どうしよう…… この状態。
その後すぐに反論し始めた花村クンは段々と口調を崩しはじめ、そしてその場はカオスに包まれた。
「しじみがとぅるるって、ぼかぁはくなまたた!」
通 訳 が い な い 。
「えーとー……」
追い詰めたのはいい。
しかし、少々追い詰め過ぎたのか、彼はかなり意味不明な言語を操ってこちらを翻弄してくるのだ。本当にどうしよう。
頭を抱えるが良い案はなかなか思い浮かばない。こんなときにモノミがいれば通訳してもらえるのに!
「うぎゃぁぁぁ! 輝々ちゃんが狂ったぁぁぁぁ!? どなたか通訳できる方はいらっしゃいませんかぁぁぁぁ!?」
「あ、わ、私医者の卵ですぅ!」
「ちげェよ! 確かにそのフレーズは医者想像するけどよ!」
花村クンの無茶苦茶な言動のせいか、他の皆の言動もおかしくなってきているようだ。
それに私はつられて笑いつつ話を続ける。
「モノミはどうかな? 一応教師なんだし、生徒の地元くらいは把握してるんじゃない?」
「ですが、これはモノミさんでもさすがに分からないのではありませんか…… ?」
「ソ、ソニアちゃんは何ヶ国語も話せるんだよね。その…… やっぱり分からない?」
「申し訳ありませんです、わたくしにも皆目見当がつきません」
「ボルテッカァァァァァァ!!」
もはや別の言語である。
ことの発端は日向クンによる追求である。
暗い廊下を攻略するための、電気を使わないカセットコンロとそれがバレないための防火扉。
廊下に出ていた左右田クンに見つからずに倉庫まで行けるのは、厨房から向かった場合だけだ。なぜなら、大広間の前の廊下と厨房までの道にしか防火扉がないからだ。
防火扉の本来の用途を考えれば当たり前のことだろう。あれは厨房から火事が発生した場合に火が広がるのを防ぐ役割がある。
おまけにカセットコンロは厨房にあった1セットだけときた。ここまで揃えばは言い逃れは難しいが、〝 狛枝凪斗 〟のフォローのない状況で彼は一足早く方言丸出しの状態となっているのだった。
「停電んときゃーのぼかぁゆーったこっちゃドドブランゴ!」
「あ、これはなんとなく分かるかも?」
「停電のときに花村クンが言ってたことはどうするのか…… ってことかな?」
私が怪我をしたあとに聞こえていた科白のことを言っているのだろう。厨房だけが停電になったのではないのかと、そんな言葉が暗闇の中で響いていたのだ。
「 『っみ、みんなー、どこにいるのー? て、停電って……厨房だけじゃないのー?』 って、確かに聞こえてたっすね」
「花村の声が…… 大広間で上がっている?」
澪田さんが思い出しながら復唱すると辺古山さんが初めて知った事実に驚愕の表情を浮かべた。
「でも、花村って停電の瞬間は厨房にいたんでしょ? それが、どうして大広間にいたのよ?」
小泉さんが疑問気に言うと、つまりながらも花村クンは説明する。
「て、てっきり厨房だけが停電になったのかと思って、慌てて飛び出しちゃってさ…… 勿論、廊下も真っ暗だったけど皆の声を頼りになんとか壁沿いに移動したんだ」
「まぁ、厨房から大広間であれば、壁伝いに移動できない距離ではないが……」
「なーんかウソくせーなぁ!」
彼の言葉に疑わし気な声色で言う弐大クンと終里さん。
「けど、輝々ちゃんの声は確かに大広間で聞こえてたよ! 唯吹のキャラ設定に懸けて断言するっす!」
「…… 本当にそうなのかな?」
「…… うん、狛枝さんの言う通りだよ。これもきっと〝 どこから刺したかの問題 〟と一緒だと思うんだ。」
私の言葉に同意を示した七海さんはこてんと首を傾げる。
その視線の先には答えを掴んで頷いている日向クンがいた。
