大広間は静まり返っている。
当たり前だ、皆その内容に釘付けになり、驚愕しているのだから。
今まではまだ心の余裕を保っていられたのだが、流石にこれには私も思考停止した。
しかしそれは皆の驚愕とは別物なのだ。皆はそんなものが送られていたという事実に。私は、自分そっくりなその筆跡に。
思わず本当に脅迫状を出し忘れていたのかと考えてしまったくらいだ。確かに私は脅迫状を出し忘れたはずである。記憶には一切ないし、あの後は疲れてすぐに眠ったのだ。そもそも脅迫状を作ろうとしていたことさえ頭の中からすっぽ抜けていた。私にできるはずがない。
十神クンは真剣な顔で、そして日向クンは鋭くこちらを睨みつけてきている。
ああ、そういえば日向クンには試し書きしたあの字体を見られているのだったか。これは予想以上にまずいな。
やはり、私自身が議論に参加していなければダメだ。死ぬ。
「これって、脅迫状?いや、殺人予告状…… っすか!?」
「な、なんで…… なんでこんなものがあるんですかぁ!?」
罪木さんの意見に同意したい。
パーティを開催する以上なにかあったんじゃないかとは思っていたけれど、まさかそう来るとは思わなかった。完全な予想外だ。
「十神クンは、こんなものを受け取ってた…… ってことなの?」
冷静を装いつつ、確認するようにそう言う。
「ああ…… これが昨日の朝、届いていたらしい」
すると十神クンが頷きながら視線をつい、と移動させた。
えっと、つまりどういうことだ? 十神クンが受け取ったんじゃないのか?
「届いてたらしいって?」
「あ、ああ…… 昨日の朝、俺のコテージのポストに届いてたんだよ。それで…… 昼前十神に相談してたんだ」
私の質問に答えたのは、意外にも日向クンだった。
それで私は漸く納得したのだ。なるほど、ずっと挙動不審だったのはそのせいかと。腑に落ちなかった部分が全てストンと収まり、今までの違和感が次々に紐解かれていくのが分かる。
日向クンの顔色が悪かったのもそのせいだし、前夜なにをしていたのか訊いてきたのもそのせいなのだろう。
つまり、私と自由行動する前に殺害予告をされている十神クン自身に相談したということか。
彼らの昼食が遅くなったのもそのせい…… その割には十神クン自身は気負っている様子がなかったが、そこは流石〝御曹司〟と言ったところか。命を狙われるのは慣れていそうだからね、なるほど。
「これがあったから十神はパーティを開いたんだ…… だから十神が大量の防犯グッズを持ち込んだのも納得だな」
日向クンがそう言ってフォローに回る。
それを聴いた数人が 「どうして全員に相談しなかった」 と訊くと、 「十神自身が余計な混乱を招くべきでない」 と判断したという答えが返ってくる。
今の混乱した状況、そして互いに向ける僅かな不信を見ればその判断が正しかったことがよく分かる。混乱に陥ればその分計画は実行されやすくなるのだ。彼がそれを避けたのも理解できた。
しかし、犯人に繋がる手がかりが本格的になくなってしまったためか左右田クンが頭を抱えて叫ぶ。
「なら、誰がどうやって狛枝を殺そうとしたんだよ! 狙われてたのはオメーだろ!? 暗視スコープだって、オメーしか持ってなかったんだぞ!?」
その言葉にたっぷりと時間を置いて、十神クンは口を開いた。
「………… 誰がテーブルまで行くことができたか…… そして、誰ならあのナイフを仕掛けることができるかそれを求めることが重要だろう」
「な、なら停電前の立ち位置からどうにかならないかな!?」
花村クンが食い気味に声をあげる。
必死なその声にいっそ微笑ましく思いながらにっこりと笑顔を向けてみると驚愕の表情でこちらを凝視し、そしてぶるりと体を震わせた。バレているってこと、分かったかな?
