錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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〝 あながち間違いではない。しかし試練を置くなら段階を踏むべきだったのだ 〟


No.18 『一刻』ー親和3〈花村〉ー

「ごちそうさまでしたっと」

 

 手を合わせて爽やかに言い切り、皿を持ってキッチンへ。

 しかし目敏くそれを見た花村クンが小走りでこちらにやって来て手を差し出す。

 

「ああ、やっておくからいいよ」

「これくらいやらせてよ…… お詫びも兼ねて、ね」

 

 普段は自炊をしているからなんとなく彼に頼り切りになるのは嫌だし、そもそも彼と話をするために口実を作っているのだから代わりにやってもらってしまうと困るのだ。

 目を伏せて視線をつい、と逸らしてから再び窺い見る。

 少しあざといかもしれないがゆっくり話をするのにはこうするのが1番手っ取り早いと思う。

 

「え、でもこれは…… ぼくの仕事だし……」

 

 洗い物の手伝いくらいならば滅多に不運なんて来ないし、料理もやり慣れているからか不運の来る頻度は少ない。

 罪木ちゃんと一緒に料理をしたら不幸な事故に遭いそうな予感がするのでご遠慮願いたいが、プロである彼と一緒ならば安全だろう。

 渋っているが、これを逃すと彼とゆっくり話す機会は巡ってこないと思う。

 これからも料理を提供してくれるのだろうし、彼はスーパーマーケットとホテルを行き来するくらいしかしなくなるんじゃなかろうか。

 私はなるべく他の島の探索をしたいし、この機会を逃す手はない。

 入浴がまだなので清潔さに関しては少々不安だが、髪を縛るリボンくらいは探せばあるだろうし、洗い物ならそれくらいの処置で十分…… だよね?

 

「あーあー、そう言ってまたそそのかすつもりなんでしょー? ぷーくすくす、チョロ過ぎるのもどうかと思うなー?」

 

 まあ西園寺さんの言うこともごもっともである。

 2人きりになればまた彼をそそのかすかもしれない。もしかしたら今度こそ殺人事件が起こるかもしれない。そんな危険をわざわざ犯そうとする私を彼女は軽蔑の目で見ている。ああ、西園寺さんとの距離が離れていく…… しかし、今は花村クンだ。

 彼のフォローに回りたいのもあるし、いろいろと訊きたいこともある。思い出話なんかにだって付き合うし、不安を吐露したばかりで大丈夫だろうとは思うが万が一爆発されても困るので、私を責めたり罵倒したりしてストレス発散してもらうのでもいい。

 別に罵倒されたいわけじゃあないが、一応のところの責任ってやつだ。彼は私を責める権利があるし、私はそれを受けなければならない義務がある。私はそれだけのことをしたのだから。彼を、彼の心に、傷をつけてしまったのだから。

 

「今はもう、なにもするつもりはないけれど…… やっぱり信用はないよね……」

「…… 2人きりじゃなければいいんだろ?」

 

 西園寺さんからの言葉に苦笑いをして答えると、話の流れを聴いていたらしい日向クンがすぐ側にやって来て言った。

 

「ええと、それって…… 洗い物に付き合ってくれるってことなのかな?」

 

 目をぱちぱちと瞬きし首を傾げる。あざとさは続行したままだ。

 

「ああ、花村が不安ならそうすればいい。俺には才能の記憶さえないんだし、そそのかされる理由がないだろ?」

「日向クンがそう言ってくれるなら…… ねえ、どうかな? 花村クン」

 

 2人で顔を見合わせてから花村クンの眼前に迫る。すると一歩、二歩と下がった彼がほんのりと顔を赤くして背を向けた。照れ隠し、だろうか。意外と迫られるのは苦手なのかな。

 

「手間は…… 増やさないでね」

 

 そう言って周囲にあった大量の皿を持ってキッチンに消えていく。

 

「了承してくれた…… ってことでいいんだよね?」

「ああ、そうだろうな」

 

 柔らかな笑みを浮かべた日向クンと目が合う。そしてすぐさま逸らされた。

 さっきはいいコンビネーションで花村クンに約束を取り付けることに成功したが、まだ気まずいのかもしれない。私もぎこちなく笑ってから 「行こうか」 と小さく呟く。

 すると彼も小さく 「そうだな」 と返した。

 

