No.14『失楽園』ー二色ー
結局男性陣に追い抜かれながらジャバウォック公園に向かうと、既にことは始まっていた。
そこには右半身が白、左半身が黒で、黒い半身は悪魔のように凶悪な顔をしたクマと、白とピンクのツートンカラーになったウサギがいた。ウサギは右耳に見覚えのあるピンクのリボンをしており、大きなでべその下におむつのようなものを履いている。
「うう、グスン」
「…… どういうこと? 十神クン」
泣いてしまっているウサミ先生に目を向け、丁度隣になった十神クンに状況を確認する。反対隣にいる日向クンは、ここに来たばかりの頃のように混乱していて何も言えないようだった。
「あのモノクマとかいうぬいぐるみがウサミのステッキを折り、ウサミを改造してしまったようだ。ヤツは〝 ウサミの立場があやふやだから、妹のモノミという設定にした 〟などと言っていたが…… どういう意味だろうな?」
「ふうん…… わけ分からないね。現状は意味不明すぎてなんとも言えないんじゃないかな。あと、手間をかけちゃって悪いんだけどさ、ウサミ先生…… じゃなくて、モノミだっけ?あの子はなにか言ってた?」
まさか十神クンが律儀に私なんかへ回答をくれるとは思ってなかったけど、これはありがたい誤算だね。訊き洩らした怪しい発言をメモすることができるし、そこから考察を広げていくこともできそうだね。
聞いてもいないのになにか言って、ボロを出してしまったら困るし、その善意に乗っからせてもらおうかな。
「〝 せめてマジカルステッキがあれば、性格の悪いモノクマなんてやっつけれるのに 〟などと言っていたな。俺が気になったのはそのくらいか」
次々と皆が集まり、場が混乱し始めている。その喧騒の中で、私は白い手帳に彼からの証言を書き込みつつ、モノクマの言葉にも耳を傾ける。こうやって色々できるし、早めに来られて良かった。手帳も持ってきておいて良かった。現実にはバックログなんて便利なものもないし、リセットだってできやしない。全てその人の記憶力次第だ。もしくは聞いたその場で記録を残すこと。記録と言うものはこれだから大事なのだ。
「ウサミ先生はあのステッキを使って鶏を牛に変えたり、教室からこの島に移動したりしてたから、案外魔法っていうのも出まかせじゃないのかな?」
「流石にそれはないだろう。馬鹿馬鹿しすぎる。もっとまともな意見はないのか、愚民め」
「そこまで言うかな、普通。それにしても冷静だね? 十神クン。皆混乱してるっていうのに」
さすがに却下されたか。でもまあ、それは仕方ないか。
「フンッ、貴様等愚民とは出来が違うのだ。こういうときにこそ冷静でなくてどうする?」
「へえ、さすが超高校級の御曹司様だね? 噂に違わない完璧っぷり、恐れ入るね」
「貴様こそ、まるで分かってたかのような冷静さだな。なにを企んでいる?」
「まさか。これでも混乱してるんだよ? 危険は嫌いだから…… ところかまわず疑ってかかりたいだけなんだけどね、キミは深読みしすぎなんじゃない?」
隣同士でピリピリした緊張感が漂い、ただの皮肉り合いになってきたところでモノクマが動きを見せた。日向クンはモノクマに夢中で、こちらが険悪な雰囲気になっているのは気が付いていないようだ。モノクマが希望ヶ峰学園の学園長だと発言したので、一応それも書き込んでおく。
チラと十神クンを覗き見ると彼の顔は心なしか青褪めているようにも思う。…… なんだ、彼もちゃんと人間らしいところがあるんだ。恐怖を感じている、ただの人なんだな。
自分の背筋に伝う冷たい汗を意識しながらポーカーフェイスを気取り、真顔でモノクマの説明を聴く。
「怯えるくらいならば余計な意地を張るな」