ついでに黙ったまま日向クンを観察している十神クンを見る。どうやら流れは全て日向クンに任せているようだ。
「どうしてだよ…… どうしてみんなしてぼくに言いがかりをつけてくるんだよ!」
「そりゃぁ、死にたくないからだよ」
私の淡々とした言葉に花村クンが絶句した。
真理のような真実をただ告げる。暗い笑みで、自身に死をもたらそうとしている彼を視界に入れて、虚ろになっているであろう瞳にありったけの恨み辛み…… ついでにモノクマに抱いている敵意や憎しみも乗せてからただ見つめる。
彼を怖がらせるポイントは決して睨まないことだ。そうすることでこちらの精神がやられているのだと認識させ、暗い瞳の中に潜ませた悪意に気づかせる。
デメリットがあるとすれば、それに気づいてしまうのが花村クンだけではないことだろうか。
「バレたって犯人は死なないんだよ? なのになんで認めないの? 嫌われるのが怖いから? そんなの、死ぬことに比べたらちっとも怖くないと思うのだけど…… まあそれはあとにしようか…… 日向クン、彼に止めを刺してあげてよ。こんなの、さっさと終わらせて話し合いでもしよう」
「ま、まだ、ぼくが犯人だときま決まったわけじゃ…… !」
「…… 大広間の声のことだけど」
ひどく言いづらそうに日向クンが話し始める。
「…… ここの床は木が縮んで隙間だらけになってるだろ? これなら床下から声をあげても皆に聞こえるはずだ。証拠は、停電したとき床下を覗こうとしてた七海だ」
「…… あべばべばっ!?」
そう、今回の停電では七海さんがしゃがみ込み、床下に近い位置にいたのが重要なのだ。これにより、彼の主張はあっけなく崩れる。
「確か…… 七海は停電の中、なにかは分からないが違和感を感じてたんだったな」
「…… うん、今思えばあの違和感って下から声が聞こえてきてたからだったんだね」
「そうか、あえて床下から声をあげ、その場にいることを印象付けようとしたのだな?」
「そうなの、花村?」
辺古山さんと小泉さんの、女性2人の声に彼の肩が震える。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「ど、どうなんですかぁ、花村さぁん!」
「話を聞いてよ……」
「おい、どうなんだよチビ」
彼の顔が俯き、ギリリと歯をかみしめるような音が響いた。
「ちょっと待てっちゅぅとろぉがぁぁぁぁ!!」
「あー、また輝々ちゃんが狂っちゃったっすぅぅぅ!」
せっかく普通に戻ってたのに! と澪田さんが頭を抱えて叫んだ。
「きさんら、さっきからなにおぅ抜かしとるかぁ! ぼかぁ停電んときは広間にいたゆーとるやろがっ!」
「あ、でもさっきのよりは聞きやすいかも……」
「程度の問題じゃねーだろ!」
「絶対都会出身じゃないよねー?」
「どこ弁当なのでしょう? わたくしも、検討つきかねます」
「弁当!?」
「〝 当 〟はいりませんよソニアさん……」
どこ出身なのかの議論が密かに始まっているがそれは置いといて、
「ふう、ふう…… その違和感がぼくの声だって確信はないんじゃないか! あ、あのあとすぐにまた廊下に出て、事務室に行こうとしてたからぼくは大広間にいなかったけどさ! まあ、その前に停電は回復したんだけどね……」
自身の出身を推測されているせいか無理やり標準語に戻した彼が言う。
その言葉に彼が十神クンと一緒に来たことを思い出す。
確かにこの言葉だけを聞けば大広間の前の廊下で十神クンと合流したように思える。だが、それは不可能なのだ。
「残念だけど
酷薄な笑みを意識して、私はそう言った。
「花村…… 証言のとき、お前は言ってたよな? 停電が終わったとき大広間の、すぐ前の廊下にいたって……」