 かちゃ、かちゃと食器が擦れる音がする。

 

「あー、まあ…… そりゃそうだよねー」

「だからいいって言ったのにさ……」

 

 残念ながら、私たちが食器を洗う音ではない。

 花村クンが次々と食器洗い機に皿を並べていく音だ。

 

「あの人数の小皿だけでも量は多いから、あるのは当然だよ。でも、まあ大皿は入らないし、そっちは洗わないといけないけどね」

 

 そう言いながら何枚も重なった大皿をシンクに移動させ、花村クンは3つのスポンジを手にこちらにやってきた。

 

「じゃあ、ちゃんと綺麗にしてよ? 綺麗に料理を盛り付けるお皿も、皆の手に取られるフォークやスプーンも、料理を彩らせるためにちゃんと洗わないとね! 最高の料理を乗せるんだから、食器も最高のコンディションでないと!」

「…… すごいな」

 

 ぽつりと呟いた日向クンの言葉に被せるように花村クンが続ける。

 

「ほら、綺麗な女の子とベッドのコンディションが最高のものじゃないといけないのと一緒だよ!」

「って、おい!」

「花村クン、一言余計じゃないかな?」

 

 そうだった。この人、料理と同じくらいそういうものに情熱を捧げてるんだった。

 少々げんなりとしながら大皿を洗い、清潔な布巾で拭いていく。この調子ならば洗い物は早くに終わりそうだ。

 

「そうだ、この後暇だったら花村クンに料理を教わりたいんだけれど、いいかな? あ、日向クンもどう?」

「ぼくが? いいけど、厳しいよ? むふふ、手取り足取り腰取り教えてあげるからねぇ!」

「ひ、日向クンも一緒に教わろうね!」

 

 ぞわぞわと立つ鳥肌を押さえて頭を振り、日向クンに笑顔で訊いた。なんというか、身の危険を感じた。

 

「あ、ああ、そうだな。一緒に料理を教わることにする」

 

 有無を言わせぬ笑顔で押したのが効いたのか、日向クンは苦笑いをしながら了承してくれた。

 

「ところで、なにを作りたいの?」

 

 疑問気な顔で首を傾げる花村クンに少し考えてから答える。

 

「美味しいおつまみの作り方が知りたい、かな?」

 

 昔から花村クンに会ったら教わりたいとは思ってたんだ。

 うろつきこと織月(りづき)は細い割に大酒飲みでおつまみもがんがん食べるし、私が作るペースじゃあ間に合わない。うそつきことうつろちゃんは私よりも年下なのでお酒は飲まないが私の作った料理は遠慮なくぱくつく。

 どうせならあの2人にもなるべく美味しい料理を食べさせてあげたいから作るなら 「おつまみ」 だよね。

 

「つまみって、狛枝…… お前未成年だろ?」

 

 呆れた表情をした日向クンにじっとりと睨めつけられ、大慌てで手を振った。

 

「ち、違うよ! 私が飲むんじゃなくて、成人した友人がいるから…… その人にいつも私が作ってるんだよ! 私の誕生日まで私がおつまみを作ったりさ…… でも、どうせなら美味しい料理を食べさせてあげたいでしょ?」

「へえ…… 狛枝さんの口から友達って言葉が出てくるとなんだか意外だなぁ…… あ、べ、別に狛枝さんに友達がいないと思ってたわけじゃないからね!?」

「ああ、友達があんまりいないのは事実だから気にならないよ」

 

 大慌てで付け加える花村クンがおかしくて、口元に手を当てて笑う。

 事実だから自嘲する気も起きないくらいだ。

 

「あー…… で、狛枝は美味しいつまみの作り方を教えてもらいたいんだっけ?」

「そうそう…… 日向クンもどうせならなにか教わったら? 超高校級のりょ…… シェフに料理を教わるなんてなかなかできないことだよね」

 

 おつまみって言ってもかなり幅広い。

 肉関係のこってりしたものもあるし、野菜を使ったあっさりテイストのものもある。果物を使ったものも美味しいし、なによりチーズを使ったのもいいよね。

 厚揚げに卵を垂らしてチーズをトッピングするだけで濃くて簡単で美味しいおつまみができるし、そういう簡単なレシピをどうしたらより美味しく作れるかを花村クンには教えてもらいたいのだ。