小声で聞こえたその言葉に視線だけ向けると、こちらを見ていた十神クンと一瞬だけ目が合う。しかしそれはすぐに逸らされ、静観する態勢になった。
「キミに言われたくない……」
捨て台詞を吐いて黙り込む。そして黙ったまま日向クンの左隣へと移動した。
そこからは、モノクマの大演説が始まった。
「とにもかくにも、これで全員揃ったようですな。では、さっそく、学園長としてオマエラに宣言します! 今から〝 コロシアイ修学旅行 〟を始めまーす!」
白黒のクマはそう宣言すると心底楽しそうに手を挙げた。
「仲良く暮らすことが目的の修学旅行なんて、刺激もないし退屈だしつまんなーい! そんなゲームなんて誰もやりたくないって! オマエラだってそうでしょ!?」
それは携帯機ゲームとかならの話だよ。現実で、自分が駒になったゲーム。しかもコロシアイだなんて、誰がやりたがるものか。誰だって死にたくはないし、痛い思いはしたくないんだよ。
急激に冷めていき、ローテンションになる一方で、真剣にモノクマの言葉を聴いている十神クンを日向クン越しに覗き見る。日向クンは更なる宣言で、想定していた恐ろしい事態が訪れたことに愕然としている。十神クンは真意を見分けようとしているのだろうか。汗を流しながらも静観の体制は崩さない。
「というわけで〝 コロシアイ修学旅行 〟を始めましょう!もちろん、参加者はオマエラだよ!」
「コ、コロシアイ?」
モノクマの言葉に分かりやすく動揺している花村クンを横目に、ウサミ先生…… じゃなくてモノミが動くのが見えた。
「な、なに言ってるんでちゅか! そんな血生臭い展開は断固として許しまちぇんよー!」
そう言って果敢にモノクマへと向かって行ったモノミは、なす術もなくモノクマに蹴り上げられ、悲鳴をあげながらぼよんぼよんと地面を跳ねる。
「うぎゃああああああ! 痛い! 蹴られると凄く痛いでちゅー!」
「まったくモノミって頭の弱い子だね。いくら言ったら分かるのかな。あのね、お兄ちゃんより優れた妹なんて、マンガの世界にしか存在しないんだよ?」
でも、妹より優れた姉はいないって言うんでしょ?
くぐもった呻き声をあげながらお腹を押さえているモノミをしり目に、モノクマが改まった口調で言う。
「さて、少し脱線しちゃったけど、 『コロシアイ修学旅行』 の説明に戻りましょうか」
「うゆゆゆぅ…… そ、そのコロシアイって…… どういう意味ですかぁ?」
泣きそうな罪木さんが、恐る恐ると言った様子でモノクマへと尋ねる。
しかし、現実逃避しようにも文字通りの意味を提示したモノクマによってそれも一刀両断されてしまった。
「意味なんて聞くまでもないじゃん!もちろん〝 殺し合い 〟に決まってんじゃん!」
殺し合いなんて物騒な言葉で皆が反応しないわけがなく、信じられないというように悲痛な声で左右田クンが叫んだ。
「へぇ…… 殺し合いねぇ…… こ、殺し合いいいいいいいいい!?」
「な、なに言ってるのさ! そんなのありえないでしょ!」
花村クンも頭を抱えながら叫ぶ。
しかし、モノクマはいっそ暢気なほどの声で残酷な言葉を投げつけ続ける。
言葉さえも出てこない人物もいるようだ。それくらい、皆混乱している。
「だってー、島から出る条件が〝 みんな仲良く 〟とか、そんなのヌルくて退屈でしょ? だから、ルール変更! もし、この島から出たいなら、仲間の誰かを殺してくださーい! そして、〝 学級裁判 〟を逃げ延びてくださーい!」
「…… 学級裁判?」
七海さんが首を傾げて復唱すると、いいところを訊いてくれたと言いたげにモノクマがテンションを上げる。
「そうっ! 学級裁判こそが、この 『コロシアイ修学旅行の醍醐味なのです!』 」
つまりこうだ。
仲間内で殺人が発生した場合、
