの原因にしかならないことを知っていても少し羨ましくなるもんだ。でも堂々と見てるのはちょっといただけないよね?
若干気まずくなりながら私たちは牧場を後にしたのだった。
・南国っぽい鳥
あれってオオハシなんですかね? それともサイチョウ? オオハシもなんだかしっくりこないんですよね。本当になんなんでしょうあの鳥。あれの名前さえ分かれば田中クンと絡ませるきっかけになるんですけど(チラッチラッ