 

「俺か…… 俺は、花村の作った美味しい和食がどうやってできてるか知りたいな…… 昼までに教わるなら簡単な方がいいよな。ううんと、肉じゃが、とかいいんじゃないか?」

「肉じゃがかぁ………… 平凡で定番でおもしろみもなくてイモっぽい……」

 

 そこまで花村クンが言ってから日向クンは 「そこまで言わなくても」 と口に出そうとしたけれど、その後に続いた話に言葉を失ってとてもとても、優しい目をした。

 

「でも素朴で安心する…… 日向クンにぴったりな料理だね……」

「花村クン?」

 

 どこか懐かしんでいるような目をしながら彼がぽつり、ぽつりと言う。

 

「肉じゃがっていいよね。電車の中で食べた、母ちゃんの肉じゃがはシンプルだったけど、泣きたいくらい美味しかった……」

 

 その言葉に私はメイの作った手料理の味を思い出そうとしたけれど、残念ながら具体的には思い出せそうにない。

 人は、自身の感覚から遠いところから忘れていくのだ。味覚は遠い。故に、忘れるのも早い。

 だから、それを覚えていられる花村クンが少しだけ羨ましくなった。忘れまいとして思い出の品を鎖にする私とは違い、純粋に思い出だけを胸に抱き続けることができる。そんな、花村クンに……

 

「…… そうだよ」

 

 ぽつり、確信を持った声で彼が呟く。

 その語調はどんどん力強くなっていき、そして希望に溢れるように明るい口調へと変化していく。

 

「ぼくは、人を笑顔にする料理を目指してたんだ…… あははっ、今更思い出すなんて、馬鹿だなぁ。もう、日向くんのせいだからね……」

 

 泣きそうな顔で大皿を抱える彼は背を向けてその顔を見られないようにしていたけれど、多分背の高い日向クンにも、勿論私にも見えてしまっていた。

 

「いつかこの島から出るんだ! …… でも、それまではせめて皆の笑顔が保てるようにするよ…… ぼくなりの方法でさ!」

「花村……」

「…… うん、きっとできるよ。今のキミなら…… はぁ、そんなこと言われちゃうと肉じゃが食べたくなっちゃうよね。なら、今日は私も日向クンと一緒に教わろうかな」

 

 おつまみならまた今度でいいし、図書館でレシピでも調べてどれを教えてほしいか決めておくほうがいいのかもしれない。

 

「あ、悪い…… 合わせてくれたんだな」

「ううん、大丈夫。今度また料理を教わりに来る口実になるからね?」

 

 バツが悪そうに頭を掻く日向クンへ指を内緒の形にして答える。

 すると背を向けていた花村クンが勢いよく振り返り、サムズアップをしながら私に近づいてきた。

 えっと、その、なんだ…… 顔がだらしなくなってるけど、大丈夫?

 

「うん、大歓迎だよ! 2人きりでみっちりねっちょり教えてあげるね!」

「……」

 

 言い方がすごくこう……

 

「…… 複数で教われよ?」

「あはは…… うん、そうだね……」

 

 身の危険を感じる。

 なんでだろう、花村クン相手ならば負ける気はしないのに寒気がする。私は死の危険以外だと諦める癖があるから洒落にならない。

 誘拐されたときだってそうだ。あのときはナイフを見たから正気に戻ったが、それがなければ多分私は抵抗できなかっただろう。本当に洒落にならない。

 

「女子会を開く前に何人かで教わりに来るかもしれない、かな。そのときはよろしくね」

「うーん、女子会ならスイーツだよね。スイーツは専門外だけど、過程は似てるからぼくも勉強になるしちょうどいいかもね!」

 

 叱ってくれる小泉さんあたりを誘えばきっと安全なはずだ。

 しかし、長年の疑問が解消された気分だな。そうか、花村クンってお菓子は専門外なんだ。意外だったけれど分野が分野だからそういうものなのかも分からない。どちらも器用でなければできない分野だからできるものだと考えていた。

 

「じゃあ肉じゃがの前に、まず簡単なフランベの仕方を……」

「肉じゃがでお願いします」

 

 即答した。いや、できるわけないでしょ!

 なぜいきなり上級テクニックを披露しようと思ったんだ!