「そ、そうだけど……」
その言葉に左右田クンが素早く反論しようとしていたが、それだけでは材料が足りない。視線を送って彼に見えるようにバッテン印を小さく作った。
一応気がついたらしい彼は不思議そうな顔をして一歩出ていた足を戻し、言葉を飲み込んでいる。
「そのとき、そばには誰かいたかな?」
「いなかった、と…… 思うけど……」
そう、大広間の廊下まで誰にも
「じゃあ左右田クン、どうぞ」
「え? あ、ああ…… あ、あのときはオレも停電が終わったときは廊下にいたぞ? だけど花村はそのときいなかったな」
「う、うううう!?」
左右田クンは停電をなんとかしようと事務室に向かっていた。そして、辿り着けずに停電は終わった。彼らは停電が終わったとき、大広間のすぐ前の廊下にいたのだと同様の証言をしているのだ。そして、左右田クンはそのとき見回しても誰もいなかったのだとも言っている。
今回の停電では十神クンも外に出ていて罪木さんが転んだときのエピソードを話に出すわけにはいかないのだ。そのときいなかったのは十神クンも同じだからだ。ならばどうすればいいか?
証言は十分な距離をとって行ったために互いにどんな証言をしたのかが皆は分からない。それを逆手にとって嘘を吐けば吐くほど自身の首を締める状況を作り出したのだ。
さらに、花村クン自身から誰もいなかったと証言させることで左右田クンの証言に重みを持たせる。
左右田クンは停電復帰後すぐに大広間に入ってきたから犯人だという可能性は微塵もないのだ。
これは決して私だけの力でできたことではない。十神クンや日向クンが効率的に彼を追い詰め、さながら将棋のごとく王手をかけたからこそできたことだ。
あとは言い逃れが決してできないよう、彼がクロである証拠品を提示するだけでいい。
ちらりとモノクマを見てみても我関せず。
どうやら、ここまで花村クン犯人ムードが流れていると覆りようがないからか、私が議論のショートカットをしようとしてもボッシュートにはならないようだ。
「直径5mmで、床下から届くとしたら50㎝以上は必要だとすると…… 凶器は大方〝 鉄串 〟だろうね」
「えっ、鉄串!?」
「ああ、パーティ前に花村は鉄串が最初から一本欠けていたと言っていたな」
やっと喋った十神クンが腕を組んで偉そうに言った。
「その欠けていた鉄串が凶器なんじゃな! しかし、ならその凶器はどこへ行ったんじゃあ?」
「おい花村! その鉄串をどこに隠したんだよ!」
弐大クンに合わせて終里さんが拳を打ち合わせながら、さながら脅しのように言う。
「あ、あぁ、ああああああ!」
「あ?」
誰かが尋ねた。
すると花村クンは泡を吹きながら叫ぶ。
「あびりるらびーん!!」
「アヴリルラビーン!」
「なに真似してんだモノクマ!」
「えー? 面白いからいいじゃーん!」
モノクマが叫びに便乗してその手に持った肉を掲げる。いつの間に。
しかし皆はまだ気が付いていない。それ以上にインパクトの強い花村へと視線を向けているためだ。
「意味不明なこと言って誤魔化してるだけだろ! さては、島のどこかに処分しやがったな!」
「あ、ポイ捨て禁止のルールがあるからそれは無理だと思うよ」
モノミがいないので代わりに私が言う。モノクマは言う気がなさそうだしね。
「えー? 皆してウサミストラップ投げ捨てたときは大丈夫だったでしょー?」
「…… あれは多分目の前に本人がいたからじゃないかな」
やるせない顔をしたウサミを思い出す。うん、やっぱ可哀想なことをしたかもしれないね。
「日寄子ちゃんはどう? 見張りしてるとき、花村が来たりした?」
「ううん、来てないよ。だから外に凶器を持ち出すのは無理じゃないかなー?」