その反応が楽しくて心の中でせせら嗤う。必死だ。すごく必死に罪から逃れようとしている。でもそれを暴くのだ。
…… そう、そのために
「そうだね…… 犯人…… なのかは分からないけど…… 怪しい人の手掛かりにはなる…… と思うよ?」
「ふうん、それって…… なにかな?」
暴かれることこそが今回の目的なのだ。精々ふてぶてしくしていよう。
馬鹿にしたような余裕の雰囲気を作り、七海さんに視線を向ける。
すると彼女は私のそんな表情を不満そうに口を膨れさせて 「むぅ」 と声を漏らした。可愛い。
そうして七海さんを観察しているうちに日向クンが小泉さんから貰っていた位置取り表を凝視していた。
「…… まさか…………」
先程は筆跡でこちらを睨んでいたというのに、それには驚くのか。
脅迫状と停電にした人物は別だと思っていたのか…… いや、実際に別なんだけれども。
ともかく、日向クンは信じられないとばかりに声を漏らし、こちらを見た。口が半開きになってはくはくとなにかを言おうとしているが、どうやら言葉に出ないらしい。
「ど、どうしたのですか?日向さん」
ソニアさんの言葉に黙って彼は位置取り表をソニアさん渡した。
そして周囲にいた人物が軽くそれを眺めて、日向クンと同じように目を見開く。
「ねえ、日向…… 嘘だよね…………」
紙も見ずに立ち尽くしていた小泉さんが絞り出すように声を出している。
「小泉おねえ?」
そんな小泉さんに表を軽く見ながら西園寺さんが尋ねると、小泉さんはこちらを見ながら体を震わせた。
「アタシ、アタシ…… さすがに自分の書いた表くらい覚えてるわよ…… でも、信じたくない……」
「……」
十神クンは真っ直ぐとこちらを睨んできている。
その顔が、その目が如実に語っている。〝 お前はどうするのだ 〟 と。
彼はきっと犯人が分かっている。でないと暗闇の中、誰かを追いかけて外に出たりはしない。見失ってしまったのだとしても、それが誰かを明確に見ることができなかったのだとしても、それがどこへ逃げて行ったのかが分かるのならば、あとは誰が行動できたかを逆算すればいいだけだ。
なのにこうして回りくどく推理をするということはこちらを試しているか、それとも私と同じように皆を納得させるためにわざとそうしているかのどちらかだろうか。
「えっ、どっ、どういうことっすか!?」
「は、早く言わんか!」
澪田さんと弐大クンは分からなかったようで、日向クンに問い詰めるようにまくし立てた。
それに日向クンは、やるせなさそうに下を向き、唇を噛む。
「信じたくない…… けど、凶器を取りに行けた人物なんて…………」
言い淀む。
しかし、彼はその次の瞬間には顔をあげ、凛々しい顔でこちらを、この私を、指差した。
「狛枝…… お前しか…… いないんだよ」
「……」
思わず口元が緩みそうになるのを必死に抑えて 「え、私?」 ととぼける。
死への恐怖は現在、追い詰めやすい相手であることに、そしてボロを出し始めている相手に薄れている。モノクマは怖いがもう私が死ぬビジョンは見えない。1%でも死ぬ可能性がある限り油断はしないが詰め方は理解した。
だから今は、彼との真剣勝負という心待ちにしていた展開により歓喜していたって罪はないだろう。
そんな喜色ばんだ心とは裏腹に、表情は驚いた風にする。きっと演技することに慣れた人物ならば私のチャチなこの演技もバレるのだろうが、〝 彼 〟がそんなことをするようには思えない。
バラされたとしても問題はないのだけれど。
そう、全ては計画通りに進んでいるのだ。
私のやったことが暴かれるのは必然。全てはそのために用意した仕掛けだ。彼なら私の用意したチャチな仕掛けなんて突破してくれる。解明してくれる。推理して、暴いてくれる。そんな信頼を寄せて作った仕掛け。殆ど知っている通りにやったにすぎないけれど、それでも〝 もう1つ 〟の仕掛けを隠し、殺人者を炙り出すには十分なのだ。
「狛枝…… さんが…… ?」
人一倍人の表情を読むことが上手い罪木さんが言う。
信じたくないとでも言うように震える声を出しているが、その言葉にはどこか確信めいた色が混じり、確信してしまった自身の言葉さえも信じられないと息を詰まらせている。
「んー、どうして私だけ凶器を取りに行けると思ったの? …… そこを教えてくれないと、反論できるものもできないかなぁ……」
反論なんてはなからするつもりなんて、ないんだけどね。
「そ、そうだよ! ソイツは偶然テーブルのとこまで行ったんだろ!? 狛枝だって、捜査のときに〝 壁かなにかを伝って移動してたら 〟って言ってただろ!」
「…………」