学級裁判ではクロと、それ以外のシロとの対決を行い、 『身内に潜む殺人を犯したクロは誰か?』 を議論。
最後の投票、多数決でだれがクロかを決め、答え合わせをする。
見事クロを暴き出せばクロはおしおきされ、残ったメンバーは修学旅行を続行。もし間違えた答えを出してしまえば、罪を逃れたクロだけが生き残り、島を脱出する〝 権利 〟が与えられる。そして残ったシロは全員おしおきされるという内容である。
個人的には死ぬことのないこの島から出るだなんて論外もいいところなのだが、皆はそうもいかないようだ。ここから脱出してやりたいと言っていた面々は尚更。動揺していない人物はいない。
「つまり、誰かを殺して学級裁判を生き延びられれば、そいつだけは生きて島から出られるってわけだね。ただし、学級裁判を逃げ延びられなかった場合は、犯人だけがおしおきとなる…… うぷぷっ!ね、簡単でしょー?」
手帳に書き込むとすれば、ルール変更っていう部分かな。
変なことばかり言っているモノクマだが、それが全て出まかせかと言われると、ちょっと分からない。判断を付けにくい。今の状態では意味不明なだけだ。
「つーか、さっきから連呼してる〝 おしおき 〟ってのはなんのことだよ?」
左右田クンが恐らく、全員が気になっていたであろうことをモノクマに尋ねる。
しかし、それは訊いてはいけないことだったのかもしれない。追い詰められている皆の精神を、さらに追い込むことになったのだ。
「噛み砕いて言うとー、 処刑だね!」
「しょ、処刑!?」
ソニアさんが悲鳴をあげるように、叫び、顔を覆った。
おしおきという間の抜けた言葉に込められた意味が、物騒な、そして妙にリアルな響きとなって胸にストンた落ちる。
処刑という恐怖の響きに皆が怯えている。コロシアイ、処刑、なんて嫌な響きなんだろう。なんて気持ち悪い言葉なのだろう。
「学級裁判後の愉快なおしおきタイム! これも〝 コロシアイ修学旅行 〟のお楽しみの一つになるね。うぷぷ、どんな鳥肌モノのおしおきが飛び出すのか、今から楽しみだなーっと…… なんちゃらクローで脳天串刺しとか、ユーモア満点なおしおきもあればいいよね!」
キン肉マン好きなのかな、モノクマ。いやそれより…… ユーモアとは一体。
「えーと、殺し方は問いません。ポピュラーな撲殺刺殺絞殺毒殺から始まり…… 射殺殴殺轢殺焼殺爆殺惨殺溺殺感電殺墜落殺呪殺…… どうぞ、お好きな殺し方を自由に選んでください。時間無制限の人殺し放題…… 人殺しのバイキング…… 人殺しのアミューズメントパーク…… それが、この〝 コロシアイ修学旅行 〟なのでーす!」
その言葉に、私は胸が痛むのを感じた。心臓が締め付けられるような痛みに加え、じくじくと腕が痛み、足が震えて立っていられないような、何か、大切な物が失われたような…… いや、そんなものは幻痛だ。これはあの白黒クマが恐怖を煽るから起こる幻痛だ。コロシアイなどというありえないことを宣言されたからこそ引き起こされた物。
…… いや、もしかしたら私も、コロシアイに身に覚えがあるのかもしれないのだが、そんなことはどうでもいいのだ。所詮私も、一人の人殺しだ。
そうだ、希望ヶ峰に入る前から私は足を踏み外していたのだ。
だったら、ここでも変わらず、ただ一心に生きることを目指せばいい。
皆のように、正体不明な胸の痛みというわけではないのだ。
「ふざ…… けてんじゃねーぞ……」
九頭龍クンが前とは違い、弱弱しく声を上げる。
「そ、そうだ! 誰が人殺しなんかするかって!」
左右田クンが蒼白な顔でモノクマに反論する。しかし、モノクマは首を傾げ 「〝 殺せ 〟とは言ってないよー」 と、楽し気に笑っている。
「やるかやらないかはオマエラ自身が決めることだからね」