「つまり、この旧館のどこかに未だに隠されていると考えていいのか」
辺古山さんの言葉で辺りを見回す。
端に避けられてはいるが、大広間は相変わらず汚い阿鼻叫喚な状態のままである。
「お尻に挟んでないっすか?」
「そ、それは物理的に無理なんじゃないかな……」
「隠蔽するならばその者のテリトリーに置きたがるだろうな。テリトリー外で結界を設置するのは凡人には難しいだろう」
「花村よぉ、漢らしく潔く言ってくれんかのぉ?」
「お、おぉぉおおおぉぉぉ、ぉお……」
おっと。
「おじゃんばらのでふでふもんば、かっぺんなぞぶっこみらろぶすもんぞー!」
「……おーい、モノクマー」
さすがにこれは分からない。
ということでモノクマに全てを丸投げすることにした。
「えー、めんどくさー。えーとねぇ、〝 ド田舎のイモヤローが何を抜かすかー! 〟 だってさー。うぷぷ、とんだブーメラ……」
「だまらっしゃぁぁぁぁぁい!」
「あ、うん分かった。ありがとう……」
「やっぱり私たちで突き止めるしかない…… かな?」
日向クンが考え始める。
やはり1番の隠し場所は厨房だろう。厨房ならば彼が全て把握しているし、他人が勝手に探し回ることも滅多にない。
事実、捜査の際も、パーティの前も調べたのは十神クンと日向クンだけなのだ。
「きょ、凶器なんてどこにあんだべさぁ!」
「鉄串の隠し場所は…… 骨つき肉の中だ!」
苦し紛れか、罵詈雑言の嵐と共に吐き出された言葉は、真っ直ぐとそれに対抗した日向クンがあっけなく打ち砕いた。
「なな、ななな、なに言ってるんだよぉ! そんなとこにぼくが隠すわけないじゃないか!」
「さすがにそれはねーだろ! だ、だって食い物の中だぞ!? そんな勿体無いことそいつがするはずねーって!」
「そうだね、〝 超高校級の料理人 〟いや、シェフかな? …… が、食べ物を粗末にするようなことをするはずがないって、誰もが思うだろうし」
私の言葉に続くように十神クンが口を開く。
「ああ、そこは俺も信頼していたからな。調査不足になってしまったようだ。しかし、食べ物を冒涜するようなその行為、許さんぞ」
「う、うぅぅ」
ギン、と睨みつける十神クンに怯んだ彼が涙を流し始めた。
その彼の頭に乗ったシェフ帽と、エプロンについた三つ星バッヂがまるで埃を被ったかのように見える。
帽子は事実床下に行ったときに汚れたのかもしれないが、バッヂの方はキラキラと光っていた面影もなく、彼の心や行いと同じく黒ずんでいるようにも見える。
「シェフの名誉やプライドを捨ててまで、キミは私を殺したかったんだね……」
震える肩。ガクガクと鳴る膝。
目は恐怖と罪悪感に染まり上がり、無意識に思い描いていた〝 脱出 〟の希望を打ちくだく。そして出来上がったのは絶望にも似た失意の表情。
その表情にモノクマが満足そうにしているが、そうは問屋が卸さない…… が、それはあとだ。
「さて、モノクマ。その食べてる肉が例の骨つき肉でしょ? 中身はどう?」
「もふっもふもふもふ…… いやー、やっぱり締めたての牛肉は美味以外のなにものでもないよねー!」
「ぎゃぁぁぁ! クマが肉食ってるぅぅぅぅぅ!? って、よく考えたら普通っすね」
「お、オレも食いたかった…… っ!」
がくりと終里さんが膝をつく。
同時に十神クンも愕然とした様子でモノクマの食事風景を見守っていた。
「もふっ、なにこれ、うまいもんだなぁ…… 生まれて初めて食べたよ
。なんて言うかその、野生の頃を思い出す味だ」
「野生ってなんだよ! オメーぬいぐるみじゃねーか!」
「うーん、30点!」
「なにがだ!? 肉がか!? それともオレのツッコミか!?」
「5点!」