ごめんね、左右田クン。折角信じてくれてたのにさ、こんな場面で裏切るような真似をして、きっとますます嫌われてしまう。彼は裏切りに酷いトラウマを持っているから。だからきっと今まで以上に付き合い辛くなる。
それは少し寂しいけれど…… 私は人間関係よりも爆弾処理を優先したいんだ。だから、ごめんね。
俯いて黙ってしまった小泉さんも、ごめんね。そりゃあ、仲良くしていたのだから信じたくないよね。小泉さんは女子のことを無条件で信用しているみたいだし、きっとこれが終わったあとも彼女はぎこちないながらも変わらず接してくれるのだろう。そんな優しさが私は好きだ。
あのまま付き合っていけば友人にもなれたのかもしれないが、それをこちらから拒否するようで本当に悲しい。
だが、人間関係とか仲間とか友情とか、その全てよりもなによりも、犯人を暴き晒し上げることを優先するのだ。
私が、生きるために。
「電気スタンドだ……」
日向クンが決定的な言葉を言う。
一斉に視線が電気スタンドへと向く。
そんな中で私を見つめているのはただ1人、十神クン。睨むように責めるように向けられたその目と自身の目を合わせて笑う。
「電気スタンドだとぉ? 明かりを頼りにしたとでも言うんか!?」
私の笑みに彼が返したのは、同じく笑み。
砕けた笑みではなく、凛々しく挑戦を受けるぞとでも言うような笑み。
そんな視線の交わりは、彼が話し始めたことで一方的に断ち切られた。
「いや、違う…… 使ったのは電気スタンドの電源コードの方だ」
「で、電源コード…… ですかぁ?」
彼が視線を外して電源コードへ向ける。それから小泉さんが撮った写真を手にして、私だけがそれを伝ってテーブルへ行けたのだと説明した。
「エーテルを手繰る目印としたか…… 貴様、やるな」
「電源コードを手繰りながら移動すれば、卓上ランプのあるテーブルまで辿り着けるだろ? そうやって目的のテーブルまで移動したあとは、蛍光塗料を目印にしてナイフを取ればいいだけだ…… どうしてお前が…… !」
日向クンの表情は崩れ、悲しそうに下げられた眉に少しだけ罪悪感を感じる。しかし、それがたった2日で築いた絆の現れだと思うとそれだけで幸せになれるのだ。たった2日だ。それだけで彼に信頼されていた。
今まではそんなことはありえなかった。
誰かに嫌われるか、段々と分かる私本来の性格で多少仲良くなれるか…… いずれにせよたった2日でここまで信頼されたのは初めてだ。
きっと、橙子ちゃんくらいじゃないかな? こんなに早く打ち解けていたのは。
メイでさえ信頼を築くのに時間がかかった。
姉さんたちには多分、心のどこかで嫌われていた。
怪物クンとは結局嫌われたまま、すれ違ったままだった。
うろつきはこちらから一方的に苦手意識を持っていた。
うそつきはうろつきに紹介され、互いのことを話すまで随分時間がかかった。
日向クンの心境としては、あの日あのとき、
ああ、私はすっかり織月に影響されているようだ。
それ即ち、私が狂ってしまったということ。
私はもう、手遅れ。
私は最初から絶望に生きていたのだ。
「狛枝さんがテーブルまで行けたのは偶然じゃない…… ってことですかぁ?」
「でもでもー、凪ちゃんは〝 壁かなにかを伝って 〟って、言ってたっすけど…… ってまさかぁ!?」
言いながら気がついた澪田さんが驚愕を浮かべる。
「ああ、嘘はついていないんだろう。だからこそ質が悪い」
「は? まさか、自作自演ってわけー?」
「……」
ダメだ。今なにか喋ったら笑ってしまいそうで、なにも言えない。
「こ、こういう場合って…… 投票はどうなるの?」
「んん? ボクに言ってる? えーとー、ルール的にはね、自殺だった場合は読んで字の如く自分を殺したという扱いになります! なので狛枝さんが自殺未遂だった場合は犯人も狛枝さんってことになるよね!」
西園寺さんの煽りも、花村クンがさっさと投票を終わらせようとしているのも、止めることができない。
しかし、これを止めようとしている人物がいるので私はなにも言わない、言えない。
自身の言葉に確信しながらも、いつも自分の言葉をきちんと最後まで聴く。そんな私を彼女が放っておくわけがない。
別に打算で付き合っていたわけではないが、まさかここまでとは思わなかったよ。
嫌われたくないから、このまま利用してほしいから、頼ってほしいから、そんな思いを抱えた彼女が不安そうな顔でこちらを伺っている。
「な、なら早く投票しちゃおうよ!」
「ま、待ってくださぁい!」
「ゲロブタは黙ってろよ!」
西園寺さんの言葉に多少怖気付いたが、言葉は続く。
悲鳴のようなその声をあげながら彼女、罪木さんは疑問点を出す。