「あそこまで言っておいて、あくまでただの提案だとでも言うつもり?」
「そうだよ? 島から出るならコロシアイが条件。そう言ってるだけで、強制力はないんだよ。うぷぷぷ」
コロシアイをすれば島から出られる。しかし、私には島から出る理由もない。無視できるはずだが、悪寒が背を撫でる。
ここいらで早々に質問ラッシュをしたいところだけれど、そうするとモノクマだけでなくて、全員から浮いて注目を集めることになる。
あまり突っ込んだことを訊いてモノクマに 「殺る気満々だね!」 なんて言われたくないし、ここは引いておくべきか。
「嘘は吐いていないようだな……だが、もっと質が悪い」
「…… そうだね、十神クン」
日向クンが胸を押えて息苦しそうにしているが、モノクマは構わず話を続ける。
「だけど、気を付けてね! 青春は短いんだからね! 40代になってからコロシアイを始めても遅いからね!」
そんな40から美肌ケアを始めて遅いみたいな言い方しなくても。
「し、信じない…… 信じない…… ぼくはなにも信じませんよーっと」
耳を塞いだ振りをしながらそっぽを向く花村クン。ひたすら事実を否定し続けるのも、不安定な精神になるから危険だな。花村クンの精神状態が心配だ。
「さ、殺人が起きなかったらどうなるの? このまま私たちをこの島から出さないってこと?」
「さぁ、どうでしょう! とにかく、これからは、清く正しくコロシアイ修学旅行って方向で頼んます」
小泉さんのあの言葉でお茶を濁すってことは、別の脱出手段もあるのだろうか。ここはメモしておこう。
「ま、待ちなさいよ! どうしてアタシたちが殺しあわなくちゃいけないのよ!」
「そんなの決まってんじゃん。オマエラには殺し合うべき理由があるからだよ」
尚も畳みかける小泉さんにモノクマが爆弾を投下する。
そして、それに沈黙を守っていた日向クンが驚きの声を漏らした。
「…… え?」
しかし、思考停止のまま放心していた面々が漸くここで動き出した。
前に進み出て来たのは弐大クン、終里さん、辺古山さんだ。
「待ったれや、さっきから好き放題言ってくれるじゃねーか… 直接的な暴力は好きじゃねーんだが、仕方ねーみてーだなぁああああッ!」
「なんだよ、バトルか? あの白黒のヤツをぶっ叩きゃいいのか?」
「誰がコロシアイなどするか…… 力ずくでも止めさせてもらうぞ」
「ふざけたこと言ってると、この体育会系軍団が招致しないっすよ!」
澪田さんは丁度体育会系集団の後ろにいたためか、モノクマから見えないように隠れつつも挑発するように叫んでいる。
そうやって黒幕に対して反抗をするのはお約束だが、それを黒幕が許さないのもまた、お約束である。
「あー、そうですか…… まぁ、これもお約束ってヤツですかね…… そっちが力ずくなら、こっちも力ずくで返すしかないよね……」
テンションを一時的に下げたモノクマが背後の石像に向く。そして、目線だけをこちらにやりながら爪を伸ばし、凶悪な顔で宣言した。
「力ずくって…… 何をするつもりでちゅか!」
蹴り飛ばされた体勢から体を起こしたモノミが、吹っ飛ばされた位置から日向クンの斜め前へと歩み寄る。
その間にもモノクマは石像の前でぶつぶつとなにかを呟き、田中クンが喜びそうなセリフを言って腕を掲げる。
「逆巻け、光と闇の狭間から生まれし神々よ…… 古の契約に従い…… 今こそ汝らを召喚する…… いでよ、モノケモノー!」
すると石像が地震にあったかのように揺れ始めた。
表面の石が剥がれ落ち、剥がれ落ちた断面から見える動物の目玉が赤く光る…… モノクマの左目とおなじように。
そして、次の瞬間には巨大な鉄の塊となった蛇、馬、鷲、人間、虎型の兵器がモノクマの背後に降臨していたのだ。
…… トランスフォームかなにかかな?