「オレかぁぁぁぁぁぁ!」
左右田クンはドンマイ。
そうしているうちにモノクマが肉についていた骨を綺麗に抜いた。
肉を支えていたはずのそれは、どんなに綺麗に食べても筋の1つは残りそうなその骨は、まるで初めから肉から切り離されていたようにツルツルなままだった。
「おやおや? なんかお肉の中から…… こんなん出てきましたけどー!」
それは、骨の柄をした、鉄串だった。ツルツルなのは当たり前だ。骨の部分は両端だけ。それ以外はカモフラージュに必要なかったのだ。
もう片方の骨には焼き鳥に使う小さい串がついていた。それで骨が落ちないように固定していたようだった。
「あばばば、あぶ……」
「それって!?」
「鉄串…… ですよね?」
「あ、骨の部分が取っ手になってるんだ。凝ってるね……」
「肉が鞘となり骨が柄となる破滅の剣! それで狛枝にカタストロフィをもたらそうとしたのだな!」
はっはっはっ、という高笑いが響く。
その無駄に高いテンションが羨ましい限りだ。
「ぼ、ぼくはぼくはぼくは…… ! 違う、ぼくは人を殺そうとするような人間じゃ…… そんなはず…… う、ううう…… うううううう…… !」
今にも泣き出してしまいそうな彼に、親切でもなんでもない、ただ後押しとして、私は言った。
「後から後悔することなんてできないんだよ…… 所詮、キミは他人を犠牲にして別の結果を求める人間だったってことだね」
「う、うわぁぁぁぁぁ…… ! うわぁぁぁぁぁん!」
「お、おい狛枝…… それは言い過ぎだぞ」
「はい、話し合いはあとでしてねー」
泣いている花村クンや、修羅場に入りそうな私たちを見やりモノクマがそれを制する。
「投票の結果、クロとなるのは誰か!? その答えは正解なのか不正解なのかー!? うぷぷぷっ! ワックワクのドッキドキだよね!」
そして投票の説明を交えながら話し、結果がギルティの文字が浮かぶスロットのような機械によって出た。
しかし大量のメダルは出ず、結果だけが示されているように、この現実では1日に1度支給されるメダルだけが私たちの生活費らしい。なのに日向クンにだけはカクレモノクマを発見することによって10枚ずつあげているのだから少し羨ましく思う。
これが主人公特権というやつか。
必ず誰かに投票しなければいけないルール故か、花村クンはまだ認めたくないのだと言うように私へと投票したようだ。
「はーい、大正解でーす! 1人潔くないのがいたみたいだけど…… そう! 今回のコロシアイ…… もとい狛枝さんの殺人未遂事件のクロは、花村輝々クンなのでしたー!」
「あば、あばばばばっ」
「マジかよ…… よりにもよってお前みたいなのが殺しをしようとしたってのか……?」
分かってはいたようだが、それでも信じられないとばかりに九頭龍クンが呟く。
場はしっとりとした悲観ムードへと移行してしまったようだ。
「ぼくは…… ぼくはただ、ただ皆を助けたかっただけなんだよ…… なのに、なんで、ぼくは人殺しなんかじゃ…… う、ううぅ……」
「なんでオメーみたいなのがそんなことしようと思ったんだよ!」
「ぼくは…… 人殺しを企んでた狛枝さんを、止めようとしただけなんだよ!」
「……」
とうとう泣きながら吐露し始める言葉に私は黙って耳を傾ける。そして機を待つ。最初の目的は達成したも同然だが、彼の心を完全に折っておく必要があるのだ。
…… そして私という人物を、皆は知ることになる。
「止めようとしたって、どういうことだ?」
「ぼくは…… 朝から旧館で料理の仕込みをしてて、そ、そしたらね……」
時折混じる嗚咽が痛ましい、が、私の心は一切痛まないので彼から視線を背けたままポケットに手を突っ込んだ。