「な、なら殺人予告をしたのも狛枝さんということになりますよねぇ…… ? それってちょっと、おかしくないですかぁ?」
「豚足ちゃんをやろうとして自滅したってことでしょー? 自業自得じゃーん!」
「うーん…… でも、やっぱりそう考えると不自然だよね……」
西園寺さんや花村クンはさっさと終わらせたいのだろうが、罪木さんの言葉に七海さんが同意したことで話し合いが続行される。
「あはは、罪木さんありがとう。私なんかを信じてくれるんだね。うん…… やった覚えのないことの罪まで押し付けられるのは、ごめんかな?」
「狛枝…… ?」
日向クンがこちらを見る。
それに私は俯くことで隠していた笑みを晒す。
それを見た幾人かが口元を引きつらせたが構わず話を進めた。
「確かに、停電を仕掛けたのは私だよ。でもね、やった覚えのない殺人予告のことまで押し付けられるのはごめんなんだよ…… それに、あのナイフはガムテープでテーブルに張り付けられたままだった。つまり、あれは誰も使ってないってことになるよね? 私が自分で自分を傷つけたのなら、ナイフが使われた形跡がないとおかしいんじゃないかなぁ?」
笑みを浮かべたまま 「そうでしょ?」 と同意を求める。
しかし、いつだって邪魔をしてくるのは十神クンなのだ。
「いや、あの殺人予告は確かに狛枝のものだ」
「そんなに自信満々に言うだなんて…… 殺人予告が私のだって証拠でもあるのかな?」
日向クンの証言でも出してくるかな? しかし所詮昨日一瞬見ただけの証言だ。証拠になどならないだろう。
「これだ…………」
《破れた日記》
「えっ」
思わず声が漏れた。
余裕を崩して本気で驚いてしまったのだ。
なんで十神クンが私の可哀想な日記を持ってるのだろう?
確かにモノミのおしおきでバラバラになってしまったとはいえ日記はプライベートなものだ。さすがに彼が持ち去ったとは考えられないのだが……
「なんすかそれ? ちょーボロボロの紙? っすけどー……」
「ちょっと、すごい穴だらけじゃない。なによそれ?」
やめて、興味津々に食い入らないで!
字下手だなとか言わないで! 分かってるから! 自覚済みだから!
夢日記なんて意味不明な内容なんだから見ないで! 厨二で書くポエム並みにヤバい代物だから!
私の動揺を誘う物なのなら大成功だよちくしょう!
「ま、待って! なんで十神クンがそれを持ってるの?」
「十神、それなんだ? …… なんだか、見覚えのある字のような、ないような……」
「これは狛枝の日記の一部らしい」
「えっ、えええっ!? こ、狛枝さんの商品リストとか…… 手帳とは全然字が違うじゃないですかぁ…… !」
分かってるってば! なんなの!? 学級裁判中に一度は公開処刑しないといけないルールでもあるの!?
心の中が修羅場真っ最中なのですが!
「そういえば…… 狛枝が試し書きしてた字は…… こんな感じだったような気がするな……」
「日記とこの殺人予告は筆跡が一致している。それが証拠になるだろう」
落ち着け私。
辺古山さんもこんな心境だったのだろうか…… 落ち着けー、落ち着けー。
「はあ…… その日記の切れ端に私の名前が書いてあるわけじゃないでしょ? それに…… その字と殺人予告のどこが似てるって言うのさ?」
「それは…… ここだ!」
日向クンが脅迫状と日記を見比べながら指摘する。
その文字はモノクマが大広間の傍にあるモニターを通して映して全員が見えるようにしている。
確かに、文句のつけようがないくらい私の筆跡を真似されているのだ。
さすがにこのままではまずい。
「この〝 死 〟の文字、上の部分が飛び出してるだろ?これと殺人予告の〝 死 〟の文字はそっくりだ。これで証明できるだろ!」
「で、でもでもぉ、私が見た狛枝さんの手帳はもっと綺麗な字で書いてありましたし…… その破れた日記と特徴が一致したからといって狛枝さんが殺人予告を送ったとは限らないと思いますぅ…… !」
幸いなのは痛い子扱いされていないことだろうか。なにか言いたげな左右田クンの目線が気になるが別にいいだろう。あとで思う存分突っ込んでくれ。
「そうそう…… 1つだけ類似点があったからといって私の字とは限らないんじゃないかな? もう1つ…… どこが似てるかを指摘することはできる? ねぇ、日向クン」
「なら…… これだ!」
「この〝 日 〟の字だって下の線が横に伸びてるだろ? 2つも一致する箇所がある以上、これはお前の字だ! それに、俺はお前の字を見たことがある。狛枝、お前忘れてるだろ? あのとき、お前はプライベートと人に見せる字は分けてるって言ってただろ? それはお前自身が言った言葉だぞ!」
「うぅっ!」
あれ、なんで私追い詰められてるの?