「え、え?」
「な、なんで、石像が動いたの?」
もはや思考停止寸前な女性陣。
「石像じゃないよ! モノケモノだよ!」
「ば、化物だぁああああッ!」
叫び出す左右田クン。
「だから、モノケモノだってば!」
これがアニメやゲーム、はたまた夢ならばベターな展開だっただろう。それが今、目の前に起こったのだ。混乱するなと言う方が無茶である。日向クンと、反対側にいる十神クンの冷たい 「は?」 が聞こえてきたのも、なにもおかしくはない。私だって、目の前の光景を現実ではありえないと考えているのだ。
知っていても自身の脳が正常か、正気か疑うのだ。日向クンなんてまた気絶してしまいそうなほど放心している。無理もないが、女子が皆気絶しないのに自分だけ気絶するのはさすがに情けないよ、日向クン。
「夢…… じゃないよね」
「いてっ、狛枝! なにするんだよ!」
「ああごめん、間違えたみたい。痛いなら、夢じゃないみたいだね。よかった…… いや、よくない、のかな?」
日向クンの頬をむにっと抓ってみたが、痛みはあるようだ。
白々しいとかなんとか日向クンが元気に文句を言い始めたので気絶は回避したようだ。下は石畳なんだから、気絶なんてしたら痛いどろこでは済まない。それに比べたらちょっとしたお茶目くらい別にいいじゃない。
「い、嫌です…… 嫌ですってぇ…… こんなの…… おかしいですよぉ!」
「オレは…… 悪い夢でも見てんのか?」
「きゃはは! 夢だってさー! 脳みそお花畑だってさー!」
罪木さんが泣き、九頭龍クンが棒立ちのままにモノケモノを見ている。そして、近くにいた西園寺さんが空元気なのか、本気なのか、そんな九頭竜クンをからかっている。彼女の顔色もしっかり青くなっているので、あの対応は空元気が濃厚だろうか。
「まったくもう、夢だのウソだの疑い深いんだから…… オマエラの常識というちっぽけな枠に当てはめてそれに収まらないモノは否定する…… くだらないね。なにも知らない原始人の方がまだマシだよ! 物事をジャンル分けしたがるのって、ほとんど現代病だよね。」
ジャバウォック島では常識に捉われてはいけないのですね!って言えばいいのかな。現へと至る病?
でもあんな技術があるだなんて知らないし、知らないことは否定したくなるのが人間だよね。それに、自分たちから逸脱したものを倦厭したがるのも人間だ。
名前をつけるなら 「狩り立てる恐怖」 とか? なんて、ふざけてる場合じゃないか。
「ミナサン! 下がってくだちゃーい! あ、あちしがミナサンを守りまちゅ! この命に代えても…… ミナサンを守ってみせまちゅ!」
良い子だなぁ、先生。名前変わっちゃったからもうモノミって呼ぶけど。
まるでアニメに出て来る美少女ヒロインみたいだ。口調が幼くなければ十分ヒロインになりそうだけれど、口調のせいでマスコット感が否めないね。恐怖を前に何もできない私たちとは違って勇敢で素晴らしい人情だね。…… 勇敢と蛮勇は紙一重だけどね。
「うっぷ… あれ、なんだこれ? うっぷ…うっぷ…あっ、そうか! これって吐き気だね! ベタベタの正義感に吐き気をもよおしちゃったんだね!」
右隣にいる日向クンの丁度前で、小さな正義のヒロインはその腕を広げている。
十神クンはその真後ろにはおらず、随分遠い所に移動している。私の場所も十分距離があるが、日向クンの立ち位置には嫌な予感しかしない。
「よーし、決めたぞー! だったら〝 見せしめ 〟はオマエだーッ!」
そう言ってから、モノクマは巨大な鷲のモノケモノに乗った。
健気にも、日向クンの斜め前から動かないモノミの目の前で、折りたたまれていたガトリングガンが鷲の体の中から現れる。
生徒を庇っているモノミはいよいよ泣き出してしまったが、モノクマはそれに構わず恍惚の表情を見せる。