とんだ不真面目な態度だが皆は花村クンの話に夢中になっているから構わないだろう。
「大広間から笑い声が聞こえて…… 気になって覗いてみたんだ…… そしたら…… !そこで見ちゃったんだよ。掃除当番だった狛枝さんが、テーブルの下にナイフを仕掛けているのを…… ! な、なんか嫌な予感がしてて…… それで、そのまま様子を見てたら、マーケットから持ち込んだアイロンを倉庫に置いたり、エアコンのタイマーをいじったりしてて、ずっと1人で笑ってて…… だからぼく、問い詰めたんだよ…… そ、そしたら! そしたらさぁ!」
ああ、それね。
あのときは大変だったなぁ、1人でずっとニヤニヤしてるって結構きついんだよね。
あのときは確か…… 彼を勘違いさせるために言葉を選びながら話したんだっけ。
◇
「あ、バレちゃったかな?」
悪戯がバレてしまったような、そんな爽やかな表情を浮かべて私はそう彼に言った。そして用意していた科白を次々と吐き出して言ったのだ。
「ば、バレちゃったって…… なにしてるの!? どういうつもりなんだよ!」
「勿論…… やるつもりだよ?」
「…… え?」
「花村クン…… 言っておくけど、私を止めても無駄だよ。たとえ今止めたとしても私は絶対にやってみせるからね! うふふ、皆の驚いた顔が楽しみだよね? あ、そうそう…… バラしちゃだめだからね。それじゃあ楽しめないでしょう?」
そうしたら人差し指を口につけて、しぃ、と言うと彼は途端に怒り出して 「ふざけてるの!?」 と叫んだんだ。
「な、なんだよそれ! いくら出たいからってそんなの…… っ!」
「…… そうか、そう思われちゃうんだね……ま、それはそれとして…… ねえ、 キミはこの島から出たいって、思う?」
私に語る希望だなんてない。だけれど、彼にはその希望があるはずなんだ。だから、そっとあと押しをした。
「そりゃあ、出たいよ…… 残してきた、病気がちのお母ちゃんが心配だし……」
「その別れから2年も経ってるんだよね…… 心配だよね? 無事だって、見て安心したいよね? 私も心配だよ、安心したいよ…………」
私の言葉は途中で途切らせて、 「でも、私がいないほうが安全だから」 という言葉は飲み込む。
「だから、ね? 心配することも大事だけどさ、今はそれを吹き飛ばさなくっちゃ。そう思わない?」
うふふと酷薄な笑みを浮かべて彼を誘う。
真意と嘘は決して言わず、曖昧な言葉と彼の勘違いだけで進んでいった会談は、私自身へ最後の保険を作る。
そして、今に至るわけだ。
◇
「こ、狛枝…… どういうことだ? お前の、こんなことを計画したお前の動機はなんなんだよ!」
「曖昧すぎて分からないって? 今ので分からなかったんだ?」
「あ、会いたい人がいるんじゃないんですかぁ?」
「ううん、それは違うよ罪木さん」
目を伏せる。
そして、罪木さんに言われた〝 会いたい人 〟を…… 織月を、うつろちゃんを、そしてメイの姿を思い、そっとその思考を放り捨てる。
今は必要ではないからだ。
私は友達を守るために友達を捨てることにした。
大切な人を守るために遠ざけた。
大事なひとたちは、私にとっての最高で最悪のタイミングで、シュチュエーションで死んでしまうに違いないからだ。
全てを捨てて守ると決めた。
青空の下で、あの人たちが幸せに生きられるのなら、私はただ生きているだけの状態になってもいい。
そう、決めた。
だから、この島で感じた心地良い優しさも、友達になろうとしてくれる皆のことも、理解しようとしてくれるその姿勢も、全てを拒絶してただ生きたい。
だから、今から芽生えかけた私への
「……………… 動機? 私の…… ?」
