それからは以前の調子に戻った花村クンと全員分の肉じゃがを作り、随分と賑やかになった昼食を終えた。
昼食前から食べ続けていた十神クンは昼食時になっても2人前以上食べていたが…… もうなにも言うまい。
でも1つだけ疑問があるとすれば、十神クンの胃袋っていくつあるんだろうっていうことだ。絶対に1つじゃないでしょ。牛みたいに胃袋が4つあるんじゃないの? と思いたくなってくる。
それを言うと西園寺さんあたりに 「豚足ちゃんは牛じゃなくて豚でしょー?」 と言われてしまいそうだが。
昼食後は1人で図書館まで来て以前手に取った化学の本を中心に読み込んだり、オカルト本を読み込んだり、ソニアさんが言っていた意味が分かると怖い話なんかも暇潰しに読んでいる。
なかなか面白いものだが赤いレンガの話はトラウマを直撃した。
―― 女性の悲鳴が聞こえてその場に駆けつけると、女性の目の前には赤いレンガの道の上に巨大な鉄板があった。彼女に大丈夫かと訊くと 「ええ、大丈夫です。私も悲鳴を聞いたときは驚きました」 と答えた――
潰れた瞬間のことを思い出して思わずぶるりと体を震わせる。
赤いレンガと鉄板の話はこれ以上見たくないのでさっさとページを捲っていく。それから、羅列されたカレンダーの数字を見つめながらメモ帳に書き込んだ。
面白い謎解きだ。
片方の手で引き寄せた化学の本をパラパラと捲り、元素記号のページに赤いペンで数字を付け足す。それからそれら全てをメモ帳に書き写した。
いずれ使うときが来るのだろうか。使わずに済めば良いのだが。
考え方が多少変わったせいで保険をかけたくなってしまう。それも、モノクマになんとか気づかれない方法をだ。
あの人だって万能ではないはずだ。オカルト趣味はソニアさんくらいしか持ち合わせていないだろうしこの方法ならば安全だろう。
本当はこの仮想現実を夢と仮定してエフェクトを使えるかどうかも調べたいところだが…… 皆の見ているところではリスクがありすぎる。痛い人扱いされるのはごめんだ。
2階の椅子に腰掛けながら天井へと視線を向ける。
学習開始から既に2時間。2冊同時に読み進めていっているので大分精神的に消耗しているし、目も痛い。
ごく普通の読書なら4時間くらい没頭していられるが同時読みしている上にメモまでとっているのでさすがに高スペックな脳でも限界はあるのだ。
これがパソコンならもう少し頑張れるのだが、そちらの方面の才能を持っていない私ではとても扱えないだろう。彼なら、プログラマーなら何台も同時に操れたりするのだろうか…… そこまで考えて頭を振る。
不毛なことを考えてもしょうがない。どうせ彼はいないんだから。
「甘いもの食べたい……」
目頭を揉んで瞬きをする。
確か1階の本棚に料理関係の本があったはずだ。お菓子のレシピなんかも載っていないだろうか。
疲労した頭を癒すのには甘いものが1番。和菓子なんて特にいいんじゃないか。そう思って階下を覗くと、そこには辺古山さんの姿があった。
なにやら周囲をキョロキョロと見回して私の目的地たる本棚から1冊の本を取り出すのが見える。デカデカと書かれた表紙には〝 和菓子 〟の文字。
…… 人知れずそんなことをするだなんて怪しいなぁ?
にやける口元を誤魔化して袖で覆う。彼女なら少しの物音で私がいることに気がついてしまうだろう。
マーケットの防犯グッズの中から購入していた双眼鏡で、軽く本の内容を覗き見る。明らかに不審者の動きだが気にしない。
そこにはやはり、〝 かりんとう 〟の文字。
そうかいそうかい、坊ちゃんの好きなかりんとうを手作りしたいんですね?