 

「え、でも……」

「なあ狛枝…… フランベってなんだ?」

「料理番組とかで料理作ってるときに炎がすごい勢いで上がったりするのがあるでしょ?あれだよ」

 

 私の説明を聴いて疑問を浮かべていた顔を驚きに変えた日向クンが花村クンに視線を向ける。

 彼は誇らしげに胸を張っているが、残念ながら身長が足りないのでペンギンが胸を張っているような微笑ましさがある。

 

「ほら、見たくない? フランベ。近くで見たらすごいよ?」

 

 率直に言って、熱そう。

 寂しそうな顔で念押しされても困るよ。それに、フランベ見せるにしても作った料理は誰が食べるのかという問題がある。私たちでも構わないけれど、それじゃあお昼が入らなくなりそうだしね。

 

「ふん、遠慮はするな…… 俺が平らげてやる!」

「わぁっ!?」

「十神!?」

「っどこから出てきたの!?」

 

 「俺が導いてやる!」 のポーズでキッチンの入り口に立っている十神クンに皆で驚いた。

 エスパーかなにかなの? 料理センサーでもあるのかな、この十神クンは。モノクマやモノミ並の出現の仕方だった。しかし、これじゃあ花村クンの提案に乗るしかないかなぁ。

 その代わりに肉じゃがも大量に作らないといけなくなるかもしれない。うん、これ手間が増えただけじゃないかな?

 最初に花村クンから手間は増やさないでって言われたけれど、これ私たちが原因じゃないから私たちは悪くないよね?悪くない…… よね?

 

「よーし! 張り切っていっちゃうよー!」

 

 でも、まあ花村クンが楽しそうだからいいのかな。

 暗くなっていた表情も今は生き生きとしていて、とても楽しそうに料理に取り組んでいる。その姿には影なんて見えないし、少しだけ丸められた背中はどこか小さな母親を彷彿とさせる。

 これでもう、彼は殺人なんて考えないだろう。考えられないだろう。

 初めて間近で見る料理の技術に興味津々の日向クンに、美味しそうに自身の料理を食べる十神クン。

 そんな彼らに囲まれた花村クンはとても幸せそうにその腕を奮っている。

 料理を愛し、それを食べる人たちのことも愛する…… まさに〝 超高校級の料理人 〟という名前に相応しい光景だ。

 この光景の中にきっと1人、また1人と増えていって、最後には全員でまた、あのパーティのような楽しい催しを開けるようになるだろうな。

 こんなことは言いたくないけれど、試練を乗り越えて希望がより輝くっていうのも、あながち間違いではないのかもしれない。

 

「と、十神くん! 食べるの早すぎて用意が間に合わないよ!」

「俺のためにもっとその腕をあげるんだな!」

「うわぁ、傲慢」

「はははっ、でも十神らしいな」

 

 ゆっくりと笑ってその輪に加わる。

 

「時間かかってるから、このままいくとお昼は肉じゃがだね」

「まあそれもいいかもしれないな。俺、花村の肉じゃが食ってみたいし」

「俺は一向に構わん!」

 

 そんな喧騒を背景に、また1つ〝 希望 〟のカケラが生まれる音がした。

 

 

 

 




 花村クンの魅力が最大限に書けていますように……

・十神
 湧いて出てきた。
 マジレスするとなにか起こっていないか様子を見に来た模様。

・外の世界の誰かさんたち
 「ねえこれって私のためだよね? 私のために教わろうとしてくれてるんだよね? あははっ、やっぱり凪ちゃんったら可愛いなぁ…… ちょっと、これ録画してる? え、してない? ええー、あとで本人と鑑賞しようと思ったのに!」
「良い趣味とは言えませんわよ。貴女様は早く干渉できるようにずっと潜っていなさいな」
「アナタって凪ちゃん以外だと扱い方が雑だよね…… 仮にも私、凪ちゃんの長持ちしてる友人なんだけど」
「ええ、それは感謝しておりますよ? なにせ、予知夢で死を回避する人なんてほとんどいませんからね。お嬢様にとって貴女様はまさしく希望でしょうし…… ですがそれとこれとは別ですわ」
「ああなんだ、嫉妬かぁ…… ふふ、別に私のものになんてしないよ。私にはアキラがいるから」
「…………」

(ど、どうしよぉ…… とんでもない会話聴いちゃってるよぉ……)


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