俯いて視線を伏せたままに呟く。
なにかを押し殺しているようにも見えるだろうし、あるいは推理物に慣れた人ならばお約束の発狂がこのあとに来るのだと予想するかもしれない。
そしてぐるぐる巡る思考で言いたいことを全て纏め、そして準備する。
なんとなく、絶望していた罪木さんの気持ちが分かるかもしれない。
皆は優しい私を好んでいるだけで、本性を、本質を知ってしまったらきっと離れていくのだ。それがなんだか嫌だ。
どちらも知って、それでいて
そうしてくれた人にはもう会
だから、遠慮はしない。
そう、皆私を嫌いになればいい。そして、ありったけの恐怖を感じればいい。生きたがりに手を出せばただでは済まないと知ればいい。そうすれば私は死なない。殺されない。安全だ。
周りからは、誰もいなくなるだろうけど。
「私の動機が…… この島からの脱出だって、外の世界に出ることだって…… 言いたいの?」
俯いたままでこぼす。
その言葉に 「それ以外にねーだろーが!」 と九頭龍クンが悪態をついた。
ついに顔をあげると、皆が顔を青ざめさせているのが見えた。睨みつける日向クンに、十神クンに、珍しく眠そうでない七海さんに、順に視線を移動させて口角を上げる。
そして、感情の爆発と共に吠えた。
「あはっ、あははははは! 違うよ全然違う! 見当違いもいいところだよ! って言うか、むしろ逆なんだよね! 皆勘違いしてるみたいだけどさ、私はこの島から脱出することになんか、欠片も興味がないんだ!」
「お前の目的はなんだ?」
淡々と、十神クンが言った。
私はそれに反応するように高くなった声をある程度落ち着かせ、皆に言い聞かせるように、浸透させるように一気にトーンを下げた。
「最初にウサミが言ってたことは覚えてるよね? 平和で平穏で…… 何1つ危険のない生活…… 死と隣り合わせじゃない、普通の生活………… なんて」
きっと皆は刺激が足りないだのと言う私を想像しただろう。しかし、私はそんなことを言うような頭のおかしな犯罪者ではないのだ。
「……………… なんて、なんて素敵なんだろうね! もしそんな生活ができたら幸せ以外のなにものでもないよ! 他になにもなくったっていい…… 私はただ〝 死の危険のない完全で絶対的な平穏 〟がほしいだけなんだよ!」
「そ、そんなの分からないじゃない…… 完全な平穏かなんて、分からないわよ…… どうして、凪ちゃん……」
小泉さんにはとてもお世話になった。
だから怖い目にあわせないように、目を伏せて体を抱きしめて表情を隠す。
興奮で紅潮しただらしない表情は別に構わない。しかし彼女に濁った瞳を向けることだけは憚られた。
「本当に安全か断定できないって? 証拠なんて、私達全員がこの島に辿り着いている事実で十分じゃないかな?」
その言葉に疑問を抱くのは殆どの人物が共通したのだが、左右田クンの反応だけは他の皆とは圧倒的に違った。
「〝 超高校級の死神 〟…… オメー、そんなに……」
私の性格を知り、事故の全てが不本意であることを知った彼の瞳は、同情の色をしているのだろうか? 窺い見ることができない今の状態では分からない。
「そう、私はネットなんかでは〝 超高校級の死神 〟だなんて不名誉な呼び名がついているんだよね。ま、本当の才能は〝 幸運 〟なんだけどね…… 私の幸運の才能はある意味理不尽でさ、私が大切だと思った人は、ことごとく死んじゃうんだ。その代わりに宝くじに当たったり莫大な遺産を手に入れたり…… 不幸と同じくらいの大きな幸運がやってくる。この才能は制御なんてできない。だからこそ、私は1人で暮らしてたわけだけど」
チラリと日向クンを見る。
多分彼はできるだろうから…… なにがとは言わないが。