ますますにやける口を気合いで引き結び、平静を装って階下へと大声を出した。
「おーい、辺古山さーん!」
瞬間、ビクリと肩を跳ねさせた彼女は反射的に竹刀袋へと手を伸ばした。
本は現行で読んでいた物を数冊トートバッグに入れて階下に降りる。どちらにせよ本を借りるには下の無人受け付けで本の題名と私の名前を記入しなければならないのだ。彼女の邪魔をしてしまうのはいたしかたない。
…… 故意的でないと言えば嘘になるけれど。
「な、なんだ、狛枝か…… なにか用か?」
さっと後ろに隠した本を見ない振りをしながら 「えーとね」 と悩む素振りを見せる。
「実は本の読みすぎで頭が痛くなってきちゃってさ。気分転換に甘いものでも作って食べようと思うんだけど…… 辺古山さんもどう? 和菓子とかいいなぁって思ってるんだけど」
わざとらしすぎるだろうか。しかし 「ふ、ふむ」 という彼女はあからさまに動揺している。達観して大人っぽいと言っても彼女も女子高生だ。好きな人に好きな物をプレゼントしたいのが乙女心というものだろう。
「なんかいいレシピ知ってる?」
そう言って首を傾げる。
さあ、私を存分に利用してくれてもいいんだよ。〝 友達と一緒に作ったからお裾分けに来た 〟なんていう建前が都合良く手に入るんだから遠慮なんていらない。さあさあさあ! かりんとうを作りたいって言ってよ!
「…… これなんて、どうだろうか」
「ふむふむ、わらび餅に大福。色んな和菓子が載ってるね」
後ろに隠していたレシピ本をおずおずと差し出してくる彼女から受け取ってパラパラとページを捲る。まあ、これを見せてくれただけで万々歳だ。
「お、かりんとうの作り方まで載ってるんだ。いいなぁ」
わざと話題に出してチラリと彼女の反応を伺う。
「ああ」
案外平然としているようだった。
1人のときとそれ以外では大分違うようだ。普段はなるべく〝 道具 〟らしく感情を抑え気味にしているのかもしれない。
でもそれも完全ではないだろう。顔は平然としているが、頬が少し赤いのだ。まったく可愛らしいことだ。
「よし! これに挑戦してみよう!」
「そ、そうか…… 分かった。ホテルへ戻ろう」
レシピ本の貸し出しカードは彼女が書いていた。なんだかんだで楽しみにしているのだろう。
「ん、マーケットには寄らないのか? エプロンも材料も必要だろう」
「材料は粉系統とかベーキングパウダーとか、あとは黒糖かな? シンプルなのもいいけれど、甘みの強いやつが食べたい気分だし…… まあ、キッチンを見てみればあるかもしれないし、先に確認してみようよ」
九頭龍クンの好きなかりんとうがシンプルなやつなのか、黒糖のやつなのかは知らない。だからそこは自身の気分優先だ。辺古山さんの反応も良いのでこれで正解なのだろう。
エプロン? 私は持ってるし、辺古山さんにするプレゼントって言ったら…… ね。
自室から畳まれて包装されたままの〝 エプロンドレス 〟を彼女に手渡す。
そう、エプロンドレスだ。あのメイド服のような白と黒のフリルのたくさんついたエプロンなのだ。そして、これはなぜか辺古山さんが喜ぶプレゼントの1つに入っている。
主人に逆らえないようでいて実は主人を操れる。そんなアイテム説明なのだが、まあ彼女の場合それに喜んでいるわけではないだろう。
「こ、狛枝…… ?」
困惑する彼女に微笑んで肩を掴む。
ガッ、と思ったよりも入った力に辺古山さんが驚いた。
「辺古山さんっていかにもクールビューティな感じだけれど、こういう可愛らしいものも似合いそうだと思ってたんだよ」
肩を掴む手にさらに力が入る。
「い、いやしかし…… 私がこんな……」
頬を染めて遠慮するように手を振る彼女。どうやら私を無理矢理振り払う気はないらしい。先程図書館で殺気らしきものを向けてきたのは相手が誰かも分からぬ者だったからだろう。
想像したのか恥ずかしそうにしている彼女の反応を見てますますエプロンドレス姿を見たくなる。
別にメイの姿に近づいてほしいわけではない。純粋に似合いそうだしゲームをしていたときも思っていたことだ。
「い、いささか私には可愛らしすぎるだろう?」
絶 対 に 逃 が さ な い 。
◆◇◆
数分後、そこにはすっかり折れた辺古山さんの姿が!