なんで発狂まったなしな犯人の気分になってるの?
あー、もうやだ。これ全員に投票されそうになったらボッシュートされる前に犯人と手口全部早口で喋って終わらせよう。
思わず太ももに手を忍ばせるがそうだった、今は鉄パイプも持っていないんだった。
「そうだ。それにこの、殺人予告のクローバー柄と罫線…… それは紛れもなく〝 クローバーの手帳 〟のものだ! お前はその手帳を持っていただろう…… それが証拠だ」
ん、あれ?
「……」
トドメはしかし、機能しない。
気づいたことに笑みを浮かべて俯いた。
「ほ、本当に狛枝さんの仕業なの!?」
「よく分かんねーけど、犯人は狛枝だってことでいいのか?」
「…………」
黙ったままな辺古山さんからは、九頭龍が疑われなければそれでいい。そんな言葉が聞こえた気がした。
「ッチ、なんだ自作自演かよ……」
九頭龍クンが失望したように声を出す。
そして、限界がきた。
「あはっ」
「こ、狛枝? どうした……」
「あははははははははははははははははは!」
あー、もう、堪えきれなくなってしまったじゃないか。
でももう大丈夫。計画通りに進められることが分かったから、もうビクビクするのは終わりだ。
「あー、追い詰められて狂っちゃったかなー? あ、元々かー!」
「ふ、いよいよ本性を表したか…… さあ、破壊神暗黒四天王よ! ヤツを粛清するがいい!」
勝手なことをいうメンバーは別にいい。
しかし、彼は別だ。日向クンだけは別なのだ。
困惑する日向クンの顔には僅かな恐怖の色。あのときの、うろつきの狂気を前にした私と、同じ表情。震える声。
分かる、分かるよ。怖いよね、知っている人物なのに得体が知れない…… そんな恐怖。
「ねえ、日向クン…… キミこそ重要なことを忘れてるよね…… ?」
にやにや笑いが張り付いたまま言葉にする。あのときの織月もこんな気持ちだったのかな?
「筆跡が同じだからってキミが受け取った脅迫状は私が送ったものだって言うの? クローバーの手帳を千切って書いたものだって? 私がそれを持っているから?」
ああ、晴れ晴れとして、面白くって仕方がない。
「…… それは違うよ?」
呟いただけのその言葉は、不思議とその場に大きく響いた。
「さあ日向クン。私の無実は紛れもない、キミが証明するんだよ! 覚えてるよね? キミがユビキタス手帳をくれたときのことをさ!」
「そ、それは…… !」
彼相手に絶対に勝てる反論を仕掛けるだなんて、なんて楽しいんだ!