「まあ、そんな感じで飛行機に乗ったり船に乗ったりすると決まって不幸な事故が起こるんだよ。ね? 証拠になるでしょ?」
「あばばばば、も、もう唯吹限界っすぅ……」
「わー、なんか電波っぽいこと言い始めたよー? 語っちゃってさー、恥ずかしくないの?」
全ての言葉を受け流し、そして続ける。
「この島に飛行機で来たんだったら隕石も落ちてこなかったってことだし、不時着も、ハイジャックも…… バードストライクも、積乱雲も、燃料不足も、整備不足もなにも起こらなかったってことだよ! 安全に、辿り着いたってことだね」
「じ、人生でそんな波乱万丈な事故に見舞われ続ける可能性なんてどれだけだよ…… あ、ありえねー」
左右田クンなら、飛行機に乗っただけでこれだけのトラブルに見舞われる私のありえなさが等身大で理解できるだろう。
なにせ彼はメカニック。整備の大切さなんて当たり前に知っているし、日本の技術者がそれに手を抜かないことも知っているだろう。
なのにこれだけのトラブルに見舞われる私の存在は衝撃だったようだ。
「船でも同じことだよ? この私がいて、なにも起こらず何事もなくこの島に辿り着いたことこそが奇跡に等しくて、とっても素晴らしいことなんだ!」
バッと顔を上げる。
その顔は恍惚に歪んでいるだろう。
「だから私はモノミのあの言葉を少なからず信じてるんだよね。私の幸運の恐ろしさは、左右田クンなんかがよく知ってるんじゃないかな…… ま、記憶も少しは気になるけどね…… それでも私が外に出たいだなんて動機にはなり得ない! だって私は一生ここで暮らしたいくらいなんだからさ!」
「なっ、ななな……」
再び叫びだしそうな花村クンだが、どうにか押し止まっているようだ。
「だからね? 外に出るためだけに冷静さを欠いて殺人を犯すような
左右田クンは 「オメーのがよっぽど危ねェよ」 とでも言いたげな顔をしているが、残念ながらそれは自覚済みである。
「動機はそれだけ。ね? 私は殺人するつもりなんてないし、できないようにこうやって沢山仕掛けをしたんだ…… 全ては私が死にたくないから。私が死ぬ可能性が1%でもあるのならそれを全力で排除する。 …… だから、私を将来狙うかもしれない花村クンを嵌めた。それだけだよ…… そして…… 皆が私の話に冷静さを欠いてくれるのを、待っていたんだよ!」
バッとポケットに手を入れる。
そして取り出したのは、一丁の拳銃。
リボルバーと呼ばれるそれを、近くにいる花村クンへと向けて構えた。
「あはははは! このときを待ってたんだ!
「なっ!?」
解けかけた左手の包帯など気にせず、開いた額の傷も気にせずに笑みを浮かべる。
そして引き金を引こうとした瞬間、十神クンが動いた。
その手には私が用意したはずの、蛍光塗料がついたままのナイフが握られ……
それは一直線に私の腹に吸い込まれていった。
・花村言語
しじみがとぅるるって、ぼかぁはくなまたた!
(訳 静かにしてってば、まだぼくが話してるんだから!)
ボルテッカァァァ!
(訳 だからぁぁぁぁ!)
・ダミー証拠
恥ずかしいポーズは使わないという。罪木さん恥かき損だね。
・クライマックス推理
コナンタイムは犠牲になりました。文字数が増加しすぎるからという犠牲に…… あと、クライマックス推理をするなら絵を全部描けよという自分に勝てる気がしなかったので。
…… ビチィィィッ! はちょっと描きたかったのですが画力が足りない!
・拳銃持ちの狛枝とナイフ持ちの十神
彼女が万が一にも死ぬような仕掛けを用意するのでしょうか? ついでに、殺されることが分かっているのに大勢の前で十神が殺人を犯すのでしょうか?