いや、これじゃあ〝 刀のような 〟と表現のつく彼女にとって縁起が悪いか。
ふむ、つまり可愛さは正義! ってやつかな。
「に、似合うか…… ?」
足を擦り合わせエプロンドレスの裾をちょんと掴み、頬を染めて嬉しそうな、恥ずかしそうな。そんな複雑な表情を浮かべて私から目線を逸らす。やはり恥ずかしいものは恥ずかしいらしい。
「やっぱり似合うね。うん、すごく可愛い!」
これでご主人様も悩殺だね!
いや、九頭龍クンはあれで真面目でお堅い人だからなにがあったのかと辺古山さんを心配したあと、恥ずかしがる彼女を見てこんなことをした私にドスを持ち出してくるところまで想像できる。
そして内心ではサムズアップしていそう。
「よーし! エプロンの試着は済んだし早速キッチンに行こう!」
かつてないほどテンションが高い私は彼女の手をとって走り出した。
「あれ…… エプロンなんて持ってご飯でも作るの?」
途中ゲームをしている七海さんに会い、仲間に加える。
「あら? 3時のおやつにでも洒落込もうと思っていたのですが、お2人もおやつでしょうか?」
花村クン不在で困っている王女様も巻き込んで突発的な女子会のような有様になった。
「ふむ、ではお茶はわたくしにお任せください! アフタヌーンティーの心得も持ち合わせていますから! 泥舟に乗った気持ちで待っていてくださいね!」
「泥舟ではなく大船だぞ。それでは沈んでしまうだろう」
「………… ねみぃ」
なんだかこの人数だと皆でケーキ作りをしたことを思い出すなぁ。
「後で30分くらい寝かせる必要があるからそのときにティータイムにしようか」
提案をして数を決める。
やはり人数分作ってしまうのが1番いいようだ。なので量は多めに設定し、4人でそれぞれボウルを使って薄力粉、ベーキングパウダー、砂糖、塩を入れて混ぜ始める。勿論傍らには卵も用意してあり、準備万端だ。
どうやら粉類と必須な調味料やらなにやらは花村クンが既にカスタマイズしていたらしい。きちんと元の場所に戻しつつ混ぜる作業をする。
七海さんも先の女子会が初のお菓子作りだったからかまだまだ新鮮な気持ちで挑んでいる。
いつも眠気に襲われている瞳はキラキラと輝き、好奇心でいっぱいだ。
ソニアさんは意外にも疲れることなくずっとボウルの中身を混ぜている。彼女の方が先に仕上がりそうだ。
逆に辺古山さんは余計に力を入れて混ぜているためかよくボウルの底面と混ぜている器具がガチガチと音を鳴らしている。あれでは余計疲れてしまいそうだ。
「うふふ、花嫁修業みたいですわね」
「そ、そうか?」
途端に動揺する辺古山さん。
ガション、と甲高くボウルが悲鳴をあげた。
「花嫁修行…… ?」
知らない単語だったのか、不思議そうに呟いた七海さんはしかし、納得したように明るい声を漏らした。
「修道院でやるっていう、あの花嫁修行のこと…… ? お菓子作りのことだったんだ……」
完全にゲーム知識だよね、それ。
しかもあの有名ななんたらクエストV。
「まあ、花嫁修業って言ったら料理が筆頭にあげられるかなぁ……」
「じゃあ部屋に誘うのは…… ?」
「それは知らなくてもいいことだと思う」
「なんの話をしているのだ」
「ゲームの話だから気にしないで」
そんなことを言いつつ全員が混ぜ終え、できたかたまりをサランラップで包み冷蔵庫へ。