「お、おい日向…… どういうことだ?」
押し黙った日向クンに左右田クンが尋ねるが返事はない。
「あのとき私はね、手帳の残りページが少なくなっちゃって困ってたんだよ…… モノミのおしおきに巻き込まれて日記帳も銃弾で穴だらけになっちゃったし…… その穴だらけになった日記をなんで十神クンが持ってるかは置いとくとして……」
そこで一呼吸おき、続ける。
「…… その後日向クンと一緒に行動して、マーケットで日記帳の代わりにって言ってユビキタス手帳をキミはくれたよね? でもプライベート用の手帳もページが残り少なくなってたからって私はクローバーの手帳を買った……」
「狛枝おねえがその手帳を持ってた事実は変わらないでしょー? 言い訳にしか聞こえないんだけどー?」
煽りは無視無視。
所詮雑音台詞だ。私がその言葉に返答してやる義理などない。
「ねえ、日向クン…… 昨日の朝、殺人予告が届いて不安になったんだよね? リーダーになった十神クンが狙われてるって…… だから十神クンに相談したんでしょ?」
「な、なんでそんなこと!?」
日向クンが驚愕の表情で言う。まったく、案の定か。なんて分かりやすい子なんだ。
「分かるよ。この私が1番最初に仲良くなれたのが誰だと思ってるの?キミと長いこと行動しててちょっとは分かってるんだよ。昨日の朝、キミは明らかに顔色が悪かったからね。昨日の私には見当もつかなかったけれど、今やっと理由が分かったよ。それに十神クンと行動したあと、私と一緒に島を回ったときは気分の悪さも軽くなってたみたいだったし。あとはそうだな…… あれだけ警戒心の強いキミがやけにあっさりパーティに賛成したり、十神クンのサポートをしてたからっていうのもあるかな…… ? 最初から知ってたならその対応も納得できるからね」
「だからそれがなに? 言いたいことははっきり言いなよ!」
またも西園寺さんが噛み付いてくるがそれも無視する。
無視されすぎて涙目になっている。うん、なんかごめんね。
「えーとね…… つまり…… 狛枝さんは〝 殺人予告が届けられた後にクローバーの手帳を手に入れた 〟って言いたいんだよね…… ?」
「そうそう、ありがとう七海さん」
「そ、それじゃあお前さんには殺人予告は出せなかったということか!?」
まあ、あの手帳はマーケットで普通に手に入るからアリバイ作りでもう一冊買ったんじゃないかって言われたら終わりなんだけれども。
これが日向クンがくれたユビキタス手帳ならガチャでしか手に入らないから完璧な証拠になるのにね。ユビキタス手帳は特徴がなさすぎるブランド物だから……
「なるほどな…… その手帳は予告後に手に入れた物だったのか。なら俺の勘違いということになる………… すまない」
「えっ、え? なんで十神クンが謝るの? ちょっと…… キミがそんなこと言うと違和感が凄いからやめてほしいんだけど……」
かなり失礼なことを言っているが私に鳥肌が立っているのは事実。
いつもは傲慢な御曹司キャラだから、彼が謝るなんてイメージはない。さすがにそれは気持ち悪いからやめてほしい。
「つまり、どういうことっすか?」
「ここまで話したのに、何1つ分かってないのと一緒…… ってことでしょー?」
「そっか…… じゃあ別のアプローチを試みないと…… ダメなのかもしれないね」
七海さんが言ったその言葉で、その場ではまた初めから考え直すこととなった。
「まあ、私が停電を仕掛けたのは確かだからね…… それで電源コードを使ってあそこまで行ったのも事実…… あのテーブルのところで刺されたのは確かだよ」
「新たな議題か…… ならば銀のナイフが血に塗れていない理由はどうだ? あれが凶器なのだろう?」
「そ、そ、それは違いますぅ!」
おっと、ここで罪木さんか。
凶器の話題に彼女が出るのは当たり前といえば当たり前なのだが。
「ゲロブタは黙ってろ! あんたと同じ息吸ってるだけで気持ち悪くなるんだよ!」
「ひゃっ、あの…… そのっ…… も、もういいですぅ……」
「いやいやいや、罪木さん頑張って! それ言ってくれないと私死んじゃうから!」
「は、そ、そうですよねぇ…… えへへ、頼ってもらってる…… 狛枝さんに…… えへへ」
恍惚の表情でとても嬉しそうに身をよじっている。まったく、本当に歪んでいるな、この人は。
「で、えーと…… 罪木、言いたいことはなんだ?」
「くだらんことならば言うなよ」
なんでそこで釘を刺すんだ! 彼女が話さなくなったらどうしてくれるんだよ!