そしてモノクマが手を挙げ、一瞬その体勢で制止した。
私は、自分たちの立ち位置を交互に見ながら、焦燥感に駆られた。嫌な予感が見事的中しそうである。
モノミの後ろにいながら呆然とその姿を見守っている日向クンの襟を掴み、勢いよく引き寄せる。力が強くないせいで、引っ張られる日向クンが持つ無意識の抵抗と合わさり、力をかけすぎて私はその場に尻餅をつき、日向クンもよろけ、モノミの背後から外れた。
「いてっ」
「おい、何するんだよ!」
日向クンが先程の位置から2、3歩離れた位置で転んだ私を見下ろしてくる。そしてその後ろで、ポケットに入っていたはずの日記帳が転がった。
「あっ……」
まるで、それを待っていたかのようなタイミングで振り下ろされたモノクマの腕を見やりながら、その場面はスローのように、だけれど圧倒的に過ぎ去っていった。
モノミの体は銃によって次々と穴を開けていき、あたりに羽毛のように中綿がはらはらと落ちていく。
それと同時に紙屑となっていく日記帳の姿を目に入れ、間の抜けた声を漏らす。
元々薄くてあまり使っていない日記帳だったが、それなりにショックだったのか胸に痛みが走る。見られて困る内容が書いてあったわけではないが、思い出が失われるようで嫌だった。
「ッ、は?」
そして、離れたはずである日向クンの右頬を流れ弾が掠っていき、彼は頬から流れる僅かな血に顔を青褪めさせる。
「あ……」
最後にはバラバラとなったヌイグルミの残がいと、穴だらけになって水玉模様のようになったピンクのリボンがはらりはらりと風に流れ、私の手の届く範囲に落ちて来る。
私は思わず空に手を伸ばし、それを受け止めた。どうしてそうやって動いたのか私にも分からなかったが、きっと故人の思い出を取っておく習性にも似た習慣に、咄嗟に伸ばしてしまったのだろうと当たりを付ける。
尻餅をついたまま私は溜息を吐いて、穴だらけになったそれをポケットに突っ込んだ。
日記帳はダメになってしまったが、日向クンの怪我が軽かったから良しとするしか…… ないな。
「う…… うわ、うわああああああああああああっ!!」
「な、なんだよそれェェェッ!?」
絶叫を上げる花村クンと左右田クンを横目で見ながら、放心して意識がどこかへ行ってしまっている日向クンに声をかける。
「日向クン、無事?」
「あ…… あぁ…… 悪い、狛枝……」
ゆっくりと、座ったままの私を見下ろす日向クンに 「後でその傷手当てするんだよ?」 と言って笑う。
ごめんと言ったときの彼の視線は、しっかり日記帳に向いていたが、私は 「大したものじゃないからいいんだよ」 と呟いて空を仰いだ。
座ったままなのは先程の銃声と轟音、風圧を間近に見てしまったため腰が抜けているのだ。リボンを拾ったあと、安心感からか、全身に脱力感が襲ったのだ。まったく、情けない。壊れたとはいえ、日記帳も回収できないし。
さて、こういうときはまず、落ち着くことが大事なのだ。そうすれば自律神経系も回復して、動けるようになる。なにも腰だけが動かないわけではないので暫く全身を動かせないが、口だけは達者に動いたので笑って誤魔化す。
「…… フン、腰抜けが。なにをしている」
気分が悪そうな日向クンは見事に騙されてくれたが、十神クンにはそうもいかなかったようだ。
なんだよ、しっかり自分も青い顔をしているってのに。人を助ける余裕があるなんて、すごいねまったく。
「よく言うよ。自分だって……」
「手は貸さんほうがいいのか?」
「…… ありがとう」
彼と話すことで動くようになり、手を取って立ち上がる。彼、こんな人に優しかっただろうか? 違和感がありすぎてなんだか変な感じだ。
「さて、これでオマエラも分かってくれたと思うけど……」