30分程時間を見ながらティータイムを楽しんでまた作業開始だ。
「ソニアさん180度の油用意しておいてー」
「合点承知です!」
これは私がやってはいけない作業である。一歩間違えば殺人犯の出来上がりだ。
辺古山さんはこういうのに慣れていないだろうし、七海さんは今にも夢の世界に旅立ちそう。王女様だからといって特別扱いなんてしていたら悲しまれてしまうし、こういう作業をソニアさんは慣れていると判断した。故に彼女に任せるわけである。
「七海さんと辺古山さんは打ち粉をしてから伸ばしてかりんとうサイズに切ってね」
レシピ本を見ながら指示し、自分は先にかりんとうを絡めるものを作る。油を煮立たせている2つ隣のコンロに鍋を置き、黒糖と大さじ4の水を入れて焦げ付かないように混ぜながら煮立たせる。
その近くでは辺古山さんの見事な包丁さばきによって準備が終わった油の中に次々と生地が入れられていき、端から綺麗なキツネ色へと変化していく。
七海さんは生地を伸ばし終えて暇になったのかレシピ本を覗いてからクッキングシートを私の隣に広げた。
揚げ上がったかりんとうがぽい、ぽいと粘度の出始めた鍋に入れられ、水分がなくなるまでどんどん投入しながら菜箸で絡めていく。そのまま十分絡めて七海さんが沢山用意してくれたシートの上に乗せていった。
つやつやと黒く輝くできたてほやほやのかりんとうに誰かが息を飲む。
「お、おいしそう……」
「成功だな、良かった」
「グレイトです! 早速包装しておやつとして配りましょう!」
皆あげる人は決まっているようだ。
「よーし! 皆のところに突撃しよう!」
◆◇◆
「ああ、そういう経緯だったんだな。俺たちのところに届けに来たのも……」
そう言いつつも嬉しそうに笑う日向クンに2袋分のかりんとうを押し付けて笑う。
「そーうーだークーン。あんまり落ち込まないでよ。ソニアさんから貰えなかったのは残念だったろうけど……」
「うっせ、うっせー! オレは受けとんねェからな! ソニアさんは絶対来るっての!」
まあ、だからこそ意地を張って一向にかりんとうを受け取らない彼の代わりに日向クンに2袋渡したんだけどね。
…… 田中クンと花村クンに彼女が渡していたことは言わないほうがいいのかもしれない。ますます彼が傷つくだろうし。
辺古山さんは罪木ちゃん以外の女子の分を渡しに行った。…… 1つだけ余計に持って。きっと、うまくいっているだろう。私はそう信じている。
「後は終里さん、弐大クン、十神クンだね。ふふ、喜んでくれるかなぁ……」
罪木さんには後でコテージに戻ったときにあげよう。1番出来がよくて甘そうなやつを特別に選んだんだから喜んでもらわないとね。
翌日、そこには少しだけ距離が近づき気安くなった主従2人の姿があった。
・かりんとう
黒糖かりんとう食べつつ書いてました。レシピはネットでちょちょっと。作り方…… 合ってますよね?
・罪木
最後になったことに劣等感をひとしきり叫んだあと特別だから最後にしたことを言うとテノヒラクルーして抱き締めてきます。凪は危うく窒息死しそうになりました。どこで、とは言いませんが。
・主従
素晴らしいコンビ。だからこそ、あの結末が最高に最低で絶望的で悲劇的で素敵なんですよね(絶望並感)
彼女の愚直とも言える忠義が大好きです。