しかしそんな心配もいらなかったのか、とろけた顔で放心していた彼女はハッとして慌てて言葉を続けた。
「っは! あ、その…… 凶器のことなんですけれど…… 本当に、ナイフが凶器なんでしょうか…… ?」
「はあ!?違うのかよ!」
左右田クンが叫ぶ。
「その…… 狛枝さんの左手は直径5㎜くらいの鋭い刃物で貫通しています…… ですからナイフはありえないんじゃないかと思うんですぅ……」
「ッチ、そこから考え直しさせられるのかよ…… 俺は関係ねーんだからさっさと解決しろっての」
無実が決まってからは傍観を決め込んでいた九頭龍クンが、うんざりとした様子でそう言った。
「ちょっと、そんな言い方することないじゃん!」
「九頭龍…… あまり和を乱すな…… そんなことではまた疑われてしまうぞ」
小泉さんが批難し、辺古山さんは冷静に諭した。
そうすることで再び舌打ちをした彼は押し黙る。
「5ミリ? って言ったら爪楊枝とかみたいなヤツってことか?」
「ねーよ! 爪楊枝は5ミリもないからな!?」
終里さんも考えてくれてはいるがなんというか、うん。頭脳労働は向かないよね。
「アイスピックとかならマーケットにもあった気がするけど……」
「千枚通しもあったっす!暇つぶしに工作しようとしてたら意外と高くて…… 雑誌の方にメダルを使っちゃったっす! てへりん、唯吹ったら集中できなくて困るっすねー!」
花村クンと澪田さんが候補をあげるがどれも空振りだ。
というより、どこから刺したかを確定しないと凶器の幅が大きくて特定できないのだ。
「あとは……」
と、十神クンが置かれたジュラルミンケースに目線をやったところでその話を遮った。
「えっとね、まずはどこから狙って私を刺したのか…… それを解き明かすことで凶器も一緒に分かると思うんだ」
「狛枝はどこから刺されたのか…… 分かってるのか?」
日向クンが一向に答えを教えない私に訝しげになっているのが分かる。しかし、教えるわけにはいかないんだよね。
「暗闇で〝 上下 〟もあやふやだったしねぇ…… でも、テーブルの近くで刺されたのは確かだよ? 外を調べてた七海さんなら…… 分かるかもしれないね」
「…… あ、そっか………… 必ずしもテーブルの下で狛枝さんを刺さなくてもいいんだね?」
「そうそう…… 七海さん、外で調べてたでしょ? だからそこかなーって」
「つまり、どういうことだ?」
あはは、日向クンが混乱してる。
七海さんは多分天然だろうが、私のは確信的犯行だ。
…… ちょっと楽しくなってきた。
「テーブルの下だけど、テーブルの下じゃないところだよ…… ?」
「ほら、田中クンもそこにいく方法を探してたよね?」
「おいお前ら、なぜ遠回しのヒントなんだ」
なんでって…… 面白いから?
あの十神クンを突っ込みに回させるとは七海さんも侮れないね。え、私も? ほら、私は確信犯だからね。
「えーっと…… 黙秘権を行使します?」
「うーん…… ねみぃ……」
「寝るなよ! まだ討論中だぞ!?」
「無視…… だと…… ?」
あ、意外とショック受けてる。
「そうか、分かったぞ!〝 床下 〟だ!」
日向クンが頭をぐりぐりとしながら考えていたが、どうやら閃きアナグラムは成功したらしい。
それからはわりととんとん拍子に議論が進んでいった。
床下に行く方法は田中クンが失くしたはずのイヤリング…… 魔犬のイヤリングを身につけていることで証明し、床下には倉庫から行けることが判明したのだ。
彼に確認してみると、床下の天井には一箇所だけ蛍光塗料が塗られ、暗い中で一箇所だけ丸く光っていたようだ。
「闇の渦巻く中、鈍く光る物体…… あれこそ、犯人が用意した目印に違いない!」
「そっか、凪ちゃんが用意したナイフを取って、蛍光塗料の光が動いた瞬間を狙えば刺せちゃうのね」
「凪っちゃんの計画を乗っとろうとしたんすね! まるでマウンティングしたがる犬っすね!」
「でも、あのナイフを取るにはテーブルの下に入らなくちゃいけないと思うんだけど…… どうして狛枝さんは無事だったのかな?」
花村クンがそれを言うのか。
いや、仕留めたと思っていたからこそ、なのかな?