スカートとパーカーの裾をはらって起き上がる。
すると、モノクマの演説も佳境に入った。
モノクマの、歪な左目が赤く光る。それは無機質な丸みを帯びた黒豆のような右目を、それだけでは可愛らしいはずのその目を一層不気味にしている。その声は感情豊かなはずなのに、機械的な外見のせいで無機質なキリングマシーンを目の前にしたような、そんな絶望感が足先から背筋を伝って這い上ってくるようだ。
そして同時に、モノクマに対するふつふつと湧き上がってくるような嫌悪も身体の芯に染み込んでいくような感覚を覚える。これはなんだろう? 悲哀、嫌悪、悔恨、憎悪、悪意、殺意、諦観、反抗心、復讐心…… どれも違うようで、違わないような気もする。それら全部がぐちゃぐちゃに混ざったような複雑な感情の奔流が思考をかき乱し、今すぐにでも怒鳴り出したいような気持ちになるのだ。
「あのね、オマエラはボクに逆らえないんだよ。無惨な海の藻くずになりたくなかったら、ボクには決して逆らわないことだね! 言っとくけど、ボクには慈悲も同情も憐みもないよ。だって、ボクはクマだからね。南の島でテンション上がっちゃったー、なんて言い訳は、一切通用しないんだからねっ!」
深呼吸をして、流れ込んできた覚えのない感情を抑え込む。
今これを振りかざしてしまえばモノミの二の舞であることなど分かっているからだ。
モノクマに抱いた悪意の数々を消化し、そして仕舞い込む。今、それは必要ない。死んでしまったら意味がない。下手に逆らって死ぬのは嫌だ。だから抑え込む。
私に必要なのは生存欲だけだ。
「それと、〝 コロシアイ修学旅行 〟を始めるにあたって、電子生徒手帳をアップデートしておいたからね。そこに〝 コロシアイ修学旅行 〟のルールがあるので、後でじっくりと読んでおいてください。ルールを知らなかったなんて言い訳が通用しないのは、どこの世界でもどこの社会でも一緒だよ。ではでは… 開放的で過酷で凄惨な南国の島での修学旅行をどうぞ、お楽しみあれー!」
私が混乱しているうちに、一方的にそれだけ言い残してモノクマはモノケモノと共に去って行った。
その場の誰もが、疲れ切った顔を青く染めていた。
青い顔の理由がモノクマでない者など、私くらいだろうな。
私はこんがらがった頭の中を整理するために周囲を見渡し、観察することにした。
そして、動揺が大きそうな人物を心のメモに書き留める。後で黒い手帳に書き込むからだ。生存本能に従い、動き出しそうな者、精神の弱そうな者を順に見回し、全員分の分析を纏める。
暫く沈黙が続き、最初に口火を切ったのは目を泳がせる花村クンだった。
「え、えっと…… えっと…… ぼ、ぼくは…… あんなの信じないよ…… 以上ね…… これにて終了ね…… 信じない、信じない、信じないよ……」
その場にいる誰もが同じように思っていることを言った。そして、弐大クンもまた頭を抱えて呻く。
「に、人間や動物相手ならまだしも…… あんな弩デケェ化け物相手に、一体どうしろっちゅーんじゃあ!」
「あ、ありえねーって…… どうして…… こんなありえねーことが起こんだよ……」
「いや、ありえないこと…… ではない。モノケモノとやらは機械で動いているだけ……となれば、あのヌイグルミもそうなのだろう。そして機械である以上は…… 誰かがそれを作り、操作しているということだ」
左右田クンのありえないという回答に、冷静な十神クンが言葉を返す。
「では、その誰かの仕業か…… ? 私達がこんな訳の分からないことに巻き込まれたのも…」
そして辺古山さんがそう言ったことでハッとしたような左右田クンがこちらを睨んできた。なんで私? 評判があるからか? いつも意図的に起こしているわけじゃないのに?
「ねぇ、誰なの!? それって誰なのよっ!?」
小泉さんがパニックになったかのように叫ぶ。そして、弱った表情のソニアさんに目を向けた左右田クンはとうとう私に噛みついた。
「オメーだろ! オメーがやってるんだろォ!? いい加減にしてくれよォ!」
「…… 私?」
まさか、こんなところで不名誉なあだ名がネックになるとは。
困ったな。流石に言い争いになるとは思ってなかった。
「銀行強盗で人質にされた挙句! 犯人だけ建物の倒壊に巻き込まれ、オメー以外の人質は全員死亡と重傷! あの医療機関最大最悪の事件だってオメーだけが生き残って他全員死んでる! オメーが全部やってんだろ!?」
なんでそんなに詳しく知ってるんだよ、左右田クン。
「あはは、まさかのご指名だなんて光栄だね…… 大体、建物が倒壊したのだって犯人の自爆だって報道されたし、病院の件はもう一人生き残りがいるんだよ? ただの偶然だよ、全部。私にそんな高度な技術はないし、後ろ盾だってない。それを言うならキミこそ、メカニックなんだからあれくらい作れるんじゃない? そこのところは……」
「くだらん言い争いはやめろ」
そう言って続けようとした言葉は十神クンによって遮られた。それに予想外だったのか左右田クンも口をつぐみ、私も続きを言う前に閉じる。
すると十神クンからの両者に対するフォローが飛び出した。
「あのクマが喋っている間も俺達はずっと一カ所にいただろう。それにあの対応を考えるに録音というのも、可能性が低い。この場にいる俺達には不可能だ」
「あは……あははは……誰だっていいよ……そ、それよりさ、お腹空かない?ご飯にしちゃおうよ。ね?ね?」
「…… 先に食べてていいよ」
花村クンが全てを放り出した発言をしたが、七海さんによってそれも撃墜される。皆真剣に十神クンの話を聴いているのだ。
「いくら混乱しようとも取り乱そうとも構わない。だが、これだけは肝に銘じておけ。どこの誰が俺達を陥れようとしているのかは知らないが…… 今の俺達が一番警戒すべきなのは、あの非常識な機械でも、それを操る誰かでもない。それよりも、まず警戒すべきなのは…… ここにいる俺達自身の方だ」
田中クンと花村クンはどこか別の方向を向いていて、終里さんは誰とも知れぬ黒幕の存在にいきり立ってるようだ。他の皆は真剣に十神の方へと視線を向けて話を聴いている。
「見ず知らずの連中と共に南国の島に連れて来られ、そこで殺し合いを提示され、そうやって植え付けられた絶望的な恐怖心から逃れたいという気持ちこそが…… 俺達の最大の敵なんだ」
その言葉で周囲の皆が互いに顔を見回し始めた。それは日向クンも同様で、私も視線だけを動かして先程までやっていたように皆の反応を観察する。
そして分かったのは、その可能性が自分に少しでもあることを、全員が認識しているということだった。青褪めた表情の人、ぶるぶる震える体を押える人、それに表面上は冷静な十神。
仲間を殺した生徒だけがこの島から出られる。
…… なら、この島から出る気のない人はどうすればいいのだろう。
安穏と、平穏と、仲良くもいいかも、なんて思っていた私は、どうすればいいのだろうか。
その日は私にとっても単なる365分の1日なんかじゃなくって、もっと特別な意味を持つ1日だった。最悪の予感がする、1日だった。
ーー そして、気がつくとそこには既に日記帳の残骸もなにも綺麗さっぱり、残されていなかった。
・二色
白と黒、白と桃色。
・見せしめ
誤射ったら一体どうするつもりだったんでしょうね
・「
水玉と鉛玉を無駄にかけているだけ。日向クンは無事に「マジ折れステッキ」を手に入れ、モノミは「木の棒」を手に入れています。
・??
「破れた日記帳」をゲットした。
そのうちゆめにっき系列キャラクターの紹介を兼ねる、立ち絵付きの活動報告を作成したいと思います。
ダンガンロンパは知っていてもゆめにっき系列の方は知らないという人の方が多いかと思うので、情景描写だけでは足りない部分の補完などとなります。
ついでに、作業の合間に描いたうろつきと青汁君の絵を張っておきます。
「
【挿絵表示】