「そりゃあ、対策しておいたからね」
「対策だと?」
「そう…… 裏に蛍光塗料がついた絨毯の切れ端があったでしょ?」
そう言えば暫く考えた風だった日向クンが納得したように頷いた。
「…… そうか、それをナイフの真下に置いておけば下から見てる犯人には、ナイフが取られても分からないのか!」
「そ、だけど表にも塗料を塗るべきだったって後悔してるよ。おかげで触っちゃって少し動いちゃったんだよね」
本当はナイフを取る気なんてさらさらなかったから、故意にズラしたんだけども…… まあここはうっかりということにしておこう。
故意にズラすことは血に見立てた赤いペンキを用意していたことでバレバレだが、自信満々に言っておけば大抵の人は違和感を抱かない。
それでも気づかれてしまったら連鎖的に悪事が暴かれていくだろうけど。
「そうして動いた目印に向かって一気に凶器を刺す…… なるほどな」
こうなることを予見していたからこそ、マーケットの袋に赤いペンキをたっぷり詰め込んで、絨毯の切れ端の上に乗せておいたのだ。人を刺した感触とじゃあ随分と違うと思うが、今回は上手くはまったからよしとしよう。
犯人が都合よくそんなチャチな手で騙されるかについては、私自身の幸運を信じた。
暗闇の中、誰かを殺すために凶器を突き上げる。
刺した感触が変だとしても、上からビチャビチャ液体が落ちてきたらそれは血だと錯覚するだろう。肉を捌くのに慣れてると言っても、殺人を犯したことのない彼なら尚更だ。
強烈な匂いで違和感を抱くかもしれないが、そこはいつ停電が復旧するか分からない焦りから失念するところだと判断した。
だから全てはダミーの証拠品。殺人未遂には全く関係のない、人死にが出ないための陳腐な仕掛けだ。
「しかし、床下で刺した方法は分かるんだが、じゃあどうやって倉庫まで行ったんじゃあ! 廊下も真っ暗闇だったんじゃろう!」
「そーだぜ!オレもなんとか事務室までブレーカーを上げに行きたかったんだけどよォ、廊下に出るだけで精一杯だったんだ。そんな状態で倉庫まで行ってさらに床下に入るなんて、常識的に考えて無理だろ!」
「常識的に考えて普通にできると思うよ? …… 灯りを使えばね」
そこは議論をすっ飛ばす。
たった一言でばっさりと反論を斬られてショックを受けている左右田クンはさておき、さっさと進めるとしようか。
もう日向クンとの勝負が終わっているし、楽しみはなくなった。私は基本的に生以外のことには興味がないからね。
「灯りを使ったら廊下に出ていた左右田さんや…… ブレーカーを上げに行った十神さんに見つかってしまうのではないですか?」
「あ、えとそれなら…… 防火扉がありましたからぁ…… 灯りを漏れないようにするのもできるんじゃないかと…… うゆぅ、で、出過ぎたことを行ってすみませぇん!」
「いやいや、いいんだよ。ありがとう罪木さん。ま、そういうことだよ」
「それに十神の〝 やめろ 〟って怒声から推測すると、犯人が何かしてから十神は行動していたみたいだな」
え?あ、そうなっちゃうの?
えー、面倒だなぁ。
「さっき、私がナイフを取りに行ったって…… 言ったよね? あのとき私はそれを止めようとした十神クンに突き飛ばされちゃったんだ。だから悲鳴も上げたし、丸テーブルに突っ込んで…… 電源コードもどこにあるか分からないし手の平が痛いしでなにもできなかったんだよ。突き飛ばされる瞬間に…… つまり十神クンに見つかって私の行動を咎める声をあげてから私は刺されたはずなんだよ」
そういえば言ってなかったからね。
「ん? じゃああれは狛枝を止めようとしたときの声だったんだな……」
「ま、そういうことだから…… 多分そのあとの〝 これは…… おい、待て!〟の方が犯人を追いかけて廊下に出て行こうとした声だね。で、そのあとに左右田クンも廊下に出る、と」
なんか喋りすぎたような気がするが……モノクマは沈黙しているし大丈夫か。
「廊下に出ることができて…… 防火扉を使って倉庫に行くことができた人物…… これだけで大分絞れた…… と思うよ?」
「ああ、そうだな………… それができるのは……」
日向クンが私のときよりも、私のときよりも……! 大分躊躇ってから彼を、今回の
「花村、お前だ!」
[中断]
「あちしはウサミ…… 魔法少女ミラクル☆ウサミ…… あちし、今すごくドキドキしてるでちゅ! とうとう殺人未遂だなんて恐ろしいことが起きて、モノクマの思う通りに討論が始まってしまいまちた…… でもきっと大丈夫! ミナサンならこの困難を乗り越えていけるとあちしは信じていまちゅ! 誰も失わなかったのですから、終わりではないんでちゅ! あちしも頑張ってまちゅから、もう少しだけ、もう少しだけ待っていてくだちゃいね……必ずミナサンの助けになって見せまちゅ! だから、ミナサンできっと素敵な未来にしましょうね…… モノクマに負けない、素敵な未来を!…… あ、こまめな